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前編 第二章「アリスの旅行」

雪山へ1

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「おい、待ちな。今日……冒険者は呼んどらんぞ」

 アリス達が村に入ると、そう声が掛けられた。
数人の男達が、アリスを囲んで道を阻んでいる。実を言うとこの村には定期的に、手伝いとして冒険者を雇うことがあるのだ。
しかし今はその時ではない。変なタイミングで冒険者が村にやって来れば、怪しむのも当然だ。
 それを知らないアリスとガブリエラは顔を見合わせる。当然だが彼女たちは依頼を受けて来たわけではない。
 村人達も村人達で――流石にこんな場所に立地しているだけあって、一般観光客が来るだなんて思考はないのだ。

「すみませんが、我々はただの旅人ですよ」
「何? 女二人でこんな山の中をか?」
「えぇ、まぁ……。雪山の方へ、少し」
「雪山に入るだって!?」

 村人は目玉が飛び出るのではないのか、と言うくらいに驚いて言う。

「馬鹿言うんじゃねぇ! あそこは危険ってもんじゃねえぞ! 嬢ちゃんらは自殺志願者なのかい!?」
「死にに行くつもりはないですよ」
「じゃあなんだってんだ……?」

 目的地が危険地帯なのは重々承知の上だ。むしろ危険だからこそ向かっているのだ。
それをこの男に説明するべきか否か決めかねている。
 アリス自身が、勇者よりも強いんですよ、と簡単に言えればどれだけ楽だっただろうか。もしも発言したところで、愚か者だと笑われるのがオチだ。
素直に信じてくれる人間なんていないだろう。

「もしかして、地元じゃ手練の冒険者とかなのかい? パルドウィンにゃ旅行とかかね?」
「! ……そんな感じです」

 妙に察しのいい……というより、勝手に話を完結させた男に少しだけ感謝する。
やはり誰がどう考えても、女二人で旅行というものは怪しまれるのだ。
麻子であった前世ならばまだしも、今は危険も多い異世界だ。
 何かしら腕っぷしに自信があるという、ハッキリとした理由が必要なのである。

「そうかい、それならもう言うことはないね……」
「ただし、俺達はお前さんらの死体を片付けるのはごめんだからね」
(……なるほど、よくあることなんだろうな)

 道中もさることながら、これから向かう雪山。更に険しい気候なのだろう。
ここが最北端の村である。ここから先には居住地区がないので、人が住める限界の場所だといえよう。つまりこの先は、人が踏み入れるべきでない土地だと言う事なのだ。
 村人達も死にたくなければ、この先には行かないようにしているのだ。
だが冒険者達はどうしてもその先に行こうとする。村人に理由は誰も言わないが、何か必要なアイテムがこの雪山には存在するのだ。

 だが村の人間の言う通り、戻ってきたのは数少ない。
全てのパーティーが揃って戻ってきた者達はもっと少ない。
 寒さの厳しさにやられ、魔獣や魔物に殺され、様々な理由で命を落とす。
村近辺で死んでいたのであれば、村人の親切心で弔うそうだが――折角警告したのに死にに行った人間を弔うのは、複雑なものだろう。

「あそこはドラゴンが出る。毎度毎度冒険者達に注意しては、化け物を見たと逃げてくる奴らばかりだ。それだけならばいいが、死者が出ることだってある」
「……そうですか」

 ――ドラゴン。
身内にもドラゴンがいるが、アリスはまだ完全体を見たことがない。無論、アリスが要求すればすぐさま変身してくれるのだろう。
 この世界でのドラゴンを見るのは初めてだ。
だからアリスは少しだけワクワクした。ドラゴンといえば強い種族である。一体どれだけの強者がそこにいるのだろう、と。

「あぁ、でもちゃんと戻ってきたやつもいたよな?」
「そうだったな。無事に全員が帰ってこれたのは、勇者さんたちだけだよ」
(!! それは……)

 アリスはニヤリと笑う。
有益な情報を得たことによる、嬉しさ。喜び。
 具体的な基準を聞かされたことで、彼女はこの雪山に対する不安を一瞬で吹き飛ばしたのだ。
――あぁ、それならば大丈夫だ。
そう確信した。

「――それは良いことを聞きました」
「え?」
「いえ、こちらの話です」

 アリスがあまりにも自信たっぷりに言うものだから、村人たちもこれ以上止めることは無かった。
村人たちがあれほど警戒するだけあって、雪山内の詳しい情報は得られなかった。
しかしながら、ドラゴンの存在と勇者程度で簡単に戻ってこれるような危険地帯だ。アリスにとって驚異とは成り得ないだろう。



 二人は村を出て更に北へと向かった。
村を出てからは針葉樹林すらなくなり、見晴らしのいい雪道をただひたすら走るだけだ。
これと言った目的地もなく、探知もしていない故に足取りはやや遅い。アリスは道中で何かしらの、動物や魔物のねぐらが見つかればいいくらいに楽観的でいる。
 時折ガブリエラに魔術を付与してやっては、急ぎ足に道を進む。

「……うぅ」
「大丈夫?」
「だっ、大丈夫です。ご、ごめんなさい。その、何度も魔術を……」
「別に大した量の魔力消費はないから。自分には必要ないし」
「……」

 先程の通り、寒いというのは理解できているが、肌が凍えて体が震えるような感覚はないのだ。
まるで適温の室内にいるような感じであった。

(どうして頑なに大丈夫だと言うんだろう? 無理なら無理と言ってほしいものだけど……って、あ。もしかして奴隷契約が絡んでるのかな?)

 ガブリエラがあまりにも気さくに絡んでくれるものだから、アリスの脳みそからこぼれ落ちていたことだった。
ガブリエラはアリスとの、隷属契約を結んだ奴隷である。アリスに対して不利となる言動は出来ない。
 何よりも彼女との契約では〝自分の命は、アリスよりも軽い〟と誓わせられている。
つまりこの道中でガブリエラが死のうが、どれだけ傷つこうが関係ないのだ。

 アリスの中ではガブリエラという存在は奴隷と言うよりも、愛玩人形フィギュアとして存在を確立しつつあった。
だから丁寧に守ってやって、魔力を消費してまで魔術を付与してやったのだ。

(それならガブリエラからの自己申告を、待ってちゃ駄目だな)

 契約を守るのであれば、ガブリエラは死ぬ瞬間まで苦しみを我慢するだろう。アリスの足を引っ張らないように、ずっと黙っているはずだ。
だからここはアリスが口を出さねばならない。

「ガブリエラ、あの――」
「う、わぎゃあぁあ!? アリス様ぁあぁ! うーしーろー!!」
「え?」

 しかしそのアリスの心遣いも、突然の上からの攻撃で阻まれてしまった。
数匹の空を飛んでいる魔物に襲われたのだ。バサバサと翼を使い、雪の降りそうな天候の悪い空から、それらは襲ってきたのだ。
その鋭い牙と爪が容赦なく二人を狙っていた。
 それはこの魔物や亜人の住む地区には相応しくないアリス達を、歓迎しないかのようだ。二人目掛けて魔物が攻撃を仕掛けてくる。
なんと言っても先程までの道のりと違って、二人を隠せる森や林が存在しない。真っ白の雪道を走っていれば、それはそれは狙われるというものだ。

 未だ抱きかかえていたガブリエラを離し、アリスが応戦する。

「〈燃え盛る槍バーニング・スピア〉」

 そう言って空中をなぞると、十数本もの炎を纏った槍が生成される。
まるで自我があるように槍が飛び出した。高速で放たれた槍は、次々と空を飛んでいる魔物の翼を穿っていく。
炎による熱さと貫かれたことによる苦痛で、飛んでいたものたちはバタバタと雪原に落ちていく。
 空を飛び回る音が聞こえなくなったのを確認すると、アリスはもう一度、別の魔術を唱える。

「〈そよ風のブリーズ・踊り子ダンサー〉」

 先日使った〈流水のアクアティック・踊り子ダンサー〉の風属性版だ。
効果はほぼ〈流水のアクアティック・踊り子ダンサー〉と同等だが、水属性に比べて少々素早いという点がある。
 だがその素早さの使われ方は、基本的に戦闘向けだ。
しかしその戦闘向きの召喚魔術ですら、索敵に回してしまうほどアリスは――アリスの魔術は応用が効くのだ。

 魔術が完成すると、そこに現れたのは跪いている一人の――くノ一だった。
流水のアクアティック・踊り子ダンサー〉とはまた違った〝踊り子〟が現れたことに、アリスは驚きを隠せないでいる。

「えっ、忍者……くノ一!?」
『……』
「あ、喋らないんだ。……こほん。周囲の索敵と警戒をお願い。あの落ちてる魔物みたいなのがいたら、倒してね」
『……』

 〈そよ風のブリーズ・踊り子ダンサー〉はコクリと頷くと、その場から瞬時に消えた。

「さてと……」

 落ちた魔物達の方へ再び視線を寄越す。
何匹かは這いながら逃げようとしているらしく、雪の上を翼を引きずり歩いている。空を飛ぶより苦手なようで、その歩は遅い。
 かといってアリスも逃げるのを許すわけではない。自身を侵害する存在を許容できるほど、〝今〟のアリスは甘くないのだ。
こほん、と咳払いをするとアリスは口を開いた。

「――逃げる許可は出していないぞ」

 そう低く呟けば、重圧が言葉に乗る。ズシリとしたプレッシャーが実際に体に負荷としてかかり、必死に這いずっていた魔物はピタリと動きを止めた。
正しく言うのであれば、その真なる恐ろしさのせいで動けなくなったと言えよう。
しかしながら体は全く動かないわけではない。ブルブルと恐怖に震え、小刻みに動いているのだ。

 その重圧を受けたガブリエラも、仲間であるのにも関わらず恐怖でその場に座り込んでしまっていた。
アリスはそんな様子を一瞥しつつ、目の前に転がっている魔物の方へと歩みだした。
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