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ヒーローがいきなりヒロインにち◯こ突っ込んでくるんですが、見守るべきですか?
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しおりを挟む婚姻届を提出した帰り、アパートの部屋の玄関の前に幼馴染がいた。
「カナちゃん」
扉に寄りかかり、こちらを見る幼馴染の瞳は冷たい。
「…誰そいつ?」
髪を銀色に染めて耳にピアスをこれでもかと付けた彼は、三年前に最後に見た時からその奇抜な格好良さは変わっていなかった。
「…迅くん、なん、で」
ここ三年はもう私に興味が無くなったとホッとしていたのに。
彼に見られると蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。
彼を前にするといつも恐怖で足が竦んだ。
私とは住む世界が違う人。
昔から彼の周りには華やかな人達がいて、そんな彼とは幼稚園から高校まで一緒で、そして私の初恋の人で、虐めの原因で、三年前まで私のストーカーだった。
「カナ」
ハデスが前に出て私を庇ってくれる。
手を握る彼の熱に少しだけ硬直が解けた。
「お前誰?カナちゃんの何?」
「夫だ」
直ぐに返された問いの答えに、迅くんの瞳は余計鋭くなる。
私達の指輪にサッと目を移して、それからまたハデスをじっと見た後苦々しく呟いた。
「……ハデス」
「……」
「ぇ」
(何でハデスを知ってるの?)
知る筈の無い迅くんがハデスの名前を呼んだ事に驚く。
「……ちっ、何で」
迅くんが小さく呟いた声は聞こえなかった。
ニコリと表情を変えた彼は、こちらに近付きながらハデスに手を差し出した。
「俺は迅って言うんだ」
「カナとは幼馴染でずっと一緒だったんだ、よろしく」
「…そして結婚おめでとう」
「………」
差し出された手を無視して迅くんをハデスは冷たく見た。
「…カナちゃん、今度ご飯でも一緒に行こう」
「ご馳走したげる」
彼が隠れる私を見て言うのに、守るように立ちはだかるハデスの服を掴んでまた身を固くする。
「悪いが妻にそんな時間は無い、カナは夫婦で一緒にいたいらしい」
「帰れ」
「…はいはい、分かりました~、またね」
一瞬攻撃的な色が迅くんの瞳に浮かんだ気がしたが、またニコリと笑って彼は去っていった。
いつの間にか詰めていた息を吐き出す。
「ハデス、ありがとう」
「…ああ」
幼稚園の時、迅くんは私の指を口に入れるのが好きだった。
止める様に周囲が言っても止めてくれなくて、時々噛んでくるのがすごく怖かった。
でもそれ以外は優しかったから、いつも彼と遊んでいた。
彼に見られると体が固まる癖はこの頃からあったけれど、慣れてくれば気にならなかった。
だけどある日、他の男の子と手を繋いで遊んでいた時、すごく怒った彼に思いっきり指を噛まれた。
食いちぎられるかと思う程。
直ぐに私の悲鳴に気付いた先生が離してくれたけれど、しばらくは痛みと跡が残った。
その後彼を見ると泣き出す私に、彼は謝り指を口に入れる事は無くなった。
その代わりに、私に他の子が近付くと怒るようになった。
やめてと言っても聞いてはくれないし、一緒に遊んでいる彼はいつも通りに優しかったから、私も彼以外とは遊ばなくなった。
小学生になると関係は変化していった。
段々とグループが分かれるようになり、彼の周りはいつも明るく華やかな人達が囲むようになった。
離れていく彼に少し寂しく思ったけれど、私は彼以外の友達と遊べる事が嬉しかった。
中学生に上がる頃には、彼とは全くの疎遠になった。
男女の性の違いが出てきて、私は人よりもそう言った関心は遅かったと思う。
けど、彼は違った。
彼の噂を聞く度に別の世界の人の様に思えた。
高校になって、同じ学校に通う事に気付いたのは入学式だった。
彼は華やかな噂ばかりだけれど、成績はトップクラスで代表になっていた。
壇上に上がる彼は、黄色い声が上がる程格好良かった。
そんな彼と小さな頃は仲が良かった事に、少しだけ優越感が湧いたけれど、良い思い出として胸に仕舞った。
平和な一年を過ごした後、高校二年になった時、彼と同じクラスになった。
しばらくしても会えば挨拶くらいで特に関わりは無かった。
なのに………
放課後、帰りのホームルームで友達と彼氏の話になり、そこから好きな人の話になったのは自然な流れだった。
「カナは好きな人いるの?」
「んー…気になる人はいる、かな」
その頃の私は図書委員の一つ上の先輩が気になっていた。
特に格好良い訳ではなく、小説が好きで穏やかで優しい人だった。
「えー!誰だれ?」
「言わないでよ?図書委員の先輩」
と友達に聞こえる位の小さい声で伝えた時、ガタッと大きな音が教室に響いた。
皆んながその音を出した人物に注目する。
「カナちゃん、それって橘先輩の事だよね?」
「ぇ」
教室の反対側、机に座った彼の足元には蹴られて倒れた椅子があった。
いきなり言われた事に驚いて私が反応出来ないのを他所に、大きな声で彼は続けた。
「カナちゃんが好きなのって橘先輩でしょ?」
ヒューと冷やかすように彼の周りの人達が囃し立てる。
私はただ唖然としているだけだったが、周りが「告白しろ、告白しろ」と囃し立てるのに段々と状況を理解して、幼馴染と思っていた彼に裏切られたショックとかで泣きながら逃げ出した。
そこからはもう思い出したく無いが、迅くんにはまた付き纏われる様になって、面白く思わない人に影で虐められる様になって、友達も離れて行った。
橘先輩にも知られて恥ずかしくて避けた。
結局親と相談して別の高校に編入した。
だけど彼は何処から知ったのか、同じ高校に編入してきて、またその信奉者に虐められて。
残りの高校生活は私にとってトラウマになった。
高校を卒業と同時に私は専門学校に通い、彼は大学生になって別の道を歩む事になったけれど、教えてもいないのに私のアパートに来ては居座った。
その内に彼がそう言う雰囲気になる事はあったが、恐怖で固まる私に「萎えた」と言っては彼は出て行った。
彼と関わるにつれて、彼との距離が縮まるにつれて、何故か恐怖が増していく。
迅くんは良く別の女の人の匂いをさせてくるし、彼の気持ちも分からなかった。
他の人と幸せになって欲しいと言い訳をして彼から逃げたけれど、何度か住所を変えては彼に見つかってを繰り返した。
ハデスとお風呂に入りながら迅くんの事を聞き出されている。
湯船は小さくて、二人で入ると彼の上に乗る形になるけれど、ゆっくりとマッサージされると変に力が入っていた体が解されてとても気持ち良い。
彼は夫となったのだし、なるべく秘密は無くしたいから、問われるままに答えていた。
「カナはあいつをどう思っていた…?」
「ん、と、好きだった時はあったけど、それ以上に怖くて…離れたかった、かな」
「そうか」
止まっていた彼の手が再びマッサージのため動き出す。
もしかしたら、何故迅くんが怖いのか、ハデスなら分かるだろうか。
「…ハデス、どうして私は彼が怖いの?」
振り返って問い掛ける。
「………それは、」
ハデスは一瞬で無機質な物に変わる様に、その表情や瞳から全ての感情を消し去った。
「っ」
(聞いてはいけない)
咄嗟に思うが、彼は言葉を続ける。
「あいつは、ティアを殺した男だ」
その言葉に、ヒュッと喉が鳴った。
生々しい記憶が蘇り、目の前を走馬灯の様に過ぎていく。
殺された記憶、生きながら食べられた恐怖。
彼への恐怖は、魂に刻まれた物だった。
「あ、ああ、」
震える私をハデスは抱き締めた。
「カナ、もう大丈夫だ」
「次は必ず守るから」
濃紺の髪と瞳がより濃く、黒に近くなる。
ティアの記憶の中の彼は、美しい金髪にエメラルドの瞳を持っていた。
こんな暗い表情なんてしなかった。
いつも穏やかに微笑んでいたのに。
その変化を止めたくて、震える手を彼の頬に当てる。
何故か私の手が輝いている様に見えた。
「ハデス、大丈夫だから」
「もう離れないから…愛してる」
「カナ……」
自分から初めて彼にキスをする。
愛してると言ったのは私なのか、それとも前世のティアなのか。
答えは分からなかった。
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