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前編 第二章「アリスの旅行」
行きたいところ
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一行は宿にやって来ていた。
外観からして高い宿だとは分かっていたが、フロントで告げられた値段に更に驚いた。
――安すぎたのだ。
それは勿論、勇者という肩書きによる割引である。
「ありがとうございます。でも本当にあの値段でいいんですか?」
「聞く限りじゃ旅は長そうですから、節約出来る時にしておいてください」
「それじゃあ、勇者様に甘えて」
「や、やめてください。オリヴァーと。それと――敬語もやめませんか?」
(図々しいガキ……)
中に入ってるのが一体何歳の人間かは分からないが、今の見た目は十代くらいだ。
ある意味まだ生まれたばかりのアリスからすれば年上だが、麻子からすれば随分な年下である。
自由になんでも言うことの聞く部下や手下、配下達。
それらに囲まれ慣れてきたアリスは、少々ワガママで短気になりつつあった。
「ええ是非――よろしく、オリヴァー」
「あぁ、アリス」
とはいえここを戦地に変えるつもりはさらさらない。
相手に合わせて適当に微笑んでおけばそれでおしまいだ。
(エンプティ達が聞いてたら発狂しそう……。連れてきたのがガブリエラでよかった)
幹部らは怒り狂うエンプティを止めるどころか、それに加勢して礼儀のなっていない少年を殺さんとするだろう。
ちらりとガブリエラを一瞥すれば、コゼットに愛玩動物よろしく愛でられているのが目に入る。
アリスも似たような扱いをしていたが、それとは比にならないほど嫌がっているのが目に見えて分かる。
幼馴染で大人しいユリアナも流石に心を痛めているようで、何とかしてガブリエラからコゼットを引き離そうと必死だ。
それにこれだけ絡まれているのに、魔物を見るような目で見られていない。
アリスのかけた見た目をカバーする魔術がきちんと機能しているのだ。
たった1だけのレベル差だが、されど1レベル。その効果は絶大のようだ。
きっと勇者たちを屠る際も問題なくその力を発揮してくれるに違いない。
「あの、失礼なのはわかってるんだけど、やっぱり気になって」
「? なにが?」
「どうして女性二人で危険地帯に?」
(はぁー、しつこいな……)
オリヴァーに聞かれて視線を戻せば、申し訳なさそうに聞いてくる。
そんな表情をするのであれば聞かなければいいのに、とアリスは思った。
勇者と崇められて、礼儀や相手のことを考えるという気持ちを失ったのか。はたまたもとよりこういった性格なのか。
最終的には殺してしまう相手に、そこまで突き詰めて調べる気にはならなかった。
「心配なんです。魔王を鎮める前は、冒険者の仕事も幾つかこなしたから」
(あぁ、死なないか不安なのか。隠してる以上こういう質問は避けられないし、今のうちに慣れておかないとな)
人間だった頃に比べて負の感情が肥大化していたアリスは、続くオリヴァーの言葉を聞いてその気持ちを落ち着けた。
今後このような腹立たしい言動が、彼女に降りかかる可能性がある。
それを事前に知ることが出来たとわかれば、怒りは自然と収まるというもの。
「純粋な興味だよ。魔王を見たから、怖いという気持ちがないのかも」
「……あまりおすすめできないよ」
「うん。わかってる。だから、恐怖を取り戻しに行こうと思って」
「……!」
(おっ、この顔は納得したかな)
頭の中の言い訳リストに書き込んだ。今後はこれを理由にしよう、と心に決める。
今回の旅は本当にアリスにとって、様々な面から役に立つ事が多い。
「怖くないというのは、生きていく上で恐ろしいことでしょ?」
「……そうだね」
追い打ちをかけるわけじゃないが、追加してそう言えばオリヴァーは完全に黙ってしまった。
この勇者には通じたようだ。
これによって、旅の最中根掘り葉掘り聞かれる確率が格段に減ったのである。アリスは心のなかで小さく微笑んだ。
「それで、行きたい場所の目星はある?」
「さっぱり……アベスカは田舎だし、分かんないや」
「じゃあ案内役だし、こっちでおすすめを言っても?」
「ぜひ」
「まず王国には二つの大きな山々があるんだ」
ガサリと取り出したのは、王国の地図だった。
現代で見るような正確なものではないが、この世界の人間には必要不可欠だ。
オリヴァーは山のある辺りを指差して説明を始めた。
まず、パルドウィン王国には〝ヘイナルオマ山脈〟と〝ユハナ山地〟が存在する。
ヘイナルオマ山脈は王国の北に位置する山脈だ。
国境にかからない山脈ではあるものの、雪原と雪山に近いため危険度も高い。
ユハナ山地は王国の西側に位置する。
ヘイナルオマ山脈に比べると治安は良いほうだが――毎度のごとく行われている戦地と国境に近い場所であるがゆえに、好んで近寄る人間は少ない。
そしてその山々を超えた先――北西には雪原と雪山が広がっている。
人間が住まうには厳しいその環境は、人々に追いやられた亜人種や魔獣が多数生息するのだ。
「王国は東西に広いから。長期滞在とはいえ、距離のあるユハナ山地は時間がかかる。おすすめは北のヘイナルオマ山脈かな」
オリヴァーがそう勧めると、アリスはピクリと反応する。
北に行くということは国境から離れるということ。事前に話しておいた彼女の目的である〝戦場を見る〟という願いは叶わない。
故意的に避けているのはみえみえだ。
彼女を未だに怪しんでいるのか、純粋に危険であるから親切心で避けたいのか。
真偽はオリヴァーの心の中のみだが――アリスとしては不快であるのには変わりない。
「でもそれだと戦場を見れないよね?」
「……見たいの?」
「是非。帰国日の予定も決めてないから、ゆっくりで大丈夫だよ」
ニッコリと笑顔で答えてやれば、それでもオリヴァーは不満のようだ。
心を覗いたり無理矢理従わせたりすることは、彼女にとって容易い。
だが勇者一行が周りにいる状態で、魔術を気付かれること無く発動できる自信があるか。そう問われればノーだ。
アリスはこの世界に来て、さほど時間が経っていない。全ての魔術を習得していようとも、それを問題なく発揮できるかといえば不安が残る。
だからどうしてもわがままな旅行者だと思われても、無謀な女だと思われても、押し通すしかない。
相手に折れてもらうほか無いのだ。
「でも……」
「途中で城も見れると聞いたから、見てみたい。アベスカよりも大きな城なんだろうな、きっと」
「……わかった、じゃあユハナ山地に行こう」
良心に訴えかけるわけじゃないが、アベスカの名前を出して強引に押し切る。
さすがのオリヴァーもこれには承諾せざるを得ないようで、なんとか折れてくれた。
そして何よりもどさくさに紛れて、パルドウィンの城を見れることになった。
今後攻め入る際の対策として何か役に立つだろう。
「それと、旅行中絶対俺達の注意を聞いて」
「うん?」
「俺達に従うこと。もし守れなかったら、死ぬかもしれないよ」
(あっはは、面白い)
相手は何も知らないのだから当然だ。
だがアリスは心のなかで大笑いした。一体全体誰に何を言っているのか。
自分よりもレベルの高い存在に〝死ぬかもしれない〟と忠告する勇者様は、さぞ滑稽であろう。
これもまたこの旅の楽しみ方の一つなのだ。
打ち合わせもそこそこ。夜が更けてきた。
アリスは明日に備えて寝ると言って、コゼットらからガブリエラを救い出して自室へと戻った。
深夜――
隣の部屋の勇者達も完全に眠った時間帯。
睡眠を必要としないアリスと、元々夜型であるガブリエラはまだまだ起きている時間だ。
宿側と勇者らの厚意でツインルームを用意してくれるとのことだったが、ダブルルームで構わないと申し出たため部屋のベッドは一つ。
そこに寝転がるのは当然――アリスと、アリスの腕枕に頭を預けるガブリエラだ。
「はぁ、もう最悪でしたぁ……」
「随分遊ばれたみたいだねぇ」
先程まではガブリエラの髪型は、三編みにさせられていた。
飾りを付けられたり香水をふりかけられたりと、大層おもちゃにされていたようだ。
アリスはオリヴァーと会話していたということもあるが、遊ばれているガブリエラがなんだか面白おかしくて止めずにいた。
ガブリエラはそれを知ってか知らずか、少しだけ拗ねてしまっている。
「おいで」
「はぁーい♡」
――まぁ、アリスが甘い声で誘って頭を撫でてやれば、ガブリエラごときの拗ねなど一瞬で吹き飛んでしまうが。
「それで、どうですかぁ?」
「魔術に気付かれる様子も、実力を見破られる気配もないねぇ」
「えー! さっすがアリス様ぁ♡」
甘える猫撫で声を存分に出して、アリスに抱きつく。
ふわふわのピンク髪を撫でてやれば、「んふふ~」と嬉しそうに声が返ってくる。
結局アリスもガブリエラを、可愛いおもちゃくらいにしか見ていない。
だがその圧倒的な力と幹部や魔族を率いるカリスマを見てしまえば、ガブリエラの態度がここまで変わるのも当たり前のことだった。
「正直あのオリヴァーってやつ以外は、レベル199に到達していないし論外だね」
「えっとー、弱いのになんで一緒にいるんですか?」
「んん? ガブリエラを守ってくれたサキュバス達と一緒じゃない? 仲間だから守ってやる、みたいな」
「でもあたしの場合は周りがつよくて、あたしが弱かったんですよ? 強いやつが金魚のフン連れてるのはなんでかなぁって思ったんです!」
ニコニコとガブリエラが純粋な質問をぶつける。
言われてみればそうだな、とアリスは熟考した。
そして数秒ほど考えた末に捻り出した言葉は――
「……引き立て役?」
「あぁー! なるほどです!」
「……んじゃ、私は寝る前に連絡するから、ガブリエラは先に寝てて」
「はぁい! ちゅーします?」
「ちゅーしません」
「えへ、おやすみなさーい!」
ぽんぽん、と布団に潜っていくガブリエラを撫でる。
アリスはベッドを降りてバルコニーに出た。
星がきらきらと瞬く美しい夜だ。月らしきものも出ているが、ここは地球とは違う世界なのできっと別物だろう。
街中はシンと静まり返っていて、まるでこの世界に誰も居ないように感じさせる。
現代とは違って夜も忙しく回る街ではない。もちろん中心街はまだ微かに明るいが、ここまで深夜となると誰もが休んでいる頃なのだ。
「ハインツ」
『はっ、何か御用でしょうか!』
ハインツに連絡を入れると、聞き慣れた大きな声が頭の中で響く。
すぐに返事が来たあたり、アベスカも魔王城も何の問題はないのだろう。そのことに少しだけホッとする。
もしもなにかあってみろ。帰宅したら家がなかったなんて笑えないものだ。
「定期連絡。ちょっとまずいことになって」
『まずいこと、でらっしゃいますか!』
「今周りにエンプティはいる?」
『おりません! 呼びましょうか!?』
「いや、いい。絶対に呼ばないで」
『はっ!』
エンプティに聞かれれば、それこそ王国に乗り込みかねない。
「アリス様はもっと考えて行動して頂きます!」だなんて怒鳴って、魔王城へ強制送還されるかもしれない。
暇だからとはいえ元々は、無理を言って決行した旅行である。
今でもエンプティは魔王城にて、はるか遠くにいる愛しい主が心配でならないのだ。
そんな主に何か問題ごとがあったとなれば、血相を変えてやって来るに決まっている。
『して、まずいこととはッ!?』
「今ね、勇者と一緒にいる」
『ふむ! 幻聴ですか! 今〝勇者〟と聞こえたようですが!!』
「うーんとねー……」
アリスは一部始終を説明した。
もちろん念入りに「バレていないから」と伝える。
エンプティと同じくアリスに忠義を尽くすハインツではあるものの、良識がありアリスのやりたいことを応援してくれる。
アリスが大丈夫だと言えばそれを信じてくれる。
……当然だが心配もする。
『なるほど! 聞く限りではその心配具合ですと、疑ってはいませんね!』
「そうなの?」
『立ち会っていませんので、詳しくは分かりませんが! 勇者ということもありますし、純粋にアリス様の身を案じているだけかと思われますッ! それに最悪気付かれてしまっても、城に転移してくるという約束ですから!』
「まぁ、そうだね。付いてきたとしても、レベル200で総叩きすれば死ぬでしょ」
『しかしそれですと、あまりアリス様の望まれていない形になりますな!』
「あっ、気をつけまーす」
ハインツにそう言われて余計に気を付けねばならない、とアリスは思った。
じっくり一人ずつ、恐怖を与えて怒りを覚えさせ、まるで物のようにいたぶる。
そんなものを望んでいるわけではないが、一気に叩くのはあまりにも味気ない。
他人に言われたことで、その可能性がアリスの中で強く浮かび上がった。
それだけは絶対に避けねばならない。自分の欲望のためにも。
「というわけで、こちらからの定期連絡はしばらく、エンプティではなくハインツにするね」
『はっ! かしこまりました!』
外観からして高い宿だとは分かっていたが、フロントで告げられた値段に更に驚いた。
――安すぎたのだ。
それは勿論、勇者という肩書きによる割引である。
「ありがとうございます。でも本当にあの値段でいいんですか?」
「聞く限りじゃ旅は長そうですから、節約出来る時にしておいてください」
「それじゃあ、勇者様に甘えて」
「や、やめてください。オリヴァーと。それと――敬語もやめませんか?」
(図々しいガキ……)
中に入ってるのが一体何歳の人間かは分からないが、今の見た目は十代くらいだ。
ある意味まだ生まれたばかりのアリスからすれば年上だが、麻子からすれば随分な年下である。
自由になんでも言うことの聞く部下や手下、配下達。
それらに囲まれ慣れてきたアリスは、少々ワガママで短気になりつつあった。
「ええ是非――よろしく、オリヴァー」
「あぁ、アリス」
とはいえここを戦地に変えるつもりはさらさらない。
相手に合わせて適当に微笑んでおけばそれでおしまいだ。
(エンプティ達が聞いてたら発狂しそう……。連れてきたのがガブリエラでよかった)
幹部らは怒り狂うエンプティを止めるどころか、それに加勢して礼儀のなっていない少年を殺さんとするだろう。
ちらりとガブリエラを一瞥すれば、コゼットに愛玩動物よろしく愛でられているのが目に入る。
アリスも似たような扱いをしていたが、それとは比にならないほど嫌がっているのが目に見えて分かる。
幼馴染で大人しいユリアナも流石に心を痛めているようで、何とかしてガブリエラからコゼットを引き離そうと必死だ。
それにこれだけ絡まれているのに、魔物を見るような目で見られていない。
アリスのかけた見た目をカバーする魔術がきちんと機能しているのだ。
たった1だけのレベル差だが、されど1レベル。その効果は絶大のようだ。
きっと勇者たちを屠る際も問題なくその力を発揮してくれるに違いない。
「あの、失礼なのはわかってるんだけど、やっぱり気になって」
「? なにが?」
「どうして女性二人で危険地帯に?」
(はぁー、しつこいな……)
オリヴァーに聞かれて視線を戻せば、申し訳なさそうに聞いてくる。
そんな表情をするのであれば聞かなければいいのに、とアリスは思った。
勇者と崇められて、礼儀や相手のことを考えるという気持ちを失ったのか。はたまたもとよりこういった性格なのか。
最終的には殺してしまう相手に、そこまで突き詰めて調べる気にはならなかった。
「心配なんです。魔王を鎮める前は、冒険者の仕事も幾つかこなしたから」
(あぁ、死なないか不安なのか。隠してる以上こういう質問は避けられないし、今のうちに慣れておかないとな)
人間だった頃に比べて負の感情が肥大化していたアリスは、続くオリヴァーの言葉を聞いてその気持ちを落ち着けた。
今後このような腹立たしい言動が、彼女に降りかかる可能性がある。
それを事前に知ることが出来たとわかれば、怒りは自然と収まるというもの。
「純粋な興味だよ。魔王を見たから、怖いという気持ちがないのかも」
「……あまりおすすめできないよ」
「うん。わかってる。だから、恐怖を取り戻しに行こうと思って」
「……!」
(おっ、この顔は納得したかな)
頭の中の言い訳リストに書き込んだ。今後はこれを理由にしよう、と心に決める。
今回の旅は本当にアリスにとって、様々な面から役に立つ事が多い。
「怖くないというのは、生きていく上で恐ろしいことでしょ?」
「……そうだね」
追い打ちをかけるわけじゃないが、追加してそう言えばオリヴァーは完全に黙ってしまった。
この勇者には通じたようだ。
これによって、旅の最中根掘り葉掘り聞かれる確率が格段に減ったのである。アリスは心のなかで小さく微笑んだ。
「それで、行きたい場所の目星はある?」
「さっぱり……アベスカは田舎だし、分かんないや」
「じゃあ案内役だし、こっちでおすすめを言っても?」
「ぜひ」
「まず王国には二つの大きな山々があるんだ」
ガサリと取り出したのは、王国の地図だった。
現代で見るような正確なものではないが、この世界の人間には必要不可欠だ。
オリヴァーは山のある辺りを指差して説明を始めた。
まず、パルドウィン王国には〝ヘイナルオマ山脈〟と〝ユハナ山地〟が存在する。
ヘイナルオマ山脈は王国の北に位置する山脈だ。
国境にかからない山脈ではあるものの、雪原と雪山に近いため危険度も高い。
ユハナ山地は王国の西側に位置する。
ヘイナルオマ山脈に比べると治安は良いほうだが――毎度のごとく行われている戦地と国境に近い場所であるがゆえに、好んで近寄る人間は少ない。
そしてその山々を超えた先――北西には雪原と雪山が広がっている。
人間が住まうには厳しいその環境は、人々に追いやられた亜人種や魔獣が多数生息するのだ。
「王国は東西に広いから。長期滞在とはいえ、距離のあるユハナ山地は時間がかかる。おすすめは北のヘイナルオマ山脈かな」
オリヴァーがそう勧めると、アリスはピクリと反応する。
北に行くということは国境から離れるということ。事前に話しておいた彼女の目的である〝戦場を見る〟という願いは叶わない。
故意的に避けているのはみえみえだ。
彼女を未だに怪しんでいるのか、純粋に危険であるから親切心で避けたいのか。
真偽はオリヴァーの心の中のみだが――アリスとしては不快であるのには変わりない。
「でもそれだと戦場を見れないよね?」
「……見たいの?」
「是非。帰国日の予定も決めてないから、ゆっくりで大丈夫だよ」
ニッコリと笑顔で答えてやれば、それでもオリヴァーは不満のようだ。
心を覗いたり無理矢理従わせたりすることは、彼女にとって容易い。
だが勇者一行が周りにいる状態で、魔術を気付かれること無く発動できる自信があるか。そう問われればノーだ。
アリスはこの世界に来て、さほど時間が経っていない。全ての魔術を習得していようとも、それを問題なく発揮できるかといえば不安が残る。
だからどうしてもわがままな旅行者だと思われても、無謀な女だと思われても、押し通すしかない。
相手に折れてもらうほか無いのだ。
「でも……」
「途中で城も見れると聞いたから、見てみたい。アベスカよりも大きな城なんだろうな、きっと」
「……わかった、じゃあユハナ山地に行こう」
良心に訴えかけるわけじゃないが、アベスカの名前を出して強引に押し切る。
さすがのオリヴァーもこれには承諾せざるを得ないようで、なんとか折れてくれた。
そして何よりもどさくさに紛れて、パルドウィンの城を見れることになった。
今後攻め入る際の対策として何か役に立つだろう。
「それと、旅行中絶対俺達の注意を聞いて」
「うん?」
「俺達に従うこと。もし守れなかったら、死ぬかもしれないよ」
(あっはは、面白い)
相手は何も知らないのだから当然だ。
だがアリスは心のなかで大笑いした。一体全体誰に何を言っているのか。
自分よりもレベルの高い存在に〝死ぬかもしれない〟と忠告する勇者様は、さぞ滑稽であろう。
これもまたこの旅の楽しみ方の一つなのだ。
打ち合わせもそこそこ。夜が更けてきた。
アリスは明日に備えて寝ると言って、コゼットらからガブリエラを救い出して自室へと戻った。
深夜――
隣の部屋の勇者達も完全に眠った時間帯。
睡眠を必要としないアリスと、元々夜型であるガブリエラはまだまだ起きている時間だ。
宿側と勇者らの厚意でツインルームを用意してくれるとのことだったが、ダブルルームで構わないと申し出たため部屋のベッドは一つ。
そこに寝転がるのは当然――アリスと、アリスの腕枕に頭を預けるガブリエラだ。
「はぁ、もう最悪でしたぁ……」
「随分遊ばれたみたいだねぇ」
先程まではガブリエラの髪型は、三編みにさせられていた。
飾りを付けられたり香水をふりかけられたりと、大層おもちゃにされていたようだ。
アリスはオリヴァーと会話していたということもあるが、遊ばれているガブリエラがなんだか面白おかしくて止めずにいた。
ガブリエラはそれを知ってか知らずか、少しだけ拗ねてしまっている。
「おいで」
「はぁーい♡」
――まぁ、アリスが甘い声で誘って頭を撫でてやれば、ガブリエラごときの拗ねなど一瞬で吹き飛んでしまうが。
「それで、どうですかぁ?」
「魔術に気付かれる様子も、実力を見破られる気配もないねぇ」
「えー! さっすがアリス様ぁ♡」
甘える猫撫で声を存分に出して、アリスに抱きつく。
ふわふわのピンク髪を撫でてやれば、「んふふ~」と嬉しそうに声が返ってくる。
結局アリスもガブリエラを、可愛いおもちゃくらいにしか見ていない。
だがその圧倒的な力と幹部や魔族を率いるカリスマを見てしまえば、ガブリエラの態度がここまで変わるのも当たり前のことだった。
「正直あのオリヴァーってやつ以外は、レベル199に到達していないし論外だね」
「えっとー、弱いのになんで一緒にいるんですか?」
「んん? ガブリエラを守ってくれたサキュバス達と一緒じゃない? 仲間だから守ってやる、みたいな」
「でもあたしの場合は周りがつよくて、あたしが弱かったんですよ? 強いやつが金魚のフン連れてるのはなんでかなぁって思ったんです!」
ニコニコとガブリエラが純粋な質問をぶつける。
言われてみればそうだな、とアリスは熟考した。
そして数秒ほど考えた末に捻り出した言葉は――
「……引き立て役?」
「あぁー! なるほどです!」
「……んじゃ、私は寝る前に連絡するから、ガブリエラは先に寝てて」
「はぁい! ちゅーします?」
「ちゅーしません」
「えへ、おやすみなさーい!」
ぽんぽん、と布団に潜っていくガブリエラを撫でる。
アリスはベッドを降りてバルコニーに出た。
星がきらきらと瞬く美しい夜だ。月らしきものも出ているが、ここは地球とは違う世界なのできっと別物だろう。
街中はシンと静まり返っていて、まるでこの世界に誰も居ないように感じさせる。
現代とは違って夜も忙しく回る街ではない。もちろん中心街はまだ微かに明るいが、ここまで深夜となると誰もが休んでいる頃なのだ。
「ハインツ」
『はっ、何か御用でしょうか!』
ハインツに連絡を入れると、聞き慣れた大きな声が頭の中で響く。
すぐに返事が来たあたり、アベスカも魔王城も何の問題はないのだろう。そのことに少しだけホッとする。
もしもなにかあってみろ。帰宅したら家がなかったなんて笑えないものだ。
「定期連絡。ちょっとまずいことになって」
『まずいこと、でらっしゃいますか!』
「今周りにエンプティはいる?」
『おりません! 呼びましょうか!?』
「いや、いい。絶対に呼ばないで」
『はっ!』
エンプティに聞かれれば、それこそ王国に乗り込みかねない。
「アリス様はもっと考えて行動して頂きます!」だなんて怒鳴って、魔王城へ強制送還されるかもしれない。
暇だからとはいえ元々は、無理を言って決行した旅行である。
今でもエンプティは魔王城にて、はるか遠くにいる愛しい主が心配でならないのだ。
そんな主に何か問題ごとがあったとなれば、血相を変えてやって来るに決まっている。
『して、まずいこととはッ!?』
「今ね、勇者と一緒にいる」
『ふむ! 幻聴ですか! 今〝勇者〟と聞こえたようですが!!』
「うーんとねー……」
アリスは一部始終を説明した。
もちろん念入りに「バレていないから」と伝える。
エンプティと同じくアリスに忠義を尽くすハインツではあるものの、良識がありアリスのやりたいことを応援してくれる。
アリスが大丈夫だと言えばそれを信じてくれる。
……当然だが心配もする。
『なるほど! 聞く限りではその心配具合ですと、疑ってはいませんね!』
「そうなの?」
『立ち会っていませんので、詳しくは分かりませんが! 勇者ということもありますし、純粋にアリス様の身を案じているだけかと思われますッ! それに最悪気付かれてしまっても、城に転移してくるという約束ですから!』
「まぁ、そうだね。付いてきたとしても、レベル200で総叩きすれば死ぬでしょ」
『しかしそれですと、あまりアリス様の望まれていない形になりますな!』
「あっ、気をつけまーす」
ハインツにそう言われて余計に気を付けねばならない、とアリスは思った。
じっくり一人ずつ、恐怖を与えて怒りを覚えさせ、まるで物のようにいたぶる。
そんなものを望んでいるわけではないが、一気に叩くのはあまりにも味気ない。
他人に言われたことで、その可能性がアリスの中で強く浮かび上がった。
それだけは絶対に避けねばならない。自分の欲望のためにも。
「というわけで、こちらからの定期連絡はしばらく、エンプティではなくハインツにするね」
『はっ! かしこまりました!』
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