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前編 第三章「動き出す歯車」
プロパガンダ
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騎士団の会議室前、廊下――
「戦争なんて出るつもりじゃなかったのに……」
はあ、と勇者であるオリヴァーに似つかわしくない、派手で大きなため息。
せっかく依頼という理由があれど、久々に実家へ帰省していたのに彼らは呼び戻されてしまった。
それどころか彼らの長期休みは、戦争という大きく危険なイベントで潰れることとなる。
今年の戦争は国からの要請もないため、純粋に学生として最後の休みを楽しもうと思っていた。
しかし、敵国がまさかの〝勇者召喚〟を成功させてしまう。
そうなれば、勇者不在のパルドウィンが圧倒的に不利となる。毎年勝利をおさめ、国を奪われることを阻止してきたパルドウィン。
それが今年になって、初めて負けを見てしまう。それだけは絶対に避けたい。
そんな強い意志で、国王は勇者を始めとするパーティーを呼び戻したのだった。
「仕方がないだろう。向こうはオリヴァーと同等の力を持った、若者の召喚に成功したんだ」
「そうだよね。俺が出なきゃ、パルドウィンは……」
「でもさぁ、なんで勝たなきゃ駄目なの?」
なんでなんで、とコゼットが質問する。
勇者パーティーだというのに、この子はそれなりに頭が弱いようで、国と国のやり取りに関してはほぼほぼ思考を放棄している。
学院でも習ったはずなのだが、彼女の頭からは抜け落ちているようだ。
「そ、それは……ジョルネイダの人達が流れ込んできて……」
「いいじゃん! 難民受け入れれば!」
「はぁ……コゼットは世界史が苦手だったか?」
「うん? 勉強全部むり!」
「よくそれで学院に入れたな!?」
アンゼルムはコゼットの知恵の足りなさに呆れながらも、彼女に対して説明を始めた。
一応戦争に参加するメンバーとして、その理由は知っておいても損はない。……むしろ逆に、知らないほうがおかしいくらいだろう。
「アリ=マイアを知ってるだろ」
「それくらいはわかるっての!」
「怒るな。馬鹿にしているわけではない。そもそも君は馬鹿だから、馬鹿にするのではなく――」
「あーもー、分かった! アタシは馬鹿です、だから早く話して!」
アンゼルムはまるでコゼットの小姑なんじゃないか、というくらい話が長いときがある。
彼なりにコゼットへ詳しく説明をしているつもりなのだ。しかしながらコゼットに、その優しさは伝わっていない。
純粋に口うるさい貴族サマ、程度にしか捉えられていないのだ。
アンゼルムも今回ばかりは話が逸れたことに気付き、咳払いをして続けた。
「こほん、話を戻そう。アリ=マイアに存在するエッカルトという場所は、移民難民が多い。当然だが、もとからあった土地も食糧も仕事も限られている。そんなところに、許容範囲を超えた人間が流れ込んできたら……」
「あー……大変、だね?」
「そう。職を失い、衣食住に困る人間が増える。実際、エッカルトはスラム街が形成されて、街も混乱状態だ」
「そう……」
アンゼルムは授業の内容を要約して伝えただけだが、コゼットはここでようやく理解した。
コゼットは、授業中はほとんど寝ているか、聞いていないかのどちらかだった。
勇者についていける実力があるだけ、彼女もそれなりに賢いのだが――如何せんそういった勉強は進んでやろうとは思わなかったのだ。
もっとも、彼女の周りを取り巻く優しいユリアナに、秀才のアンゼルム、神に愛されし勇者・オリヴァー、そして戦場の天使であるマイラ。
そんな彼らに毎度毎度助けられて生きてきたコゼットは、分からなかったら聞けばいいやのスタンスになってしまっていた。
アンゼルムも文句を言いつつも、結局コゼットに甘い。
こうして噛み砕いて授業内容を説明してやるくらいには、優しいのである。
「許容、従属なんて言えば楽だが、その後を考えればこちらも生活が掛かっている」
「面倒みきれないのに、簡単に譲れるわけがないってことだよね」
「わ、私達、ま、負けられない、ね……」
珍しくマイラが意見すると、周りの四人も静かに頷いた。
「どちらにせよ、勇者を引き合いに出されては、圧倒的にパルドウィンは不利になる」
「しかも魔王を倒すためじゃなくって、俺達を倒すために召喚されたのならなおさら」
「……気を引き締めないとね……」
「だとしても、なんであたしらここにいるわけ?」
彼らがいるのは、軍の会議室の前だ。
もちろん軍との連携もあるので、会議室にやって来て指揮官と作戦を練ることもある。
しかし基本的には勇者パーティーは独立して動くということになっている。
つまり最初に顔を出して挨拶をすればおしまい。
後は各々で段取りを決めて、戦いに挑めばいいだけだ。
だからこうして呼び出されることなど、滅多に無かった。
それに呼び出されているのは、オリヴァー率いる勇者パーティーだけだ。オリヴァーの両親と、アンゼルムの両親は一緒に来ていない。
「それはこれから説明があるんだろうね」
◇◆◇◆
「徴兵、ですか」
「あぁ」
あれからしばらくして、五人は会議室内へと招かれた。
会議室には他の騎士も集まっていたが、会議を終えてそそくさと出ていってしまった。
今ここにいるのは、オリヴァー達五人と――騎士団副団長、ベイジル・オルブライト。
金髪に黒い瞳、そして彼の愛用する両手剣を簡単に扱える体躯。
十数年前ならいざ知らず、現在であれば彼を見聞きして、尊敬の念を抱かぬ輩はいないだろう。
本来であれば、団長職についていいのだが――それは彼が自身で辞退した。
彼の中での〝団長〟という存在は、ブライアン・ヨースただ一人。
いつでも帰ってきていいようにと、その席を空けているのだ。
「しかも国内からではない。国外から募ってほしい。特にジョルネイダとなると、砂嵐の影響で彼らに怒りを覚えている国もある」
「まぁ、そうですが……」
「勇者一行である君達が、兵士数百名を連れてデモンストレーションに向かってほしい」
ベイジルは、国王に頼み込んでこの場を用意してもらった。
もちろん普段の戦争では勝利を収めているため、国内の兵力で済むかもしれない。
しかし敵国であるジョルネイダは、この戦争のためだけに勇者を召喚した。未だアベスカでのうのうと生きている魔王を、本当に殺すわけでもなく。
ジョルネイダの瞳にうつっているのは、パルドウィンの土地ただそれだけ。
毎年ジョルネイダを追い返すだけで済んでいた戦争だったものの、今回はオリヴァー並の力を持った人間が三人もいるという。
国の魔術師を疑ったものだ。その予想が間違っているのではないか、と城の中でなんども話が飛び交っていた。
であればそれこそ、追い返すだけでは済まないかもしれない。
辛勝――で済めばまだ良い方だろう。もしかしたら、今度こそ本当にパルドウィンが敗北を見ることになる。
「そこまでして兵が集まるでしょうか?」
「最終的に集まらなくても良い。ただ、ジョルネイダの方に付かなければいいのだ」
「……なるほど」
国としては――騎士団としては、どうにかしてでも相手の戦力がこれ以上増えることを避けたい。
パルドウィンの味方にならなくてもいい。だが、ジョルネイダの味方にだけはならないで欲しい。
そんな見え透いた情報を、ジョルネイダの近隣諸国に撒き散らすためだけに。
オリヴァーとその仲間の協力を欲したのだ。
「こちらが編成と、頼みたい国のリストだ」
「頂戴します」
◇◆◇◆
「それじゃあ、みんな自分の行く国は分かった?」
「はい! 私とオリヴァーくんがイルクナーです!」
「あたしはウレタかぁ……。あそこの砂嵐嫌いなんだよねー」
「か、髪の毛痛むもん、ね……。わ、私はオベール……ね」
「それで僕がエッカルトか」
五人が頼まれたのは、アリ=マイアの四カ国だ。
距離と時間的にリトヴェッタ帝国とト・ナモミは、相手も自分達も徴兵に向かうのは不可能だと考えたのだろう。
何よりも日々その力を衰えさせているジョルネイダが、力のある他国に頼み事なんて出来るはずがない。
借りを作ってしまえば、土地を得るどころの騒ぎではなくなるのだ。
そしてもっと言うならば、アリ=マイアは五カ国からなる連合国である。
つまり一カ国回らなくて良い国があるのだ。だからユリアナはオリヴァーについて回る予定になった。
何と言っても除外されているのは、アベスカであった。
「どうしてアベスカはないのでしょうか?」
「ユリアナの言う通りだよ! アタシ達も五人いるんだからさ、全部回れるわけじゃん?」
「それはないんじゃないかなぁ……コゼット……」
「魔王を生かしてしまったことで、勇者に対する考えが違う。猜疑心と信頼度が落ち込んでいる国に出向いて、兵を募るのは危険だ」
こればかりはオリヴァーも理解しているようで、いつもグチグチと説教じみた説明をしているアンゼルムよりも先に口を挟む。
アベスカは勇者に対して、いい印象を持っていない。
現在のアベスカはどうであれ、魔王を野放しのまま勝利を収めてしまったのだ。これで好印象を抱くというほうがおかしいだろう。
「あ、そうですね……」
「無駄な時間を割くよりは、行かない方がマシだということだ」
「た、確かに……ね」
ユリアナがしゅんとして、それにつられてマイラも落ち込んでいる。
一同に沈黙が訪れてしまい、それをよく思わないのはオレンジの頭をしたコゼットだった。
いつものように陽気に振る舞いながら、彼女は口を開く。
「それじゃあ、みんな成績が悪かったら夕飯奢らない?」
「や、やめなよ……ね。コゼット。オリヴァーに、か、勝てるわけ……」
「そうそう、アタシが奢る羽目に……ってやっぱりそうなるか」
たはは、と無邪気に笑えばまた五人の雰囲気が戻る。
コゼットはコゼットで、勇者パーティーになくてはならない明るい存在だ。
こんなときでさえも、みんなを案じて笑顔にしてくれる。
頭は少し悪いが、オリヴァーについていける実力もあり、ムードメーカーなのだ。
「競わずともそれぞれが、ベストの結果を出せるよう頑張ればいいだろう?」
「うーわ、出たよ真面目貴族」
「フッ、コゼット。この際言うが……僕は君が嫌いだ」
「あーら、奇遇ね。アンゼルム。あたしも」
そしてそれに、アンゼルムが口を挟むのがセットである。
アンゼルムとコゼットは口ではこう言っているものの、ある種の芸みたいなものだ。
普通であれば貴族も平民も、こうして仲良く悪口を言い合えない。
長い間五人で一緒にいて、様々な戦いを経験してきた。
それは彼らの中に家族のような、大切な感覚を生み出すには丁度いいものだった。
どれだけ言い合おうとも、お互いを信用している。何かがあれば駆けつけて、その力になる。
まだまだ幼い彼らでありながら、そういった絆は人一倍であった。
「もー! 喧嘩しないでください!」
「あはは、ごめんごめん。それじゃあ、みんなまたね!」
「あぁ、コゼットも元気でね」
「落ちているものは食べてはいけないからな」
「最後の最後まで喧嘩をうるの……ね」
「戦争なんて出るつもりじゃなかったのに……」
はあ、と勇者であるオリヴァーに似つかわしくない、派手で大きなため息。
せっかく依頼という理由があれど、久々に実家へ帰省していたのに彼らは呼び戻されてしまった。
それどころか彼らの長期休みは、戦争という大きく危険なイベントで潰れることとなる。
今年の戦争は国からの要請もないため、純粋に学生として最後の休みを楽しもうと思っていた。
しかし、敵国がまさかの〝勇者召喚〟を成功させてしまう。
そうなれば、勇者不在のパルドウィンが圧倒的に不利となる。毎年勝利をおさめ、国を奪われることを阻止してきたパルドウィン。
それが今年になって、初めて負けを見てしまう。それだけは絶対に避けたい。
そんな強い意志で、国王は勇者を始めとするパーティーを呼び戻したのだった。
「仕方がないだろう。向こうはオリヴァーと同等の力を持った、若者の召喚に成功したんだ」
「そうだよね。俺が出なきゃ、パルドウィンは……」
「でもさぁ、なんで勝たなきゃ駄目なの?」
なんでなんで、とコゼットが質問する。
勇者パーティーだというのに、この子はそれなりに頭が弱いようで、国と国のやり取りに関してはほぼほぼ思考を放棄している。
学院でも習ったはずなのだが、彼女の頭からは抜け落ちているようだ。
「そ、それは……ジョルネイダの人達が流れ込んできて……」
「いいじゃん! 難民受け入れれば!」
「はぁ……コゼットは世界史が苦手だったか?」
「うん? 勉強全部むり!」
「よくそれで学院に入れたな!?」
アンゼルムはコゼットの知恵の足りなさに呆れながらも、彼女に対して説明を始めた。
一応戦争に参加するメンバーとして、その理由は知っておいても損はない。……むしろ逆に、知らないほうがおかしいくらいだろう。
「アリ=マイアを知ってるだろ」
「それくらいはわかるっての!」
「怒るな。馬鹿にしているわけではない。そもそも君は馬鹿だから、馬鹿にするのではなく――」
「あーもー、分かった! アタシは馬鹿です、だから早く話して!」
アンゼルムはまるでコゼットの小姑なんじゃないか、というくらい話が長いときがある。
彼なりにコゼットへ詳しく説明をしているつもりなのだ。しかしながらコゼットに、その優しさは伝わっていない。
純粋に口うるさい貴族サマ、程度にしか捉えられていないのだ。
アンゼルムも今回ばかりは話が逸れたことに気付き、咳払いをして続けた。
「こほん、話を戻そう。アリ=マイアに存在するエッカルトという場所は、移民難民が多い。当然だが、もとからあった土地も食糧も仕事も限られている。そんなところに、許容範囲を超えた人間が流れ込んできたら……」
「あー……大変、だね?」
「そう。職を失い、衣食住に困る人間が増える。実際、エッカルトはスラム街が形成されて、街も混乱状態だ」
「そう……」
アンゼルムは授業の内容を要約して伝えただけだが、コゼットはここでようやく理解した。
コゼットは、授業中はほとんど寝ているか、聞いていないかのどちらかだった。
勇者についていける実力があるだけ、彼女もそれなりに賢いのだが――如何せんそういった勉強は進んでやろうとは思わなかったのだ。
もっとも、彼女の周りを取り巻く優しいユリアナに、秀才のアンゼルム、神に愛されし勇者・オリヴァー、そして戦場の天使であるマイラ。
そんな彼らに毎度毎度助けられて生きてきたコゼットは、分からなかったら聞けばいいやのスタンスになってしまっていた。
アンゼルムも文句を言いつつも、結局コゼットに甘い。
こうして噛み砕いて授業内容を説明してやるくらいには、優しいのである。
「許容、従属なんて言えば楽だが、その後を考えればこちらも生活が掛かっている」
「面倒みきれないのに、簡単に譲れるわけがないってことだよね」
「わ、私達、ま、負けられない、ね……」
珍しくマイラが意見すると、周りの四人も静かに頷いた。
「どちらにせよ、勇者を引き合いに出されては、圧倒的にパルドウィンは不利になる」
「しかも魔王を倒すためじゃなくって、俺達を倒すために召喚されたのならなおさら」
「……気を引き締めないとね……」
「だとしても、なんであたしらここにいるわけ?」
彼らがいるのは、軍の会議室の前だ。
もちろん軍との連携もあるので、会議室にやって来て指揮官と作戦を練ることもある。
しかし基本的には勇者パーティーは独立して動くということになっている。
つまり最初に顔を出して挨拶をすればおしまい。
後は各々で段取りを決めて、戦いに挑めばいいだけだ。
だからこうして呼び出されることなど、滅多に無かった。
それに呼び出されているのは、オリヴァー率いる勇者パーティーだけだ。オリヴァーの両親と、アンゼルムの両親は一緒に来ていない。
「それはこれから説明があるんだろうね」
◇◆◇◆
「徴兵、ですか」
「あぁ」
あれからしばらくして、五人は会議室内へと招かれた。
会議室には他の騎士も集まっていたが、会議を終えてそそくさと出ていってしまった。
今ここにいるのは、オリヴァー達五人と――騎士団副団長、ベイジル・オルブライト。
金髪に黒い瞳、そして彼の愛用する両手剣を簡単に扱える体躯。
十数年前ならいざ知らず、現在であれば彼を見聞きして、尊敬の念を抱かぬ輩はいないだろう。
本来であれば、団長職についていいのだが――それは彼が自身で辞退した。
彼の中での〝団長〟という存在は、ブライアン・ヨースただ一人。
いつでも帰ってきていいようにと、その席を空けているのだ。
「しかも国内からではない。国外から募ってほしい。特にジョルネイダとなると、砂嵐の影響で彼らに怒りを覚えている国もある」
「まぁ、そうですが……」
「勇者一行である君達が、兵士数百名を連れてデモンストレーションに向かってほしい」
ベイジルは、国王に頼み込んでこの場を用意してもらった。
もちろん普段の戦争では勝利を収めているため、国内の兵力で済むかもしれない。
しかし敵国であるジョルネイダは、この戦争のためだけに勇者を召喚した。未だアベスカでのうのうと生きている魔王を、本当に殺すわけでもなく。
ジョルネイダの瞳にうつっているのは、パルドウィンの土地ただそれだけ。
毎年ジョルネイダを追い返すだけで済んでいた戦争だったものの、今回はオリヴァー並の力を持った人間が三人もいるという。
国の魔術師を疑ったものだ。その予想が間違っているのではないか、と城の中でなんども話が飛び交っていた。
であればそれこそ、追い返すだけでは済まないかもしれない。
辛勝――で済めばまだ良い方だろう。もしかしたら、今度こそ本当にパルドウィンが敗北を見ることになる。
「そこまでして兵が集まるでしょうか?」
「最終的に集まらなくても良い。ただ、ジョルネイダの方に付かなければいいのだ」
「……なるほど」
国としては――騎士団としては、どうにかしてでも相手の戦力がこれ以上増えることを避けたい。
パルドウィンの味方にならなくてもいい。だが、ジョルネイダの味方にだけはならないで欲しい。
そんな見え透いた情報を、ジョルネイダの近隣諸国に撒き散らすためだけに。
オリヴァーとその仲間の協力を欲したのだ。
「こちらが編成と、頼みたい国のリストだ」
「頂戴します」
◇◆◇◆
「それじゃあ、みんな自分の行く国は分かった?」
「はい! 私とオリヴァーくんがイルクナーです!」
「あたしはウレタかぁ……。あそこの砂嵐嫌いなんだよねー」
「か、髪の毛痛むもん、ね……。わ、私はオベール……ね」
「それで僕がエッカルトか」
五人が頼まれたのは、アリ=マイアの四カ国だ。
距離と時間的にリトヴェッタ帝国とト・ナモミは、相手も自分達も徴兵に向かうのは不可能だと考えたのだろう。
何よりも日々その力を衰えさせているジョルネイダが、力のある他国に頼み事なんて出来るはずがない。
借りを作ってしまえば、土地を得るどころの騒ぎではなくなるのだ。
そしてもっと言うならば、アリ=マイアは五カ国からなる連合国である。
つまり一カ国回らなくて良い国があるのだ。だからユリアナはオリヴァーについて回る予定になった。
何と言っても除外されているのは、アベスカであった。
「どうしてアベスカはないのでしょうか?」
「ユリアナの言う通りだよ! アタシ達も五人いるんだからさ、全部回れるわけじゃん?」
「それはないんじゃないかなぁ……コゼット……」
「魔王を生かしてしまったことで、勇者に対する考えが違う。猜疑心と信頼度が落ち込んでいる国に出向いて、兵を募るのは危険だ」
こればかりはオリヴァーも理解しているようで、いつもグチグチと説教じみた説明をしているアンゼルムよりも先に口を挟む。
アベスカは勇者に対して、いい印象を持っていない。
現在のアベスカはどうであれ、魔王を野放しのまま勝利を収めてしまったのだ。これで好印象を抱くというほうがおかしいだろう。
「あ、そうですね……」
「無駄な時間を割くよりは、行かない方がマシだということだ」
「た、確かに……ね」
ユリアナがしゅんとして、それにつられてマイラも落ち込んでいる。
一同に沈黙が訪れてしまい、それをよく思わないのはオレンジの頭をしたコゼットだった。
いつものように陽気に振る舞いながら、彼女は口を開く。
「それじゃあ、みんな成績が悪かったら夕飯奢らない?」
「や、やめなよ……ね。コゼット。オリヴァーに、か、勝てるわけ……」
「そうそう、アタシが奢る羽目に……ってやっぱりそうなるか」
たはは、と無邪気に笑えばまた五人の雰囲気が戻る。
コゼットはコゼットで、勇者パーティーになくてはならない明るい存在だ。
こんなときでさえも、みんなを案じて笑顔にしてくれる。
頭は少し悪いが、オリヴァーについていける実力もあり、ムードメーカーなのだ。
「競わずともそれぞれが、ベストの結果を出せるよう頑張ればいいだろう?」
「うーわ、出たよ真面目貴族」
「フッ、コゼット。この際言うが……僕は君が嫌いだ」
「あーら、奇遇ね。アンゼルム。あたしも」
そしてそれに、アンゼルムが口を挟むのがセットである。
アンゼルムとコゼットは口ではこう言っているものの、ある種の芸みたいなものだ。
普通であれば貴族も平民も、こうして仲良く悪口を言い合えない。
長い間五人で一緒にいて、様々な戦いを経験してきた。
それは彼らの中に家族のような、大切な感覚を生み出すには丁度いいものだった。
どれだけ言い合おうとも、お互いを信用している。何かがあれば駆けつけて、その力になる。
まだまだ幼い彼らでありながら、そういった絆は人一倍であった。
「もー! 喧嘩しないでください!」
「あはは、ごめんごめん。それじゃあ、みんなまたね!」
「あぁ、コゼットも元気でね」
「落ちているものは食べてはいけないからな」
「最後の最後まで喧嘩をうるの……ね」
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