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無人の集落

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 手始めにわたくしは、最寄りの居住地区に立ち寄った。

 この規模の依頼ともなれば、普通の冒険者は寄り道など言語道断。だけどわたくしは、その辺の冒険者などではない。
 その気になれば半日も掛からずに素材を手に入れることが出来る。半日といってもその大半は移動で、素材入手後の移動が殆どだ。討伐自体は上手く行けば五分程度で完結する。
 しかし半日で帰宅して納得するだろうか。我が家のメンバーは理解してくれるだろうが、依頼主は違うだろう。
 わたくしとて理解している。自分の強さと、周りとの違いを。だから敢えて時間を潰して、それらしい時間になったら帰る。
 加えてリュドもブレヒチェも、パウラも。わたくしがここまで時間のかからない女だとは分かっている。時間を調整していることも。だから心配などしないだろう。
 それに王都に住んでいれば、わたくしの公爵令嬢としての世知辛さや面倒事を見聞きしているはず。少しくらい〝手を抜いて〟も、怒られない。

 話を戻しましょう。そんな訳でわたくしは、居住地区にいる。
 異様なほどガランとしており、人や生物の気配すらない。火山活動の犠牲になったという様子は無い。建物はしっかり残っているし、明らかに灰を被ったり溶岩に飲まれた形跡もない。
 とはいえ自ら立ち去ったとも言い難い。
 何軒か足を踏み入れてみたところ、日用品がそのまま埃を被っていた。家具、小物、子供の遊び道具まで。
 引越しをしたとしても、そこまで残していくだろうか。


 そんな疑問は、直ぐに答えが出た。
 居住地区を歩き進めて、わたくしは商業地区へと移動していた。立ち並ぶ様々な店。腐りきった青果店。火山に関係する店。
 感心しながら歩いていれば、広場に出た。そこには惨状が広がっていたのだ。

「……酷すぎるわ」

 広場には、大量の白骨死体が転がっていた。
 乱雑に積み重ねられた遺体には、虫すら群がっていない。火山も近く暑さもあるこの場所では、肉体が朽ちていく時間も早かったに違いない。
 死期が何時であるのかさえも、推測が難しい。まだ形が保たれていることから、そう時間は経っていないはず。
 それに、骨には必ず損傷があった。きっと何か鈍器で殴られたか、骨をも貫くような鋭利なもので刺されたのだろう。
 つまり、この白骨死体は、誰かによって行われた虐殺だ。
 よく見れば骨は人の形ではなく、獣人のものだ。誰がこんなことをしたかなんて、嫌という程に把握が出来てしまう。

 ……おそらく、ここは以前は町一番の広場だったのだろう。人々が溢れかえる美しい交流の場だったに違いない。
 それをこんな酷いことに使うだなんて。
 流石に埋葬までしていたら、時間が足りなくなる。これは帰ってギルドメンバーに説明をして、時間のある方を連れてまた来ることにした。
 だがそれだけでは帰れない。わたくしは遺体のそばに跪くと、手を重ねて祈る。

 ――人間を赦せとは言いません。これがわたくしの我儘だとも理解しております。だけれど、どうか。少しだけ祈らせてください。貴方達の次の幸せを。


 しばらく祈りを捧げたわたくしは、体を起こす。ここで付着した砂埃を払うのは、とても失礼だと思った。だから汚れていようとも、そのまま次の行動へ移る。
 ここへ挨拶しにいらっしゃった人間の方へ〝お礼〟するためにも、近辺の調査をより詳しく行わなければならない。
 幸いにも主な依頼の方は、たいして時間もかからない。ゆっくりと見て回る余裕はある。

 火山活動は活発ではあれど、大きな噴火は見られていないようで火山灰などが被っている様子はない。
 しかし劣悪な環境であるがゆえに、街の劣化は早い。建物などはまだまだ残っているようだが、資料や情報となり得るような文書などはボロボロだ。
 適当な家屋に入って書物を漁ってみたが、持ち上げたと同時にパラパラと崩れてしまった。
 誰か生存者がいれば別なのだが、これだけ歩いていて誰一人として出くわさない。
 本当にあの虐殺で全ての民が死んでしまったのだろうか。ここは誰にも見つけられず、風化していくだけになってしまうのか。
 ……悔しくてならない。

 民家や小さな施設は、建物上の問題で書類の劣化が激しいと考えたわたくしは、主要施設を探した。
 比較的丈夫そうで、大きな建物をしらみつぶしに探索する。予想は当たっていたようで、普通の家よりも気侯に合わせてより快適な作りになっていた。
 読めるものも多くあり、端から端まで目を通す。民間人のなんでもない掲示板から、討伐依頼の書かれたギルドの掲示板。重要な民や街に関わる書類。
 わたくしを咎める相手がいない以上、どんな機密情報であっても読み放題だ。

 その中で一際目を引いたのは、人間との交流。文通などではなく、外交的な文章だった。
 わたくしが手を止めたのは、そこにドラゴン討伐の文章が書かれていたから。
 その文書を見つけてからというもの、ただひたすら読み続けた。書かれていた内容の身勝手なこと。
 そしてなによりも怒りを覚えたのは、その機密文書に押されていた蜜蝋が、吐き気を覚えるほど見覚えのあるもの。ご丁寧に便箋にも、その存在を示す紋章が記されていた。

 「アールセン、王家……。あの……、馬鹿共……!」

 おぞましくも、憎たらしい。
 おそらく、いえ、確実にギルドへの依頼も王家からの依頼でしょう。匿名で隠していたところで、あの大金をぽんと出せるのは王家くらい。
 ――王家はこの地域の獣人へ、ドラゴン討伐の依頼を出していた。
 住民からの手紙の返答はわからないけれど、王家からの文章の焦りからして断りを入れたのだろう。ところどころに「人間よりも身体能力が高いから」「やってくれるだろう」という安易な期待が込められている。
 獣人は人間と比べれば高いステータスを持っている。だがそれは、火口にいるドラゴンに挑める程度なのかと問われれば、否である。

 愚かな王族は、最終勧告と書かれた手紙も送っていた。命令に従わなければ、どうなるか分かっているか――などという脅しの言葉が連なっている。
 最初の手紙では「依頼」と書かれていたのに、この手紙では随分と強気に出たものだ。
 あれだけ獣人の身体能力を買っていたのに、それを無視して脅している。
 そしてこれ以降の日付の手紙は見当たらない。……どうなったかなんて、想像に容易い。
 王族がそんな強大な素材と装備を手に入れたという話は、過去にも聞いたことはない。王国の歴史は勉強したほうだけれど、そこにも載っていなかった。
 国が隠蔽したというのであれば、ただの公爵令嬢であったわたくしには知り得ない情報だ。
 未来の后となり得る少女に、そんな悪い印象を抱かせるような話をするはずもないだろう。
 心底吐き気がする。

「婚約破棄で大正解ね……」

 だがどうして一度諦めた素材を、改めて手に入れるつもりなのだろうか。
 国は戦争にでも備えているのだろうか。愚かで間抜けな王族であれど、外との関係については穏やかであったはず。
 こんなことになるのであれば、ピーテルに調べさせてから国を出るべきだった。
 ……いえ。優秀なギルドのことだから、きっとわたくしが言わずとも勝手に調べているでしょう。
 まだ規模の大きな施設が残っていたはず。きっと調べればもっと王家の愚かな部分が顕になるでしょう。
 間抜けな部分が国内うちがわまで侵食しないためにも、ここはきちんと調べないと。

 次の場所へと移ろうとしたとき。わたくしの耳に風を切る音が届く。視認してからでは遅いと判断したわたくしは、音だけを頼りに投擲物を回避した。
 急いで物陰へと移動し、周囲を探る。誰の気配もないからと、完全に油断をしていた。
 これも空白期間からくる衰えのひとつなのかしら。

「手厚い歓迎ね。どなたかしら」

 返答はない。当然ね。これでのこのこ現れるのは、わたくしの元婚約者くらいでしょう。
 わたくしは警戒をしつつ、投げられたものを見やる。床に転がっているのは、そのあたりにも存在する何の変哲も無い石だった。
 微かに石には魔力が宿っており、魔法を用いた投擲を行ったのだろう。しかもあの攻撃は、わたくしの頭部を真っ直ぐ狙っていた。
 あれだけ正確な制御を出来る力のある魔法使いが、間近に潜んでいたのに。わたくしは気付けなかった。
 令嬢として生活していて、時間のあるときには修行をして訓練をして……と感覚が鈍らないようにしていたはずなのに。悔しいわ。

 さてと。このまま向こうの出方を待っているだけでは、わたくしは不利なまま。
 己が弱くなったことも実感したことだから、ちょっとでも頑張らないと。

 わたくしは瞳に魔力を集中させる。索敵を行う際によく使う方法だ。
 魔法を使えない分、わたくしはこうして各部位を魔力で強化することで、人ならざる力を手に入れることが出来る。
 魔力をまとわせた瞳は、視力が研ぎ澄まされると同時に、魔力の動きを感知できるようになる。相当な距離がない限りは、どこにいるかは視えるのだ。
 わたくしの視界に映し出されたのは、見たこともない美しい魔力だった。

「……綺麗……」

 ついぽろりと、こぼしてしまった。
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