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前編 第一章「降臨」
アフターケア1
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アリス出発前、廊下――
「不服?」
アリスに声を掛けられ、パラケルススはハッとする。
アリスに呼ばれて、寝室前に辿り着いたのはつい先程。中から主人であるアリスが出てきて「話がある」と言われて数分。
つらつらと話し始める内容に、パラケルススは不満を抱いた。そして不敬ながらもその不満を隠せず、顔に出していたようだった。
ただでさえゾンビというデメリットのせいで、容姿が醜悪である。
さらにパラケルススにはゴーグルがある。実験に使うだとかそういう理由ではなく、純粋に腐っている眼球がボトリと零れ落ちるのを防ぐためだ。
だからそんなパラケルススの表情を汲むのは難しいことだ。
しかしこの主君はそこから表情を読み取ってみせる。そのことに一瞬喜んだものの、主に対して不満を漏らしてしまったことを恥じた。
「も、申し訳御座いません。是非やらせて頂きますぞ」
「嫌ならいいんだよ。あなた達は大事な子だから。無理強いはしたくない」
「……た、確かに嫌ではありますが、言い訳させて下さい」
「うん」
パラケルススに限らず、その持っている――もとい、アリスから与えられた能力は全てアリスのために使うものだと、全員が心のなかで決めていた。
だからアリスがパラケルススに頼んだことは、彼にとっては不服なことであった。
パラケルススのスキルの「ホムンクルス生成」は、アリスの軍を拡張するためのもの。雑兵、捨て駒といった簡単なものから、時間と素材を掛けたものならば、一人の熟練した戦士として生成も出来る。
何にせよその力は全てアリスのため。
だから先程アリスが放った言葉を信じられなかった。
――アベスカの民で、家族を亡くした者をピックアップし、その家族のホムンクルスを作ってやれ――
アリスの軍に加わるわけでもないホムンクルスを、どうでもいい人間に渡せというのだ。
彼女の命令であれば極力、いや絶対聞きたいところだった。しかしこればかりは少し不満を抱いた。
それが不敬であることは理解していたが、どうして無価値な人間に慈悲を与えようとするのか、パラケルススには理解できなかったのだ。
「なるほどね。言い分は分かるけど、パラケルススは頭が良いんだから。もう少し良く考えてみてよ」
「……と、言いますと?」
「家族や愛というものは、人を何かに結びつけるにあたって絶大で絶対な絆だよ」
園 麻子であったときも大した絆なんてなかったが、それでも何も知らない子供たちに説くくらいには理解していた。
園 麻子だった頃は、そんな絆よりも仕事を優先する人間も多かったが、この世界ではそうじゃない。
世界的には魔王ヴァルデマルとの戦いには勝ったと言えるが、アベスカ的には大敗北だった。
この狭い城下町で国民全てに住む場所を提供できるほど、人口は削られた。
郊外にあった村々は全て破壊され、大多数の人間が家族を失った。
愛する夫、息子、娘、妻、祖父母、ペット。欠けたピースというものは大きく、彼らの心の傷が癒えている様子はない。
しかも国王は相変わらず豪遊をしているのだから、不満は募るばかりだろう。
そこにアリスが押し入った。再び恐怖が都市へ撒き散らされたのだ。
「私のことは全国民に知らせる。誰もが悪魔が再臨したと思う。でも私は力や恐怖で従わせたくない。そのほうが利用しやすいからね」
「歯向かうようであれば、消せばいい話です」
「んー、それじゃ埒が明かないんだよ。何ていうかな、自らの意思で「あの人はすごい」って思ってほしいんだ。たとえ洗脳でも」
「はあ……」
死者の蘇生はアリスにとって不可能ではない。
しかしそれとて穴埋めになる何かを与えたい。魔王だけあって不気味な方法でもいい。国民をアリスと繋ぎ止める何かが。
愛するものを失った者達が、再び愛するものと会えるとしたら。
それが偽物だとしても、穴を埋めるには良いかもしれない。
「もちろん本人じゃないって分かってね、っていう誓約書は書かせるよ。それにパラケルススなら、本人に近付けることは可能でしょ?」
「まあ、そうですな。日常会話から学習させて、より本人に近付ける事も出来ますぞ」
「だよね。私は国と言う名の土地を奪った。だからお詫びじゃないけど今度は与える番。奪うだけなら誰でも出来るけど、私達は与えることも出来るんだから。――愛を与えてくれた存在には、感謝と敬意を払いたくならない? 所謂〝飴と鞭〟ってやつかな」
アリスの最終目的は勇者の死。
部下も周りも、こんな住民程度で躓くようでは進めないのだ。
パラケルススからの反応がないことに、アリスは不安になっていた。
前世は営業でもないし、プレゼンテーションが得意だったわけでもない。だから相手を納得させ自分の持っていきたい結論へ誘導することは、あまり得意とは言えない。
上司命令といえば、幹部である彼らは否が応でも従うだろう。だがそれではなにか腑に落ちないのだ。
するとパラケルススはぷるぷると震えてみせた。怒りから来る震えだろうか。それともあまりの幼稚さに悲しんでいるのか。
元々一般人だった園 麻子であるアリスの案は、そうやすやすと通らないことは分かっていた。
設定したのは麻子とはいえ、そのキャラクター設定によって頭が良くなっている部下達。おそらく知識面などにおいては、アリスより上回っているだろう。もちろんそれはアリスの足りない部分を補うためで、アリスも部下も知っての上だった。
だからどんな答えが出てくるか不安だった。
「……い」
「うん?」
「素晴らしいですぞ、アリス様!!!!」
「は?」
「奪うだけではなく与える……まさにそれは神! 王などでは飽き足らず、アリス様は神になろうとお考えなのですね!?」
「いや違うけど……まぁそれでいいや。確かに宗教国家だからね、浸透しやすいかも。宗教かあ、いいかもね」
ふと考えてみれば、元々〝アリ=マイア〟という宗教国家であるゆえに、神という存在は信じられているのだ。たとえこの国の教徒が自分の宗教の神以外は認めないのだとしても、神という存在自体は信じているのだとしたら。
アリスを崇拝し敬愛し信じてついてきてくれるのであれば、現人神として崇められるのも一つの案としていいのかもしれない。
アリスはそう考えた。
「是非とも! このパラケルスス、アリス様の教徒を増やすべく頑張らせて頂きますぞ!」
「なんか目的がすり替わってる気がするけど、まあいっか。よろしくね」
そのあと皆が集まる玉座の間にて今後の予定を話し合った。
アリスがその足のままサキュバスのもとへ向かい、パラケルススはまた国へと戻った。
アベスカに戻るとパラケルススは、しばらくは軍用のホムンクルス生成をストップした。
アリスを神へと仕立て上げるために奮闘せねばならない。
そのためにはまず、家族を失った人間のリストが必要だった。
とはいえ現在は城下町に元々住んでいた人間以外も存在する。
もちろん城下町外から来た国民のほうが被害を被っている確率が高まるのだが、そうなるといかんせん国のリストに乗っているか不明なのだ。
魔術も精通していないこの国で、アナログ的な方式で全国民を把握しているだなんて無理があるのだ。非現実的である。
なので、パラケルススは向こうから出向いてもらうことにしたのだ。
流石に一人目はこちらで探した。適当な兵士を呼び止めてお願いしたのだ。
「君の知り合いで家族を亡くした人間を、一人連れてきてくれ」
「……分かりました」
怪訝そうな顔で見られたが、返事をしてくれたあたり実行してくれるはずだ。
逆にここでパラケルススを騙すようなことがあれば、国がどうなるか。そのへんの兵士のせいでアベスカが滅亡するだなんて笑い話じゃ済まない。
一時間もしないうちに、兵士はその知人の男性を連れてきた。
パラケルススの中では一日は掛かると思っていたが、想像よりもちゃんと尽くしてくれているようだ。
「では私の実験室へ――」
「お、お待ち下さい。もしよければ私も……」
そういうのは兵士だ。疑いの目はまだ向けられている。二人きりでなにかあっては、これもまた兵士の責任。
ただでさえ家族を失った知人だというのに、更にひどいことをしたとなれば彼に対する仕打ちが酷くなるもの。
「構わないですぞ。ただし数を増やしたくはないので、他言は無用でお願いしたいですな」
「……っ」
「……」
二人がゴクリとツバを飲む。何を怯えているのかパラケルススには分からなかったが、アリスから与えられた人間の特性から言えば、当然の行為なのだと理解は出来ていた。
二人を実験室へ入れると、パラケルススは自分用のイスに座り、二人を来客用のソファに腰掛けさせた。
この城にきて何日も経過していないが、部屋は随分と模様替えが進んでいた。
もはやライニールが必死に集めた調度品の見る影もない。
大きな一室をもらったパラケルススは、三割程度をオフィスへと作り変え、残りを実験スペースへと変えた。
ルーシーほどではないが魔術を心得ている彼にとって、造作もないことだった。
「では。お辛いでしょうがお聞かせください。亡くなられたのはどなたですかな?」
「……は? あ、えっと妻です」
男は明らかに不機嫌そうに答える。パラケルススも理由は理解できていたが、見て見ぬ振りをした。
ただし理由は理解できたところで、男に同情するという気持ちは微塵もない。
パラケルススにとって、この行為はアリスからの命令で生まれた「仕事」だ。同情の余地なんてない。
ただ〝アリスが民から認められる〟という成果を出せれば良いのだ。
「ふむ、なるほど。面倒なので単刀直入に申し上げますぞ。死者の生き写しを生み出せると言ったら、どうしますかな?」
「なっ……!」
「そ、そんなの死者への冒涜だ! 第一、愛していた人間の代わりなんて、務まるわけ無いだろう!」
絶句していた男に代わって兵士が声を荒げる。
確かにパラケルススとて、敬愛するアリスの代わりだなどと言われてホムンクルスを渡されれば、いくらホムンクルスを愛するパラケルススとて怒り狂うだろう。
まずアリスが消えるなんてことは不可能に近いのだが、仮の話である。
だから彼の主張は分かる。だがそれをやめることは出来ない。
これはアリスの命令なのだから。
「もちろん、ただの生き写しじゃないですぞ。日々の会話から情報を読み取り、貴方の中の奥様へと近付ける。それは毎日毎時間毎分毎秒行われることで、時間が経過する度に精度は上がっていくでしょうな」
「だ、だからといって……」
「これは慰めで、穴埋めですぞ。慈悲深いアリス様が悲しまれている民のために、少しでもヴァルデマルのしでかした過ちを謝罪しようと、画策されたものになります。別にお断り頂いても結構ですが、ここでの会話は全て忘れていただきますぞ」
パラケルススは椅子から立ち上がり、二人が座っているソファのもとへ歩く。
ローテーブルに二つの小瓶を置いた。話の流れから記憶を消す薬だというのは、彼らには理解出来た。
これはここ三十分程度の記憶が吹き飛ぶ薬だ。後から副作用もなければ、思い出すこともない。
兵士が付き添ってきたせいで、一本余計に失われるが、また作ればいいのだ。これからもこの仕事は国が滅亡しない限り続いていくわけで、今後は必須薬品となるだろう。
パラケルススは頭の中の予定リストに、薬品制作を追加した。
「……その代替品の妻は、有事の際には戦闘に参加するのですか?」
震える声で男は聞いた。連れてきた兵士も、予想外の質問にぎょっとする。
しかしよく考えてみれば、そういう可能性もあることを知ったのだ。
元は魔王軍の作った人造人間なのであれば、戦争が始まれば軍事力として使われることがあるのかもしれないと。
そうなればまた戦争で愛する家族を失う羽目になるのだ。今後の返事にも関わる内容だった。
「いえ。だから自分は……本当はやりたくないんですぞ。本来この力は軍の拡張として使われるべきだというのに、アリス様はただ与えるだけの生き物を生み出せと言うのですからな」
アリスはもとよりアベスカの国民を、自身の軍事力として活用する気はなかった。
入りたいという者は拒まないが、それは人間をやめて魔物の世界で生きていくのと同等であるから、やめるよう説得する気でも居た。
アベスカを占領する形を取っているものの、実際は土地を借りているだけだ。ただ人間に対して魔族であるアリス達が〝土地だけ借りたい〟と言っても誰も信じないだろう。
勇者への道のりを邪魔しない限り彼らに干渉することはない。あったところで彼らを不利にさせるようなことはしたくないのだ。
「そ、れに……彼女を承諾した場合、もし万が一嫌気がさしたら返すことは出来るのでしょうか?」
「もちろん。アフターケアも怠るなとのご命令ですぞ。ただしその場合は薬は与えないですが」
「……そうですか…………、………………。…………少し考えていいですか?」
「ほう。城からは出られませんぞ? 情報漏洩防止ですので。部下を呼びますので、その者について行って下さい。部屋を用意しますぞ」
「わかりました」
「お、おい!」
「不服?」
アリスに声を掛けられ、パラケルススはハッとする。
アリスに呼ばれて、寝室前に辿り着いたのはつい先程。中から主人であるアリスが出てきて「話がある」と言われて数分。
つらつらと話し始める内容に、パラケルススは不満を抱いた。そして不敬ながらもその不満を隠せず、顔に出していたようだった。
ただでさえゾンビというデメリットのせいで、容姿が醜悪である。
さらにパラケルススにはゴーグルがある。実験に使うだとかそういう理由ではなく、純粋に腐っている眼球がボトリと零れ落ちるのを防ぐためだ。
だからそんなパラケルススの表情を汲むのは難しいことだ。
しかしこの主君はそこから表情を読み取ってみせる。そのことに一瞬喜んだものの、主に対して不満を漏らしてしまったことを恥じた。
「も、申し訳御座いません。是非やらせて頂きますぞ」
「嫌ならいいんだよ。あなた達は大事な子だから。無理強いはしたくない」
「……た、確かに嫌ではありますが、言い訳させて下さい」
「うん」
パラケルススに限らず、その持っている――もとい、アリスから与えられた能力は全てアリスのために使うものだと、全員が心のなかで決めていた。
だからアリスがパラケルススに頼んだことは、彼にとっては不服なことであった。
パラケルススのスキルの「ホムンクルス生成」は、アリスの軍を拡張するためのもの。雑兵、捨て駒といった簡単なものから、時間と素材を掛けたものならば、一人の熟練した戦士として生成も出来る。
何にせよその力は全てアリスのため。
だから先程アリスが放った言葉を信じられなかった。
――アベスカの民で、家族を亡くした者をピックアップし、その家族のホムンクルスを作ってやれ――
アリスの軍に加わるわけでもないホムンクルスを、どうでもいい人間に渡せというのだ。
彼女の命令であれば極力、いや絶対聞きたいところだった。しかしこればかりは少し不満を抱いた。
それが不敬であることは理解していたが、どうして無価値な人間に慈悲を与えようとするのか、パラケルススには理解できなかったのだ。
「なるほどね。言い分は分かるけど、パラケルススは頭が良いんだから。もう少し良く考えてみてよ」
「……と、言いますと?」
「家族や愛というものは、人を何かに結びつけるにあたって絶大で絶対な絆だよ」
園 麻子であったときも大した絆なんてなかったが、それでも何も知らない子供たちに説くくらいには理解していた。
園 麻子だった頃は、そんな絆よりも仕事を優先する人間も多かったが、この世界ではそうじゃない。
世界的には魔王ヴァルデマルとの戦いには勝ったと言えるが、アベスカ的には大敗北だった。
この狭い城下町で国民全てに住む場所を提供できるほど、人口は削られた。
郊外にあった村々は全て破壊され、大多数の人間が家族を失った。
愛する夫、息子、娘、妻、祖父母、ペット。欠けたピースというものは大きく、彼らの心の傷が癒えている様子はない。
しかも国王は相変わらず豪遊をしているのだから、不満は募るばかりだろう。
そこにアリスが押し入った。再び恐怖が都市へ撒き散らされたのだ。
「私のことは全国民に知らせる。誰もが悪魔が再臨したと思う。でも私は力や恐怖で従わせたくない。そのほうが利用しやすいからね」
「歯向かうようであれば、消せばいい話です」
「んー、それじゃ埒が明かないんだよ。何ていうかな、自らの意思で「あの人はすごい」って思ってほしいんだ。たとえ洗脳でも」
「はあ……」
死者の蘇生はアリスにとって不可能ではない。
しかしそれとて穴埋めになる何かを与えたい。魔王だけあって不気味な方法でもいい。国民をアリスと繋ぎ止める何かが。
愛するものを失った者達が、再び愛するものと会えるとしたら。
それが偽物だとしても、穴を埋めるには良いかもしれない。
「もちろん本人じゃないって分かってね、っていう誓約書は書かせるよ。それにパラケルススなら、本人に近付けることは可能でしょ?」
「まあ、そうですな。日常会話から学習させて、より本人に近付ける事も出来ますぞ」
「だよね。私は国と言う名の土地を奪った。だからお詫びじゃないけど今度は与える番。奪うだけなら誰でも出来るけど、私達は与えることも出来るんだから。――愛を与えてくれた存在には、感謝と敬意を払いたくならない? 所謂〝飴と鞭〟ってやつかな」
アリスの最終目的は勇者の死。
部下も周りも、こんな住民程度で躓くようでは進めないのだ。
パラケルススからの反応がないことに、アリスは不安になっていた。
前世は営業でもないし、プレゼンテーションが得意だったわけでもない。だから相手を納得させ自分の持っていきたい結論へ誘導することは、あまり得意とは言えない。
上司命令といえば、幹部である彼らは否が応でも従うだろう。だがそれではなにか腑に落ちないのだ。
するとパラケルススはぷるぷると震えてみせた。怒りから来る震えだろうか。それともあまりの幼稚さに悲しんでいるのか。
元々一般人だった園 麻子であるアリスの案は、そうやすやすと通らないことは分かっていた。
設定したのは麻子とはいえ、そのキャラクター設定によって頭が良くなっている部下達。おそらく知識面などにおいては、アリスより上回っているだろう。もちろんそれはアリスの足りない部分を補うためで、アリスも部下も知っての上だった。
だからどんな答えが出てくるか不安だった。
「……い」
「うん?」
「素晴らしいですぞ、アリス様!!!!」
「は?」
「奪うだけではなく与える……まさにそれは神! 王などでは飽き足らず、アリス様は神になろうとお考えなのですね!?」
「いや違うけど……まぁそれでいいや。確かに宗教国家だからね、浸透しやすいかも。宗教かあ、いいかもね」
ふと考えてみれば、元々〝アリ=マイア〟という宗教国家であるゆえに、神という存在は信じられているのだ。たとえこの国の教徒が自分の宗教の神以外は認めないのだとしても、神という存在自体は信じているのだとしたら。
アリスを崇拝し敬愛し信じてついてきてくれるのであれば、現人神として崇められるのも一つの案としていいのかもしれない。
アリスはそう考えた。
「是非とも! このパラケルスス、アリス様の教徒を増やすべく頑張らせて頂きますぞ!」
「なんか目的がすり替わってる気がするけど、まあいっか。よろしくね」
そのあと皆が集まる玉座の間にて今後の予定を話し合った。
アリスがその足のままサキュバスのもとへ向かい、パラケルススはまた国へと戻った。
アベスカに戻るとパラケルススは、しばらくは軍用のホムンクルス生成をストップした。
アリスを神へと仕立て上げるために奮闘せねばならない。
そのためにはまず、家族を失った人間のリストが必要だった。
とはいえ現在は城下町に元々住んでいた人間以外も存在する。
もちろん城下町外から来た国民のほうが被害を被っている確率が高まるのだが、そうなるといかんせん国のリストに乗っているか不明なのだ。
魔術も精通していないこの国で、アナログ的な方式で全国民を把握しているだなんて無理があるのだ。非現実的である。
なので、パラケルススは向こうから出向いてもらうことにしたのだ。
流石に一人目はこちらで探した。適当な兵士を呼び止めてお願いしたのだ。
「君の知り合いで家族を亡くした人間を、一人連れてきてくれ」
「……分かりました」
怪訝そうな顔で見られたが、返事をしてくれたあたり実行してくれるはずだ。
逆にここでパラケルススを騙すようなことがあれば、国がどうなるか。そのへんの兵士のせいでアベスカが滅亡するだなんて笑い話じゃ済まない。
一時間もしないうちに、兵士はその知人の男性を連れてきた。
パラケルススの中では一日は掛かると思っていたが、想像よりもちゃんと尽くしてくれているようだ。
「では私の実験室へ――」
「お、お待ち下さい。もしよければ私も……」
そういうのは兵士だ。疑いの目はまだ向けられている。二人きりでなにかあっては、これもまた兵士の責任。
ただでさえ家族を失った知人だというのに、更にひどいことをしたとなれば彼に対する仕打ちが酷くなるもの。
「構わないですぞ。ただし数を増やしたくはないので、他言は無用でお願いしたいですな」
「……っ」
「……」
二人がゴクリとツバを飲む。何を怯えているのかパラケルススには分からなかったが、アリスから与えられた人間の特性から言えば、当然の行為なのだと理解は出来ていた。
二人を実験室へ入れると、パラケルススは自分用のイスに座り、二人を来客用のソファに腰掛けさせた。
この城にきて何日も経過していないが、部屋は随分と模様替えが進んでいた。
もはやライニールが必死に集めた調度品の見る影もない。
大きな一室をもらったパラケルススは、三割程度をオフィスへと作り変え、残りを実験スペースへと変えた。
ルーシーほどではないが魔術を心得ている彼にとって、造作もないことだった。
「では。お辛いでしょうがお聞かせください。亡くなられたのはどなたですかな?」
「……は? あ、えっと妻です」
男は明らかに不機嫌そうに答える。パラケルススも理由は理解できていたが、見て見ぬ振りをした。
ただし理由は理解できたところで、男に同情するという気持ちは微塵もない。
パラケルススにとって、この行為はアリスからの命令で生まれた「仕事」だ。同情の余地なんてない。
ただ〝アリスが民から認められる〟という成果を出せれば良いのだ。
「ふむ、なるほど。面倒なので単刀直入に申し上げますぞ。死者の生き写しを生み出せると言ったら、どうしますかな?」
「なっ……!」
「そ、そんなの死者への冒涜だ! 第一、愛していた人間の代わりなんて、務まるわけ無いだろう!」
絶句していた男に代わって兵士が声を荒げる。
確かにパラケルススとて、敬愛するアリスの代わりだなどと言われてホムンクルスを渡されれば、いくらホムンクルスを愛するパラケルススとて怒り狂うだろう。
まずアリスが消えるなんてことは不可能に近いのだが、仮の話である。
だから彼の主張は分かる。だがそれをやめることは出来ない。
これはアリスの命令なのだから。
「もちろん、ただの生き写しじゃないですぞ。日々の会話から情報を読み取り、貴方の中の奥様へと近付ける。それは毎日毎時間毎分毎秒行われることで、時間が経過する度に精度は上がっていくでしょうな」
「だ、だからといって……」
「これは慰めで、穴埋めですぞ。慈悲深いアリス様が悲しまれている民のために、少しでもヴァルデマルのしでかした過ちを謝罪しようと、画策されたものになります。別にお断り頂いても結構ですが、ここでの会話は全て忘れていただきますぞ」
パラケルススは椅子から立ち上がり、二人が座っているソファのもとへ歩く。
ローテーブルに二つの小瓶を置いた。話の流れから記憶を消す薬だというのは、彼らには理解出来た。
これはここ三十分程度の記憶が吹き飛ぶ薬だ。後から副作用もなければ、思い出すこともない。
兵士が付き添ってきたせいで、一本余計に失われるが、また作ればいいのだ。これからもこの仕事は国が滅亡しない限り続いていくわけで、今後は必須薬品となるだろう。
パラケルススは頭の中の予定リストに、薬品制作を追加した。
「……その代替品の妻は、有事の際には戦闘に参加するのですか?」
震える声で男は聞いた。連れてきた兵士も、予想外の質問にぎょっとする。
しかしよく考えてみれば、そういう可能性もあることを知ったのだ。
元は魔王軍の作った人造人間なのであれば、戦争が始まれば軍事力として使われることがあるのかもしれないと。
そうなればまた戦争で愛する家族を失う羽目になるのだ。今後の返事にも関わる内容だった。
「いえ。だから自分は……本当はやりたくないんですぞ。本来この力は軍の拡張として使われるべきだというのに、アリス様はただ与えるだけの生き物を生み出せと言うのですからな」
アリスはもとよりアベスカの国民を、自身の軍事力として活用する気はなかった。
入りたいという者は拒まないが、それは人間をやめて魔物の世界で生きていくのと同等であるから、やめるよう説得する気でも居た。
アベスカを占領する形を取っているものの、実際は土地を借りているだけだ。ただ人間に対して魔族であるアリス達が〝土地だけ借りたい〟と言っても誰も信じないだろう。
勇者への道のりを邪魔しない限り彼らに干渉することはない。あったところで彼らを不利にさせるようなことはしたくないのだ。
「そ、れに……彼女を承諾した場合、もし万が一嫌気がさしたら返すことは出来るのでしょうか?」
「もちろん。アフターケアも怠るなとのご命令ですぞ。ただしその場合は薬は与えないですが」
「……そうですか…………、………………。…………少し考えていいですか?」
「ほう。城からは出られませんぞ? 情報漏洩防止ですので。部下を呼びますので、その者について行って下さい。部屋を用意しますぞ」
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