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ヒーローがいきなりヒロインにち◯こ突っ込んでくるんですが、見守るべきですか?
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しおりを挟む「………」
目を覚ますと、カナの瞳に銀色の髪が映った。
「…?」
「起きた?」
顔の両脇に手を突いてこちらを見下げているのは迅くんだった。
以前の様な自信に溢れた姿は形を潜め、いつも真っ直ぐに見つめてきた黒曜石の瞳は曇っている。
(少し、窶れた?)
不思議と恐怖して固まる事も無く、何も言わずに彼を見上げる。
そんな私に、彼は少したじろいだ。
黙ったまま見つめ合った後、焦れた迅はポツポツと話し出す。
「……あんたはいつもあの男を見ていたよね」
「…俺の物にするためには、ああするしか無かったんだ」
「だけど結局記憶を奪われて、あんなに近くにいたのに…拒絶される位なら逃してあげようと思ったのに…思い出した時には、あいつにまた盗られてた…」
「ねぇ、何回食べれば一緒になれるのかなぁ?」
そう小さく問い掛ける彼の顔は泣きそうに歪んでいる。
いつもは怖いのに、ましてや今から殺されるかもしれないと言うのに、私の心は穏やかに落ち着いていた。
(彼が苦しんでいるのは、私が逃げていたから)
ハデスに愛され、前世を思い出した私は覚悟が出来ている。
(彼の気持ちに応えなきゃいけない……彼を解放しないといけない)
例え彼がそれを望んでいなかったとしても。
そう思うと同時に、常とは異なる迅くんを見たからだろうか、彼との記憶を思い出した。
(そうだった…彼は泣き虫だったね)
迅くんの前世で、彼の両親の命を奪ったのは不慮の事故だった。
変えられない運命と言うのだろうか、こればかりは神である自分でさえどうする事も出来なかった。
幼くして孤児となった彼は、とても気の弱い泣き虫だった。
初めは親が恋しくて泣いていた彼が、関わるにつれて心を開いてくれるのが嬉しかった。
怒る彼も笑う彼も可愛くて、本当の家族の様に愛していた。
姉と慕ってくれていた彼がいつからか素気なくなったのを、親離れだと微笑ましく見守っていたのを思い出す。
だけれど、彼が私に向ける視線に恋慕の情が混じっていると気付いたのはいつからだろうか。
分かっていたのに、私はそれから目を背けた。
今目の前に居るのは、転生してさえ私を好きになってくれた彼だ。
転生してからも、私はずっと彼から目を背けて来た。
ふ、と結婚指輪が無くなっているのに気付く。
左手の薬指に舌を這わされているというのに、頭に浮かんだのはハデスとの結婚指輪だった。
(私はこんな時でさえハデスしか見えてないんだね)
と心の中で自嘲する。
「薬指から食べちゃおうね、そうすればあいつの指輪なんて嵌められ無いでしょ?」
「俺のも嵌められ無いけど、来世で嵌れば良いんだし」
迅がカナの指を口に含み、力を入れようとしたその時。
【離れろ】
低い声が力で迅を動かした。
自ら退く迅が、苛ついた様に毒吐く。
「…………あは、何これ」
「本当、邪魔だなぁ」
彼は憎々しげに、突然現れたハデスを睨みつけた。
ベッドの側に立ち上がり動きを止める迅から、ギ、ギ、ギ、と耳障りな音が鳴り出す。
「抵抗しても無駄だ」
「この次元は俺の次元よりも弱い」
「お前は俺に向かう事すら出来ない」
とハデスは淡々と言うが、彼の瞳には怒りが宿っていた。
「…は?次元とか世界とか厨二かよ」
と馬鹿にした様に迅は笑うが、その体から出る耳障りな音は鳴り止まない。
「お前はそれを渡って来たのだろう?」
「ティアの魂を身の内に抱えて、彼女の力の殆どを使って次元を渡った」
「彼女の力だけでは、二人分の魂をこの弱い次元に飛ばすのが精一杯だったようだな」
「だから記憶は消えた」
「そのお陰でお前にまた奪われずに済んだが」
言いながらカナを抱き起こし、ハデスは彼女を腕の中に囲う。
カナの体は淡く光っていた。
ハデスと交わる度に、カナの魂には神力が溜まっていった。
カナの髪や瞳の色がティアに戻っていくのを見て、迅はそれに気付いた。
「また同じ事をする気だろうが、もうさせない」
部屋中に漆黒の魔法陣が浮かぶ。
それは呪詛の様に壁や床を覆い、迅の周囲の空気を暗く重くしていった。
「………っ」
押し潰さんばかりの力に、迅は苦しげに呻く。
「お前の運命は彼女と共に無い」
ハデスが開いた片手を握ろうとした時、
「待って」
腕の中のカナが静止の声を上げる。
「………」
ハデスは片手をそのままにカナを見た。
「彼と話をさせて、お願い」
「話終わったら…彼を殺さずに私との記憶だけを消して欲しいの」
「嫌だ!!」
「あんたとの記憶を消されて生きていくなんて嫌だ」
必死に叫び請う彼に、カナは近付く。
迅は逃げようと身を捩るが、何かに拘束されて動けなかった。
ハデスは彼を押し潰すのは止めたが、拘束はしているらしい。
「迅くん、聞いて」
「い、やだ」
カナは迅の目の前に立ち、彼の瞳を真っ直ぐに見上げた。
「今まで苦しめてごめんね」
「っ」
「ずっと気付いてたのに、逃げてごめん」
「私はあなたのお姉さんで、あなたを弟としか思えなかった…思いたくなかった」
「直接言われないのを良い事に、今まで通りの関係にあなたを縛り付けて、ずっと傷付けてきた……ごめんね」
「……」
幼い頃以来初めて、ブレることなくカナの瞳が見つめてくるのと、震える事なくその唇が言葉を紡ぐのに、迅の心は場違いにも喜びを感じる。
そして、彼女にずっと聞きたかった事を問い掛けた。
「…言えば男として見てくれた?」
「それは…分からないよ…」
「……」
それは、迅が予想した通りの答えだった。
もしかしたら、違う道も有ったかもしれない。
それは『if』の話だ。
「あはは…」
予想通りの答えに笑った彼は、泣きそうな苦しげな表情をした後、ゆっくりと話し始めた。
「…弟じゃ無くなったらあんたが離れていくんじゃないかって、結局何をしても振られるじゃないかって怖かった」
「狂う位に好きだから……その分怖かった」
本当、何でもっと早く言わなかったんだろと俯いて自嘲気味に彼は呟く。
「何でもっと早く思い出さなかったかなぁ…」
「……ははは、結局、俺は最悪の横恋慕野郎じゃん」
しばらくして顔を上げた彼は、真剣にカナを見つめて気持ちをぶつけた。
「カナちゃん、あんたを女として好きだ、俺の物になってくれる?」
「ごめんね」
「即答かぁ」
「………良いや、もう、なんかスッキリしたし」
「こんな格好悪い振られ方ある…?」
恋敵に拘束されたまま、未練がましく告白して振られるなんてと、クツクツと迅は笑った後、顔をハデスに向けて言い放った。
「おい、お前早く消せ」
言われたハデスは迷う事なく迅に掌を向ける。
押し潰そうとするのではなく、記憶を消すために。
ハデスに記憶を消される最後、何でこんなつまんなそうな野郎が良いの?と呟いた彼は、
「結婚おめでとう、さようなら」
と笑う。
その表情は、何処か吹っ切れた様に晴れやかだ。
【忘れろ、二度と思い出すな】
断罪の様に、その声は部屋に響いた。
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