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前編 第二章「アリスの旅行」
閑話:某日、アリスの失態
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「あれ?」
暇を持て余していたアリスは、その日は城内の散策に出ていた。
日々拡張改良されていく魔王城を把握するのは困難を極めており、なおかつ瞬間的に移動できる手段を持っている彼女にとっては特に厄介な問題だった。
とはいえいつも転移したりワープしたりするのは、本人的にも如何なものかと思っていた。
一応奪ったとは言え、自分の城である。
自由に闊歩できるはずなのに、その場所や勝手が分からないとなれば笑いものだ。
彼女を笑える存在などいないのだが――それはまた置いておく。
兎にも角にも、アリスは出来るだけ魔術に頼らずに城内を把握しておきたかった。
いつどこで誰に、「この部屋にて用があります」と言われるか分からない。
「この壺……さっきも見たな……」
しかしながらその城内把握は、異世界に転生してきて一番とも言えるくらいには難易度が高かった。
かくいう現在も、似たような場所をぐるぐると回ってしまい、結局同じ地点へ戻ってきている。
言っておくがヴァルデマルが、迷わせるために魔術を扱っているわけでもない。
純粋に道順がわからなくなり――単純に、迷子になっているのである。
もちろん、侵入者対策としてそこそこ迷いやすくはなっているが――それを置いてもアリスは迷子になっていた。
「うぅ……情けない……。中身は成人をとうに過ぎた女だというのに……前世じゃ方向音痴でもなかったはずぅ……」
きっとヴァルデマルが集めたのであろうその壺。それを抱きしめながら、自分の不甲斐なさを嘆いている。
今日だけでもこの壺と何度も巡り合わせているのだ。
壺に意思があれば、きっと鼻で笑っていたに違いない。
「あのう……アリス様、アリス様……」
「! え、エキドナぁ……」
「どうなさいました……?」
オロオロと声を掛けてきたのは、エキドナであった。
手には資料を大量に持っていて、何かの帰りなのが伺える。大方誰かに頼まれごとをしたのだ。
エキドナは断れない性格でもある。主張が少ない分、周りの魔族には頼りやすいのだ。
これがエンプティであれば、即刻激怒して殺していただろう。
それが功を奏しているのか、防衛担当であるエキドナが魔族から安心して信頼されているのは良いことだった。
「持とうか……?」
「い、いえ。この程度、アリス様のお手を煩わせるにはいきません、いきません……」
「そう……。どこまで行くの? ついてく」
「えぇと……資料室です。ヴァルデマル様に別室から、資料の運搬を頼まれまして」
「ふーん」
エキドナは魔術特化した幹部ではない。
当然ながら一般人やそのあたりの冒険者と比べれば、圧倒的に違う。しかし幹部の全員と比較すれば、その能力は低い。
なんと言っても転移系魔術を扱えないのだ。瞬間移動だとか、アリスご愛用の〈転移門〉だとか。
基本的にその足での移動がメインである。
それに加えて彼女はこの城の防衛を任されている。故に各所は熟知していると言っても過言ではない。
「アリス様は……何をされていらっしゃったのですか?」
「うぐっ……み、みまわりを……ゴニョゴニョ……」
「同じところをぐるぐると……?」
「いや見てたのかよ!」
「もっ、申し訳ございません、ございません……!」
それもそうである。エキドナが別室から資料を運搬している。それが一度の往復で済む量でないのならば、何度もこの道筋を通ったということ。
つまりアリスがグルグルと迷子になっている様も、ずっと見ていたということになる。
そして控えめなエキドナの性格上、エンプティのように即座に声をかけるはずもなく。
「おかしいわ……」「でもアリス様のことですから……」「や、やっぱりおかしいわ」と何度も往復の間に迷った結果、やっと話しかけたのだ。
つまりエキドナもエキドナで、迷って悩んでいたということにもなる。
だがアリスが同じ場所を何度も何度も迷子になっている間、ずっと見ていたことには変わりない。
「ちぇ、別にいいけどー」
「じょ、城内の把握でしたら、別によろしいのでは……?」
「えーっ、知っときたくない?」
「わたくしは徒歩しか手段がありませんので、仕方なく記憶しております……。アリス様は〈転移門〉や瞬間移動が可能ですから……無理に覚えずとも……」
「そっかなぁ?」
「えぇ、えぇ……。アリス様の為に是非扉を開けとう御座いますが、いち早くお会いできると考えると転移門も捨てがたいですわ」
柔らかく微笑むエキドナを見て、アリスは少しだけ照れた。
悩む主人を宥めるための言動だったとしても、それは素直に嬉しい。
アリスとてエキドナが大好きだし、そんな大好きな部下に「早く会えてうれしい」と思われるのはとてもいいことだ。
大人に上手に丸め込まれている気もしたが、今の喜びをそのまま飲み込んでそれを結論とすることにした。
「えっへへ。じゃあ私もエキドナに早く会いたいから、〈転移門〉にしちゃお」
「うふふ、有難う御座います……」
暇を持て余していたアリスは、その日は城内の散策に出ていた。
日々拡張改良されていく魔王城を把握するのは困難を極めており、なおかつ瞬間的に移動できる手段を持っている彼女にとっては特に厄介な問題だった。
とはいえいつも転移したりワープしたりするのは、本人的にも如何なものかと思っていた。
一応奪ったとは言え、自分の城である。
自由に闊歩できるはずなのに、その場所や勝手が分からないとなれば笑いものだ。
彼女を笑える存在などいないのだが――それはまた置いておく。
兎にも角にも、アリスは出来るだけ魔術に頼らずに城内を把握しておきたかった。
いつどこで誰に、「この部屋にて用があります」と言われるか分からない。
「この壺……さっきも見たな……」
しかしながらその城内把握は、異世界に転生してきて一番とも言えるくらいには難易度が高かった。
かくいう現在も、似たような場所をぐるぐると回ってしまい、結局同じ地点へ戻ってきている。
言っておくがヴァルデマルが、迷わせるために魔術を扱っているわけでもない。
純粋に道順がわからなくなり――単純に、迷子になっているのである。
もちろん、侵入者対策としてそこそこ迷いやすくはなっているが――それを置いてもアリスは迷子になっていた。
「うぅ……情けない……。中身は成人をとうに過ぎた女だというのに……前世じゃ方向音痴でもなかったはずぅ……」
きっとヴァルデマルが集めたのであろうその壺。それを抱きしめながら、自分の不甲斐なさを嘆いている。
今日だけでもこの壺と何度も巡り合わせているのだ。
壺に意思があれば、きっと鼻で笑っていたに違いない。
「あのう……アリス様、アリス様……」
「! え、エキドナぁ……」
「どうなさいました……?」
オロオロと声を掛けてきたのは、エキドナであった。
手には資料を大量に持っていて、何かの帰りなのが伺える。大方誰かに頼まれごとをしたのだ。
エキドナは断れない性格でもある。主張が少ない分、周りの魔族には頼りやすいのだ。
これがエンプティであれば、即刻激怒して殺していただろう。
それが功を奏しているのか、防衛担当であるエキドナが魔族から安心して信頼されているのは良いことだった。
「持とうか……?」
「い、いえ。この程度、アリス様のお手を煩わせるにはいきません、いきません……」
「そう……。どこまで行くの? ついてく」
「えぇと……資料室です。ヴァルデマル様に別室から、資料の運搬を頼まれまして」
「ふーん」
エキドナは魔術特化した幹部ではない。
当然ながら一般人やそのあたりの冒険者と比べれば、圧倒的に違う。しかし幹部の全員と比較すれば、その能力は低い。
なんと言っても転移系魔術を扱えないのだ。瞬間移動だとか、アリスご愛用の〈転移門〉だとか。
基本的にその足での移動がメインである。
それに加えて彼女はこの城の防衛を任されている。故に各所は熟知していると言っても過言ではない。
「アリス様は……何をされていらっしゃったのですか?」
「うぐっ……み、みまわりを……ゴニョゴニョ……」
「同じところをぐるぐると……?」
「いや見てたのかよ!」
「もっ、申し訳ございません、ございません……!」
それもそうである。エキドナが別室から資料を運搬している。それが一度の往復で済む量でないのならば、何度もこの道筋を通ったということ。
つまりアリスがグルグルと迷子になっている様も、ずっと見ていたということになる。
そして控えめなエキドナの性格上、エンプティのように即座に声をかけるはずもなく。
「おかしいわ……」「でもアリス様のことですから……」「や、やっぱりおかしいわ」と何度も往復の間に迷った結果、やっと話しかけたのだ。
つまりエキドナもエキドナで、迷って悩んでいたということにもなる。
だがアリスが同じ場所を何度も何度も迷子になっている間、ずっと見ていたことには変わりない。
「ちぇ、別にいいけどー」
「じょ、城内の把握でしたら、別によろしいのでは……?」
「えーっ、知っときたくない?」
「わたくしは徒歩しか手段がありませんので、仕方なく記憶しております……。アリス様は〈転移門〉や瞬間移動が可能ですから……無理に覚えずとも……」
「そっかなぁ?」
「えぇ、えぇ……。アリス様の為に是非扉を開けとう御座いますが、いち早くお会いできると考えると転移門も捨てがたいですわ」
柔らかく微笑むエキドナを見て、アリスは少しだけ照れた。
悩む主人を宥めるための言動だったとしても、それは素直に嬉しい。
アリスとてエキドナが大好きだし、そんな大好きな部下に「早く会えてうれしい」と思われるのはとてもいいことだ。
大人に上手に丸め込まれている気もしたが、今の喜びをそのまま飲み込んでそれを結論とすることにした。
「えっへへ。じゃあ私もエキドナに早く会いたいから、〈転移門〉にしちゃお」
「うふふ、有難う御座います……」
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