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前編 第一章「降臨」

プロローグ2

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「っっぶああぁ!?!」

 勢いよく上体を起こせば、綺麗に整えられたベッドの上に眠っていたことに気付く。
白い清潔なシーツ、柔軟剤独特な香りではなく外に干した洗濯物のような匂い。
どう考えてもあの一瞬でやってこれる場所ではない。
サワサワと柔らかな風が頬を撫でて、窓か何かがあいているのだと思った。
周りが見えず状況が把握できないのは、ベッドの周囲をカーテンで覆われていたからだ。
それは病室にあるカーテンさながら。

 麻子はようやく醒めてきたが未だに回らない頭で必死に考える。
 痛みなどなかった。一瞬で気を失ったのか、そう思った。であればここは病院――かと思ったがそれもどうやら違うらしい。
薬品の匂いも看護師の声も機械の音もない。むしろ、風が草木を撫でるような自然の音が聞こえるのだ。
頭と同じく次第に起きてくる五感が、ここは知っている場所ではないと訴えている。

(ここは……?)

 彼女の視線がようやっと自分へと向けられる。衣服もまで着ていたスーツではない。白くて肌触りのいい、柔らかな素材のワンピース。清楚系アイドルとかが似合いそうな真っ白で綺麗な可愛いタイプのもの、普段の彼女であれば絶対に着ないであろう代物だ。

 とりあえずこのベッドから抜けて周りを見てみようと、麻子は動いた。
ギシリ、とスプリングが音を立てる。ベッドから下りるとそこには草が生えているのがわかった。
ようだ。
 ベッドを囲むようにある薄いカーテンをめくる。
すると飛び込んできたのは美しい緑。そして鼻をくすぐるのは青い草の香り。流れる雲、夏のように濃く輝く青い空。

 古いPCのデスクトップのようなその見事な草原に圧倒され、普通の状態で見たのであれば都会の疲れなどが吹き飛んでしまうほどのものだった。
喧騒と雑踏にまみれた普段の彼女であったのならば、いつもの疲れを忘れてほうと息を吐いていただろう。
だが直前にあったことを考えると、彼女の頭は処理が追いつかず頭上にはずっと「?」が浮かんでいる。

 そう、ベッドは草原にポンと置かれていた。

 そうか、ここは天国なのか、と麻子は思った。別段良い行いをしてきた訳では無いが、地獄と形容するにはあまりにも綺麗すぎる。
これといって地獄に詳しいわけではないが、詳しくなくともここまで美しい場所が「地獄です」と言われて信じるほどの人間でもない。
 そもそもホラー映画を大量に見てきた彼女にとって、恐ろしいものとか不気味なものとは、地獄とは何かというのは想像に容易い。
最もそれらは全て人間が想像して創造したものに過ぎない。
だから本当の地獄とまみえた時、それこそ虚無と絶望と恐怖に怯えることになるのだろう。

「おぉー! 起きたか!」

 突然声を掛けられその方向へ向けば、そこには陽気な老人が立っていた。スキンヘッドに草の冠を被った髭の長い老人だ。
白のハーフパンツに、白いTシャツ。シャツにはゴシック体で「神様」と書かれていて怪しさを醸し出している。
 まるで学生がお小遣いで作ったんじゃないか、というほどクオリティの低いプリントアウトシャツだった。ネタで着てあとは部屋着に回されるタイプの安っぽいものだ。
これが夢の産物ならば、麻子は自分のセンスを疑うところだ。
 老人はパン! と両手を顔の前で合わせると、ペコペコと謝罪し始めた。

「マジごめん、神マジで失敗続きでやばお」
「は??」
「ゴホン。弟子達に怒られるからちゃんとやるね。ワシ、神」
「は??????」

 普段の麻子ならばこんな態度は取らないのだが、驚きの連続で頭が思考と理性を放棄していた。
思ったまま出る言葉をそのまま発音している。
 だがこの「神」とやらはそれを理解しているのか、不躾な態度を取る麻子に対して何も言わない。
むしろニコニコと彼女の頭が追いつくのを待っているではないか。
……いや、待っているならあんな抽象的な説明はないのだ。

 《神様》は草原に、白の椅子とテーブルを用意した。どこかから運んできたのではなく、指をパチンと鳴らせば勝手に現れたのだ。
夢と思うか、現実と考えるか。
 麻子はここが何なのか現実なのかを考えるよりも前に、思考放棄の道を選んだ。
そういうものだと思い込むことで、話をスムーズに進ませるのだ。

 自称《神様》の説明によれば、麻子は誤って死んでしまった。
神の口ぶりからして常習犯らしいのだが、もう死んでしまったことは仕方ない。未練は――ないとは言い難い、というか今日届く予定だったブルーレイを見れない時点で、未練ありまくりなのだがもう遅い。
 家族は悲しむかもしれないが、麻子が草原のベッドで寝ている間に既に葬儀が済んでいて、蘇生すら不可能なのだ。
 外堀を埋められた……じゃないが、もう完全にこの怪しさ満点の神様に従わざるを得ないのだ。退路はなく、ただ進むだけだという。

 はてさてそんなに対して、神サイドは《異世界転生・転移》という形で詫びている。最近人気のコースだ。
勿論希望者がいればちゃんと現代に転生するコースも存在する。記憶の有無まで選べるようだ。
 厚遇だな、と思ったが神の手違いで人を殺しているだけあって当然の対応なのだろう。

「で、どうする? やりたい事あれば全面協力するよ」

 と言われたものの。特に麻子にはやりたいことはない。
生き返らせてもらって、家に届いているであろうホラー映画をじっくりと晩酌しながら鑑賞したいくらい。
だがそれは完全に不可能だ。肉体が残っていれば神の言う通り「ワンチャンある」が、火葬も済んでしまっている以上もう無理なのだ。

(かといって異世界や現代に転生したところで、何かやりたいことがあるわけでもない……)

 異世界転生と言えば、彼女の知識の中では「世界を救う」くらいしかない故に更に嫌なのだ。
 正義の味方になって、世界を救って何がある?
確かに心は清々しく晴れ渡るかもしれないが、やりたくもない仕事を淡々とこなしているような気がしてやる気が起きない。
せっかく全面協力を申し出ているのだから、もっとやりたいことを好き勝手自由にやってみたいものだ。
 なんと言っても彼女が大好きなのは悪役。正義の味方になりたいわけじゃなく、正義の味方を殺したいのだ。

(――ん?)

 そういう願いも出来るんじゃないのか? ふと、麻子は思った。断わられたら断られたときだ。ここは聞いてみるほか無い。
どうせ死んでいるのだ、時間など気にする必要もない。浮かんだ疑問は片っ端から聞いてもいいだろう。
 もしこの神とやらが多忙であっても、自分のミスで死んだ人間のことなのだ。少しくらいは嫌な顔せずに付き合ってもいいはずだ。

「正義の味方を殺せますか?」
「殺したいの? まあたまに居るね、そういう子。いいけど……あー!」
(たまにいるんだ……)

 突然思い出したように叫んだ《神様》は、空中にブラックホールのようなものを生み出すと、そこに手を突っ込んだ。
その魔術だかなんだか分からないものをみて「おぉ」と素直に感動する。
考えることをやめた彼女にとって、摩訶不思議な現象を見てただ感動することは容易かった。
 神は「これかな? あ、いや違うわ……」などと言いながら、その空中に生成されたブラックホールの中をゴソゴソと漁っている。
 しばらくして取り出したのは、ひとつの地図と資料だ。

「何年前だったかな~。送り出した子がさぁ、ちゃんと魔王を殺してくれなくって。博愛主義なのかなー? 神としては否定しないけど世界的には均衡崩れるからさ~」

 資料には顔写真が二つ。異世界転生の話をしているのだから、きっと元の顔と今の顔だろうと麻子は判断する。
転生前はたいして特徴はない、普通の男の顔だ。日本人なのは確かだろう。
転生後は日本人からすれば顔の整った方だろう。ヨーロッパ系の顔立ちはアジア人に比べると遥かに美しい。
 だがきっと、この世界では平均的で普通な見た目に違いない。

 この《神様》が言うには、自分には弟子が大量に居て、自分の保有している数多にある世界の管理を頼んでいるらしい。
肝心の自分は80億人にも増えてしまった地球のある世界であっぷあっぷしているのだ。――だからこんな《誤死亡者》が生まれる。
つい先程まで手に負えない新人教育について頭を悩ませていた麻子ならばわかる。80億だなんて相当な数字だ。そうなるのも仕方ないのかもしれない。

「キミ、魔王にならない?」

 あまりの申し出に麻子の目が点になった。
勇者もさることながら、魔王なんて麻子には無理も等しい。それになんと言っても新人教育で精一杯だった彼女にとって、魔王なんて夢のまた夢。
 魔王となれば魔王城の管理だとか、魔族とかの支配、国への侵攻をする際の作戦を練ったり、などなど大変な役職に決まっている。
面倒事を避けてきた麻子にとっては、響き的には立場的には設定的には素晴らしいものではあったが、実際になるとすると話は別だ。彼女に相応しくはない。
 麻子が答えに詰まっていると、《神様》が口を開いた。

「勿論、さっきも言ったとおり全面協力するよ。しかもこれに限っては、ワシと弟子からのお願いだ。どう?」
「ひ、一人じゃやりたくないです……」

 ええいままよ、と本音を漏らす。新人教育の二の舞にならないように、出来るだけ意思を伝えようと思ったのだ。
恐る恐る言ってみれば、《神様》は唸って考え始める。神側としても、確実に転生者を屠ってくれるのであれば、それに越したことはない。
 《神様》がまた指を鳴らすと、今度は彼らの真横に一つの白い扉が現れた。
まるで未来のロボットが出してくれるようなあんな感じの扉。シンプルでモダンな扉が、扉だけ置かれていたのだ。

「部下を作っていいよー」

 そう言われた麻子は、この扉の開けた先に部下を作る場所があるのだと分かる。
椅子から立ち上がり扉を開ければ、中にはひとつのノートパソコンと机、椅子。
 草原のこの空間とは違い、少し薄暗い――ネットカフェの一室のような場所だ。
しかしそれほど狭くはなく、六畳くらいはあるだろう。ごろんと寝転がれるくらいには広い。
それに部屋がより広く見えるのは家具も何も無く、机と椅子とパソコンだけだからだ。

「あれに全てが入っている。文字通り全て、今から向かって貰う世界の全てが。君自身のキャラクターと、部下、スキル、全てを綿密にやるといい。遠慮せずめたんこつおくしちゃってよいぞい。ワシは仕事が大量にあるから――終わったら、パソコンの完了ボタンを押して異世界に飛ぶのじゃ、よいな。魔王よ」
「今更神感出さないで」
「めんご! がんば!」
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