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前編 第二章「アリスの旅行」

上陸3

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 がやがやと賑わうそこは、間違いなく港町であった。
アリ=マイアなどという小国の集まりの玄関口イルクナーに比べれば、圧倒的に人、人、人。行き交うは様々な物。
 目まぐるしく忙しなく人や物がその場を行ったり来たりして、アベスカでは見たことのない異国のものがそこら中に溢れている。
土地の大きさはともかく、国の規模が大きいと言うならパルドウィンはこの世界でもトップレベルともいえよう。

 アリス達は既に船から降りていて、最初の目的である旅の同行者を探す。冒険者を雇うという話になっていたので、最寄りの斡旋所に行きたいのだ。
しかし知らぬ土地で大都会。人が溢れていれば周りがよく見えないというもの。
アリス自身背が高い方だったが、従者であるガブリエラは人混みで建物を見渡すことは出来なかった。

「行き来のしやすい場所にあるはずだから、港からさほど遠くないと思うんだけど……」
「聞いてきましょうか?」
「いや、いいよ。一緒に聞こうか。おいで」
「はーい♡」

 ギュッとつかまるのは、アリスの腕。エンプティが見たら激怒案件じゃ済まないな……などと思いつつも、愛玩動物に分類しているガブリエラがこうして懐いていることは嬉しい。
 飼い猫飼い犬が自分の膝の上に来たりしたら、そりゃあもう飼い主としては歓喜で舞ってしまうだろう。そういう原理である。
腕にあたるむにゅっとした感触はまた、少女ならではだが。
振りほどく理由もないため、そのままの状態で歩き出した。

 誰かしらに冒険者の斡旋所の所在を聞こう、アリスは思った。
しかし誰がこの国の人間だかアリス達にはさっぱり分からない。とりあえず適当な人間に声をかけることにした。
それで分からなければ次へとうつるつもりだった。時間はあるのだ。

「すみません」
「おう! ん? 旅行者かい?」

 一人目でなんと当たりを引いたようだ。豪快に喋る男は、ひと目で二人がよそ者だと分かったらしい。

「え、はい。よく分かりましたね」
「じゃなきゃ声掛けて来ないだろ」
(確かに……)
「そんで、何の用だ?」
「冒険者組合のようなものはこの街にありますか?」
「当然だろ! 帝国じゃないんだ、この国じゃ冒険者あっての世界だよ」

 ガハハハ、と笑う。世間一般の〝世界情報〟を知りえないアリスにとってはいい新情報だ。
サラッと帝国についての情報を手に入れられたのだ。やはり人と話してみるものだ、と一人頷いた。
 アリス――園 麻子の生きていた現代とは違って、ここでは基本的には人と人、会話と会話。
アリスの子供部下たちがどれだけ毛嫌いしようが、人間族との会話というのは必要だ。
 特にこれから挑まんとしている勇者は人間だ。それらしい話を聞くには、魔族よりも人に聞いた方がいいだろう。

(ふーん。リトヴェッタ帝国には、冒険者はいないってことなのかな? 今度はそっちにも行ってみるか)
「ほら。こっからちょっとばかし看板が見えるだろ?」

 男が指をさす先には、言う通り看板があった。
ちょっとばかし見える、という看板ではあるものの。建物のサイズから割り出すに、相当な大きさの看板だ。
現代だろうと異世界だろうと大きな看板を作れるというのは、相当な財力があるということ。この国における〝冒険者組合〟という組織は相当に大きいものなのだ。
 とすれば今後のなにかの計画において、その組織と関わることが増えるだろう。パルドウィン王国においては重要な組織なのだから。

「あれですか。大きいですね」
「なんたって港だからな。他国からも結構来るしよ。にしても――」
「?」
「こんな時期によくパルドウィンに来たな」

 今まで笑っていた男は、突然奇異な目を向けた。不思議なものを見るというよりは、どちらかといえば疑っているように見える。
 それもそうだ。これから戦争が始まるというのに、そんな時期にやって来る観光客なんて、おかしな奴だと思われても仕方がない。
 出身国なんて偽ってしまえば誰もわからない。アリスとガブリエラが船から降りる瞬間を見たならばまだしも、この男はそんな場面に出くわしたわけでもない。
ただの旅行者。しかも国は告げていないのだから、もしかしたら戦争の相手であるジョルネイダから来ているのかもしれないと、勘繰られても仕方がないのだ。

(あー、これは旅してる最中ずっと言われるな)

 アリスはそっと覚悟を決めた。
嘘偽りを連ねてもいいのだが、その場合国民と話を合わせる事ができるわけもなく。正直に旅行者だと告げて、ありそうな言い訳を並べるほかない。
だからアリスは今のうちに、それっぽい言い訳を考えておくことにした。

「行ける時に行っておこうと思いまして」
「ふーん」
(怪しんでる……)
「そっか!」
(ほっ……)

 結局その男とは特段何か揉めるわけでもなく、ただちょっと不審がられつつも親切に組合の場所を教えてくれただけだった。
最悪を想定して、魔術でねじ伏せるということも可能だ。だが今回は視察や特訓も含んでいるものの、メインの予定は気晴らしの旅行だ。

「ヒヤヒヤしましたねー!」
「そうだね。国を言っても信じてくれるか分からないし、気を付けようね」
「はーい……。……でもぉ、自分から冒険者組合に入るのはちょっと嫌です」
「ごめんね。我慢してね」
「はいぃ……」

 本来は討伐される側の魔物サキュバスであるガブリエラだ。冒険者なんて聞いたら寒気がする。心の底からぶるぶると怯えてしまうだろう。
特にガブリエラはレベルも低く、少し手慣れた冒険者であればひとたまりもない。

 がらんごろんとドアベルが派手に鳴り響くフロア。
それをかき消すようにエントランスは賑やかで、仕事から戻ってきた冒険者やこれから仕事に向かう冒険者、忙しそうに走り回るスタッフで溢れかえっていた。
 直近で戦争が控えていようと、冒険者には関係ない。魔物や盗賊は戦争に合わせて大人しくなるわけがないからだ。そんな荒っぽい仕事を除いても、冒険者を必要とする人間は多い。
どんな時期だろうと、この国では欠かせない人材であった。

 フロアが賑やかだと言えど、入ってきた異邦人を不審に思う人間が居ないわけじゃない。
特に冒険者達はそういった動物的感覚が研ぎ澄まされているのか、培ってきた経験による警戒心の高さからなのか、余計に異国の人間を警戒していた。
故にアリスとガブリエラには〝歓迎しない〟といった厳しい目線が突き刺さる。
 危険を承知で飛び込む世界だ。当然のようにごろつきのような見た目の巨漢も、うじゃうじゃ存在する。
アリスがもし今の見た目通りの女性程度の力であったら、ひとたまりもないだろう。

 舐め回すようにアリスを見ている目線が気色悪い、とアリスは思う。仕事を持ってくる相手にそんな目を向けるんじゃない、と苛立った。
 ガブリエラもそれに気付いたのかイライラしだしている。恐怖を超えて腹が立ったのだろう。
何よりも圧倒的強者であるアリスだ。主人を舐められていることが癪に障ったようだ。

「大人しくしてね」
「だいじょぶです! 戦えませんから!」

 幹部達のように殺気立つか、と思い注意するとこれだった。どやっと得意げに言われたが、誇れることではないだろう……とアリスは嘆息する。
それは如何なものかと呆れつつも、血の気の多い〝子供達〟に比べたら随分と扱いやすい。そこは安心だろう。
ガブリエラであれば下手に手を出すことがないため、冒険者の死体が積み上がっていました、なんて恐ろしいことが起きないのだ。

 二人はそんな視線をくぐり抜け、カウンターへと辿り着いた。
カウンターでは所謂、営業スマイルの女性が静かに座っていた。

「ようこそ。パルドウィンの冒険者組合へ。ご依頼――でしょうか?」
「えぇ。我々は旅行客なんですが、観光案内と護衛が出来る人間が数人欲しいんです」
「それでしたら――」

 受付嬢が冒険者を手配しようと、資料に目を落としたときだった。後ろから近付いてきた男たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
ガブリエラはササッとアリスの影へ逃げたものの、猫の威嚇のように男たちを嫌がっている。

「だったら俺らにしない?」
「かわいーじゃん。どこから来たの?」
「俺ら地元育ちだから国に詳しいぜ」

 あわよくば、と思っているのが読心などせずともダダ漏れだった。
 ガブリエラはサキュバスなので当然美しい見た目をしている。アリスも前世ならばまだしも――今はキャラクターメイクを完璧にして、ガブリエラと並んでも遜色ないような人間に変身している。
つまるところ、美女二人が野郎の巣窟にやって来てしまった。格好の獲物なのだ。
 しかしそんな美女と、もしかしたらがあるかもしれない――なんて考えるような冒険者達は見るからに弱そうである。
アリスは一瞬だけそちらに目をやると、興味がないという雰囲気を隠さぬまま目をそらした。

 本当に興味がないのもあるが、彼女たちが向かう先は厳しい環境に手強い敵が出てくるであろう場所だ。
そこにこんな弱い人間を引き連れて言ってしまえば、安物買いの銭失いじゃないが損には違いない。
 この国における冒険者の力量と言うものも見てみたかったし、こんな雑魚程度で推し量るなどということもしたくはない。この賊にも間違うような下品な男たちが、冒険者のトップに立っているとも思えない。
きっとより高い値段で、力もある者たちが上にいるのだろう。

「では、そうですね。山脈の案内と護衛、あとは帰りに戦場を少し見て回りたいのですが――」

 にっこりと笑顔を繕って目的を言えば、やって来た男たちは踵を返す。
自分たちでは力不足だと理解できているのだ。この弱者達が自身の力を慢心しているような面倒な男ではなかったことに安心した。
見栄を張って「任せろ!」なんて言われた時には、アリスから断ろうと思っていたところだ。
 問題は断る際の文句なのだが、現代日本という世辞社会に生きてきたアリス麻子としては、なんとか取り繕っていい感じの言い訳をしたいところ。
 しかしながら異世界に来て、最強たる力を手に入れ、王のように慕う部下や民を見てきて自信がついたのか感覚が麻痺したのか。
思ったことをポロポロ言ってしまいそうだった。
 ここは自分たちで引いてくれた男どもに感謝しよう、と彼女は心底思った。

「チッ、なんだよ」
「行こうぜ」
「確かにお客様のご依頼を実行する冒険者でしたら、彼らは力不足ですね。我々の組合のシステムについて、ご説明します」

 ――冒険者組合には所謂〝ランク〟のようなものが存在する。
組合に入会するとバッジが渡され、階級によってそこに施される星の数が変わる。それによって己のランクが分かるというのだ。
 入会したては一ツ星状態から始まる。最低でも一つはクエストをしていれば、二ツ星へと昇格できる。
故に一ツ星状態の冒険者はほぼほぼ居ないと同義である。
 組合には三ヶ月に一度の査定が存在し、その査定によって星の数が変動する。
この査定で下のランクに下がることはめったに無いが、あまりにも酷すぎる任務の失敗やその連続、依頼主からの強いクレームなどによっては星を失うこともある。
 勿論、また来る三ヶ月後の査定にて昇格も可能だ。しかし滅多に下がることのないランクを下げてしまうような冒険者が、また再び上に行けるはずがあるはずもない。

 先程絡んできたチンピラ達は、二ツ星、あっても三ツ星だ。
そんな者たちに配布される依頼は、草むしりなどの一般市民の手伝いから、よくて暴漢や弱いモンスターの討伐程度。
一般市民が割と気軽に頼める、最低ラインの戦闘が出来る者たちだ。

 アリス達が向かいたい山脈――亜人地区まで向かうとなると、上から二番目の四ツ星冒険者が必須だった。
四ツ星となると、要人の護衛を頼まれたり危険地域にも向かえるタイプの冒険者だ。謎と危険の多いダンジョンにも、送り込まれる者たちが多い。つまり精鋭揃いである。
 人によっては上位の魔術を扱える人間も多く存在し、その力がどれだけ危険な仕事を強いられているのかを物語っている。

「ということで、四ツ星となりますと……そこそこの値段になりますし――今どの四ツ星冒険者も出払っているんですよ」
「なんですとぉ……」
「どうしましょう、アリスさん……」
「諦めたくはないしなぁ……」

 うーんうーん、とアリスが頭を悩ませていると組合のドアベルがまた鳴る。入ってきた人物を見た者たちが、おぉ! と声を上げた。
遅れてアリスもドアの方へ目をやった。
 なんとなしに向けた視線だったが、その目は見開かれ、この魔王として降臨して以来初めての衝撃。
 見たことはないはずなのに、心の奥底から分かる。感覚が研ぎ澄まされ、目の前に向かってくる少年少女達が何者かを本能が知らせる。
いくらレベルでは自分が勝っているとは言え、油断出来ない相手。

「結局こうなるのか……」
「最初から皆の財布は分けるべきだったんだ。いちいち出すのが面倒だからと、一緒にしたのが良くなかった。特にコゼットとはな!」
「まさかコゼットが、賭けに出るとは思わなかったよね……」
「うっさいわねー! あんたたちも乗り気だったじゃない! それにもう少しで勝ちそうだったでしょ!?」
「そ、それは、い、言えてる……ね」
「でっしょー!?」

 アリスは絶句していた。そこに立っていたのは、紛うことなき勇者一行。
力を持つ人間や魔物であれば、ひしひしと感じるであろう圧倒的力量。到達できる頂きに辿り着いた、最高峰の存在だった。

「…………!」
「アリスさん?」
「あいつ、あれ、あいつら――まさか、どうして……?」
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