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前編 第二章 幕間「アベスカの裏事情」

女子会1

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「たっだいまー」

 なんて元気よく挨拶しても、基本的には誰も返事などしてくれない。それもそうだ。ルーシーの転移してきたアベスカ城、玉座の間に、今となっては誰も寄り付かない。
それはこのように主にルーシーや、他の魔族達の転移先として設定されていることと、この国の現在の〝王〟は人間ではないからだ。
しかしその王とて今は絶賛旅行中なのだった。

「おかえりぃ」

 声が返ってきたことに、ルーシーは驚いた。
見ればそこには見覚えのある黒い友人。鬱陶しいほどの前髪は、彼女の本来の姿を隠すためのヴェールだ。
そしてその容姿を誰も咎めないのは、彼女が幹部であることと幹部らを創造した我らが主の趣味のひとつだからだ。

 そう、たまたま城に来ていたベルが迎えてくれたのだ。
ベルは、ルーシーとパラケルススの〝魔術しゅみが一緒〟という関係性とは違い、純粋に〝友達〟として仲の良い幹部。
 もちろんルーシーとベルの友人関係も、アリスによって設定されたことかもしれないが、意思を持った今でもそれを曲げるほどでもない。
 年齢も同じぐらいに設定されているだけあって、まるで学校のクラスメートのようには話が弾む。

 複数人の男を引き連れて転移してきたルーシーは、予想外の返答に目を見開いていた。たまたまなのは分かるが、確率として高いのはパラケルススの迎えだ。
 ベルはパラケルススやルーシーと違って、魔王城勤務と言ったほうが良い。
まだ固定の場所を与えられていないというのが現状では正しいが、それまでは基本的に魔王城にいるはずだからだ。

「ベル~!? やーん、ちょーうれしー!」
「やっほー、遊びきたよ。そいつらは?」
「アリス様の命令で拘束した盗賊。これから処理してもらうつもり」
「ふぅん、人間に?」
「うん、そう――」

 ぞくり、と悪寒を感じたルーシーはベルの顔を見る。
よだれを垂らし、頬を染め、恍惚の笑みを浮かべる。まるでその顔は、目の前に美味しいご飯が用意されたような。
 ベルの震える手が伸びて、ルーシーの後ろで浮かんでいる盗賊を求めている。
 ルーシーはベルと盗賊を交互に見る。彼らは気絶して眠っているから、今ここで意見を言ってくることはない。
前回、ベルのご飯を取ったルーシーにとって悩ましい事柄だ。しかしアリスの命令では人間のルールで裁くよう言われている。

(バレなきゃいいかなぁ)

 既にベルのよだれは廊下の絨毯をビショビショに汚すほど垂れていて、延々と「待て」の解除を待っている犬のようだ。(彼女は虫だが)

「アリス様に黙っていられる?」
「黙っテる、だマってる!」

 ハッハッ、と荒い息遣い。「ご飯」と認識してしまった以上、歯止めが効かなくなっているのだろう。これが深刻化したら余計にルーシー一人では止められなくなる。
 ルーシーは悩むのをやめて盗賊をベルに差し出した。既に限界だったベルは受け取るなり頭からかぶりついた。

 あまりの惨状に他の盗賊達が飛び起きたが、ルーシーは一瞬で結界を張った。中からも外からも出入りは無理だ。
結界内では悲鳴や断末魔が響いていたが、そこに誰も助けに来ることはなかった。

 ルーシーはベルを見ながら、相当限界が来ていたのだろうと思った。
ルーシー自身は堕天使であることから、基本的に食事は必要ない。嗜む程度に食べることはあるが、ベルほど必須ではないのだ。
いや、彼女も趣味の領域にもあったが――趣味というよりかは依存に近い。
 ベルも人間に比べれば遥かに長い時間食べないでも生きていけるが、目の前にご馳走が並んでいる環境で、我慢しろと言われていてもいずれ我慢の限界がやってくるというもの。
 それに「前回」せっかく手に入れられたご飯も、ルーシーによってだめになってしまったのだ。それも相まって余計だろう。

「あ、っはぁあ……盗賊かぁ、外回りで働きまわった男の肉は、んん~♡美味しい、おいひぃ……!」
「レポとかいらないから、早く食べなよぉ。パラケルススとかに見つかったら、あーしが怒られんだからねぇ?」
「はぐっ、んむ、うふふ、わがっ、てる!」

 ベルは男達にかぶりついている。骨すらもゴリゴリと音を立てて砕いて食していく様は圧巻である。
壁や天井、床に血液肉片が飛び散るたびに、ルーシーが魔術でさっさと消していく。
後から冷静になったベルに「もったいない」と言われるだろうが、壁や床を舐めまわる親友を見る側にもなってほしいものだ。
 虫であるベルならば、重力を無視して壁や床に張り付くことは可能だろう。だがそれを、同僚が壁に張り付いて返り血を舐め回している様子など、見たくない。
 そもそもアリスが創造した体でそんな卑しいことをしないで欲しい。
こればかりは断固として譲れないルーシーだった。

 数人居た盗人達は空腹を極めていたベルによって、短い時間でその場から消え去ってしまった。
満足気に顔を恍惚と歪ませるベルを見て、内心「良かったね」と喜びつつも、アリスに隠れて捕食させたことを後悔する。
 バレたら怒られる、失望される。頼まれたことも出来ないのかと叱責されるに違いないと。

「ふぅ、ごちそうさまでした!」
「ドーモ」

 そのせいで相槌がちょっと素っ気なくなる。ベルは気付いていないようだったが、その呑気さを分けてほしいものだとルーシーは思った。
見た目はギャルであれど、少しは苦労で出来ている堕天使なのだ。

「口直しにお茶でもどーよ? ここの使用人さんがくれたんだー」

 そういいつつ、既に二人の足はアベスカでのルーシーの部屋へと向いていた。
 仕事中心のパラケルススと違って、ルーシーは城周りを見たり国を見て回ったりと、国民と接する機会が多かった。
元々他人と上手く関われるコミュニケーション能力が高く、エンプティなどに比べて人間に対する嫌悪感も少ない。
だから彼女は交流を深めるという点では、アリスよりも更に上を行くほどの人間的な〝スキル〟を有していたのだ。

 城の使用人達とはもう結構前に打ち解けて、今では趣味の話や、こうして茶菓子の話すらするようになった。
話し上手で聞き上手でもある彼女にかかれば、使用人達はおすすめの茶菓子などをたくさん持ってきては彼女に与えている。
 栄養素として取り込めない体で、別に食事も必要ではないルーシー。だから娯楽として食べているのだが、これがまた美味いのだ。

「へー。美味しいの?」
「結構イケたし! お茶菓子も最高だった!」
「ふぅん。国の発展の鍵になりそうだね」

 ルーシーでは思いつかなかったことをポロリと零すベルに、キラキラと子供のような(まぁ見た目は子供なのだが)瞳で感動するルーシー。
恐らくルーシーだけならば、食べて交流して美味しくって仲良くなってサイコー! で終わっていた事柄だっただろう。

「あー! ベルってば天才じゃね? メモるわ!」
「浮かんでなかったのは草」

 ガリガリと乱雑にメモをとると、その紙を空中に放り投げればサッと消えていった。魔術空間にしまい込んだのだ。
 大抵の幹部達はこの方法で私物を管理している。だから手荷物は基本的にスッキリしているのだ。
 この魔術はそこそこ魔力が必要とされ、技術もそれなりに必要とされる。
冒険者や、魔術に長けた一般人であれば多少の小物を収納することも可能だが、幹部達の取り扱うようなサイズは一般論では不可能とされている。
 しかし規格外の彼らの魔力ならば大型のものも収納できるので、自室を与えられようが部屋がごちゃごちゃしていることはない。

 ベルのようにグッズ類に囲まれたいオタク気質なものは敢えて出していることもあるし、ルーシーのように部屋を飾り付けてきれいに――本人曰く〝アゲる〟ためにはしまわないことも多い。
もちろん、ハインツやエキドナのように、特にこだわりもなく出しておく必要も感じない幹部も存在する。

 二人はルーシーの自室に到着すると、入り口で待機していたメイドに紅茶と茶請けを持ってくるよう頼んだ。
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