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起爆装置
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会場へ足を踏み入れた瞬間、熱風のようなじっとりとしてまとわりつく視線が突き刺さる。好奇の目、訝しげな瞳。
それはわたくしが婚約破棄された令嬢だからなのか。よくもまあ婚約破棄された分際で、のこのことやって来たものだ――とも思われているだろう。もしかしたら、復讐をしに来たのだと思われているかもしれない。
ある意味では正解だ。
それとも、連れている殿方が、オーク族であるからなのだろうか。目線はわたくしだけでなく、明らかにウルリク様にも注がれている。
ウルリク様を見て攻撃を仕掛けてくるような輩は居らず、ヒソヒソと噂話をしてもそれ以上はない。ある意味で安全だ。
こんなところで立ち止まっては後がつかえるからと、わたくし達は歩き出す。
行く手を阻むかのように、二人の男女がわたくし達の前に立った。
この会場で最も煌びやかで、国王陛下に次いで最も権力のある方々。ふんぞり返っているだけの男。わたくしをこっぴどく振って、未来も何も考えず、己の欲だけを優先して生きている男。――マティアス・ファン・アールセン。
そしてそのフィアンセであり聖女の、ステファニー・カルス。
「オークが新しい恋人か。お似合いだな、ヘルディナ!」
「まあ。聞きましたか、ウルリク様」
「殿下が俺達を祝福してくれているようだ」
「嬉しいですわ。このような皆様が見ている場で仰ってくれるだなんて」
皮肉だとは分かっている。だがそう言われれば、公衆の面前で褒められたからには、堂々と仲睦まじい姿を見せることが出来る。
ウルリク様がわたくしの腰を抱いて体を寄せて、それに合わせてわたくしはウルリク様の胸元へ頭を預ける。
触れ合うとウルリク様の魔力が少しだけ流れてきて、とても心地がいい。爽やかな青々とした草原のような、澄み切った魔力だ。やはり隣にいるだけでこんなにも満たされる。
少し恥ずかしさもあるけれど!
「あっ、頭でも打ったか!?」
「あら、失礼ですわね。正常ですわ」
「寧ろヘルディナの頭の方が、何よりも頑丈……」
「ん゛んっ、ウルリク様っ! こんなところでも意地悪なさらなくたって、宜しいのではなくって!?」
「つい、悪い悪い」
確かにわたくしの魔力を付与した頭突きでしたら、岩程度ならばお菓子のようにサクッと割れますわ。
それでなければ、火山地帯に出向いた際に〝足を滑らせて転んだ〟時の衝撃で死んでいますもの。
そういえばあの後、道を直していないわね。後で見に行きましょう……。
さて、今はそんなことを言っている場合じゃない。今は目の前の二人のお祝いをしなくては。
ウルリク様を見やると、彼は小さく頷いた。
「殿下、この度はご婚約おめでとうございます。我々も嬉しい限りです」
「……」
「お幸せな殿下には、是非とも俺達の婚約も祝って頂いたいですね」
「……は? 婚約?」
わたくしはニコリと微笑む。殿下には見せたことのない微笑みだったはずだ。
殿下には王となる人間としての自覚をして欲しくて、厳しくした部分がある。そもそも恋愛結婚ではない、明らかな政略結婚だ。国をより強固にするためのようなもの。
だからこそ殿下は少し驚いて、体を震わせた。鏡の前でこそ練習していないものの、今の笑顔は圧倒的に綺麗に作れた自信があった。
その反応は上々。あとは畳み掛けるだけ。
「わたくし、ヘルディナ・ローデンビュルフは、こちらに居る殿方――ウルリク・ハグバリ様と婚約を結びました。両親も兄も認めていることですの」
「何を、言っている……?」
「あら、聞こえませんでしたの? 一応この世界の公用語を話しているつもりですわ」
「そうではない! ヘルディナ、お前は……!」
「――ヘルディナ」
ああ、ウルリク様。本当に素晴らしい。先程の言葉選びといい、口を挟むタイミングが完璧。
マティアス殿下が壊れた魔法道具のように意味も無い言葉を紡いでいる時に、ウルリク様は口を挟む。
しかも殿下に言うのではなくて、わたくしを呼んだ。瞳はずっとこちらを見つめていて、王子など眼中にない。
マティアス殿下は失礼だとも言いたげだけれど、ウルリク様が身につけている公爵家の紋様に、異種族であるという〝矛盾〟が彼を動揺させている。
王国で生まれ、王国で育ち、外の世界も異種族の現状も知らないまま――世間の偏見だけを吸い上げて生きてきた方にとっては、理解が及ばない事柄でしょう。
一方で、隣のステファニー嬢には響いたようだ。
彼女は男爵に〝騙される〟までスラムに居た。スラムには貧しい人間の他に、衣食住を満足にさせて貰えない亜人族も多くいた。
そんな彼らと家族として幼少期を過ごしてきたステファニー嬢には、わたくし達はどう映っているのだろう。
わたくしの目が確かならば。揺れる瞳には、微かな希望が宿っているようにも見えた。
――では一旦、ここで〝挨拶〟は切り上げましょう。
このまま喋っていても実りはない。一度、殿下にはわたくし達から離れて冷静になる必要がある。
冷静になったところで元々が悪ければ、正しい洗濯なんて出来ないでしょうけれど。
「殿下は混乱されている。このパーティー準備に、さぞ忙しかったのだろう。俺達はまた後でご挨拶しよう」
「ええ。そうですわね。では殿下、また」
「……」
「スー……――ステファニー嬢も、またのちほど」
「……ッ!」
ステファニー嬢へ爆弾を仕掛けて、わたくしは二人の前から立ち去った。
この〝爆弾〟は、王族どころか貴族すら知り得ない。
ローデンビュルフ家であれば知っている可能性もある……と思案するかもしれないが、その前に打ち明けた婚約の話によって、ステファニー嬢の心はよりぐらついている。
傍目からすれば、わたくしがステファニー嬢へ嫌なことを言って、怖がらせたと思っている人の方が多いだろう。
実際に横目で見たマティアス殿下は、ステファニー嬢を心配する素振りを見せていた。
だが実際は、その仮面が徐々に崩れかけていると言ったところだろう。
与えた爆弾が完全に起爆するためには、コーバス・カルスが邪魔になる。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「ええ」
一息つくと、ウルリク様が声を掛けてくれた。その気遣いが嬉しくて、緊張もほぐれる。
白い目で見られて居心地が悪いはずなのに、自分のことをそっちのけで心配してくれる優しさ。
嬉しくて嬉しくて、はしたなくも腕に抱きつけば、呆れたような安心したようなため息が降ってくる。それがまた愛おしくて微笑みが止まらない。
「それにしてもふてぶてしい男だな」
「本当にその通りです。婚約も取り消されたのですから、令嬢の名を気軽に呼ばないで頂きたいですわ」
「あんなに頭も悪そうで、極悪人とは思えない」
「彼はさしずめ、駒の一つでしょう。愚かで転がしやすい、しかも地位だけは人一倍に高い。利用しない理由がありませんわ」
「可哀想にな……」
可哀想。そう、殿下はお可哀想な方なのだ。
本来であればどこかで、愛情や愛国心をもった方が彼を正すはず。そしてそれはわたくしの役目でもあった。
だけれど、彼の立場と、彼の性格が相まってそれは叶わなかった。
最後の砦であった国王陛下は、小賢しい男爵の企みによって崩壊。最悪は免れたものの、この婚約パーティーに至るという良くない結果になってしまった。
そんな愛を得られなかった殿下には〝申し訳ない〟けれど、この場で痛い目を見ていただいて、改心への一歩にでもしていただきましょう。
そうこうしていると、フロアで音楽が流れ始める。紳士やご令嬢達が手を取り、ダンスを始めた。
わたくしも遅れてはいられない。
「ウルリク様」
「うん?」
「練習の成果を見せてくださいませ」
「任せてくれ。足を踏んだっていいぞ、俺は頑丈だからな」
「もうっ、踏みませんわ」
ウルリク様の手を取って、音楽に乗る。
わたくし達が踊り出せば、優雅な空間に声が広がった。それは好奇心からなのか、嫌悪からなのか。最早どうだっていい。
背の高いウルリク様とのダンスは、彼しか見えなかった。体が大きい分視界が奪われて、世界にウルリク様だけだと錯覚させる。
これが幸せということかしら。
出来ればずっと踊っていたいけれど、音楽には終わりがある。一曲分踊り終えると、わたくしとウルリク様は窓辺へと移動した。
「俺は飲み物を取ってくる」
「お一人で?」
ウルリク様がお一人で、この空間を動かれることは心配でしか無い。
王国には根強い異種族への嫌悪がある。獣人を始めとした亜人は奴隷として売買され、良くて使用人。
公爵家の紋様を背負っていたとしても、ウルリク様をよく思わない貴族が多くいるのは事実。
わたくしがいれば牽制を出来るけれど、お一人で行かれるのは守りようがないのだ。
「ヘルディナより強そうなやつはいない。この見た目で俺に喧嘩を売るような馬鹿がいるか?」
「はあ、残念ですがいるのです」
「そ、そうか……」
「――では私が取ってこよう」
「お兄様」
「ランベルト」
家にいる兄とは違う、冷たい目線をした兄。外向けの顔だ。
家ではあんな悪戯好きの兄だが、外では無表情といってもいいほどの冷淡な顔を保っている。若くして騎士団団長になったお兄様の、世間を生きるやり方なのかもしれない。
わたくしは外でも話すことがあるため、この状態のお兄様に慣れている。
しかしウルリク様は殆ど初めて見たようなもので、物珍しそうに眺めていた。
「君達はバルコニーで休んでいるといい」
「あら、では遠慮なく」
「本当に全く違うんだな……」
「あまりジロジロ見ないであげてくださいまし、お兄様とて可哀想ですわ」
「父君の姿がないが、ランベルトが来たということは待機しているのだろうな」
「ええ」
そろそろ始まりを迎えるということ。ウルリク様の言葉に、わたくしの気も引き締まる。
――突然。ぶわり、と風が吹いた。見上げればそこにはブレヒチェが浮遊している。パーティーに登場するせいか、彼女もドレスを纏っていた。
夜空をバックに浮遊するブレヒチェは、リュドが見たらそれはそれは喜ぶだろう。天女だと言うかもしれない。
それに彼女が理由もなしに、わたくしへ顔を見せに来るはずがない。だからギルドに頼んだメンバーが揃ったということ。
着々と、役者が揃ってきた。
「お待たせ。二人とも綺麗ね。黒基調の色違いかしら、素敵よ」
「ありがとう」
「嬉しいですわ」
丁度良く、バルコニーへの入口が開かれる。飲み物を持ってきたお兄様が立っていた。
未だに浮遊しているブレヒチェを見て、ペコリと頭を下げた。
そういえばお兄様もブレヒチェの実力と、過去をよく知っていた。父が騎士団を率いていた際は、騎士として王宮魔法使いのブレヒチェと交流があったのだろう。
「アルテナ殿、お久しぶりです」
「あら、騎士の坊や。結婚したから、今はオンネスよ」
「失礼致しました。それに私はもう騎士団長ですよ」
「そんなに経ったのねぇ……」
「おい、感傷に浸っているところ悪いが……」
「分かってるわよ。役者が揃って、舞台が整った」
「では、仕上げのラストシーンですわ」
それはわたくしが婚約破棄された令嬢だからなのか。よくもまあ婚約破棄された分際で、のこのことやって来たものだ――とも思われているだろう。もしかしたら、復讐をしに来たのだと思われているかもしれない。
ある意味では正解だ。
それとも、連れている殿方が、オーク族であるからなのだろうか。目線はわたくしだけでなく、明らかにウルリク様にも注がれている。
ウルリク様を見て攻撃を仕掛けてくるような輩は居らず、ヒソヒソと噂話をしてもそれ以上はない。ある意味で安全だ。
こんなところで立ち止まっては後がつかえるからと、わたくし達は歩き出す。
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そしてそのフィアンセであり聖女の、ステファニー・カルス。
「オークが新しい恋人か。お似合いだな、ヘルディナ!」
「まあ。聞きましたか、ウルリク様」
「殿下が俺達を祝福してくれているようだ」
「嬉しいですわ。このような皆様が見ている場で仰ってくれるだなんて」
皮肉だとは分かっている。だがそう言われれば、公衆の面前で褒められたからには、堂々と仲睦まじい姿を見せることが出来る。
ウルリク様がわたくしの腰を抱いて体を寄せて、それに合わせてわたくしはウルリク様の胸元へ頭を預ける。
触れ合うとウルリク様の魔力が少しだけ流れてきて、とても心地がいい。爽やかな青々とした草原のような、澄み切った魔力だ。やはり隣にいるだけでこんなにも満たされる。
少し恥ずかしさもあるけれど!
「あっ、頭でも打ったか!?」
「あら、失礼ですわね。正常ですわ」
「寧ろヘルディナの頭の方が、何よりも頑丈……」
「ん゛んっ、ウルリク様っ! こんなところでも意地悪なさらなくたって、宜しいのではなくって!?」
「つい、悪い悪い」
確かにわたくしの魔力を付与した頭突きでしたら、岩程度ならばお菓子のようにサクッと割れますわ。
それでなければ、火山地帯に出向いた際に〝足を滑らせて転んだ〟時の衝撃で死んでいますもの。
そういえばあの後、道を直していないわね。後で見に行きましょう……。
さて、今はそんなことを言っている場合じゃない。今は目の前の二人のお祝いをしなくては。
ウルリク様を見やると、彼は小さく頷いた。
「殿下、この度はご婚約おめでとうございます。我々も嬉しい限りです」
「……」
「お幸せな殿下には、是非とも俺達の婚約も祝って頂いたいですね」
「……は? 婚約?」
わたくしはニコリと微笑む。殿下には見せたことのない微笑みだったはずだ。
殿下には王となる人間としての自覚をして欲しくて、厳しくした部分がある。そもそも恋愛結婚ではない、明らかな政略結婚だ。国をより強固にするためのようなもの。
だからこそ殿下は少し驚いて、体を震わせた。鏡の前でこそ練習していないものの、今の笑顔は圧倒的に綺麗に作れた自信があった。
その反応は上々。あとは畳み掛けるだけ。
「わたくし、ヘルディナ・ローデンビュルフは、こちらに居る殿方――ウルリク・ハグバリ様と婚約を結びました。両親も兄も認めていることですの」
「何を、言っている……?」
「あら、聞こえませんでしたの? 一応この世界の公用語を話しているつもりですわ」
「そうではない! ヘルディナ、お前は……!」
「――ヘルディナ」
ああ、ウルリク様。本当に素晴らしい。先程の言葉選びといい、口を挟むタイミングが完璧。
マティアス殿下が壊れた魔法道具のように意味も無い言葉を紡いでいる時に、ウルリク様は口を挟む。
しかも殿下に言うのではなくて、わたくしを呼んだ。瞳はずっとこちらを見つめていて、王子など眼中にない。
マティアス殿下は失礼だとも言いたげだけれど、ウルリク様が身につけている公爵家の紋様に、異種族であるという〝矛盾〟が彼を動揺させている。
王国で生まれ、王国で育ち、外の世界も異種族の現状も知らないまま――世間の偏見だけを吸い上げて生きてきた方にとっては、理解が及ばない事柄でしょう。
一方で、隣のステファニー嬢には響いたようだ。
彼女は男爵に〝騙される〟までスラムに居た。スラムには貧しい人間の他に、衣食住を満足にさせて貰えない亜人族も多くいた。
そんな彼らと家族として幼少期を過ごしてきたステファニー嬢には、わたくし達はどう映っているのだろう。
わたくしの目が確かならば。揺れる瞳には、微かな希望が宿っているようにも見えた。
――では一旦、ここで〝挨拶〟は切り上げましょう。
このまま喋っていても実りはない。一度、殿下にはわたくし達から離れて冷静になる必要がある。
冷静になったところで元々が悪ければ、正しい洗濯なんて出来ないでしょうけれど。
「殿下は混乱されている。このパーティー準備に、さぞ忙しかったのだろう。俺達はまた後でご挨拶しよう」
「ええ。そうですわね。では殿下、また」
「……」
「スー……――ステファニー嬢も、またのちほど」
「……ッ!」
ステファニー嬢へ爆弾を仕掛けて、わたくしは二人の前から立ち去った。
この〝爆弾〟は、王族どころか貴族すら知り得ない。
ローデンビュルフ家であれば知っている可能性もある……と思案するかもしれないが、その前に打ち明けた婚約の話によって、ステファニー嬢の心はよりぐらついている。
傍目からすれば、わたくしがステファニー嬢へ嫌なことを言って、怖がらせたと思っている人の方が多いだろう。
実際に横目で見たマティアス殿下は、ステファニー嬢を心配する素振りを見せていた。
だが実際は、その仮面が徐々に崩れかけていると言ったところだろう。
与えた爆弾が完全に起爆するためには、コーバス・カルスが邪魔になる。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「ええ」
一息つくと、ウルリク様が声を掛けてくれた。その気遣いが嬉しくて、緊張もほぐれる。
白い目で見られて居心地が悪いはずなのに、自分のことをそっちのけで心配してくれる優しさ。
嬉しくて嬉しくて、はしたなくも腕に抱きつけば、呆れたような安心したようなため息が降ってくる。それがまた愛おしくて微笑みが止まらない。
「それにしてもふてぶてしい男だな」
「本当にその通りです。婚約も取り消されたのですから、令嬢の名を気軽に呼ばないで頂きたいですわ」
「あんなに頭も悪そうで、極悪人とは思えない」
「彼はさしずめ、駒の一つでしょう。愚かで転がしやすい、しかも地位だけは人一倍に高い。利用しない理由がありませんわ」
「可哀想にな……」
可哀想。そう、殿下はお可哀想な方なのだ。
本来であればどこかで、愛情や愛国心をもった方が彼を正すはず。そしてそれはわたくしの役目でもあった。
だけれど、彼の立場と、彼の性格が相まってそれは叶わなかった。
最後の砦であった国王陛下は、小賢しい男爵の企みによって崩壊。最悪は免れたものの、この婚約パーティーに至るという良くない結果になってしまった。
そんな愛を得られなかった殿下には〝申し訳ない〟けれど、この場で痛い目を見ていただいて、改心への一歩にでもしていただきましょう。
そうこうしていると、フロアで音楽が流れ始める。紳士やご令嬢達が手を取り、ダンスを始めた。
わたくしも遅れてはいられない。
「ウルリク様」
「うん?」
「練習の成果を見せてくださいませ」
「任せてくれ。足を踏んだっていいぞ、俺は頑丈だからな」
「もうっ、踏みませんわ」
ウルリク様の手を取って、音楽に乗る。
わたくし達が踊り出せば、優雅な空間に声が広がった。それは好奇心からなのか、嫌悪からなのか。最早どうだっていい。
背の高いウルリク様とのダンスは、彼しか見えなかった。体が大きい分視界が奪われて、世界にウルリク様だけだと錯覚させる。
これが幸せということかしら。
出来ればずっと踊っていたいけれど、音楽には終わりがある。一曲分踊り終えると、わたくしとウルリク様は窓辺へと移動した。
「俺は飲み物を取ってくる」
「お一人で?」
ウルリク様がお一人で、この空間を動かれることは心配でしか無い。
王国には根強い異種族への嫌悪がある。獣人を始めとした亜人は奴隷として売買され、良くて使用人。
公爵家の紋様を背負っていたとしても、ウルリク様をよく思わない貴族が多くいるのは事実。
わたくしがいれば牽制を出来るけれど、お一人で行かれるのは守りようがないのだ。
「ヘルディナより強そうなやつはいない。この見た目で俺に喧嘩を売るような馬鹿がいるか?」
「はあ、残念ですがいるのです」
「そ、そうか……」
「――では私が取ってこよう」
「お兄様」
「ランベルト」
家にいる兄とは違う、冷たい目線をした兄。外向けの顔だ。
家ではあんな悪戯好きの兄だが、外では無表情といってもいいほどの冷淡な顔を保っている。若くして騎士団団長になったお兄様の、世間を生きるやり方なのかもしれない。
わたくしは外でも話すことがあるため、この状態のお兄様に慣れている。
しかしウルリク様は殆ど初めて見たようなもので、物珍しそうに眺めていた。
「君達はバルコニーで休んでいるといい」
「あら、では遠慮なく」
「本当に全く違うんだな……」
「あまりジロジロ見ないであげてくださいまし、お兄様とて可哀想ですわ」
「父君の姿がないが、ランベルトが来たということは待機しているのだろうな」
「ええ」
そろそろ始まりを迎えるということ。ウルリク様の言葉に、わたくしの気も引き締まる。
――突然。ぶわり、と風が吹いた。見上げればそこにはブレヒチェが浮遊している。パーティーに登場するせいか、彼女もドレスを纏っていた。
夜空をバックに浮遊するブレヒチェは、リュドが見たらそれはそれは喜ぶだろう。天女だと言うかもしれない。
それに彼女が理由もなしに、わたくしへ顔を見せに来るはずがない。だからギルドに頼んだメンバーが揃ったということ。
着々と、役者が揃ってきた。
「お待たせ。二人とも綺麗ね。黒基調の色違いかしら、素敵よ」
「ありがとう」
「嬉しいですわ」
丁度良く、バルコニーへの入口が開かれる。飲み物を持ってきたお兄様が立っていた。
未だに浮遊しているブレヒチェを見て、ペコリと頭を下げた。
そういえばお兄様もブレヒチェの実力と、過去をよく知っていた。父が騎士団を率いていた際は、騎士として王宮魔法使いのブレヒチェと交流があったのだろう。
「アルテナ殿、お久しぶりです」
「あら、騎士の坊や。結婚したから、今はオンネスよ」
「失礼致しました。それに私はもう騎士団長ですよ」
「そんなに経ったのねぇ……」
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