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前編 第二章「アリスの旅行」

上陸2

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 アリスはエンプティから、魔王城改築魔王軍増強の現状を聞いた。進行具合は亀並みではあるものの、着実に理想の形へと変えているのは確かだろう。
やはりアベスカ南に位置する亜人地区――森林地帯の問題が多い。
 いくらヨナーシュがリストを書き上げたとしても、それはまだリストの段階だ。実際に部下になるかと言えばまた違う。
出来れば大事にしたくないため、アリス自身で出向いて説明したいということもある。だから進行度が未だに亀並みなのだが。
 弱者や賢いものに至っては、自ら城にやってきて仲間に入れてくれというものも少なからず存在する。
ヨナーシュがそちらの対応にも追われていることから、更に進捗が遅れていく。

 きっと今の今までは、ヴァルデマルという恐怖が存在したから統率が取れていたのだろう。
それが崩れて軍が散り散りになった。
 今やアリスという強者が再び頂点に立っているものの、それを知るのはまだ少ない。魔族を振り向かせる決定的なイベントが欠如しているのだ。

 続いてアリスはエンプティから、アベスカについても聞いていく。
こちらは魔王城に比べると遥かに進み具合が良いらしく、いつもいがみ合っているエンプティとパラケルススではあるものの、純粋に褒め称えている様子だ。
 我が子が喧嘩している様子は、まるで子猫のじゃれ合いを見ているようで微笑ましいが、やはり仲良くやっていることに越したことはない。
 テレパシー越しだからわからないだろうと、アリスはニコニコと笑っていた。

「――なるほど。パラケルススの国民に対する処置は順調と。それで、私がルーシーに頼んだ件は?」
『アベスカ国内の裏組織壊滅の件であれば、無事進んでおります』
「うん?」

 アリスの思考が途端に止まった。
神に死んだことを説明された時のように、頭が真っ白になっていく。
「ナニヲ、イッテイルンダ」と片言になりそうなほど、理解が追いつかなかった。
 それもそうだろう、アリスはそんな指示を出していないのだ。
あのメモに書き記したのは、拾ったプロスペロの保護と借金の帳消しだけだ。
それがどうして裏組織の壊滅にまで発展するのかが分からなかった。
 いや、アベスカに巣食っている悪い組織があるのならば、土地を借りる手前潰しておきたいのは分かる。が、今はそれを命令していない。

『あのプロスペロなるヒトの救助は、そういった未来を見据えての行為だったと聞いております』
(ええぇ!?!?)

 アリスはエンプティから一部始終を聞いた。
どうやら借金を帳消しにするには、裏組織に出向く必要があったらしく、その流れで壊滅を行ったらしい。と言うことにしておいた。
これ以上はアリスの頭の処理が追いつかないからだ。

『そのおかげか、国民からより認知され、支持率がまた上がっているようです。ライニール現国王を撤廃し、アリス様を王として崇めるべきだ、という運動が強まっているようです』
「そ、そんなに?」
『壊滅作業の際に、ライニールによる裏組織との癒着が発覚致しまして』
「あー……」

 元々ちゃらんぽらんというか、暴君まがいというか、あまりいい王ではないと思っていたライニール国王。ここで更に裏組織との接点を見出してしまえばもうしょうがない。
それにアリスとしても面倒なことを避けられて良かったのだ。
 一瞬は部下の暴走だと考えたが、結果的に国王が組織と手を組んで国外に情報を流したり、国民を操ったりするような悲惨なことにならずに済んだ。
裏組織の者達の命だけで済んだのだ。最悪国民が反乱を起こすようならば、それらを殺して土地を使わねばならなかった。それはそれで面倒だ。

 アベスカが再び魔物達によって滅ぼされたとなれば、他の国も黙っていないだろう。
 ゆっくり異世界を味わいながら、じわじわと勇者を殺していくアリスの楽しみがすぐに終わってしまう。
勇者達がアリスという異質に気付いてしまえば、その場で彼らを殺さねばならない。目的は達成されども、アリスの心はモヤモヤが残ったままだ。

 裏組織は潰しておいて正解だった。
今度からはもっと国の奥深くまで調べてから征服しよう、と心に深く誓った。

「ライニールは当然、バレたことも知ってるんだよね?」
『無論です。公然の場で謝罪をさせたので』
「あ、はい」

 私が船で揺られている間に色々始まって色々終わりすぎだろ、とアリスは心のなかで突っ込みを入れる。
彼らはみんなアリスのために、頑張って知恵を巡らせて行動を起こしたのだ。無下になど出来ないし、結果的に良い方向へ向いていると思ったアリスは黙るしかない。
 それにこれでよりライニール国王は、アリスへ余計逆らえなくなったわけだ。

「ベルの手は空いてそう?」
『はい。指示を待っている状態でございますが……』
「そ。じゃあ、ライニールにバレないように監視するよう言ってくれる? 万が一裏切るようなことがあるようなら拘束して、私を呼んで」
『裏切り者程度こちらで処理致します……!』

 自分達を信用してくれ、という強い感情がひしひしと伝わる。
アリスとて、エンプティ達の強さも分かっているし、ライニール程度ベルが叩けば終わる。まるで虫を殺すみたいに。虫はベルの方だが。
 アリスは彼らを信用しているわけではないが、些か作りが違うのだ。
幾ら魔族となって感情が乏しくなれども、それでもヒトであった記憶と経験はまだ残っている。一応まだ薄れていない。
だから人間に対して、多少の慈悲を掛けることが出来る。

 何よりもアベスカは国だ。となれば上に立つ王が必要だ。
きっと幹部は口を揃えて〝アリス様が立つべき〟だと言うだろう、間違いなく。
 だがアリスは人の上に立つよう生きてきたわけじゃないし、今は勇者を殺すために魔王をやっているだけだ。
人間には人間の王を。いるだけの存在とはいえ、ライニール国王は必要な存在だ。

「あのね。ライニールは大事な盾なんだよ。他国や人間相手のね。魔物になった私達には到底理解出来ないだろうけど、人間と我々を繋ぐには、彼が必要なの。もし何か交渉となった時に、彼に居てもらわないと」

 きっとエンプティには、この言葉を微塵も理解出来ないだろう。
言っていることは分かる。だがそれを受け止めて、心にしまえるかどうかは別だ。
 人間は滅ぼす、もしくはアリスへの忠義を誓う、ただの生物程度にしか思っていないのだろう。
今の言葉も〝アリスの命令だから聞く〟のであって、もしも命令がなければライニールの小さな粗相で首をはねたに違いない。

『……出過ぎた発言をお許しください』
「いいよーん」
『ではベルにはその駒の監視ということで、アベスカ常駐を命じておきます』
「駒じゃなくて、盾ね…………」

 エンプティとの通信で喜怒哀楽していると、パタパタと駆け寄る音。
横には先程話を聞きに行くと言って、いなくなったガブリエラが戻っていた。

「アリス様ー」
「! もうすぐ着くみたい。また何かあったら連絡してね」
『……チッ、低級悪魔の雌豚風情が……私とアリス様の大事な時間を邪魔しやがって……。こほん。かしこまりました』
「…………」





「今回は無事航行が終わって良かったぜ!」
「そうですね。それはそうと――ヘルマンさん。魔族に関してどういう考えをお持ちですか?」

 船がほしいのは諦めきれない。少し歪んだ女魔術師を除けば、この船は素晴らしい。
過去の噂と実績で誰も寄り付かないことは、今のアリスにとって好都合だ。
出来れば自分のものとしたい。船員ごとならば問題ないだろう。アリスの手元にいる幹部達は船を操縦できるといったものは生み出していないのだ。

「あぁん? クソだよ」
「…………ですよね!」

 しかしながらヘルマンの返事は、即答かつ否定的であった。
そしてアリスもそれをねじ伏せて、無理矢理仲間にするほどでもない。到着してしまえば、あとは魔術でホイホイ遊びにこれる。
 幹部らが居たのならば「アリス様からの提案を飲まないとは無礼な」と殴りかかっているかもしれない。
今回連れてきたのがガブリエラで良かった、と胸を撫で下ろした。

 それに旅行気分を味わうために、船旅を選んだのだ。
そんなことを気にしていなければ、海のように広い河川であろうとも移動出来ないわけではない。
 後は一度到着して景色を見てしまえば、おなじみの〈転移門〉で一発だ。
 だから深追いはしない。

「…………」

 ヘルマンの横に立つリュシーは、驚愕を浮かべてアリスを見つめ――睨んでいた。
夜中の事もあってか、聡い彼女でもある。きっと今の質問で何となく察しが付いてしまったのだろう。

「あなた、まさか……」
「ん? ふふ、どうだろうね」
「……」

 真実を告げようがはぐらかそうが、彼女の中での疑いの目は消えないだろう。
だがそれでも何も仕掛けてこないのは、先日の夜での恐怖が拭えないからなのだ。アリスには逆らってはいけない。そう理解しているからこそ、何も言わなかった。
実際この船旅の中で、アリスがリュシーに対して何かをしたということは無かった。

「この度はお世話になりました。ではまた、どこかでお会いしましょう」
「おうよ!」



 パルドウィン王国、港――

 船は無事に港についた。
ヘルマン達はパルドウィンからイルクナーへ行く旅行客やらを待機すると言っていたが、一体いつになったら客が現れるのか。
考えるだけでも頭が痛くなりそうだったので、早々に船から去ることにした。

「それで。うちのお姫様は、何がしたいか決まったかな?」
「えへ、はい! 王都には美味しいカフェがたくさんあるらしいです♪」
「ほうほう」

 若い女(?)らしい観光セッティングに、アリスは自然と口元が緩む。
正直食事が不要な体にはなっていたものの、食べるという行為自体が出来ないわけではない。娯楽として愉しむのもありだろう。
 ライニールから巻き上げ――貰った金銭は幸いにも大量にある。時間もあるし、国内の名物菓子制覇、なんてものも夢じゃないかもしれないのだ。

「あと北の山々には、亜人や魔族が住んでるそうです」
「ガブリエラさん?」
「えへへ、やっぱり気になりませんか?」
「……まぁ」

 ちゃっかりとそういった情報も集めているだけあって、侮れない。ただの能天気で性欲にまみれたサキュバスだと思っていたが、そうではないらしい。

「こっそり行きましょう。見に行くだけです」
「そう、だね」
「あ、あと戦争を見ていきたいです」
「そりゃまた……巻き込まれたらどうするのよ」
「それはもう、アリス様が守ってくださるんですよね?」

 ニッコニコの笑顔を顔に貼り付けてそう言う。幹部もこれくらい烏滸がましいならもっと楽しいのに、と思いながらアリスは笑った。
きっとその幹部がいないから、ガブリエラも羽を伸ばせているのかもしれない。
あの部下達がいれば、今の発言を聞いた瞬間ガブリエラの命はないのだから。

「随分と図々しくなったねえ」
「へへーん」
「じゃあ冒険者の斡旋所、行こうか」
「はい!?」
「確かに私はこの世界の誰よりも強いけど、今はそういうナリで来ているわけじゃないでしょ」

 魔王アリスではなく、一介の旅人姉妹なのだ。
ほぼ無敵の羽衣も今は隠してあるし、瞳も髪の色も一般人と変わりない。
ガブリエラの足も魔術で隠蔽してある上、普通の人間が見ればただの旅行者家族だ。
 そんなのがいきなり戦場だの亜人の住む場所など行くなんて言ってみろ。警戒されるに違いない。警戒されずとも目をつけられて勧誘なんてされたらたまったもんじゃない。

 今は戦争前で力を欲している、パルドウィンだ。
国にいる力のある存在は、余すことなく手に入れたいに違いない。そんな状況で飛んで火に入る夏の虫――じゃないが、そんなことになるのは御免だった。
 何よりも、アリスがしたいのは正義である勇者を殺すことである。国同士のいざこざなんて、首を突っ込んでいる暇はないのだ。

「そうでしたぁ……」
「守ってくれる人を探さないとね」
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