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天に吠える狼少女

第二章 紅髪の異端審問官・1

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「―――――」

 文字にすることのできない奇妙で奇怪な音。おおよそ言語とは思えないそれには魔力に作用する特殊な韻律が圧縮されて含まれている。その得意な発声法によって紡がれた音は一瞬であったが、人間の魔法師が同じだけの効力を持つ呪文を唱えるのならば数十秒はかかるだろうか。

「〈見えざる刃、舞え〉」

 そして魔法を完成させる最後のワードが口にされた。

 刹那――

「がああああああッ!?」

 耳を劈くような悲鳴があがった。悲鳴をあげたのは魔法を発動させたモノに接近していた人間の男。革鎧に片手剣と丸盾、その装備からごく一般的なラドカルミア王国の兵士だと分かる。もっとも、それも数瞬前までの話だ。足先から頭頂部まで、その身体全体から赤い霧を噴出させて兵士は断末魔と共に絶命し、物言わぬ肉塊と化した。

 彼の命を奪った傷はどうやってつけられたのか知識の無い者にはまるで理解し難い形状をしていた。例えるなら、全身が刃でできた大蛇に巻きつかれて絞殺されたかのような、螺旋状の裂傷が全身をのたくっているのである。傷が全身に及んでいるせいでそこに生前の面影はなく、もはやただの赤い頭陀袋だ。

 そのあまりにも惨い仲間の死に気が付いた他の兵士が、魔法を使ったのがなにものであるかを目視、その表情から先ほどまでの気勢がサァッと音を立てて引いていく。

 ここはラドカルミア王国の最北端にして最前線。人間が住まい主として君臨する領域と、魔族が住まい魔王が支配する領域の境目。人間と魔族が絶えず小競り合いを続けている戦闘区域だった。奪い取っては奪い取られを繰り返すその大地には常に死臭が漂っている。どれほど空が晴れ渡っていようとそこに植物が根付くことはなく、空を舞うのは蝶ではなく敵兵を貫く矢羽であり、禿鷹などの翼を持つ腐肉食動物スカベンジャーだ。

 ここ最近は大きな戦闘行為はあまり発生していないが、散発的な衝突は頻繁に発生している。というのも、昼夜問わず何の脈絡もなし少数の魔族が人間側の領土に突撃してくることがままあるからだ。それは魔族側としても計画的な襲撃ではあるまい。知能の低い魔族が硬直した戦況に我慢できずに突っ込んでくるのだ。だが、魔族側にも戦術を考慮できる指揮官はいる。そういった低能な魔族であれ戦力は戦力、ただで失うのは惜しいとそれを機に集団的に襲撃を仕掛けてくることも多い。

 今回の戦闘のきっかけもそういった事に端を発している。

 だが、今回は少しばかり異常な開戦の狼煙となった。

 唐突に魔族領から人間領へと突撃したのは小鬼族ゴブリンの一団。小鬼族はその繁殖能力の高さからもっとも魔族陣営に多い種族である。またその知能はあまり高くない。こういった突撃は別段珍しいことではなかった。だが、奇妙なことに、彼らは武器を持っていなかった。しかし今となっては彼らがなぜ武器を持たずに人間領へと突撃したのかを知る者はいない。彼らが矢で貫かれて絶命するまでの間に、慣れない人間の言語でなんと人間に伝えようとしていたのかも、もはや知る術はない。

 とはいえ下っ端とはいえ同じ魔族である小鬼族が殺されたことで、他の魔族達が激昂、各々の種族ごとに突撃を敢行し、今に至る。

 戦術も何もない魔族達の突撃を人間が迎え撃ち、押し返す。しっかりと護りを固めていた分、此度の戦闘は人間側に風が吹いていた。少しずつ戦況が傾き、魔族達が押し戻されていく。

 このまま殲滅戦に移れるのではないか――人間の兵士たちがそんな希望を抱き始めた矢先、彼女が現れた。

長指族マギアスだあアァッ!!」
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