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結ばれた手と手
掲げられたもの・9
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幼い時分から、どうして皆仲良くできないのか疑問だった。
どうして誰かを虐めないといけないのか、それが悪いことだと分かっているのに、なぜそういうことをするのか理解できなかった。
泣いている子がいれば手を差し伸べてあげた。喧嘩をしている子がいれば仲裁に入った。虐められている子がいれば、虐めている子にどうしてそんなことをするのかと詰め寄った。
それが当然だと思った。
本当に分からなかったのだ。争うことは良くないことだと皆を口を揃えるのに、どうしてその良くないことをするのか。
誰かが不幸になっているのを見て、どうして笑えるのか、彼女には理解できなかったのだ。
小学校の低学年頃までは、彼女はただ変わった子、というレッテルが貼られるだけで済んだ。
だがそれ以上になると、彼女の親切心を心底鬱陶しく思う者達が増えていった。イジメというものが激化する年代に入ったということもある。
もちろん、彼女の親切心に救われた者は少なからずいる。だがそれ以上に彼女の存在を疎ましく思う者が増えた。
――みんなやってることだから。
その言葉がなぜ免罪符足りえるのか、理解できなかった。
彼女自身が虐められることも増えた。手を差し伸べた子が彼女を虐める側に回ることもあった。
悲しくはなかった。怒りも沸かなかった。ただただなぜという疑問符が頭の中に浮かんでいた。
たびたび投げかけられる死ねという言葉。だがそれに対してはさしたる痛痒も感じなかった。なぜならそれは仲の良い人達の間でも頻繁に使われている言葉だったから。
だけど今思えば、その言葉を投げかけられる度に、その言葉を誰かが使っているのを耳にする度に、彼女の中で何かが変化していったのかもしれない。
中学生になっても彼女の性格は変わらなかった。彼女の行いを善くないと否定できる者は、誰一人としていなかったのだから。
されど、彼女の行いに対する反発は小学生の頃とは比較にならないほどだった。
苛烈になる誹謗中傷、自分は間違ったことをしているのかと考えたことも一度や二度ではなかった。だけどどうしても自分が間違ったことをしているとは思えなかった。
ならば、なぜ自分はこんな目に遭わなければならないのか。理解できない。分からない。
分からないから彼女は他人をよく見るようになった。他者が何を考えているのか、何を思ってそんな行動をしているのか、よく考えるようになった。
それはある意味、彼女の防衛本能だったのかもしれない。
なぜ自分が敵意を向けられるのか、分からないなりにその敵意に理由をつけて納得しないと耐えられなかったのだ。こういう理由があるから自分に向けられている敵意は仕方のないものなのだと無理やり納得しないと心が壊れてしまいそうだったのだ。
そのおかげか夏休みを挟んでからは彼女に投げかけられる罵声はずいぶん減った。
それでも彼女が仲裁をやめたわけではない。見て見ぬふりは虐めているのと同じだと教師が教えてくれていたから。
彼女は素直で、愚直で、そして正しかった。
その素直さが、その愚直さが。招いた出来事だった。
――お前が死んだらいじめをやめる。
それは、冗談とも言えないような提案だった。言った方はまともな返答が帰ってくるとは思っていまい。
だけど彼女は、思ってしまったのだ。それは割の良い交換条件なのではないかと。
自分の命にいったいいかほどの価値があるだろう?あれほど何度も何度も死ねと言われたこの命にどれほどの価値が残っているだろう?
それは何よりも重いはずのものだった。けれど、あの罵声を受ける度に、誰かが冗談交じりに呟く度に、彼女の中の天秤は徐々に傾きを緩やかにしていった。
そしてその日、天秤は逆に傾いてしまった。
それからどうなったのか、彼女はよく覚えていない。覚えているのは強く吹き付ける風ぐらいなものだ。
ただ確かなのは、彼女の命を高く天秤が掲げた瞬間、何かがそれを皿の上から掻っ攫ったということだ。だから彼女はここにいる。
彼女の命は新しい天秤の上に乗せられた。されどその比重が変わるわけではなく。今だその皿は高く掲げられている。
その皿が沈まない以上、彼女が恐怖を感じることはないだろう。
それが、ユウという少女だった。
どうして誰かを虐めないといけないのか、それが悪いことだと分かっているのに、なぜそういうことをするのか理解できなかった。
泣いている子がいれば手を差し伸べてあげた。喧嘩をしている子がいれば仲裁に入った。虐められている子がいれば、虐めている子にどうしてそんなことをするのかと詰め寄った。
それが当然だと思った。
本当に分からなかったのだ。争うことは良くないことだと皆を口を揃えるのに、どうしてその良くないことをするのか。
誰かが不幸になっているのを見て、どうして笑えるのか、彼女には理解できなかったのだ。
小学校の低学年頃までは、彼女はただ変わった子、というレッテルが貼られるだけで済んだ。
だがそれ以上になると、彼女の親切心を心底鬱陶しく思う者達が増えていった。イジメというものが激化する年代に入ったということもある。
もちろん、彼女の親切心に救われた者は少なからずいる。だがそれ以上に彼女の存在を疎ましく思う者が増えた。
――みんなやってることだから。
その言葉がなぜ免罪符足りえるのか、理解できなかった。
彼女自身が虐められることも増えた。手を差し伸べた子が彼女を虐める側に回ることもあった。
悲しくはなかった。怒りも沸かなかった。ただただなぜという疑問符が頭の中に浮かんでいた。
たびたび投げかけられる死ねという言葉。だがそれに対してはさしたる痛痒も感じなかった。なぜならそれは仲の良い人達の間でも頻繁に使われている言葉だったから。
だけど今思えば、その言葉を投げかけられる度に、その言葉を誰かが使っているのを耳にする度に、彼女の中で何かが変化していったのかもしれない。
中学生になっても彼女の性格は変わらなかった。彼女の行いを善くないと否定できる者は、誰一人としていなかったのだから。
されど、彼女の行いに対する反発は小学生の頃とは比較にならないほどだった。
苛烈になる誹謗中傷、自分は間違ったことをしているのかと考えたことも一度や二度ではなかった。だけどどうしても自分が間違ったことをしているとは思えなかった。
ならば、なぜ自分はこんな目に遭わなければならないのか。理解できない。分からない。
分からないから彼女は他人をよく見るようになった。他者が何を考えているのか、何を思ってそんな行動をしているのか、よく考えるようになった。
それはある意味、彼女の防衛本能だったのかもしれない。
なぜ自分が敵意を向けられるのか、分からないなりにその敵意に理由をつけて納得しないと耐えられなかったのだ。こういう理由があるから自分に向けられている敵意は仕方のないものなのだと無理やり納得しないと心が壊れてしまいそうだったのだ。
そのおかげか夏休みを挟んでからは彼女に投げかけられる罵声はずいぶん減った。
それでも彼女が仲裁をやめたわけではない。見て見ぬふりは虐めているのと同じだと教師が教えてくれていたから。
彼女は素直で、愚直で、そして正しかった。
その素直さが、その愚直さが。招いた出来事だった。
――お前が死んだらいじめをやめる。
それは、冗談とも言えないような提案だった。言った方はまともな返答が帰ってくるとは思っていまい。
だけど彼女は、思ってしまったのだ。それは割の良い交換条件なのではないかと。
自分の命にいったいいかほどの価値があるだろう?あれほど何度も何度も死ねと言われたこの命にどれほどの価値が残っているだろう?
それは何よりも重いはずのものだった。けれど、あの罵声を受ける度に、誰かが冗談交じりに呟く度に、彼女の中の天秤は徐々に傾きを緩やかにしていった。
そしてその日、天秤は逆に傾いてしまった。
それからどうなったのか、彼女はよく覚えていない。覚えているのは強く吹き付ける風ぐらいなものだ。
ただ確かなのは、彼女の命を高く天秤が掲げた瞬間、何かがそれを皿の上から掻っ攫ったということだ。だから彼女はここにいる。
彼女の命は新しい天秤の上に乗せられた。されどその比重が変わるわけではなく。今だその皿は高く掲げられている。
その皿が沈まない以上、彼女が恐怖を感じることはないだろう。
それが、ユウという少女だった。
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