上 下
36 / 60
前編 第二章「アリスの旅行」

閑話:某日、アリスの失態

しおりを挟む
「あれ?」

 暇を持て余していたアリスは、その日は城内の散策に出ていた。
日々拡張改良されていく魔王城を把握するのは困難を極めており、なおかつ瞬間的に移動できる手段を持っている彼女にとっては特に厄介な問題だった。
 とはいえいつも転移したりワープしたりするのは、本人的にも如何なものかと思っていた。

 一応奪ったとは言え、自分の城である。
自由に闊歩できるはずなのに、その場所や勝手が分からないとなれば笑いものだ。
彼女を笑える存在などいないのだが――それはまた置いておく。
 兎にも角にも、アリスは出来るだけ魔術に頼らずに城内を把握しておきたかった。
いつどこで誰に、「この部屋にて用があります」と言われるか分からない。

「この壺……さっきも見たな……」

 しかしながらその城内把握は、異世界に転生してきて一番とも言えるくらいには難易度が高かった。
かくいう現在も、似たような場所をぐるぐると回ってしまい、結局同じ地点へ戻ってきている。
 言っておくがヴァルデマルが、迷わせるために魔術を扱っているわけでもない。
純粋に道順がわからなくなり――単純に、迷子になっているのである。
もちろん、侵入者対策としてそこそこ迷いやすくはなっているが――それを置いてもアリスは迷子になっていた。

「うぅ……情けない……。中身は成人をとうに過ぎた女だというのに……前世じゃ方向音痴でもなかったはずぅ……」

 きっとヴァルデマルが集めたのであろうその壺。それを抱きしめながら、自分の不甲斐なさを嘆いている。
今日だけでもこの壺と何度も巡り合わせているのだ。
壺に意思があれば、きっと鼻で笑っていたに違いない。

「あのう……アリス様、アリス様……」
「! え、エキドナぁ……」
「どうなさいました……?」

 オロオロと声を掛けてきたのは、エキドナであった。
手には資料を大量に持っていて、何かの帰りなのが伺える。大方誰かに頼まれごとをしたのだ。
 エキドナは断れない性格でもある。主張が少ない分、周りの魔族には頼りやすいのだ。
これがエンプティであれば、即刻激怒して殺していただろう。
それが功を奏しているのか、防衛担当であるエキドナが魔族から安心して信頼されているのは良いことだった。

「持とうか……?」
「い、いえ。この程度、アリス様のお手を煩わせるにはいきません、いきません……」
「そう……。どこまで行くの? ついてく」
「えぇと……資料室です。ヴァルデマル様に別室から、資料の運搬を頼まれまして」
「ふーん」

 エキドナは魔術特化した幹部ではない。
当然ながら一般人やそのあたりの冒険者と比べれば、圧倒的に違う。しかし幹部の全員と比較すれば、その能力は低い。
 なんと言っても転移系魔術を扱えないのだ。瞬間移動だとか、アリスご愛用の〈転移門〉だとか。
基本的にその足での移動がメインである。
それに加えて彼女はこの城の防衛を任されている。故に各所は熟知していると言っても過言ではない。

「アリス様は……何をされていらっしゃったのですか?」
「うぐっ……み、みまわりを……ゴニョゴニョ……」
「同じところをぐるぐると……?」
「いや見てたのかよ!」
「もっ、申し訳ございません、ございません……!」

 それもそうである。エキドナが別室から資料を運搬している。それが一度の往復で済む量でないのならば、何度もこの道筋を通ったということ。
つまりアリスがグルグルと迷子になっている様も、ずっと見ていたということになる。
 そして控えめなエキドナの性格上、エンプティのように即座に声をかけるはずもなく。
「おかしいわ……」「でもアリス様のことですから……」「や、やっぱりおかしいわ」と何度も往復の間に迷った結果、やっと話しかけたのだ。

 つまりエキドナもエキドナで、迷って悩んでいたということにもなる。
だがアリスが同じ場所を何度も何度も迷子になっている間、ずっと見ていたことには変わりない。

「ちぇ、別にいいけどー」
「じょ、城内の把握でしたら、別によろしいのでは……?」
「えーっ、知っときたくない?」
「わたくしは徒歩しか手段がありませんので、仕方なく記憶しております……。アリス様は〈転移門〉や瞬間移動が可能ですから……無理に覚えずとも……」
「そっかなぁ?」
「えぇ、えぇ……。アリス様の為に是非扉を開けとう御座いますが、いち早くお会いできると考えると転移門も捨てがたいですわ」

 柔らかく微笑むエキドナを見て、アリスは少しだけ照れた。
悩む主人を宥めるための言動だったとしても、それは素直に嬉しい。
アリスとてエキドナが大好きだし、そんな大好きな部下に「早く会えてうれしい」と思われるのはとてもいいことだ。
 大人に上手に丸め込まれている気もしたが、今の喜びをそのまま飲み込んでそれを結論とすることにした。

「えっへへ。じゃあ私もエキドナに早く会いたいから、〈転移門〉にしちゃお」
「うふふ、有難う御座います……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...