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5:虫にキス!

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5:虫にキス!


 日もどっぷりと暮れた頃、

事件は洋館の住人たちを驚かせた。

タカオミはパンをかじったまま気づいた。

「わわっ! あいつ何してる?!」

「あんた、よくそんなの食べれるわね~何!

 なによ今の泣き声」

 ヒカルさんも、太った猫が二階のマンションの手すりで

半身を乗り出し、引っ掛かってるのか、

もがきまくっている姿を見た。

ミギャアアアア~~~!!

 眼鏡男もそれに気づいた。

「えらいこっちゃ!」

焦った男は窓から庭に飛び出し、

今も積もる雪にドスドス足跡を付けデブ猫の真下へ向かった。

双子のシゲミ(姉)、シズオ(弟)も、

「キャアアアア なになになにぃ~~~

 マドちゃ~~ん!!」

 っと、声をハモらせ、

眼鏡男の部屋から少し遅れて飛び降りてきた。

シオンは、外の藪を捜索中にそのことに気づいた。

「マド? なにごとだ~っ!!」

 コートの裾を枝に引っ掛け最下部のボタンを飛ばし、

派手なビキニパンツを晒すと

道に出たとたん滑って転んだ。

それを、通りかかった親子にガン見され母は娘の目を隠した。

「見ちゃダメ!」

 と、言いながら転んだ男のそこを、

まだガン見してる母…。

しかし、子は覆われた指の隙間から別の物を追い、

コロンコロンコロコロコロ~ン~

それは勢い良く車道へ転がり、グシャッ!っと

トラックに潰され、

キャッキャッキャッと喜んだ。



 シオンは、マドレーヌの鳴く姿を門から見つけ

「やばい!」

 っと、双子に知らせようと走ったが、

ドアは開いたままで、眼鏡男の部屋の扉も開け放たれてるのを見た。

「待ってろデブ猫!」

 そして、自室の押し入れに置いてあった大きな荷物を取り出した。

「マドちゃん。引っかかったの~

 キャァア~ 眼鏡男なんとかして~」

「いや、双子が上行って事情説明してくれ。

 僕は、ここで待機してるから」

「あぁ、そうね。それがいい、行ってくる~」

「おぃおぃ あいつに喰わせ過ぎだろ。

 あんな太らせたら猫じゃない、

 なんか違う生き物になるぞ~どこ行く?」

 シオンは、眼鏡男の部屋の窓から

小走りに去る双子に話しかけた。

「上の住人になんとかしてもらう~」

 双子が、マンションの陰に消えると、シオンは眼鏡男を呼んだ。

「おーぃ 大山田。こっち来て手伝ってくれ~」

「ん? こりゃなんだ。なんでこんな物持ってる?」

 眼鏡男は大山田と言う名らしく、

シオンが持ってきた物を一目で”それ”と分かった。

「これ? フィットネスにいいんだぜ~

 劇団のだけどな保管頼まれててさ。

 お前も使いたければ貸すよ。

 ほぃ、そっち持って降ろしてくれ」

 シオンは大山田に半分持たせ、自分も窓から降りた。

その様子を見ていたタカオミも慌てて外へ出たが、

大人のヒカルさんは暖かい部屋で

優雅にお茶をすすり、見物を決め込んだ。

「だいじょうぶかなあいつ。

 なんかすんごいことになってるけど、クマ」

「クマぁ?

 あぁ、君はあいつのことクマって呼んでんのか。

 大変だよ。あのデブ猫のせいで。ちょうど良かった。絵描き君も手伝ってくれ」

「絵描き君?

 あぁ、いいですよ。何したら?」

「これ、設置したら、動かないようにしっかり

 押さえてくれればいい」

 シオンは言った。

「え~~ これ使う? まさかこれで捕まえる…

 嘘でしょ~ やばいよ~危ないって。

 それよか、大きな布あれば下で受け止めれる。

 あ! 上の住人に救ってもらった方が早い俺行くよ!」

 タカオミは鳴きわめく猫と”それ”を

上下に見ながら言った。

「あいつクマじゃない。

 マドレーヌって名。

 ここのアパートで大事に大事に飼ってる女神。

 上にはもう双子が行ってる」

 丸い大きな”それ”を組み立てている大山田がボソっと言った。

「そうだな、やっぱ危ないか?

 これ使うの。でもな大丈夫! 俺はこう見えて

 中学から体操部だったんだ!

 ちょっとこいつの勘取り戻すから押さえてて」

「勘? 今戻すのかよ!」

 タカオミは呆れ、

それの正体は小さいが立派な”トランポリン”だった。

シオンはこれを使って

マドレーヌを救出しようとしていたらしかった・・・。

「無茶だって! 二次被害はごめんだよ。

 おぃ止めろって!」

 タカオミが言った。

「僕も、気が動転してて言いなりになったが、

 こいつがただのアホってこと忘れてた・・・

 乗せられた僕は間抜けだ~

 あぁ、情け無い・・・

 布の方がなんぼかマシだろう

 そうだ! シーツ持ってこよう」

 大山田はそう言うと、自室の窓によじ登ろうとした…が、

降りたはいいが大柄な体で上がれないことを知り、

がっくり肩を落し玄関に回った。

「あぁなんかもう見てられない。俺も上の行ってきます」

 タカオミはマンションへ行く前に、

ヒカルさんにベッドから毛布とか、

シーツ持ってきてと頼み走り去った。

「りょうか~ぃ。

 分かった。分かったわよ。

 たかだか猫なのにやれやれだわ・・・

 でもぉ~タカちゃんの寝室だって~

 ドキドキする~ ムフフフフッフ」

 ヒカルさんはニヤニヤしながら、寝室を開け…

真っ先にベッドの下を覗いた。

「あら~~~!

 あらまぁ!

 あららぁ~~!!!

 無い?

 男の子ってたいていここに隠すわよね~

 あたしも隠したのよ~お母さんに見つかって大泣きされたわ~

 あたしもショックだったわ~ 

 ”薔薇の蕾”って言う・・・本。

 創刊号からの季刊本全部買って、箱に入れて隠してたのにぃ~

 お前は男なんだ~ってお父さんにはぶたれ・・・

 弟には、口を聞いてもらえず・・・

 妹だけだった…

 あたしを好いていてくれたのは・・・

 たまに、服借りて超怒られたけどぉ~ ウフ

 あぁ。あたしのことはいいわね、もう、遠い思い出・・・

 今じゃ、あたしをぶったお父さん・・・

 別の女と結婚したし・・・ずっと逢って無いし・・・

 こんな話し、どうでもいいわ!

 あの子のエロ本どこ~?

 でも、芸術家にエロ本は要らない?

 要らないかなぁ~想像の塊だから?

 モデルさんと、仲良くなればぁ~ムフフフフ~」

 誰かに語るよう一人話すヒカルさん…。

ベッド下は諦め、

今度はクローゼットを物色しようと決めたが、

とりあえず言われたとおり毛布を剥ぎ取った。

すると、それはコロンと顔を出した。

「ぉ? おおおお!

 あらまぁ~みぃ~つけちゃった~あたしって天才!

 しか~し、これって・・・ムフ~ン

 興奮しちゃうじゃない~♪」

 そして、ついに何かを発見しご満悦のご様子で、

布団に紛れていた物を拾った。



 一方一人残されたシオン。

「え~俺のプランはどうなる。まぁいい。

 天才的な跳躍で見事あのデブを捕まえてやろう!

 うははははは」

 トランポリンと距離を見ながら後ずさりし、

高笑いのまま助走をつけスタートを切った!

そして、飛ぼうとした瞬間、

ピィーピピピピピー ピッピッピーーーーー!

ホイッスルが鳴った。

「やめなさ~~ぃ!」

 おっとっとっと体制を崩し、

転びそうになるのをこらえ、

笛を吹いた人物も、長い重そうな物を抱え

走って来ていて、汗だくだった。

シオンはその人物が持って来た物を、

ほいさっと受け取りマンションの壁に立てかけた。

「シラさん! これどっから持って来た~♪」

 シオンは振り返りシラさんという男を尊敬の眼差しで見た。

「これでもう大丈夫でしょう ゼ~ハァ~」

 シラさんは、膝に手を置き前のめりで息を切らし、

体を反らすと腰を叩いた。

「あらま。良いのあるじゃないこれでもう安心ね~

 誰が連絡したの?

 ”おまわりさん”はやっぱ庶民の味方よね~

 毛布とりあえず張って

 最悪の事態に備えますか」

 ヒカルさんがやって来て、

シラさんの制服を見て頼もしく思った。

毛布の端を持たせ微笑むと、

シラさんは

『こいつ元男だ!』

 と感づき、

顔をヒクつかせハハっと笑った・・・。

「おぉ~梯子だ! シラさん持って来たんです? さすがだ~」

 眼鏡男もシーツ片手に戻って来た。

シラさんは毛布の別の端を、眼鏡男にも持たせると、

「チェッ! 結局俺の天才的な救出劇は

 見せれなくなったか、

 アクション俳優としては見せ所が無くなって

 ショック~だ~!」

 と、ブツブツ言いながら梯子を上って行くシオン。

「何言ってんの! 無理に決まってるじゃない!

 顔はかっこいいけど…頭ゆるゆる~」

 ヒカルさんは蜂の一刺しを浴びせた。

「すんません。ほんっとアホ・・・

 ほんっとこいつアホなんです。泣けてきます」

 眼鏡男はペコペコ頭を下げ、涙を拭う振りをした。

「アホアホ言うなぁ~~

 ここで立ち止まってもいいのか?

 あのデブがど~なっても知らんぞ~!

 お前らここまで上ってこ~ぃ バーカ バーカ」

 そのとき、強い風が吹きシオンのコートが

バタバタ揺れ下半身が剥き出しになった。

下から見てる三人は、

その姿があまりに情け無くため息を吐いた・・・。



 ドンドンドン!

双子はカナのドアを二人で交互に叩いた。

部屋の主の名はポストで確認していた。

「風祭さ~ん。居ますか~向かいのアパートの者です~

 風祭カナさ~~ん

 緊急事態なの~開けてくださぃ~」

 連呼する双子の声は廊下に空しく響き渡った。

ミギャアアアア~~~!! 

猫が泣き喚く声が小さく聞こえ、開く気配の無い扉。

それでも、必死にドアを叩き、チャイムを鳴らしまくった。

ピンポーン~♪ ピンポーン~♪ ピンポーン~♪ ピンポーン~♪

ドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!

「お願い~おねがぃだよぉ~

 マドレーヌが大変たいへんなのぉ~」

「いないの~~~いないのぉ~~!」

 涙目のシズオが姉を見た。

「いや、窓雲ってたろ。部屋暖められてる証拠! 絶対居る!」

 シゲミは強く答えた。

「そうだね! なんか、おでんっぽぃ良い匂いもするし、

 これは居るね。寝て無いよねきっと、多分・・・」

 シズオは鼻を鳴らし、

「お風呂!」

 っと、二人同時に感づいた。 

 外で事件が起こってることを知らない乙女たち。

ジャグジーから出てそれぞれの背中を磨き、

風呂に入れた超高級シャンパンのせいで、

イリはもとより、カナ、アヤン、ミサキともども

全員酔っぱらい。

火照った体でロレツが回らなくなっていた。

「イリィ~あんらが、なに言ってるかわからにゃいよぉ~

 ろうして、あんらがあたちのメイドロレイになりゅのん?

 らんか、おかしな勘違いしてらい?

 部屋はいくりゃでもあるんらから~

 ろこでも好きにつかっれいいわ~ん

 パォ~ン」

 手を象の鼻のように使うカナ。

「ありがろぉ~ ありがろぉ~

 カナ~ほんろにありがろ~ ビェ~~~ン

 ウェ~~~ン メイドで雇ってくれるのれるのれぇ~

 前もあらっちゃぅ~ ウェ~~~ン」

 しっかり、泣き上戸のイリ。

カナだけを必死にゴシゴシ磨き上げている。

「いゃ~ん いいっれば! イリィ~前はらめ!

 キャハハハハ ラメ~」

「らめれす! ぉお嬢、ぉ嬢様はとてもお綺麗なお方。

 れも、あの方がいつ来られても、

 いつお逢いにらられても

 素敵な状態にしておかねばぁ~

 メイドろれいろしれろ立つ瀬が

 ごらいまへん~」

 イリもカナもミサキもアヤンも泡まみれ。

バスルームにたくさんのシャボン玉を飛ばしてる。

「こいつ、ほんろおかしな奴ぅ~

 どっか逝っちゃってる~

 ブハハハハハハ~

 ・・・れもさ~ろーやって親説得すりゃいいんら?

 それが問題らなぁ~アヤン~」

 アヤンの背中を洗いながら、

ミサキは自分の頭を掻きむしった。

「ろうよねぇ~反対られりゅに決まってるもんら~

 どちたらいいらろ~にょ~ ハァ・・・」

 嘆く二人の前にイリは顔をにゅ~っと伸ばし

仁王立ちすると、顔の泡を拭き取った。

すると、なんとなく、

泡の形が片側だけ昔の軍人さんの髭のようになっていた。

「あんららちが、住めらくても、アラシは住むんらぁ~~

 最愛のタカにぃ~のためにらぁ~

 ワラシは、本ろうの愛を見つけるんら~

 愛は無償。

 愛は無情。

 愛は白いレースのカーテン越しに、

 そっと見守り続けることれもあるんらぁ~!

 カナ~ちゃーん!

 タカにぃをよろちく~ビェ~~ン」

 凄い剣幕でまくし立てたと思ったら、

またカナの胸で泣きはじめた意味不明のイリ。

「ママの胸で泣きなさ~ぃ 可愛そうな子~」

 っと、胸をプルプル揺らし

ギュウと抱きしめ頭を撫でた。

「れれ~なんれ、ここでイリ彼が出てくるんれしゅ~?

 ここは、カナのマンションらよぉ~」

 イリをまじまじ見つめるアヤン。

「アヤンちん。こいつぅ~まじー頭キテル・・・

 関わらないほうがええかも~

 若いのに、残念らこってぇすらぁ~

 れも、やっぱ…

 ろう考えてもここにゃ住めない よぉ~~ん」

 ミサキが言った。

「まったくもってそうれすなぁ~」

 プシュ~~フシュルルプシュ~っと、

 電池の切れたロボットみたいに

ガクンッと頭を垂らすアヤン。

「れもまぁ~今日はアヤン特製おでん

 らべてお祝いしようぜ~

 カヤ~今日は引越しおめでとぉ~

 プレゼントはそのうちあげるからら~

 イェ~~ィ♪」

 ミサキは、シャワーヘッドを取り、

みんなに湯をかけ笑った。

アヤンも負けじと、ジャグジーに飛び込み大喜びで、

「カナ~ 新居おめでとぉ~

 わたちも、こんな素敵なお部屋に住みたいれ~っす。

 今の心境はいかがれすか~」

 と、バシャバシャ湯を浴びせた。

「うれしいれ~っす。

 みんなで住もうよ~さみちくないからさ~~」

 っと、カナも笑い、嬉しそに逃げ回っていた。

「おらかすいた~ 喰うぞォ~~

 喰って喰って喰らいまくってやるろ~

 酒もじゃんじゃんもっれこ~ぃ!

 ワラシは天使なのれぇ~~っす!

 ブヒブヒブヒ~!」

 そして…バスルームのすみに何かを見つけた。

「おやぁ~???」

 トトットっとそれに近づき、

うずくまった。

「お嬢らまぁ~いけまへんね~

 メイドのアラシが退治してあげましゅ~

 ヒックヒック ウィ~」

 それを、ヒョイっと摘まみ皆の前に吊るした。


それはまだピクピクしていた。

 階段をかけ上がるタカオミ。

カナの部屋の前に、上下に重なった二つの顔。

耳をべったり扉に貼り付けた双子が居て、

ホクロのせいで目が六つあるように見え、

『ほんとに双子なのか…』

 と、その光景はなんとも怪しく少し引いていた。

「な、中の人まだ、気づいて無い?」

「うん!

 なんかお風呂入ってるんだと思う~

 あ~あなた。こないだ越してきた絵描きさん~

 ご挨拶が遅れましたね。

 上が弟のシズオ。

 下が姉のシゲミで~っす。

 よろしく~」

 それぞれに指をさし合う双子。

「あ。こっちも、挨拶無しでごめんなさい

 ハハハ でも、さっきも言われたけど、

 なんで、俺が絵描きって言うか、

 絵描き志望なの知ってるんだ?」

 タカオミの不思議顔。

「それはあなたの運命だから~♪」

「え?!」

 思ってもない返事に戸惑うタカオミだったが、

騒ぐような小さな音に気づいた。

「あ!」

 声をハモらせた双子も、

部屋からする物音に気づき、さらにドアに密着した。

「あ。なんか水音がするね~

 騒いでるね~楽しそうだね~」

 シゲミが言うと、

「うんうん。じゃれあってる女の子たちの声だ。

 そろそろ、お風呂から出て来るかな」

 シズオが言った。

その時だった。

一瞬の静寂の後、少女たちの楽しげな声がいきなり、

「ギャアアアアアアアアアアアア~!」

「ウギャグェ~~~~~~~~~~~!!」

「フングワァアアアウンギャオヮ~!!」

 ホラー映画のヒロイン並みの大絶叫に変わった!

猫じゃない、少女たちの悲鳴は

洋館の住人たちを瞬時に凍りつかせた!

イリが持っている物・・・それは、

寒さで死にかけている、

ゴキブリ・・・だった。
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