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土産

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 あれからウルリク様に尋ねたところ、ご本人も「少し強化をやりすぎた」とのことで、あれを参考に今後の強化を考えて頂けるらしい。
 ……あら? 今後の?
 いえ、難しいことは考えないでおきましょう。

「運んで頂いて、有難う御座います」
「お前が魔法を使えないから、俺がするしか無いだろ」
「それもそうですね……」

 ドラゴンを回収し、わたくし達は街まで戻ってきていた。
 本体のまま運ぶわけにもいかないので、まずは山の麓で解体作業を行ってからこちらへ移動した。
 それにしても、あの火山に耐えていただけあって、上等な鱗だ。依頼でなければ本当に、我がギルドで運用したいくらいの上質加減。
 あと数匹いたのならば、お土産として持ち帰ったというのに。残念だわ。

「それで。これはどこまで運ぶ?」
「街までで問題ありませんわ。あとはわたくしが――」
「いや、この街ではなく。依頼主へ届けるために、自国へ帰るのだろう」
「え……? ま、まさか、そこまで手伝ってくださるの……?」
「まあ、乗りかかった船だ」

 なっ……、なんて紳士な方でしょうか! ウルリク様の爪の垢を煎じて、某殿下に飲ませてあげたいくらいだわ!
 というか殿下ならば火口からの運搬も、わたくしに丸投げしていたでしょうね。
 同じ状況に陥って、わたくしがそれを出来ると知ったときには、全てわたくしに委ねるのでしょう。国を背負う人間が。腹立たしい。
 おっと、その話ではありませんでした。

「で、ではギルドまで運んで頂けますでしょうか……。依頼主が正式に分かっておりませんので、我が家で一時的に保管を致しますわ」
「ギルド?」
「はい。わたくしはブラッディ・ベアのギルドマスターでも御座います」
「ブラッディ・ベア!?」
「はい……?」

 まぁ。この方がこんな声を荒げるなんて。もしかして知っているのでしょうか。
 一応、他国にも名前が知れ渡っていると聞いたことがある。わたくしとて悪い気はしない。それに様々な不可能と言われてきた依頼を受けるためには、知名度が必要になる。
 それが悪評であれど、好評であれど、我がギルドに貢献するには違いない。
 ……ただそれが、ここに来て。悪評であることが恐ろしくなった。
 ウルリク様が知っている〝ブラッディ・ベア〟とは、一体どういうものなのか。途端に不安が襲う。

「あの完遂率100%の超有名ギルドのことか!?」

 ウルリク様の瞳が、子どものように輝いている。ああ、これは好評――好印象のほうね。一先ず安心。

「他種族で構成され、一人一人がギルドマスターに匹敵するとも言われる精鋭揃いの……! なるほど、ブラッディ・ベアのギルドマスターか……。その強さも納得だ」
「すぐ納得されるんですのね」
「否定する理由があるのか?」
「えぇと、公爵令嬢ですし……。王子殿下との元婚約者で……」
「俺は別にそれを知らん。あの場所で俺の攻撃を、真正面から受ける化け物しか見ていない」
「あ……」

 ……てっきり、疑われると思っていた。
 貴族で、公爵令嬢で、王子殿下との婚約者だった。表の仮面を長い間被り続けてきたわたくしは、本当に心の底から楽しんでいることを、いつも否定されているような心地だった。
 だけれど、ウルリク様はそんなわたくしを知らない。
 最初からありのままのわたくしを見てくれていた、数少ない人物。
 はじめはウルリク様の魔力に惹かれていったけれど、小さな言葉のひとつひとつがわたくしの心を揺らす。

「……有難う御座います……」
「今のどこに照れる要素があった?」
「わたくし、もっとウルリク様が好きになりました」
「だから今のどこに落ちる要素があった?」




 王都をでてから、約五日。
 わたくしはようやっと、戻ってまいりました。
 やはり予測していた通り、帰路のほうに時間がかかった。荷物があるからかかるとは思っていたけれど、ウルリク様がいらっしゃったからもっと時間を削減できたわ。
 バーの戸を叩いて人を呼んで、解体済みとはいえ大量の荷物を受け渡す。
 幸いにも手が空いている人間が多かったから、仕分け作業などは滞りなく進むだろう。
 わたくしは疲れているし、すぐに眠ってしまいたいけれど――報告はきちんとしなくちゃね。

 バーを通り抜けていると、リュドと出くわす。家を守っているだけあって、彼はここに入り浸っている。

「おかえりなさい、姐さん。……そいつは?」
「ただいま。リュド、彼はウルリク・ハグバリ様。ウルリク様、彼は代理ギルドマスターのリュドです。わたくしの初恋の人です」
「姐さんの初恋ィ!?」
「俺が初恋!?」
「ええ、そうよ?」

 バーでは、リュドだけではなく他のメンバーの叫び声も響き渡った。
 ……もしかして、わたくしが真剣に本気で殿下を愛していた、とでも言わないでしょうね。吐き気がするわ。
 いえ、そんなことはありえないわね。わたくしが散々ギルドで愚痴をこぼしているのは、誰もが知っていること。
 であればこの叫び声はなに?

「姐さん、このオークのどこがいいんすかぃ!?」
「お前恋愛したことないのか!?」
「ちょ……。一度に尋ねないで頂戴。まずリュド、わたくしの好きな殿方に失礼よ。次にウルリク様、恋愛をする時間がなかったと言えますわ」

 二人の質問に答えると、思いの外しゅんとした反応があった。
 リュドの問いはともかく、ウルリク様はそこまで驚くことかしら。だってわたくし、ずぅーっとあの馬鹿殿下の尻拭いの教育をしてきたんですのよ。
 空き時間はこのギルドに全てを捧げていたし、青い春なんて以ての外。

「いや……。姐さんに似合う男なんて、オーク以外でもっといるでしょう!」
「おい、どういう意味だ」
「リュド! いい加減にして頂戴!」
「すんません……」
「もう。好きなだけ議論なさって! わたくしがウルリク様をお慕いしているのは、変わりのない事実だから。さぁ、行きましょう」

 わたくしは苛立ちを隠せないまま、ウルリク様を引っ張って執務室に繋がる廊下へと出た。
 好きな方がいるだけで感情があんなにも揺れ動くなんて……。いつもならば馬鹿にされても耐えられたのに。本当に変わってしまったわ。
 それだとしてもリュドの言い方は本当にひどいわ。まったく。

「令嬢」
「何でしょう」
「離してくれるか」
「きゃあ! わたくしったら、ごめんなさい!」

 殿方の手を引くなんて、大胆ではしたない女だと思われたに違いない。羞恥で全身が汗ばみ、体温が上がる。
 ウルリク様のお顔を見て謝罪したいのに、恥ずかしさで見上げられない。なんて情けない女……。

「本当に俺のことが好きなんだな」
「当然です!」
「なら安心したよ」

 あ……。まただわ。柔らかな笑顔。調子が狂ってしまう。
 殿下には微笑まれたことは数回ほどあったけれど、どれもここまで胸が高鳴ることなんて無かった。きっと、ウルリク様は本当に魔法を使っておられるのね。
 だからわたくしの心がこんなにも揺さぶられるのだわ。

「ねえ、二人の世界に入っているところ悪いけど。帰ってきたならお話、いいかしら?」
「わっ、えっ、ブ、ブレヒチェ! いつから……!」
「ずっと居たわよ」

 恥ずかしいわたくしを無視して、とっとと部屋に入って、と促すブレヒチェ。未だに熱が冷めないけれど、仕事の話をするのだから切り替えないと。

 執務室に入ると、パウラと――珍しくピーテルも表に出ていた。いつもは様々な場所に隠れて、必要な時に出てくる彼。彼がここにいるということは、やはりブレヒチェ達が相手の素性を調べてくれたようだ。
 ピーテルへ投げた視線で、勘づいたことがブレヒチェとパウラにも伝わったようだ。

「先に報告をするわ。ドラゴン討伐は完了、素材はメンバーに処理させているところよ」
「助かったわ、マスター」
「それで? そちらの報告は?」
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