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9:夢見るキス
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9:夢見るキス
次の日、夕べの大雪は今朝方止み、あたり一面に降り積もっていた。
目指す部室は、来年取り壊される予定の旧クラブ専用棟にあって、立派な体育館の影でなんとも薄暗く、風が吹くと、どこかが恐ろしげな音を立て、歩くと床がきしむ木造家屋。二階の中途半端な突き当たりに”青少年屋外奉仕活動クラブ部室 関係者以外立ち入り禁止”と、大きく貼り紙されたドアがあり。開けるには勇気が必要だった。
「アタシ。ここ初めて来たよ…」イリが言った。
「やだやだ。ここやだ~あたち…なんか怖い!」アヤンはカナの腰にしがみついていた。
「私、一階の資材置き場は行ったことある。あそこも気味悪かったけど…二階はもっと独特だわ~なんか出そうよ」カナは天井の蜘蛛の巣を見てゾッとした。
「やめてやめて! そーいうこと言うの~」
ミサキは逃げ出そうとするアヤンの襟首を掴んで引き戻した。
「今だけだよ。今だけ、顔見せだけして幽霊部員になればいいんだから。気にしない、気にしない。どう転んでも水虫の方が分が悪いんだから。開けるよ!」
カナを先頭に、三人は恐る恐る後に続いた。
ガチャン…ギギギギギ…
入った先には間仕切りがあり、そこを抜けると…。
「わわっ!!」イリが言った。
「ダンスクラブと間違えたかにゃ?」
「あそこはもう、新棟に移ってるよ」ミサキはアヤンに言った。
「びっくり~ 外と中じゃ大違い」
カナは壁に取り付けてある手すりにつかまり、バレーのポーズをとった。
部室は二教室分をぶち抜いて作ってあり、片側の壁一面に鏡が貼られ、部室の真ん中から奥にステージがあるようで”どん帳”も下がっていた。ちょっとした劇場風だなーと四人が不思議そうにしていると、その紫色のどん帳が左右に開いた。
パン! パン! パン! パン!
中から数名の男女がぞろぞろ出て来て、クラッカーを鳴らし紙吹雪が舞うと”歓迎 新入部員ご一同さま♪”と手書きされた紙をするする開いて、イリたちを笑顔で迎えてくれた。そして、痩せてひょろ長い男子が前に出て挨拶を始めた。
「ようこそ♪ 我が、青少年屋外奉仕クラブへ~ 僕が、団長の君河キヨシです。不知火先生から聞いて、皆さんが来るの心待ちにしてました~。これから一緒に切磋琢磨していければいいな~って思ってまーっす。よろしくっ!」
団長が指二本の敬礼すると、右から順に自己紹介がはじまった。
『なんだ? 団長ってなんだよ? あんたの敬礼センス古すぎ…』カナは、顔をしかめた。
男子部員たちの自己紹介が次々に終わっていくと、誰かが部室に入って来た。
ガチャ! ドタバタドタ!
「ご、ごめーん。遅れました~ 歓迎会もう始まっちゃってるね。掃除の草むしりに手間取って遅れちゃいました」
サラサラの髪をかき上げるその男子生徒に、四人は目を見はった。
『カ! カワィイイイイ~♪ あれぇ~あれれ、誰かに似てる…誰だっけな~』と、イリは思った。
『キャー かっこぃいい! 誰でちゅこの男子!』
『ん~舎弟にしてこき使いたい』
『あら~綺麗なお顔だち♪』
「え~彼は、由樹トモヤ君で、一年生ながら、部一番の立て役者で、隠れファンもいっぱいいまーっす」
「だ、団長。そーいうのやめてよ。恥ずかしいから」
トモヤが照れていると、女子部員がキラキラ目を輝かせ彼を取り巻き、その女子たちの自己紹介の番になった。
「わたし、潮見フユミって言います。上級生だけど、このクラブ上下関係あんまり無いから、なんでも気軽に話してね。主にお針子してまーす。そして、この子が広報兼マネージャーやってくれてる、権堂エリコさん。みんなエリリンって呼んでるわ~」
フユミは人の世話を焼くのが好きそうな、おねータイプで、フユミに押されて出て来たエリリンは、ぼさぼさの髪で眼鏡が隠れ、なんとも個性的な女子だった。
「ども。どーも、どーもどももももも~ 先輩女子部員が早々に出て行ってしまったので、女子の入部を心待ちにしてました~。末永くどうぞよろしゅう」
一見にこやかだが、イリたちを見るその他女子部員と、フユミとエリリンの瞳の奥に、激しく燃える炎が見え隠れしていた。
『うぉ! こいつら、そいうことか、トモヤに手を出すなって言ってるわね~あ~もぅなんかめんどくさい事にならなきゃいいけど…』と、ミサキはやれやれといった表情で親友たちに目くばせした。
「はぃ! では、そちらも順に紹介お願いしますね~ えっと、ボーイッシュな君からどうぞ~」
団長が言うと、カナは俺? 俺か!って自分を指した。
「え~っと、俺は、おっと、私は~鋤区音ミサキです! 不知火先生に入れって言われて来たけど、このクラブって、ボランティアとかするクラブなんだよね?」
「あたちは萩原アヤンでっす。一応趣味が料理でーっしゅ。うんうん。あたちも、草むちり部だと思って来まちた~」
「私は風祭カナと申します。趣味は祖父の影響で、英語で任侠物の本を読むことです。皆さん”森の石松”ってご存知ですか?」
「………」
マニアックすぎる質問に誰も答えることができず、微妙な空気が流れたが、
「でも~この部室。元はダンスクラブだったんですか? 昔習ってたバレー教室思い出しちゃいました♪ こちらこそお世話になりまっす。うふ」
美人だと評判のカナは、ミニスカートの裾を掴みバレー風なお辞儀をすると、チュチュとレオタード姿を想像してしまった男子部員たちはどよめき、溶けそうになった。
「あ。趣味とか言うの? 趣味…あたくしのしゅみは~~弱いもの苛め! わはははは「イテッ!」格闘技好きで空手の黒帯でーす。カラオケも好きだよ。はい! 次は昨日で乙女じゃ無くぅ~ムガガガガ~」ミサキはアヤンに蹴られたが、今度はイリに口を塞がれた。
「ごらぁ~! アタシはまだまだ乙女で~っす!
ぁ、あははははハァ~ アタシは睦月アイリと言いますです。皆にはイリって呼ばれてて、趣味は~音楽とか映画鑑賞で、アニメとかも好きでーす。でも、団長さん? 質問してもいいですか?」
「はい。難問疑問なんでもどうぞ~」
「団長とか、役者とか、お針子さんとか、広報って言われると、まるで劇団みたいに聞こえるんですけど~ 例えて言ってるだけとかなんですか?」
「先生から何も聞いてないの?」
トモヤが言うと、部員たちはざわついた。
「不知火先生も人が悪いからなぁ~ あはは まんまと乗せられた?」
エリリンは笑った。
「知らずにきちゃったのね~ 大丈夫かな団長さん」
フユミが言った。
「大丈夫。だいじょーぶ。はじめはみんな素人なんだから♪
いえ、何にも例えたりしてませんよイリさん。そのんまの意味で使ってます。
このクラブは、お芝居するクラブなのです!」
「えぇ~~~~!!!」
イリもミサキもカナもアヤンも面食らってしまった。
今日はミサキの独り言:
「俺も恋したい! でも、恋って何? 絞められて落ちる感じに似てるって死んだ一番上の兄貴が言ってたけど?そんなことしてみろ! 近づく奴は誰でもブチノメ~ス! かかってこーぃ!」
9-1:夢見るキス
「あたち芝居するにょ~ 無理! ぜったい無理!」
「だって、屋外奉仕活動って言ったら、普通、草むしりだろ」
「そう言えば前に、ここのクラブのこと聞いたことがありましたわ。忘れてましたわ~」
カナがのほほんと言うと、
「おぃこら、マイペースちゃん。そー言うことは、もっと前に思い出しとくれよ!」
ミサキが怒ると、団長が頭をかいて困っていた。
「まーまー抑えて抑えて、ミサキさん。青少年屋外奉仕活動クラブってのは、よーするにこのお芝居クラブの劇団名になりますね。紛らでごめんよ。なんせ、このクラブ作ったの水虫先生だからさぁ~ アハハハ」
「そんな話し聞いてないし! 嵌めやがったなーこりゃ詐欺だ! 帰ろうぜぇ~みんな!」
「おぃミサキちゃ~ん。何、怒ってる? さっき言ってたこと実践すればいいだけのことじゃん。待ってよ~」
カッとして帰ろうとするミサキの手を、アヤンは引っぱった。
「えぇ~そうなの~? だって、先生はこれしか、選択肢無いって言ってたんじゃ?」カナもミサキをなだめた。
「だめぇ~~ 帰っちゃ! 二人の言うとおりなんだよ~草むしりのつもりで、ボランティア参加でもなんでもしようよぉ~ だって、だって、そーしないと。分かるでしょ~ ね。ねねねねね! 入ろうよ! おねがーぃ」
イリはミサキの前に立ち、両手を合わせ懇願した。
「こっちが優位なんだってことあいつ分かってんのか~?! 舐められとるな…うぅう…でも実際そう。飲むしかないんだよなこれが…分かった入るよ。大人しく入ります」
がっくり肩を落としたミサキに、
『怒らない、怒らない。お化けになればいいのよ。ね♪』と、アヤンはヒソヒソ声で話した。
「決まり!」イリはカナと手を取って喜び、
「団長さん! 入部します。ミサキさんも納得してくれたようです」と、イリが言った。
「まず何からやるのですか? お芝居するなんて思っても見なかったけど楽しそうですわ~♪」カナは目を輝かせた。
「納得してくれて良かった。さーこれが次の舞台の本です♪」
団長が四人に台本を渡していくと、
「わぁ~これて、大山田さん作なの~」はじめにもらったアヤンが声を上げた。
「ほんとだー『大山田マスタツ』て書いてあるね。あの人こーいうことする人だったんだ」
「知り合いなの? ほら、ここにプロフィールとかも書いてあるよ」
トモヤはいつの間にかイリの横に居てそのページをめくってあげたが、ピリピリしたオーラでフユミもエリリンも二人の間に割り込んで来た。
「なに~親方って偉いおっさんだったの? あの、ずうたいでぇ~まじか。どらどら、タイトルは」ミサキは自分がもらったのを読まずカナのを覗いていた。
「タイトルは、『空と海の猫』ですって。なんか猫づいてますわね~ファンタジーですの? 面白そう♪」
カナがページをパラパラめくっていると、その他男子部員たちが、どうぞどうぞと椅子に座らせ、
「あの人の青春劇、個性的で面白いですよ~」
「他の作品もありまーす」っと囲み、ジュースがすっと差し出されると、いつの間にかお菓子の山ができた。が、カナに出されたジュースはミサキが一気飲みし、お代わりを上級生に要求すると、アヤンはこっそりお菓子をポイッポイッと口に放り、膨らんだほっぺを両方から押し込んだ。
「とりあえず今日はその本を、できたら声に出して読んでみてくださいね。僕らは練習しますけど、自由に見てていいですから。細かい話は明日しましょう」
団長はパンパンっと手を叩いて部員たちを練習モードに入らせた。
「では、トモヤ君。第三幕はじめ、ふたりのシーン。あのなかなか言いづらいセリフからどうぞ~ 海の猫役は~ん~今日は大石さんやってくださいな~」
「はーぃ」
「キャ♪」
「トモヤ頑張って~♪」
フユミとエリリンを中心に、女子部員たちは黄色い声を上げ、イリはその幕をめくり彼のセリフに合わせ本読みをしようと練習風景を眺めた。
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空の猫:(トモヤの役)
「僕は君のことを好きになってしまった。君も同じ気持ちになって欲しい。僕はもう空に帰らなくてはいけない…だから、だから…」
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海の猫:
「…雨が降るよ。雨が降ってきたよ。この季節の雨は寒さを増し雪に変わることもあるでしょう。変わる季節に旅立つあなた…そして、アタシも海に帰る。あなたがアタシのことを思っていてくれるのは嬉しい。でも、口付けを交わすことは許されない…空と海が出会えるのは今だけ…。神様が悪戯に作られたただの偽りの時間…」
----------------
空の猫:
「…僕の声が届きますか?」
海の猫:
「アタシの声が届きますか?…」
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『さすが役者~豹変っぷりがすごい』
シャイそうなトモヤの顔がさっきまでの彼とは別人に見え、イリが見とれていると、彼の声は、
『…だから。だから…』
『…だから。だから…』
『…だから。だから…』
そして、だんだんと、タカオミの声に変わり、夕べの出来事と重なっていった。
彼の優しい声。
彼の唇。
彼のキスの雨。
彼を、アタシ全部で感じる。
衣服の擦れる音。
ふたりの息づかい。
しんしんと降る雪の結晶。
真っ白なベッドで大らかな翼に包まれる。
目を瞑っても、
合わせ鏡の中にいるような瞬間の今。
背中の小さな薄羽は羽ばたこうと震え、その時を待っている。
大好きな彼の瞳。
『だから、だから…』
囁く彼と、囁かれるアタシが無限にここにいて、
紡がれる無言の音楽にただ抱かれ合う。
9-2:夢見るキス
自分の世界に入ったイリは、焦点の定まらない目で突っ立っていた。
『おぃ 見ろ見ろ♪ あいつまた得意の妄想に突入したな?』
ミサキは、アヤンとカナにニヤニヤ顔で、真っ赤になってるイリに顎をしゃくった。
『あは。イリちゃんったら~夕べのことを? うふ♪』
『ブッ! 面白ちろそうでしゅ。見てよ~っと』
三人がじーっと見ていると、
「キャーーーーーーー♪ いゃぁあああああ~ん♪♪♪」黄色い声でいきなり叫び、股に手を挟みぺたんと女座りしてしまった。
その声に練習に励んでいた部員たちは固まってしまい、視線だけでイリを追っていた…。
「ぶわはっはっはは~~~ ヒーヒー ゼェゼェ
イリは妄想壁あるから気にしないで続けてくださいな~ 起きろイリ! 目を覚ませ~」
ミサキはイリを揺さぶった。
「もしかしたら、この子が一番役者さん向きなんじゃない?」カナが妙に納得して言うと、
『ウググググググゥ~ みじゅ おみじゅ~』アヤンは、あまりにベタな反応の親友に、お菓子で喉を詰まらせ胸を叩いた。
部室に微妙な空気が流れ、
「ん? アタシ。今なんか言った?」と、イリが真っ赤な顔して我に返ると、部員たちは何事もなかったように芝居の練習に打ち込もうとしたが、トモヤだけは笑いのツボに嵌ったようで、ゲラゲラ大笑いしていた。
カシャ! カシャ! カッシャ!
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
部室そばの植え込みにひときわ大きな木が生え、一人の男子がその木の幹に立てかけた脚立を押さえイライラしていたが、その格好はとんでもない制服?だった…。
「おい。返事しろよ。大丈夫なんだろうな? バッチリか?」
カシャ! カシャ! カッシャ!
下の男子が見上げる先。高い所の枝に跨るもう一人の男子が居て、超望遠レンズ付きのデジカメを抱え何かを夢中で撮影していた。二人の格好はお揃いで、…雪原用に仕上げたらしい、迷彩服もどきのジャンパー。枯れ枝をたくさん刺した”鹿児建設”と書かれた工事帽を被っていた…。
カシャ! カシャ! カッシャ!
「おぃ! なんとか言えよ~!」
「大声を出すな! ちゃんと見張ってろって、それとも代われるのか? プププ」
「高いとこさえ平気ならお前には頼まねぇ~。ちゃんと撮れてるか~ ベストショット毎に僕のお宝と交換なんだぞ! きばれ~!」
「プププ。ヤスヒロ君! 覚悟しとけよぉ~僕は君のお宝を全部いただく!」
上の男子は、もう少し前に出ようと枝先へにじり寄った。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
「改めて言っとくが、僕が気に入った激選したのとだけ!だからな!」
「うわ。こっち見た! やべ! わわわ、こぇ~」
彼は、体制を低くし枝を揺らした。
「なに~!! 撮れ!死んでも撮れ! ヨッシー!! 目線ありなんて死んじゃうぅ~」
「ぁあ。やばかった…ばれてないみたいだ。しかし、君…毎日死んでばっかだな」
「女神様の存在を知り、僕は毎日生きる屍ですぅ…」
ヤスヒロの小柄な体は、ゾンビのような雰囲気になった。
「でもさ、なんで”あんなの”が良いの? まぁ、僕には最愛のおねーさまがいるから、関係ないけど~♪」
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
ヨシノブがつい本音を漏らしシャッターを切ると、ヤスヒロの肩がブルブル震えはじめた。
「ななななな! ぁぁぁあんなのだと!? お前こそ! 年増で根性ブスアイドルのどこがいい?」
「ドドドドドどぶすぅ~!!! いつも思うが、自分の姉をよくそこまで言えるな! そこまで酷いこと言ってないだろ~僕は君のおにーさんになるかもなのに! ”あんなの”って言っただけ~!」
「同じだ~~! しかも、僕と兄弟になるとか頭腐ってるだろ!!!」
脚立から殴りかからんばかりの勢いで木をよじ登るヤスヒロ。ヨシノブも怒り下へ降りようとしたが、ヤスヒロの猛進ぶりに慌て「目線撮ったどぉー!」っと、カメラを宙に垂らし静止させようとしたが、「な、何する! ぼ、僕の愛機35万!」っと、カメラめがけて跳ね飛んだ。
「うわ~!」ヨシノブは、「高所恐怖症って嘘だ~」っと、カメラのストラップは握ったままで、カメラを奪取され、枝がポッキリ折れた。そして、二人は、ドス!ドスンッと雪に消え、やっと手製の迷彩服が役にたったようだった…。
「わっ! 痛そう~! あの子ら、いっちゅもドタバタしてるよね…しかも、変なかっこしてたし…アホ?」と、アヤンが二人の様子に気づいて言うと、
「馬場ヨシノブと、鹿児ヤスヒロ。二人合わせて馬鹿と読みます。…変態とも…見るだけで伝染するからムシムシッ オェ~」っと、カナが言った。
練習は終わり、皆それぞれにお疲れ様と帰り支度を始めた頃。お先に失礼しますと部室を出たイリたちは、グラウンドのはじを歩いていた。
「とりあえず、あのやろ~に文句たれなきゃ!」
ミサキはギュギュギュっと拳を握り締めた。
「そうね。水虫に報告済ませたらカナんちで、お引越しの相談でもしますか~」アヤンが言うと、
「うんうん。お茶しながら話そうよ」カナはバレーのポーズをとった。 イリは考え事してるのか、皆より遅れて歩いていたが、後ろからドヤドヤと数名の男子部員がやって来て押しのけ、
「カナさん。カナさん♪ カナさまぁ~~ん一緒に帰りましょう」っと、取り巻きカナを先へ先へと連れて行った。
「モテモテめ!」ミサキが雪を蹴った。
「仕方ないよ~♪ カナは別格…なんであたちたち、あの子と友だちになれたのか~とーっても謎なのれす~♪」アヤンは誰も足を入れていない、積もってる雪めがけ腰に手を当てスキップを踏んだ。
「でも、俺もな実はモテモテなんだぜぇ~」
「知ってる。兄貴と甥っ子たちにでしょ♪」ずっと、スキップしてるアヤン。
「…うん………」ミサキが黙り込むと、
グワガァーーー グワッガガガガー
ガガガカァ~ バッサ! バッサ! バッサ!っと、空に十数羽の得体の知れない鳥が飛び、ミサキは何かを察知した!
「来る!!! 呪い!」
「のろい? あぁイリが」
アヤンはのろのろ歩く、イリを見た。
「あ。ダメよトモヤ君。採寸終わってな~い。針あるから、あぶないってばぁー♪」
フユミが縫ってる最中の衣装を持ち彼を追い、
「トモヤ~。今度市民ホール周り付き合ってよ~ポスター貼りとか、お茶とかデート♪キャ~とか ねぇ~」ボサボサ髪を振り乱すエリリン。その他女子部員たちも一緒にキャーキャーとトモヤの後を追いかけた。
トモヤはイリに追いつこうと勢い余って滑べって転び、手に持ってる物をやっとイリに見せた。
「ぼ、僕も好きなんだ!」
雪まみれのトモヤがそれを振って見せた。
「あぇ?」きょとんとしてるイリ。
「エヘヘ♪ これこれ。戦士ライディン Sブラック」
「…スキきなんだよね。イリちゃん…」
「わぁ。これ持ってるよ、色違いだけど。アタシもスキ~♪ でも、なんで好きって知ってる?」
「それは、その理由は~僕は、好きだから、 僕は君が大好き! …タカにぃーさんには負けません!」
トモヤはイリをまっすぐに見て、告白していた!
トモヤに追いついていたフユミとエリリンとその他、女子部員たちの目は吊り上がり、頭から湯気を噴き上げた!
「キターーーー!!!」
「これかぁ~~♪」
アヤンと、ミサキは腕を組み、ルルルルンっとスキップした。
次の日、夕べの大雪は今朝方止み、あたり一面に降り積もっていた。
目指す部室は、来年取り壊される予定の旧クラブ専用棟にあって、立派な体育館の影でなんとも薄暗く、風が吹くと、どこかが恐ろしげな音を立て、歩くと床がきしむ木造家屋。二階の中途半端な突き当たりに”青少年屋外奉仕活動クラブ部室 関係者以外立ち入り禁止”と、大きく貼り紙されたドアがあり。開けるには勇気が必要だった。
「アタシ。ここ初めて来たよ…」イリが言った。
「やだやだ。ここやだ~あたち…なんか怖い!」アヤンはカナの腰にしがみついていた。
「私、一階の資材置き場は行ったことある。あそこも気味悪かったけど…二階はもっと独特だわ~なんか出そうよ」カナは天井の蜘蛛の巣を見てゾッとした。
「やめてやめて! そーいうこと言うの~」
ミサキは逃げ出そうとするアヤンの襟首を掴んで引き戻した。
「今だけだよ。今だけ、顔見せだけして幽霊部員になればいいんだから。気にしない、気にしない。どう転んでも水虫の方が分が悪いんだから。開けるよ!」
カナを先頭に、三人は恐る恐る後に続いた。
ガチャン…ギギギギギ…
入った先には間仕切りがあり、そこを抜けると…。
「わわっ!!」イリが言った。
「ダンスクラブと間違えたかにゃ?」
「あそこはもう、新棟に移ってるよ」ミサキはアヤンに言った。
「びっくり~ 外と中じゃ大違い」
カナは壁に取り付けてある手すりにつかまり、バレーのポーズをとった。
部室は二教室分をぶち抜いて作ってあり、片側の壁一面に鏡が貼られ、部室の真ん中から奥にステージがあるようで”どん帳”も下がっていた。ちょっとした劇場風だなーと四人が不思議そうにしていると、その紫色のどん帳が左右に開いた。
パン! パン! パン! パン!
中から数名の男女がぞろぞろ出て来て、クラッカーを鳴らし紙吹雪が舞うと”歓迎 新入部員ご一同さま♪”と手書きされた紙をするする開いて、イリたちを笑顔で迎えてくれた。そして、痩せてひょろ長い男子が前に出て挨拶を始めた。
「ようこそ♪ 我が、青少年屋外奉仕クラブへ~ 僕が、団長の君河キヨシです。不知火先生から聞いて、皆さんが来るの心待ちにしてました~。これから一緒に切磋琢磨していければいいな~って思ってまーっす。よろしくっ!」
団長が指二本の敬礼すると、右から順に自己紹介がはじまった。
『なんだ? 団長ってなんだよ? あんたの敬礼センス古すぎ…』カナは、顔をしかめた。
男子部員たちの自己紹介が次々に終わっていくと、誰かが部室に入って来た。
ガチャ! ドタバタドタ!
「ご、ごめーん。遅れました~ 歓迎会もう始まっちゃってるね。掃除の草むしりに手間取って遅れちゃいました」
サラサラの髪をかき上げるその男子生徒に、四人は目を見はった。
『カ! カワィイイイイ~♪ あれぇ~あれれ、誰かに似てる…誰だっけな~』と、イリは思った。
『キャー かっこぃいい! 誰でちゅこの男子!』
『ん~舎弟にしてこき使いたい』
『あら~綺麗なお顔だち♪』
「え~彼は、由樹トモヤ君で、一年生ながら、部一番の立て役者で、隠れファンもいっぱいいまーっす」
「だ、団長。そーいうのやめてよ。恥ずかしいから」
トモヤが照れていると、女子部員がキラキラ目を輝かせ彼を取り巻き、その女子たちの自己紹介の番になった。
「わたし、潮見フユミって言います。上級生だけど、このクラブ上下関係あんまり無いから、なんでも気軽に話してね。主にお針子してまーす。そして、この子が広報兼マネージャーやってくれてる、権堂エリコさん。みんなエリリンって呼んでるわ~」
フユミは人の世話を焼くのが好きそうな、おねータイプで、フユミに押されて出て来たエリリンは、ぼさぼさの髪で眼鏡が隠れ、なんとも個性的な女子だった。
「ども。どーも、どーもどももももも~ 先輩女子部員が早々に出て行ってしまったので、女子の入部を心待ちにしてました~。末永くどうぞよろしゅう」
一見にこやかだが、イリたちを見るその他女子部員と、フユミとエリリンの瞳の奥に、激しく燃える炎が見え隠れしていた。
『うぉ! こいつら、そいうことか、トモヤに手を出すなって言ってるわね~あ~もぅなんかめんどくさい事にならなきゃいいけど…』と、ミサキはやれやれといった表情で親友たちに目くばせした。
「はぃ! では、そちらも順に紹介お願いしますね~ えっと、ボーイッシュな君からどうぞ~」
団長が言うと、カナは俺? 俺か!って自分を指した。
「え~っと、俺は、おっと、私は~鋤区音ミサキです! 不知火先生に入れって言われて来たけど、このクラブって、ボランティアとかするクラブなんだよね?」
「あたちは萩原アヤンでっす。一応趣味が料理でーっしゅ。うんうん。あたちも、草むちり部だと思って来まちた~」
「私は風祭カナと申します。趣味は祖父の影響で、英語で任侠物の本を読むことです。皆さん”森の石松”ってご存知ですか?」
「………」
マニアックすぎる質問に誰も答えることができず、微妙な空気が流れたが、
「でも~この部室。元はダンスクラブだったんですか? 昔習ってたバレー教室思い出しちゃいました♪ こちらこそお世話になりまっす。うふ」
美人だと評判のカナは、ミニスカートの裾を掴みバレー風なお辞儀をすると、チュチュとレオタード姿を想像してしまった男子部員たちはどよめき、溶けそうになった。
「あ。趣味とか言うの? 趣味…あたくしのしゅみは~~弱いもの苛め! わはははは「イテッ!」格闘技好きで空手の黒帯でーす。カラオケも好きだよ。はい! 次は昨日で乙女じゃ無くぅ~ムガガガガ~」ミサキはアヤンに蹴られたが、今度はイリに口を塞がれた。
「ごらぁ~! アタシはまだまだ乙女で~っす!
ぁ、あははははハァ~ アタシは睦月アイリと言いますです。皆にはイリって呼ばれてて、趣味は~音楽とか映画鑑賞で、アニメとかも好きでーす。でも、団長さん? 質問してもいいですか?」
「はい。難問疑問なんでもどうぞ~」
「団長とか、役者とか、お針子さんとか、広報って言われると、まるで劇団みたいに聞こえるんですけど~ 例えて言ってるだけとかなんですか?」
「先生から何も聞いてないの?」
トモヤが言うと、部員たちはざわついた。
「不知火先生も人が悪いからなぁ~ あはは まんまと乗せられた?」
エリリンは笑った。
「知らずにきちゃったのね~ 大丈夫かな団長さん」
フユミが言った。
「大丈夫。だいじょーぶ。はじめはみんな素人なんだから♪
いえ、何にも例えたりしてませんよイリさん。そのんまの意味で使ってます。
このクラブは、お芝居するクラブなのです!」
「えぇ~~~~!!!」
イリもミサキもカナもアヤンも面食らってしまった。
今日はミサキの独り言:
「俺も恋したい! でも、恋って何? 絞められて落ちる感じに似てるって死んだ一番上の兄貴が言ってたけど?そんなことしてみろ! 近づく奴は誰でもブチノメ~ス! かかってこーぃ!」
9-1:夢見るキス
「あたち芝居するにょ~ 無理! ぜったい無理!」
「だって、屋外奉仕活動って言ったら、普通、草むしりだろ」
「そう言えば前に、ここのクラブのこと聞いたことがありましたわ。忘れてましたわ~」
カナがのほほんと言うと、
「おぃこら、マイペースちゃん。そー言うことは、もっと前に思い出しとくれよ!」
ミサキが怒ると、団長が頭をかいて困っていた。
「まーまー抑えて抑えて、ミサキさん。青少年屋外奉仕活動クラブってのは、よーするにこのお芝居クラブの劇団名になりますね。紛らでごめんよ。なんせ、このクラブ作ったの水虫先生だからさぁ~ アハハハ」
「そんな話し聞いてないし! 嵌めやがったなーこりゃ詐欺だ! 帰ろうぜぇ~みんな!」
「おぃミサキちゃ~ん。何、怒ってる? さっき言ってたこと実践すればいいだけのことじゃん。待ってよ~」
カッとして帰ろうとするミサキの手を、アヤンは引っぱった。
「えぇ~そうなの~? だって、先生はこれしか、選択肢無いって言ってたんじゃ?」カナもミサキをなだめた。
「だめぇ~~ 帰っちゃ! 二人の言うとおりなんだよ~草むしりのつもりで、ボランティア参加でもなんでもしようよぉ~ だって、だって、そーしないと。分かるでしょ~ ね。ねねねねね! 入ろうよ! おねがーぃ」
イリはミサキの前に立ち、両手を合わせ懇願した。
「こっちが優位なんだってことあいつ分かってんのか~?! 舐められとるな…うぅう…でも実際そう。飲むしかないんだよなこれが…分かった入るよ。大人しく入ります」
がっくり肩を落としたミサキに、
『怒らない、怒らない。お化けになればいいのよ。ね♪』と、アヤンはヒソヒソ声で話した。
「決まり!」イリはカナと手を取って喜び、
「団長さん! 入部します。ミサキさんも納得してくれたようです」と、イリが言った。
「まず何からやるのですか? お芝居するなんて思っても見なかったけど楽しそうですわ~♪」カナは目を輝かせた。
「納得してくれて良かった。さーこれが次の舞台の本です♪」
団長が四人に台本を渡していくと、
「わぁ~これて、大山田さん作なの~」はじめにもらったアヤンが声を上げた。
「ほんとだー『大山田マスタツ』て書いてあるね。あの人こーいうことする人だったんだ」
「知り合いなの? ほら、ここにプロフィールとかも書いてあるよ」
トモヤはいつの間にかイリの横に居てそのページをめくってあげたが、ピリピリしたオーラでフユミもエリリンも二人の間に割り込んで来た。
「なに~親方って偉いおっさんだったの? あの、ずうたいでぇ~まじか。どらどら、タイトルは」ミサキは自分がもらったのを読まずカナのを覗いていた。
「タイトルは、『空と海の猫』ですって。なんか猫づいてますわね~ファンタジーですの? 面白そう♪」
カナがページをパラパラめくっていると、その他男子部員たちが、どうぞどうぞと椅子に座らせ、
「あの人の青春劇、個性的で面白いですよ~」
「他の作品もありまーす」っと囲み、ジュースがすっと差し出されると、いつの間にかお菓子の山ができた。が、カナに出されたジュースはミサキが一気飲みし、お代わりを上級生に要求すると、アヤンはこっそりお菓子をポイッポイッと口に放り、膨らんだほっぺを両方から押し込んだ。
「とりあえず今日はその本を、できたら声に出して読んでみてくださいね。僕らは練習しますけど、自由に見てていいですから。細かい話は明日しましょう」
団長はパンパンっと手を叩いて部員たちを練習モードに入らせた。
「では、トモヤ君。第三幕はじめ、ふたりのシーン。あのなかなか言いづらいセリフからどうぞ~ 海の猫役は~ん~今日は大石さんやってくださいな~」
「はーぃ」
「キャ♪」
「トモヤ頑張って~♪」
フユミとエリリンを中心に、女子部員たちは黄色い声を上げ、イリはその幕をめくり彼のセリフに合わせ本読みをしようと練習風景を眺めた。
----------------
空の猫:(トモヤの役)
「僕は君のことを好きになってしまった。君も同じ気持ちになって欲しい。僕はもう空に帰らなくてはいけない…だから、だから…」
----------------
海の猫:
「…雨が降るよ。雨が降ってきたよ。この季節の雨は寒さを増し雪に変わることもあるでしょう。変わる季節に旅立つあなた…そして、アタシも海に帰る。あなたがアタシのことを思っていてくれるのは嬉しい。でも、口付けを交わすことは許されない…空と海が出会えるのは今だけ…。神様が悪戯に作られたただの偽りの時間…」
----------------
空の猫:
「…僕の声が届きますか?」
海の猫:
「アタシの声が届きますか?…」
----------------
『さすが役者~豹変っぷりがすごい』
シャイそうなトモヤの顔がさっきまでの彼とは別人に見え、イリが見とれていると、彼の声は、
『…だから。だから…』
『…だから。だから…』
『…だから。だから…』
そして、だんだんと、タカオミの声に変わり、夕べの出来事と重なっていった。
彼の優しい声。
彼の唇。
彼のキスの雨。
彼を、アタシ全部で感じる。
衣服の擦れる音。
ふたりの息づかい。
しんしんと降る雪の結晶。
真っ白なベッドで大らかな翼に包まれる。
目を瞑っても、
合わせ鏡の中にいるような瞬間の今。
背中の小さな薄羽は羽ばたこうと震え、その時を待っている。
大好きな彼の瞳。
『だから、だから…』
囁く彼と、囁かれるアタシが無限にここにいて、
紡がれる無言の音楽にただ抱かれ合う。
9-2:夢見るキス
自分の世界に入ったイリは、焦点の定まらない目で突っ立っていた。
『おぃ 見ろ見ろ♪ あいつまた得意の妄想に突入したな?』
ミサキは、アヤンとカナにニヤニヤ顔で、真っ赤になってるイリに顎をしゃくった。
『あは。イリちゃんったら~夕べのことを? うふ♪』
『ブッ! 面白ちろそうでしゅ。見てよ~っと』
三人がじーっと見ていると、
「キャーーーーーーー♪ いゃぁあああああ~ん♪♪♪」黄色い声でいきなり叫び、股に手を挟みぺたんと女座りしてしまった。
その声に練習に励んでいた部員たちは固まってしまい、視線だけでイリを追っていた…。
「ぶわはっはっはは~~~ ヒーヒー ゼェゼェ
イリは妄想壁あるから気にしないで続けてくださいな~ 起きろイリ! 目を覚ませ~」
ミサキはイリを揺さぶった。
「もしかしたら、この子が一番役者さん向きなんじゃない?」カナが妙に納得して言うと、
『ウググググググゥ~ みじゅ おみじゅ~』アヤンは、あまりにベタな反応の親友に、お菓子で喉を詰まらせ胸を叩いた。
部室に微妙な空気が流れ、
「ん? アタシ。今なんか言った?」と、イリが真っ赤な顔して我に返ると、部員たちは何事もなかったように芝居の練習に打ち込もうとしたが、トモヤだけは笑いのツボに嵌ったようで、ゲラゲラ大笑いしていた。
カシャ! カシャ! カッシャ!
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
部室そばの植え込みにひときわ大きな木が生え、一人の男子がその木の幹に立てかけた脚立を押さえイライラしていたが、その格好はとんでもない制服?だった…。
「おい。返事しろよ。大丈夫なんだろうな? バッチリか?」
カシャ! カシャ! カッシャ!
下の男子が見上げる先。高い所の枝に跨るもう一人の男子が居て、超望遠レンズ付きのデジカメを抱え何かを夢中で撮影していた。二人の格好はお揃いで、…雪原用に仕上げたらしい、迷彩服もどきのジャンパー。枯れ枝をたくさん刺した”鹿児建設”と書かれた工事帽を被っていた…。
カシャ! カシャ! カッシャ!
「おぃ! なんとか言えよ~!」
「大声を出すな! ちゃんと見張ってろって、それとも代われるのか? プププ」
「高いとこさえ平気ならお前には頼まねぇ~。ちゃんと撮れてるか~ ベストショット毎に僕のお宝と交換なんだぞ! きばれ~!」
「プププ。ヤスヒロ君! 覚悟しとけよぉ~僕は君のお宝を全部いただく!」
上の男子は、もう少し前に出ようと枝先へにじり寄った。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
「改めて言っとくが、僕が気に入った激選したのとだけ!だからな!」
「うわ。こっち見た! やべ! わわわ、こぇ~」
彼は、体制を低くし枝を揺らした。
「なに~!! 撮れ!死んでも撮れ! ヨッシー!! 目線ありなんて死んじゃうぅ~」
「ぁあ。やばかった…ばれてないみたいだ。しかし、君…毎日死んでばっかだな」
「女神様の存在を知り、僕は毎日生きる屍ですぅ…」
ヤスヒロの小柄な体は、ゾンビのような雰囲気になった。
「でもさ、なんで”あんなの”が良いの? まぁ、僕には最愛のおねーさまがいるから、関係ないけど~♪」
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
ヨシノブがつい本音を漏らしシャッターを切ると、ヤスヒロの肩がブルブル震えはじめた。
「ななななな! ぁぁぁあんなのだと!? お前こそ! 年増で根性ブスアイドルのどこがいい?」
「ドドドドドどぶすぅ~!!! いつも思うが、自分の姉をよくそこまで言えるな! そこまで酷いこと言ってないだろ~僕は君のおにーさんになるかもなのに! ”あんなの”って言っただけ~!」
「同じだ~~! しかも、僕と兄弟になるとか頭腐ってるだろ!!!」
脚立から殴りかからんばかりの勢いで木をよじ登るヤスヒロ。ヨシノブも怒り下へ降りようとしたが、ヤスヒロの猛進ぶりに慌て「目線撮ったどぉー!」っと、カメラを宙に垂らし静止させようとしたが、「な、何する! ぼ、僕の愛機35万!」っと、カメラめがけて跳ね飛んだ。
「うわ~!」ヨシノブは、「高所恐怖症って嘘だ~」っと、カメラのストラップは握ったままで、カメラを奪取され、枝がポッキリ折れた。そして、二人は、ドス!ドスンッと雪に消え、やっと手製の迷彩服が役にたったようだった…。
「わっ! 痛そう~! あの子ら、いっちゅもドタバタしてるよね…しかも、変なかっこしてたし…アホ?」と、アヤンが二人の様子に気づいて言うと、
「馬場ヨシノブと、鹿児ヤスヒロ。二人合わせて馬鹿と読みます。…変態とも…見るだけで伝染するからムシムシッ オェ~」っと、カナが言った。
練習は終わり、皆それぞれにお疲れ様と帰り支度を始めた頃。お先に失礼しますと部室を出たイリたちは、グラウンドのはじを歩いていた。
「とりあえず、あのやろ~に文句たれなきゃ!」
ミサキはギュギュギュっと拳を握り締めた。
「そうね。水虫に報告済ませたらカナんちで、お引越しの相談でもしますか~」アヤンが言うと、
「うんうん。お茶しながら話そうよ」カナはバレーのポーズをとった。 イリは考え事してるのか、皆より遅れて歩いていたが、後ろからドヤドヤと数名の男子部員がやって来て押しのけ、
「カナさん。カナさん♪ カナさまぁ~~ん一緒に帰りましょう」っと、取り巻きカナを先へ先へと連れて行った。
「モテモテめ!」ミサキが雪を蹴った。
「仕方ないよ~♪ カナは別格…なんであたちたち、あの子と友だちになれたのか~とーっても謎なのれす~♪」アヤンは誰も足を入れていない、積もってる雪めがけ腰に手を当てスキップを踏んだ。
「でも、俺もな実はモテモテなんだぜぇ~」
「知ってる。兄貴と甥っ子たちにでしょ♪」ずっと、スキップしてるアヤン。
「…うん………」ミサキが黙り込むと、
グワガァーーー グワッガガガガー
ガガガカァ~ バッサ! バッサ! バッサ!っと、空に十数羽の得体の知れない鳥が飛び、ミサキは何かを察知した!
「来る!!! 呪い!」
「のろい? あぁイリが」
アヤンはのろのろ歩く、イリを見た。
「あ。ダメよトモヤ君。採寸終わってな~い。針あるから、あぶないってばぁー♪」
フユミが縫ってる最中の衣装を持ち彼を追い、
「トモヤ~。今度市民ホール周り付き合ってよ~ポスター貼りとか、お茶とかデート♪キャ~とか ねぇ~」ボサボサ髪を振り乱すエリリン。その他女子部員たちも一緒にキャーキャーとトモヤの後を追いかけた。
トモヤはイリに追いつこうと勢い余って滑べって転び、手に持ってる物をやっとイリに見せた。
「ぼ、僕も好きなんだ!」
雪まみれのトモヤがそれを振って見せた。
「あぇ?」きょとんとしてるイリ。
「エヘヘ♪ これこれ。戦士ライディン Sブラック」
「…スキきなんだよね。イリちゃん…」
「わぁ。これ持ってるよ、色違いだけど。アタシもスキ~♪ でも、なんで好きって知ってる?」
「それは、その理由は~僕は、好きだから、 僕は君が大好き! …タカにぃーさんには負けません!」
トモヤはイリをまっすぐに見て、告白していた!
トモヤに追いついていたフユミとエリリンとその他、女子部員たちの目は吊り上がり、頭から湯気を噴き上げた!
「キターーーー!!!」
「これかぁ~~♪」
アヤンと、ミサキは腕を組み、ルルルルンっとスキップした。
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