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20:大魔女のキス
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20:大魔女のキス
まだ日が昇る前の日曜日。
薄暗い時間に派手な色のロールスロイスが、風祭マンションの正門から、アーチをくぐり専用ガレージを目指した。
滅多に開くことの無いシャッターが遠隔操作で開き始め、車はゆっくりバックで入ると、エンジン音が鳴り止んだ。
ドアが開くと、サスペンションの柔らかい反動で車が揺れ、黒スーツの運転手はエレガントな動きで素早く、後部座席を開けた。
中からポンッと飛ぶように、すごくちっちゃな”ババァ”が現れ着地した。
高級アクセサリーを、これでもかと身に付け、帽子から、つま先まで全部、紫色…。車も同じ色…と言う、ハデハデな格好をしていた。
「久しぶり~♪ 我が家よぉ~ 帰ってきたぞぉーぃ! しかーし! 毎度思うのはだ…こんなけったクソ悪いぃ~マンション建ておってからにぃーだ!」
そして、運転手に声をかけた。
「アーサー よろしくな。手はずは整ってるね?」
「ハイッ 梅代ちゃん。 ダイジョーブねぇ~このとーりヌッカリィ~ないないよ~」
車のトランクを開けていた外国人運転手は、ビラの束を取り出しバサバサ揺らした。
「よし! 荷物運び終えたら後は宜しくっ」
そう指示するとスタスタ歩いて行った。
大荷物を抱えたアーサーは、少し遅れて洋館へ向かった。
「うんむ ご苦労じゃった。 ではわしは寝る オヤスミ」
「それでわぁーマダーム梅代 おやすみねぇ~ 私頑張るね~」
部屋のドアを閉めるたアーサーは、ポケットから目出し帽を出して被り…あくびをすると、どこか消えて行った…。
*
そして、ついに日が昇った!
マドレーヌはマンションに出入りする人々を、洋館の風見鶏の隣からじーっと眺め、青少年屋外奉仕活動クラブの面々は、それぞれの思いを胸に風祭マンションへ荷物を持ち、割り当てられた部屋へ入室していった。
部屋は男女別の一部屋、四人づつと決められていて、カナの部屋の隣、カナのパパが集めた秘蔵の酒置き場。通称”酒蔵”がイリたち三人の部屋と優先的に決められていたが、保険室の先生兼、副顧問のミミーも同室になっていた。
「あんたたちが、悪さしないように見張るのよぉ~♪」
っと、ミミーも高級酒の並んだ部屋にどこか浮かれていて、
「品行方正の俺らがそんなものに手を出すはずないじゃーないですかぁー ていうかせんせ。涎出てますよ? やばいのはあたしら? アハハハ」
「料理酒に。ならOKでしゅよねー? 煮物に入れると美味しくなるし~ ウフフ♪」
ミサキは持ってきた大量のマンガをリビングに並べ、アヤンは衣類をたんすに収めながら、声を弾ませていた。
「さ、大体片付けは終わったかな? そろそろ一階に行こうか?」
ミミーが言うと、
「ほーぃ ほーぃ~♪」
ミサキが言うと、
「はーぃ♪ イリー行くよー」
アヤンが洗面所に、歯ブラシを並べていたイリを呼びに来た。
20-1
「イリーー!!」
タカオミは跳ね起きた!
「あ! 俺。行かなきゃ… 彼女に会わないと」
疲れた体を奮い立たせ、スタミナドリンクと濃いぃーブラックコーヒーを立て続けに飲み、作業場から直接外へ通じるドアを開けた。
『これしかない! 言うしかないんだ!』
|話しがしたい。今から行く。
と、メールした。
雪に足を取られよろめいてしまった。
ここがどこだかも分からず、住宅街の先に車の通る道を見つけ、そこを目指して歩いた。
早朝に走るタクシーの姿はなく、あっても、帰社マーク…。
震えながら標識を見つつ歩くと、コンビニを見つけ駅までの道順を聞いた。
「歩くのは遠いですよ」
「そ、そーですかー あ。タクシー呼んでもらえないですか?」
「いいですよー お名前は?」
「大山田です」
本名を言うと、いつも聞き返されるので適当に言った。
「えぇー うそぉー あのタレント死んじゃったよぉー ひぇーー」
奥の在庫部屋みたいなとこから声がした。
「おぉ声出さないの! はぃ。一台お願いしますね よろしくー」
「どうもありがとう。助かりました」
「すぐ来ると思うよぉー」
「あ。これ下さい…」
愛想の良い店員にお礼のつもりで、レジに置かれた暖かい缶コーヒーと、ガムを買った。
立ち読みして待とうと雑誌コーナーまで行くと、向かいの棚に食料品が並んでいた…。
『なんて言えば…』
本を手に、書き割りに書いた寂しげな天使を思い浮かべた…。
*
『タカオミ…』
少女の思いは複雑怪奇。一秒前と違うことで思い悩み、ちっぽけで大きな難題は髪の毛を三ミリ切り過ぎても外へ出れなくしてしまう。でも、イリの場合はたった三ミリどころの騒ぎじゃ無く、
彼からの信じられないほどの着信や、メールを知りつつ会話を拒んでいた…。
アヤンに呼ばれ、
「あ。はーぃ! 今行くー 行きまーす(ファイット!)」
と、鏡の自分に気合を入れた。
今、届いたメールも携帯のライトを静かに点滅させていたが、出ることはできなかった…。
*
タカオミもやっと電車に乗り決心を固くした。
だけど、イリの携帯は自宅。
自室に置かれたまま…
彼は、送ったメールが読まれてないことを知らなかった…。
20-2
『-夕べのPTAとの懇談会お疲れ様でした。みなさん喜んでらして、定期的にやってほしーなんて言われてましたよ。さすがですねー不知火先生。あんな和やかに会合が進んだのは久しぶりですよ~ 演劇部の方も学校の名が上がる一方だし。ほんと嬉しい限りです。今日から始まる演劇部の強化合宿の方も滞りなくお願いしますね。何かあったら即、連絡ください。-』
「はい。どうも、ありがとうございます。生徒たちの未知のエネルギーを存分に発揮してもらいますので、はい。何かあったら、すぐ連絡いれますから。ホホッ♪」
水虫の部屋の壁には、過去にやった公演写真が額に入れられたくさん飾られていた。教頭と話し終わると、台本や資料を鞄に詰め、数部束ねたコピー用紙の原稿らしきものを再度チェックしながら、
「我ながら傑作ですな~ ホホホホー♪」
ニヤつき部屋を出て行った。
*
「先生さー 俺らがやる重要な役ってなんなのー?」
ミミーは階段に向かって行ったので、三人も続いた。
「それをこれから話すのよ~ 部員みんなが通る道よ。不知火せんせの直々指導なんだから光栄に思いなさい。うふふ あなたたち知ってる? あの先生昔お笑い芸人だったのよー」
「えぇええー 何それテレビとか出てた人?!」
ミサキが言った。
「キャー初耳でしゅ~」
アヤンは顔の横で両手をパタパタした。
「わわっ そーなんだ! たしか、キヨシ部長が言ってたけど、このクラブ先生が作ったんですよね? お笑い芸人と演劇部? 接点があるようで無いような」
イリが聞くと、
「そうよー ほんとはお笑い系コントクラブにしたかったんだってー漫才とかの。でも学校から却下。仕方なく変な名前の演劇部になったらしいわ~ でね~」
ミミーは含みを持たせて言った。
ザワッ!
『うわっ! なんか今鳥肌たったー 悪い予感?!』
イリは腕をさすり、演劇部を頑張ろうと張り切っていて。なんでも吸収してやろうと思っていたが、突然湧いた寒気も吸収してしまった…。
四人が階段を下りた時、玄関から水虫がやって来た。
「あ。おまわりせんせぇー 夕べはお疲れ様でした~ 先生ってほんと芸達者ですよねー 私もとっても楽しかったでっす~」
ミミーが水虫にかけ寄って言った。
「ホホッ♪ いえいえ、もともとそーいう人ですから。楽しんでもらえて何よりですー。じゃあ本日からお互い頑張りましょう。よろしくお願いしますね。 フフッ♪」
三人をそっちのけで話しこむ先生ふたり。
「よまわりせんせい?」
イリが言った。
「よー回る先生?」
アヤンが言った。
「ちがーぅ おまわり先生! おまわりって言ったぁ 確かにぃ~!(どどど、どーいうこと?)」
ミサキはあの時見た、不知火先生の警官制服姿を思い出していた。
ふたりの話が済んだのを見計らい三人はミミーに突撃し、同時に口にした。
「おまわりせんせい!?」
「あぁ あはは。聞こえちゃたかー うっかりしてたな。いぃ? 秘密よこの話」
「ハイッ!」
三人は喰いついた。
ゴニョゴニョゴニョ
「なんだよー 笑っちゃうでしょ?」
ミミーは仕方なく話した。
「ブッ!」
「うそぉぅ」
「えぇーーー」
「ほんとほんとうー 言っちゃだめよ。でも、有名な話だけどね~ あはは」
ミミーの言った一言に、ミサキの頭に水虫の”ホッホッ”笑いが響いた。
『じゃあ… あの時、俺が見た水虫のあの姿は… もしや! う~どこまでも、どこまでも喰えないおっさんじゃー 腹黒お代官様と言ったのは取り消すよぉー 負けた。まけたぁー お手上げですじゃ…』
誰かの秘密を握るのは、この上ない無上の喜びだろう…それがどんな些細なことでも。
だけど、不知火先生こと水虫は、彼女の密かな喜びを粉砕してしまったようで、そうとは知らず手の上で踊らされているような気分になっていた…。
さっさと歩き出したミサキの背中は、なんだかしょぼくれていた…。
一階にある住居人用の会議室。広い集会場に部員たちが集められていた。
このスペースが今後彼らの稽古場になり、朝から決められた公演用強化プログラムをこなしていくことになっていた。
*
タカオミは車窓に流れる真っ白い景色を見ながら、遠い昔…小学生の頃に起こしてしまった。忘れたいのに忘れられない事件のことを思い出していた…。
『………もうすぐ着くな』
そして、そっとポケットを触った。
20-3
日曜の朝だ。席はどこも空いてる車両なのに、真上の吊り輪からだらーんと吊り下がり、自分を覗く男が居るのに気づいた。
『げぇ!』
年齢不詳のダボダボな学ランを着た、絵に描いたような不良です男。
彼は凄い顔でタカオミを睨み付けていた!
目をそらそうとすると、口を開いた!
「木刀取られたー 十数年手に馴染んでいた俺のムラマサがぁー おまわりに預けて行けと言われたぁーー!!」
『だからなんだー あっちいけよなー』
頭のおかしな奴に、絡まれてしまったと席を立とうとした。
「いや! そんなことはどーでもいぃいいい! やっと知ってる奴に会えたー 顔と名前が一致しない… タカだったよね? 紫色君? 名前はこの際どっちでもいぃー 俺をあいつの所へ連れて行ってくれぇー!」
『これでやっとー あいつの所へ行ける! 長かった。あまりにも長く険しい道のりだったー。 うぅぅうー』
男はタカオミの肩ガッと抱き、座席に押し込むと震えながら目から出る汗を必死で堪えていた。
「えぇーー?!(わわわわ ついに彼氏だ! ナナの彼氏が登場したー! 木刀取られたって… あの木刀のことかぁー?!)」
「どっこぃしょ ふぅー 覚えてる? 俺のこと」
*
ミミーはパンパン手を叩いた。
「はーぃ。みんなー聞いて~ そんな大した荷物はないでしょうから大体お引越しの片付けは済んだと思いますがー 今日から、風祭さんのマンションに45日に渡り、お世話になることになりました。まずは、顧問の不知火先生からの挨拶と各注意事項の確認。及び役の割り当て発表になりますー 眠い目をこらえてよーく聞いてくださいね♪」
横に座っていた水虫がひょいっと立ち上がり、皆の周りをゆっくり歩きはじめた。
一人一人の肩をポンポン叩いて回り、
『なんだー?』と、部員たちの注目を集め。そして、全員に触れ終わり振り返るとおもむろに叫んだ!
「諸君! お楽しみはこれからだ!」
部員たちはあっけに取られた。
数秒後…
「イェーーィ」
「キャッホー♪」
「イャッホーー」
「ヒャッホー」
「ウッキャーーーー」
と、口々に言い合い。ハイタッチしたり、小躍りしたりと大騒ぎが始まった。
「この人ほんとは何者なんですのぉ~?」
先に来ていたカナは、冷静に先生を見てボソッと喋った。
20-4
「おまわりくん! フンッ!」
鼻を鳴らし、ミサキが言った。
「ぇ? なんですっ?」
カナは聞きなおした。
「お・ま・わ・り・く~ん」
アヤンがニヤニヤしてカナに言った。
「あのね→、あのね↓。あのねぇーー↑↑ あのね↓。あははー 水虫って元お笑い芸人でー その時の芸名が”おまわりくん”なんだってーさー おかしくない? アハハ おっかしぃー」
イリが抑揚を誇張して言った。
「えぇー そうだったんですの? 警官制服フェチっていうのはーもしや… ただの勘違いで。私たちってただ演劇部に入れさせられただけ? あははははー なんか他の先生と違うって思ってましたわ~ なるほどぉー ホホッ」
「フンッ!」
ついさっきアヤンとイリにも同じことを言われ、先生の口癖を真似るカナにミサキはふんぞり返って、また鼻を鳴らした…。
*
ナナの彼氏は、どっかりと、ぴったりとタカオミの横に座り込み、タカオミはドア側に座っていたが、手すりの方へ詰められてしまった…。
「なななな、なんとなく覚えてますよ… ナナ… ちゃんの彼氏… でしょう…(どうする? どーする! こいつ知ってるのか? 子供のこと! 言うか? 言うまいか! こいつになんとかしてもらう? いやだめだっ!)」
「ブハッ! 彼氏? 俺が? ぶわっはっはっはっは そう。彼氏だ! 永遠に俺は娘の彼で居たかったよ…」
車内中に響く声で話す男を、チラチラ見るタカオミ…。
「むすめーーってぇええ お父さん! なんですか!」
驚いて顔をまじまじ見ると、若作りの激しいおっさんだと分かった。
「娘連れ戻しにあいつの仲間と来たんだが、なんか昔思い出しちゃって学ランとか着ちゃったさ。あはははは」
『親父だったのかよぉー ヒェー』
ただただ、おっさんの顔を見つめてしまったタカオミ…。
「あいつの居場所知ってるよね? 知らないとは言わせないよ…」
大声から一変し、静かな口調で話し始めた…。
『ゲロゲロゲロー! どうする! 俺!』
20-5
洋館のふたりも、部員たちの様子を庭の窓から見ていた。
アヤンと目が合った眼鏡男は、顔を歪ませたりして笑わせ、シズオはビールケースに爪先立ちで覗いていた。
「朝っぱらから。うっさいんじゃー! 仕事終わってこれから寝るんだぞぉー あたし子供嫌い… 45日も続くって? ヒェー…」
そこへ、シゲミが眠そうな顔でやって来た。
「俺は子供好きだし大歓迎~♪ 子猫ちゃんたちは今日も元気いいねぇー 眼鏡もきっと心の中で歓声をあげてるはずー」
眼鏡男はペンを舐めながら中の様子を、ガリガリとノートに書き留めていた。
イリもその三人に気づいてはいたが、会釈しようにも視界をさえぎるように密着して座る、親衛隊隊長のフユミと副隊長のエリリンが居て、トモヤは真横で相変わらずニコニコしていた。その他配下の親衛隊隊員たちは、肘を組み合いイリの前に立ちはだかっていて、PKを阻止するサッカー選手のような動きで頑張っていた…。
そう、トモヤとイリをくっつける作戦計画の三段階目が発動されていたのだ!
その名も!”合宿中にタカオミとイリを絶対会わせない作戦パート3”…まんまじゃんだった…。
『そして、結局こうなった…。ハァ…』
描いていたはじめの幸せな思惑とぜんぜんっ! 違う、この状況に… 机に顔を乗せため息を吐くしかないイリだった…。
「あんなガキンチョたちの、どこがいいのやらだ… もっかい寝よ寝よ 行くよ! ふぁ~」
生あくびのシゲミが、弟の襟首を掴んで連れて行こうとした。
「わわっ 寝るなら一人で寝ろよぉー 気持ちわりぃなー 添い寝しないと寝れないのかょ! 俺。アヤンちゃんのファンだから、まだ残ってる。あの子ちっちゃいからちびっと優越感感じるのだょー♪」
「ロリコンだったのか?」
眼鏡男の眉がビクッと動いた!
「そーじゃねーよ ただのファン 可愛いじゃーん♪♪」
眼鏡男は眉をピクピク動かした…。
「そんな小さな幸せ粉砕してやるぅー おまえは仕事残ってるだろ! 片付けろー」
「ウゲッ! リアルに引き戻すなー ウゲゲゲゲーッ」
シゲミは弟を無理やり連れて行った…。
「せんせー 変な人がさっきからずーっと覗いています! 気が散るからカーテン閉めていいですかー?」
親衛隊隊員の一人が、1人残った図体のでかい男を睨んだ…。
『ちょっ!』
眼鏡男はカーテンとおっかけっこしたが、ついに閉じられてしまった…。
『えぇーー あの子僕のこと知らないのかーー もぐりだー』
眼鏡男の眉がへの字に曲がった…。
20-6
プキュキュキュ プキュユキュ キュキュキュ
可愛い音のする方に寝てるマドレーヌの耳がピクッと反応すると、小さな来客者が洋館へ忍び込もうとしていた。
「アイちゃんはやく」
「やだよぉー 入りたくないよぉー」
「僕らの永遠の愛のためだぉー いくんだ。おぉー!」
「アイちゃん怖いからやだぁーー」
「シーー 大きな声出さないの。行くよー」
いつかのアイと言う子供が、マコトちゃん引っ張られどこかに向かおうとしていた。だが、静かに忍んでるはずのマコトちゃんの履いている長靴は可愛い音を鳴らし続け、すっかりばればれではあった。
プキュユキュ キュキュキュ
「愛ってマボロチなんでしょー?」
「マボロチーって何? アイちゃんは、マボロチちゃんなの?」
「わかんなーぃ! ママに怒られるから帰るー マコちゃんのことマセガッキーんって言ってたシー」
「マセガッキーン!? なんかかっこぃー ライディンに出て来るヒーローロボ? でも、もう後戻りできないのだ! このお化け屋敷に一歩でも足を踏み入れると… 相合傘の部屋まで行くしかないんだー 足元を見るんだー! それーー」
「キャーッ」
マコト君はアイちゃんを、強引に玄関の中に引き入れてしまった。
「ほーらね。もう行くしかないんだぉー」
「こわいよーこわいよー マコちゃーん」
「だいじょーぶ。アイちゃんはマボロチちゃんなのかもしれないけど! 僕は君の為なら嫌いなニンジンちびっと食べてあげりゅーにょー!」
「威勢がええのぉー それでこそ男だ! 愛は幻なんかじゃないぞぉぉお~ フフッフッフフゥ~」
もしかしたら、その子供たちより小さいかもしれないババァが、紫色のジャージ姿。紫色のタオルで汗を拭きながら玄関に現れた。
小さな二人にはその姿が逆行で真っ黒ぃ、ちっちゃなお化けに見えた。
そのお化けはゆっくりこちらへ歩いて来た!
「ギャーーーー 来るなあっちいけー アイちゃん!」
「マコトくーーん!」
二人は手を取り合い、思わず階段を駆け上がった。
「おーぃあの部屋へいくんかー? 開いてないぞぉー ちゅーかわしも上に行くんじゃがのぉー やれやれ…」
ババァは螺旋階段の手すりに付けられたレールの椅子に乗り、▲ボタンを押すと、電動モーターの力でスーッと二階へ上がって行った。
20-7
「連れて行ってくれるよな?」
細めた目は鋭く光っていた。
「えぇーーー お、俺。それどこじゃないです! 俺! これから会いに行かなきゃならない子が居るんです!」
「…うちのナナ…よりもか?」
鋭い眼光でにじり寄るおっさんパパに、ますます詰められていくタカオミ。
「愛してるって言いに行かなきゃいけないんです! 俺は、おれはー 彼女に信じてもらうしかないんです! ナナが俺の子供作ったっていうのは嘘なんです絶対!! え?」
「ぇ?」
二人の目が合い… ナナパパの目から光が消え… 点になった。
「うわぁあああああああああぁああ!」
タカオミは座席から飛び上がりつり輪をつかんでいた!
その反動で、前の座席へ逃げようとした瞬間…
腰に抱き付かれてしまった!
『うわぁー グワァアアア!』
宙ぶらりんなタカオミは滝のような汗を流し、
車両連結通路からこっちへこようとしていた乗客が、その光景に踏み出した足を元に戻して消えるのが見えた…。
そして、腰を抱かれたまま…
「俺。この歳でもぅ じーちゃん? 君が俺の義理の息子… あいつは俺の宝… 幸せにしてやってくれるよな?」
ナナパパが言ぃ… ジーンズの腰をつかみタカオミを引きずり降ろした。
「で… 誰に会いに行くんだって?…」
「だーれかなぁー?…」
「えーっと、愛を伝えに行くんだっけ…」
「それはー… 俺の娘にだよなぁー…」
「えーーと。そうだきみはぁー タカ君! そうそう。思い出した…」
「そうだったそうだった。君って将来有望な絵描きだそーじゃないかー 田舎でも評判だ… まぁ行く行くは三台目社長になってもらうが…」
「うちのナナも描いてくれたことあったよな…」
「あん時はヌードだと勘違いして、ひっかき回したっけな…」
「俺。娘のことになると我を忘れちまってな! カンベンな…」
「スマン義理の息子…」
途切れ途切れに話すパパの声は上ずっていた…。
『あぅあぅあぅ』
何も言えない青年一名…。
「まぁー いい。そっち付き合ってやるから… それからナナんとこ行こうか? ナナはなぁー あー見えても心の優しい子なんだよぉ。小さい頃はそれはそれは天使みたいな子でな。俺らが離婚しておかしくなっちまったんだよな… 俺の商売も苛められる原因だったみたいでなー だからな、俺はな、あいつの後ろにくっついて回ってそれ以上悪さしないよーにな。悪い子にならないよーと思ってな…な。でも、それが結局あいつの反抗心に火を点けちゃったみたいでな… おっちゃん反省しようにもな… 短気で、頑固だしな… そいでな… でなー… そしたら、そしたら、そんな天使がついに羽ばたいて行ってしまうのかぁー 天使が天使を生むのかぁーぁー! 若者よ、こうやって人類は繁栄してきた訳だ、俺はその一端を担ったし、君もぉー生きる意味を知る時が来たんだよぉ~ でな。子種より産む女の方が偉いって知ってるか? 男はなぁ。男はなぁ… あぁーでも、孫できたら~ もう目の中入れて可愛がるぞぉ~ じーちゃんは!! でな~ そいでな~…」
去りし日の情景に目から汗を流すまいと、必死で耐えたり。笑ったりで、永遠話し続ける。
やんちゃな”青柳ゴム代表取締役二代目社長。青柳ユウスケさん(三十八歳) バツイチ”だった。
だけど、タカオミの耳にはほぼなにも聞こえてはいなかった…。
そして、電車は住む町の駅に止まりドアは開かれた!
まだ日が昇る前の日曜日。
薄暗い時間に派手な色のロールスロイスが、風祭マンションの正門から、アーチをくぐり専用ガレージを目指した。
滅多に開くことの無いシャッターが遠隔操作で開き始め、車はゆっくりバックで入ると、エンジン音が鳴り止んだ。
ドアが開くと、サスペンションの柔らかい反動で車が揺れ、黒スーツの運転手はエレガントな動きで素早く、後部座席を開けた。
中からポンッと飛ぶように、すごくちっちゃな”ババァ”が現れ着地した。
高級アクセサリーを、これでもかと身に付け、帽子から、つま先まで全部、紫色…。車も同じ色…と言う、ハデハデな格好をしていた。
「久しぶり~♪ 我が家よぉ~ 帰ってきたぞぉーぃ! しかーし! 毎度思うのはだ…こんなけったクソ悪いぃ~マンション建ておってからにぃーだ!」
そして、運転手に声をかけた。
「アーサー よろしくな。手はずは整ってるね?」
「ハイッ 梅代ちゃん。 ダイジョーブねぇ~このとーりヌッカリィ~ないないよ~」
車のトランクを開けていた外国人運転手は、ビラの束を取り出しバサバサ揺らした。
「よし! 荷物運び終えたら後は宜しくっ」
そう指示するとスタスタ歩いて行った。
大荷物を抱えたアーサーは、少し遅れて洋館へ向かった。
「うんむ ご苦労じゃった。 ではわしは寝る オヤスミ」
「それでわぁーマダーム梅代 おやすみねぇ~ 私頑張るね~」
部屋のドアを閉めるたアーサーは、ポケットから目出し帽を出して被り…あくびをすると、どこか消えて行った…。
*
そして、ついに日が昇った!
マドレーヌはマンションに出入りする人々を、洋館の風見鶏の隣からじーっと眺め、青少年屋外奉仕活動クラブの面々は、それぞれの思いを胸に風祭マンションへ荷物を持ち、割り当てられた部屋へ入室していった。
部屋は男女別の一部屋、四人づつと決められていて、カナの部屋の隣、カナのパパが集めた秘蔵の酒置き場。通称”酒蔵”がイリたち三人の部屋と優先的に決められていたが、保険室の先生兼、副顧問のミミーも同室になっていた。
「あんたたちが、悪さしないように見張るのよぉ~♪」
っと、ミミーも高級酒の並んだ部屋にどこか浮かれていて、
「品行方正の俺らがそんなものに手を出すはずないじゃーないですかぁー ていうかせんせ。涎出てますよ? やばいのはあたしら? アハハハ」
「料理酒に。ならOKでしゅよねー? 煮物に入れると美味しくなるし~ ウフフ♪」
ミサキは持ってきた大量のマンガをリビングに並べ、アヤンは衣類をたんすに収めながら、声を弾ませていた。
「さ、大体片付けは終わったかな? そろそろ一階に行こうか?」
ミミーが言うと、
「ほーぃ ほーぃ~♪」
ミサキが言うと、
「はーぃ♪ イリー行くよー」
アヤンが洗面所に、歯ブラシを並べていたイリを呼びに来た。
20-1
「イリーー!!」
タカオミは跳ね起きた!
「あ! 俺。行かなきゃ… 彼女に会わないと」
疲れた体を奮い立たせ、スタミナドリンクと濃いぃーブラックコーヒーを立て続けに飲み、作業場から直接外へ通じるドアを開けた。
『これしかない! 言うしかないんだ!』
|話しがしたい。今から行く。
と、メールした。
雪に足を取られよろめいてしまった。
ここがどこだかも分からず、住宅街の先に車の通る道を見つけ、そこを目指して歩いた。
早朝に走るタクシーの姿はなく、あっても、帰社マーク…。
震えながら標識を見つつ歩くと、コンビニを見つけ駅までの道順を聞いた。
「歩くのは遠いですよ」
「そ、そーですかー あ。タクシー呼んでもらえないですか?」
「いいですよー お名前は?」
「大山田です」
本名を言うと、いつも聞き返されるので適当に言った。
「えぇー うそぉー あのタレント死んじゃったよぉー ひぇーー」
奥の在庫部屋みたいなとこから声がした。
「おぉ声出さないの! はぃ。一台お願いしますね よろしくー」
「どうもありがとう。助かりました」
「すぐ来ると思うよぉー」
「あ。これ下さい…」
愛想の良い店員にお礼のつもりで、レジに置かれた暖かい缶コーヒーと、ガムを買った。
立ち読みして待とうと雑誌コーナーまで行くと、向かいの棚に食料品が並んでいた…。
『なんて言えば…』
本を手に、書き割りに書いた寂しげな天使を思い浮かべた…。
*
『タカオミ…』
少女の思いは複雑怪奇。一秒前と違うことで思い悩み、ちっぽけで大きな難題は髪の毛を三ミリ切り過ぎても外へ出れなくしてしまう。でも、イリの場合はたった三ミリどころの騒ぎじゃ無く、
彼からの信じられないほどの着信や、メールを知りつつ会話を拒んでいた…。
アヤンに呼ばれ、
「あ。はーぃ! 今行くー 行きまーす(ファイット!)」
と、鏡の自分に気合を入れた。
今、届いたメールも携帯のライトを静かに点滅させていたが、出ることはできなかった…。
*
タカオミもやっと電車に乗り決心を固くした。
だけど、イリの携帯は自宅。
自室に置かれたまま…
彼は、送ったメールが読まれてないことを知らなかった…。
20-2
『-夕べのPTAとの懇談会お疲れ様でした。みなさん喜んでらして、定期的にやってほしーなんて言われてましたよ。さすがですねー不知火先生。あんな和やかに会合が進んだのは久しぶりですよ~ 演劇部の方も学校の名が上がる一方だし。ほんと嬉しい限りです。今日から始まる演劇部の強化合宿の方も滞りなくお願いしますね。何かあったら即、連絡ください。-』
「はい。どうも、ありがとうございます。生徒たちの未知のエネルギーを存分に発揮してもらいますので、はい。何かあったら、すぐ連絡いれますから。ホホッ♪」
水虫の部屋の壁には、過去にやった公演写真が額に入れられたくさん飾られていた。教頭と話し終わると、台本や資料を鞄に詰め、数部束ねたコピー用紙の原稿らしきものを再度チェックしながら、
「我ながら傑作ですな~ ホホホホー♪」
ニヤつき部屋を出て行った。
*
「先生さー 俺らがやる重要な役ってなんなのー?」
ミミーは階段に向かって行ったので、三人も続いた。
「それをこれから話すのよ~ 部員みんなが通る道よ。不知火せんせの直々指導なんだから光栄に思いなさい。うふふ あなたたち知ってる? あの先生昔お笑い芸人だったのよー」
「えぇええー 何それテレビとか出てた人?!」
ミサキが言った。
「キャー初耳でしゅ~」
アヤンは顔の横で両手をパタパタした。
「わわっ そーなんだ! たしか、キヨシ部長が言ってたけど、このクラブ先生が作ったんですよね? お笑い芸人と演劇部? 接点があるようで無いような」
イリが聞くと、
「そうよー ほんとはお笑い系コントクラブにしたかったんだってー漫才とかの。でも学校から却下。仕方なく変な名前の演劇部になったらしいわ~ でね~」
ミミーは含みを持たせて言った。
ザワッ!
『うわっ! なんか今鳥肌たったー 悪い予感?!』
イリは腕をさすり、演劇部を頑張ろうと張り切っていて。なんでも吸収してやろうと思っていたが、突然湧いた寒気も吸収してしまった…。
四人が階段を下りた時、玄関から水虫がやって来た。
「あ。おまわりせんせぇー 夕べはお疲れ様でした~ 先生ってほんと芸達者ですよねー 私もとっても楽しかったでっす~」
ミミーが水虫にかけ寄って言った。
「ホホッ♪ いえいえ、もともとそーいう人ですから。楽しんでもらえて何よりですー。じゃあ本日からお互い頑張りましょう。よろしくお願いしますね。 フフッ♪」
三人をそっちのけで話しこむ先生ふたり。
「よまわりせんせい?」
イリが言った。
「よー回る先生?」
アヤンが言った。
「ちがーぅ おまわり先生! おまわりって言ったぁ 確かにぃ~!(どどど、どーいうこと?)」
ミサキはあの時見た、不知火先生の警官制服姿を思い出していた。
ふたりの話が済んだのを見計らい三人はミミーに突撃し、同時に口にした。
「おまわりせんせい!?」
「あぁ あはは。聞こえちゃたかー うっかりしてたな。いぃ? 秘密よこの話」
「ハイッ!」
三人は喰いついた。
ゴニョゴニョゴニョ
「なんだよー 笑っちゃうでしょ?」
ミミーは仕方なく話した。
「ブッ!」
「うそぉぅ」
「えぇーーー」
「ほんとほんとうー 言っちゃだめよ。でも、有名な話だけどね~ あはは」
ミミーの言った一言に、ミサキの頭に水虫の”ホッホッ”笑いが響いた。
『じゃあ… あの時、俺が見た水虫のあの姿は… もしや! う~どこまでも、どこまでも喰えないおっさんじゃー 腹黒お代官様と言ったのは取り消すよぉー 負けた。まけたぁー お手上げですじゃ…』
誰かの秘密を握るのは、この上ない無上の喜びだろう…それがどんな些細なことでも。
だけど、不知火先生こと水虫は、彼女の密かな喜びを粉砕してしまったようで、そうとは知らず手の上で踊らされているような気分になっていた…。
さっさと歩き出したミサキの背中は、なんだかしょぼくれていた…。
一階にある住居人用の会議室。広い集会場に部員たちが集められていた。
このスペースが今後彼らの稽古場になり、朝から決められた公演用強化プログラムをこなしていくことになっていた。
*
タカオミは車窓に流れる真っ白い景色を見ながら、遠い昔…小学生の頃に起こしてしまった。忘れたいのに忘れられない事件のことを思い出していた…。
『………もうすぐ着くな』
そして、そっとポケットを触った。
20-3
日曜の朝だ。席はどこも空いてる車両なのに、真上の吊り輪からだらーんと吊り下がり、自分を覗く男が居るのに気づいた。
『げぇ!』
年齢不詳のダボダボな学ランを着た、絵に描いたような不良です男。
彼は凄い顔でタカオミを睨み付けていた!
目をそらそうとすると、口を開いた!
「木刀取られたー 十数年手に馴染んでいた俺のムラマサがぁー おまわりに預けて行けと言われたぁーー!!」
『だからなんだー あっちいけよなー』
頭のおかしな奴に、絡まれてしまったと席を立とうとした。
「いや! そんなことはどーでもいぃいいい! やっと知ってる奴に会えたー 顔と名前が一致しない… タカだったよね? 紫色君? 名前はこの際どっちでもいぃー 俺をあいつの所へ連れて行ってくれぇー!」
『これでやっとー あいつの所へ行ける! 長かった。あまりにも長く険しい道のりだったー。 うぅぅうー』
男はタカオミの肩ガッと抱き、座席に押し込むと震えながら目から出る汗を必死で堪えていた。
「えぇーー?!(わわわわ ついに彼氏だ! ナナの彼氏が登場したー! 木刀取られたって… あの木刀のことかぁー?!)」
「どっこぃしょ ふぅー 覚えてる? 俺のこと」
*
ミミーはパンパン手を叩いた。
「はーぃ。みんなー聞いて~ そんな大した荷物はないでしょうから大体お引越しの片付けは済んだと思いますがー 今日から、風祭さんのマンションに45日に渡り、お世話になることになりました。まずは、顧問の不知火先生からの挨拶と各注意事項の確認。及び役の割り当て発表になりますー 眠い目をこらえてよーく聞いてくださいね♪」
横に座っていた水虫がひょいっと立ち上がり、皆の周りをゆっくり歩きはじめた。
一人一人の肩をポンポン叩いて回り、
『なんだー?』と、部員たちの注目を集め。そして、全員に触れ終わり振り返るとおもむろに叫んだ!
「諸君! お楽しみはこれからだ!」
部員たちはあっけに取られた。
数秒後…
「イェーーィ」
「キャッホー♪」
「イャッホーー」
「ヒャッホー」
「ウッキャーーーー」
と、口々に言い合い。ハイタッチしたり、小躍りしたりと大騒ぎが始まった。
「この人ほんとは何者なんですのぉ~?」
先に来ていたカナは、冷静に先生を見てボソッと喋った。
20-4
「おまわりくん! フンッ!」
鼻を鳴らし、ミサキが言った。
「ぇ? なんですっ?」
カナは聞きなおした。
「お・ま・わ・り・く~ん」
アヤンがニヤニヤしてカナに言った。
「あのね→、あのね↓。あのねぇーー↑↑ あのね↓。あははー 水虫って元お笑い芸人でー その時の芸名が”おまわりくん”なんだってーさー おかしくない? アハハ おっかしぃー」
イリが抑揚を誇張して言った。
「えぇー そうだったんですの? 警官制服フェチっていうのはーもしや… ただの勘違いで。私たちってただ演劇部に入れさせられただけ? あははははー なんか他の先生と違うって思ってましたわ~ なるほどぉー ホホッ」
「フンッ!」
ついさっきアヤンとイリにも同じことを言われ、先生の口癖を真似るカナにミサキはふんぞり返って、また鼻を鳴らした…。
*
ナナの彼氏は、どっかりと、ぴったりとタカオミの横に座り込み、タカオミはドア側に座っていたが、手すりの方へ詰められてしまった…。
「なななな、なんとなく覚えてますよ… ナナ… ちゃんの彼氏… でしょう…(どうする? どーする! こいつ知ってるのか? 子供のこと! 言うか? 言うまいか! こいつになんとかしてもらう? いやだめだっ!)」
「ブハッ! 彼氏? 俺が? ぶわっはっはっはっは そう。彼氏だ! 永遠に俺は娘の彼で居たかったよ…」
車内中に響く声で話す男を、チラチラ見るタカオミ…。
「むすめーーってぇええ お父さん! なんですか!」
驚いて顔をまじまじ見ると、若作りの激しいおっさんだと分かった。
「娘連れ戻しにあいつの仲間と来たんだが、なんか昔思い出しちゃって学ランとか着ちゃったさ。あはははは」
『親父だったのかよぉー ヒェー』
ただただ、おっさんの顔を見つめてしまったタカオミ…。
「あいつの居場所知ってるよね? 知らないとは言わせないよ…」
大声から一変し、静かな口調で話し始めた…。
『ゲロゲロゲロー! どうする! 俺!』
20-5
洋館のふたりも、部員たちの様子を庭の窓から見ていた。
アヤンと目が合った眼鏡男は、顔を歪ませたりして笑わせ、シズオはビールケースに爪先立ちで覗いていた。
「朝っぱらから。うっさいんじゃー! 仕事終わってこれから寝るんだぞぉー あたし子供嫌い… 45日も続くって? ヒェー…」
そこへ、シゲミが眠そうな顔でやって来た。
「俺は子供好きだし大歓迎~♪ 子猫ちゃんたちは今日も元気いいねぇー 眼鏡もきっと心の中で歓声をあげてるはずー」
眼鏡男はペンを舐めながら中の様子を、ガリガリとノートに書き留めていた。
イリもその三人に気づいてはいたが、会釈しようにも視界をさえぎるように密着して座る、親衛隊隊長のフユミと副隊長のエリリンが居て、トモヤは真横で相変わらずニコニコしていた。その他配下の親衛隊隊員たちは、肘を組み合いイリの前に立ちはだかっていて、PKを阻止するサッカー選手のような動きで頑張っていた…。
そう、トモヤとイリをくっつける作戦計画の三段階目が発動されていたのだ!
その名も!”合宿中にタカオミとイリを絶対会わせない作戦パート3”…まんまじゃんだった…。
『そして、結局こうなった…。ハァ…』
描いていたはじめの幸せな思惑とぜんぜんっ! 違う、この状況に… 机に顔を乗せため息を吐くしかないイリだった…。
「あんなガキンチョたちの、どこがいいのやらだ… もっかい寝よ寝よ 行くよ! ふぁ~」
生あくびのシゲミが、弟の襟首を掴んで連れて行こうとした。
「わわっ 寝るなら一人で寝ろよぉー 気持ちわりぃなー 添い寝しないと寝れないのかょ! 俺。アヤンちゃんのファンだから、まだ残ってる。あの子ちっちゃいからちびっと優越感感じるのだょー♪」
「ロリコンだったのか?」
眼鏡男の眉がビクッと動いた!
「そーじゃねーよ ただのファン 可愛いじゃーん♪♪」
眼鏡男は眉をピクピク動かした…。
「そんな小さな幸せ粉砕してやるぅー おまえは仕事残ってるだろ! 片付けろー」
「ウゲッ! リアルに引き戻すなー ウゲゲゲゲーッ」
シゲミは弟を無理やり連れて行った…。
「せんせー 変な人がさっきからずーっと覗いています! 気が散るからカーテン閉めていいですかー?」
親衛隊隊員の一人が、1人残った図体のでかい男を睨んだ…。
『ちょっ!』
眼鏡男はカーテンとおっかけっこしたが、ついに閉じられてしまった…。
『えぇーー あの子僕のこと知らないのかーー もぐりだー』
眼鏡男の眉がへの字に曲がった…。
20-6
プキュキュキュ プキュユキュ キュキュキュ
可愛い音のする方に寝てるマドレーヌの耳がピクッと反応すると、小さな来客者が洋館へ忍び込もうとしていた。
「アイちゃんはやく」
「やだよぉー 入りたくないよぉー」
「僕らの永遠の愛のためだぉー いくんだ。おぉー!」
「アイちゃん怖いからやだぁーー」
「シーー 大きな声出さないの。行くよー」
いつかのアイと言う子供が、マコトちゃん引っ張られどこかに向かおうとしていた。だが、静かに忍んでるはずのマコトちゃんの履いている長靴は可愛い音を鳴らし続け、すっかりばればれではあった。
プキュユキュ キュキュキュ
「愛ってマボロチなんでしょー?」
「マボロチーって何? アイちゃんは、マボロチちゃんなの?」
「わかんなーぃ! ママに怒られるから帰るー マコちゃんのことマセガッキーんって言ってたシー」
「マセガッキーン!? なんかかっこぃー ライディンに出て来るヒーローロボ? でも、もう後戻りできないのだ! このお化け屋敷に一歩でも足を踏み入れると… 相合傘の部屋まで行くしかないんだー 足元を見るんだー! それーー」
「キャーッ」
マコト君はアイちゃんを、強引に玄関の中に引き入れてしまった。
「ほーらね。もう行くしかないんだぉー」
「こわいよーこわいよー マコちゃーん」
「だいじょーぶ。アイちゃんはマボロチちゃんなのかもしれないけど! 僕は君の為なら嫌いなニンジンちびっと食べてあげりゅーにょー!」
「威勢がええのぉー それでこそ男だ! 愛は幻なんかじゃないぞぉぉお~ フフッフッフフゥ~」
もしかしたら、その子供たちより小さいかもしれないババァが、紫色のジャージ姿。紫色のタオルで汗を拭きながら玄関に現れた。
小さな二人にはその姿が逆行で真っ黒ぃ、ちっちゃなお化けに見えた。
そのお化けはゆっくりこちらへ歩いて来た!
「ギャーーーー 来るなあっちいけー アイちゃん!」
「マコトくーーん!」
二人は手を取り合い、思わず階段を駆け上がった。
「おーぃあの部屋へいくんかー? 開いてないぞぉー ちゅーかわしも上に行くんじゃがのぉー やれやれ…」
ババァは螺旋階段の手すりに付けられたレールの椅子に乗り、▲ボタンを押すと、電動モーターの力でスーッと二階へ上がって行った。
20-7
「連れて行ってくれるよな?」
細めた目は鋭く光っていた。
「えぇーーー お、俺。それどこじゃないです! 俺! これから会いに行かなきゃならない子が居るんです!」
「…うちのナナ…よりもか?」
鋭い眼光でにじり寄るおっさんパパに、ますます詰められていくタカオミ。
「愛してるって言いに行かなきゃいけないんです! 俺は、おれはー 彼女に信じてもらうしかないんです! ナナが俺の子供作ったっていうのは嘘なんです絶対!! え?」
「ぇ?」
二人の目が合い… ナナパパの目から光が消え… 点になった。
「うわぁあああああああああぁああ!」
タカオミは座席から飛び上がりつり輪をつかんでいた!
その反動で、前の座席へ逃げようとした瞬間…
腰に抱き付かれてしまった!
『うわぁー グワァアアア!』
宙ぶらりんなタカオミは滝のような汗を流し、
車両連結通路からこっちへこようとしていた乗客が、その光景に踏み出した足を元に戻して消えるのが見えた…。
そして、腰を抱かれたまま…
「俺。この歳でもぅ じーちゃん? 君が俺の義理の息子… あいつは俺の宝… 幸せにしてやってくれるよな?」
ナナパパが言ぃ… ジーンズの腰をつかみタカオミを引きずり降ろした。
「で… 誰に会いに行くんだって?…」
「だーれかなぁー?…」
「えーっと、愛を伝えに行くんだっけ…」
「それはー… 俺の娘にだよなぁー…」
「えーーと。そうだきみはぁー タカ君! そうそう。思い出した…」
「そうだったそうだった。君って将来有望な絵描きだそーじゃないかー 田舎でも評判だ… まぁ行く行くは三台目社長になってもらうが…」
「うちのナナも描いてくれたことあったよな…」
「あん時はヌードだと勘違いして、ひっかき回したっけな…」
「俺。娘のことになると我を忘れちまってな! カンベンな…」
「スマン義理の息子…」
途切れ途切れに話すパパの声は上ずっていた…。
『あぅあぅあぅ』
何も言えない青年一名…。
「まぁー いい。そっち付き合ってやるから… それからナナんとこ行こうか? ナナはなぁー あー見えても心の優しい子なんだよぉ。小さい頃はそれはそれは天使みたいな子でな。俺らが離婚しておかしくなっちまったんだよな… 俺の商売も苛められる原因だったみたいでなー だからな、俺はな、あいつの後ろにくっついて回ってそれ以上悪さしないよーにな。悪い子にならないよーと思ってな…な。でも、それが結局あいつの反抗心に火を点けちゃったみたいでな… おっちゃん反省しようにもな… 短気で、頑固だしな… そいでな… でなー… そしたら、そしたら、そんな天使がついに羽ばたいて行ってしまうのかぁー 天使が天使を生むのかぁーぁー! 若者よ、こうやって人類は繁栄してきた訳だ、俺はその一端を担ったし、君もぉー生きる意味を知る時が来たんだよぉ~ でな。子種より産む女の方が偉いって知ってるか? 男はなぁ。男はなぁ… あぁーでも、孫できたら~ もう目の中入れて可愛がるぞぉ~ じーちゃんは!! でな~ そいでな~…」
去りし日の情景に目から汗を流すまいと、必死で耐えたり。笑ったりで、永遠話し続ける。
やんちゃな”青柳ゴム代表取締役二代目社長。青柳ユウスケさん(三十八歳) バツイチ”だった。
だけど、タカオミの耳にはほぼなにも聞こえてはいなかった…。
そして、電車は住む町の駅に止まりドアは開かれた!
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●Chic Novels●
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