46 / 76
本編
46 ※ 10年後
しおりを挟む夫達と三人の子ども達、そして精霊の楽しげな囁きが聞こえる。
5歳と3歳と1歳の子ども達。
三人とも夫達の特徴を受け継いでいた。
親の色眼鏡を抜きにしても皆可愛い。
「父さまたち、こっちです!」「パパはやく!」「ぱぁー」
その高い声に頬が緩み、庭で遊ぶ家族の側に行こうと運ぶ足も速くなる。
魔王討伐からもう10年が過ぎた。
ここのところ毎日忙しくて、休みの日は「ゆっくり休んで」と夫達が子どもを遊ばせてくれるから寝ていても良いのだけれど、そんな光景を見たくてつい側に行ってしまう。
胸にあった契約の紋様は、子どもが産まれたと同時に無くなっている。
紋様が無くても、という願いは、皆で過ごした時間と子どものおかげで叶ったのだ。
長男が産まれた時の夫達の感極まる姿を思い出して、ふふと笑ってしまう。
だが、思えば結婚式を挙げた後も、自分の使命のために彼等を5年も待たせてしまった。
申し訳ないのだけれど、その時間も必要だったと思う。
悩み苦しんでいる人達の為に、何よりも子ども達を迎える準備のための大切な時間だった。
ここ、世界樹の領域は『聖域』と呼ばれている。
常春のここには、常に様々な花が咲き乱れ、小さな精霊達が楽しく舞っている。
世界樹は青々と生い茂り、年に二度純白の大輪の花を咲かせ、その優しい匂いは訪れる人々を癒している。
精霊達が唄いながら熟した実を採り、それを籠に詰めて集荷し、世界中の必要な人々の所へ届けてくれる。
とても幻想的で人に優しく、美しい場所だ。
世界樹の効能については、賛否両論で世界は混乱した。
お互いの価値観の違いが浮き彫りになったりとか、貴族の身内主義に新しい風が吹き込んだりと色々と問題もあったが、お互いに割り切って次の相手を探したり、貴族も番探しに旅立つなど人々は柔軟に受け入れつつある。
聖域へ私が移住した後、『使命』というか、やりたい事をすべて現実にしてきた。
病院、美容皮膚科外科、心療内科、トレーニングルーム、運動場、研究施設、こころの相談室、孤児院など、様々な施設の建設運営やそこで働く人材の育成にここ10年を費やして来た。
施設の運営資金は、みのりが召喚しておいた本の知識を使い、夫達と相談しながら作った商品の売り上げで賄えている。
実は、召喚スキルはシアンとの結婚式後消えたのだが、持ち物に入れていた本はそのままだったので活用させてもらっている。
消えないと言う事は女神も了承していると都合良く解釈した。
聖域は助けを求める人々や一般の人々に、いつでも広く門扉を開いている。
特に、ダイエットサポートや美容皮膚科外科には力を入れた。
前世での事もあるし、見た目じゃ無いと言っても見た目も大事なのだ。
悩める人は老若男女幅広く、一番の人気でもある。
太り過ぎからのダイエットで垂れた皮膚やニキビ後のクレーターは、美容外科や回復薬でほぼ自然な状態に戻せるようになった。
それはビオの貢献が大きい。
無料とは出来ないので、家庭状況を調査後、富める者からは取りと良きに計らせてもらっている。
毎日ひっきりなしに悩める人は来るが、元気になって帰って行く人もいる。
大変だけれども、とてもやり甲斐を感じる仕事だ。
元魔王もとい現聖女だが、あれから多くの時間を一緒に過ごし、様々な話をした。
話すつもりの無かった私の3つ目の願い事、『魔王と使役していた魔物に壊された物全てを元に戻す』が叶った直ぐ後。
龍の王伝いで知った彼女に「自分のために使えたのに、どうして」と押し掛けられて涙ぐまれてしまった。
やはり余計だっただろうか、と慌てたが、「私がしたかったから後悔はしてない」と言葉を重ねたら、「違うの…嬉しいけど、私はあなたに何も返せてない」と言われて困ってしまった。
「いや、助けてくれたしそんな事無いのだけど…あ」とここの共同運営を提案してみた。
聖域は聖女の物でもある。
多忙だが、充実した時間を共に経て、私は初めて心からの親友を得たのだ。
実は密かに妹の様だとも思っているから、最早私の家族だ。
そうそう、彼女は龍の王とダイエットしたらしく、それはそれは可愛く生まれ変わっている。
愛の賜物であるが、どうやったのかは今でも教えてくれない。
側から見ると束縛の強いちょっとアレな執着を受けているように思えるが、当人が幸せならそれでいい。
心に余裕の出来た彼女は、やはりとても素敵な人になった。
私も、素敵な人になれているのだろうか。
「母さまだ!」「ママー!」「まー」
「はーい」
「「みのり」」「みのちゃん」
「大丈夫なのか?」
「休んでて良いんだぞ?」
「大丈夫だよ」
「家族と一緒が良いんだよね♪」
「うんっ」
子ども達とじゃれ合い、時々夫達に任せて木陰で休みながらその光景を見て過ごす。
それは私にとって何よりもかけがえのない時間だ。
夫達は自国での仕事をしながら、転移魔法で休みの日や夜などに帰ってくる。
三人が揃う事があまり無いのが寂しくもあるが、常に一人は居てくれる。
自分も忙しいだろうに、聖域の運営も手伝ってくれていて、体が心配になるのと同時にとても恐縮だ。
女神から教えてもらった人体図は、触れた相手の状態を教えてくれるびっくりなスキルだった。
これで夫達の体調も管理して、さらに医療やダイエットサポートにも役立てている。
相変わらず夫達は私にとても甘いし、子ども達は目に入れても痛くない程に可愛い。
お腹の中には四人目もいる。
(ああ、私、今幸せだ)
そう何度も反芻してしまう。
だけど、とても幸せなのに時々訳も無く不安に襲われる。
夜、今日はシアンが一緒だ。
子どもを寝かしつけてからの夫婦の時間。
「…みのり、どうした?昼間浮かない顔をしていただろ?」
ベッドの隣に潜り込んできたシアンに、後ろから体を抱き締められながら問われた。
そんなに分かりやすい顔をしていたかな、と思う。
「みのりの事は全て分かる」
「そうなの?」
自信満々に言われたのが少し可笑しくて、クスッと笑うと、後ろの彼も笑った。
「……あのね…」
「自分の事をもっと小さい内にプロデュース出来てればってずっと考えてた」
「こんなに辛いのは自分が悪いんだって…」
「でもそんなの、子ども達を見てれば無理な事だって分かる」
汚れた手で物を食べてしまったり、ご飯を残してお菓子を強請ったり。
歯を磨くのを嫌がったり、トイレに行くのを嫌がったり。
「親がちゃんとプロデュースしないと、子どもなんて周りの環境の通りに育つしかないんだって…」
お腹を撫でながら黙って聞いてくれている、後ろの優しい温もりに擦り寄った。
「…そう考える度に、私はやっぱり親に愛されてなかったんだなって確認しちゃうの」
「…でもね、そんな事はもうどうでも良いって思えてる」
愛されてるからね、と自分を抱き締める彼の腕を撫でる。
「ずっとじゃなくて良い、子どもが自分の事を考えられるようになるまで、親が関わりを変えながらサポートすべきなんだと思う」
「当たり前の事を私はこうやって確認していかないと普通の親にはなれないんだなって落ち込むし、子どもが出来た時に自分の親のようになるんじゃないかって凄く不安で、今も時々不安になるの」
「今の幸せが私のせいで壊れてしまうんじゃないかって」
シアンの腕に力が入った。
「でも、そのおかげでこうやって自分が親として何をすべきかとか、考えられるんだよね……ん??」
突然、お腹に気を遣いながらだが体を降ろされ、シアンが前に回り込でくる。
彼と対面する形になり、目を合わせられた。
その表情は真剣だ。
「みのり…俺は親を知らない、だが、もしも俺に親がいたならば、みのりであって欲しいと思う」
「みのりは良い妻であり、子ども達にとっても良い母親だと自信を持って欲しい」
その言葉にみのりは胸が詰まった。
「今の幸せは決して壊れる事は無いと信じて欲しい」
「みのりが壊す事は無いし、俺達も必ず守り抜くと誓う」
「っ」
「これからも不安になった時には、前世があってそう考えるみのりを、俺は肯定し続けるよ」
どうして、いつも私の欲しい言葉が分かるのだろうか。
いや、前世が無くてもそうだが!と慌てる彼が可愛くて愛しい。
「ゴホン…俺の方こそ考えるべきなんだが、考えるのはあまり得意ではないから、子育ても直感でやってしまうし、子ども達にも怒られる事が多いしな」
とガリガリと頭を掻いたシアンは、ふ、と不貞腐れた顔をする。
「…恐らくだが、リアンとビオは同じ事をもっと上手く言うのだろうな」
と言う唇を塞いだ。
逞しい首に腕を回して抱き付く。
彼の唇を割り、舌を絡ませる。
すぐに絡め返されて、彼のモノがムクムクと反応するのが分かった。
「っぁ、みのり、これ以上は、駄目だ、お腹の子が」
と言うシアンさんの言葉に残念だけれど、ちゅ、ちゅ、としてからキスを止めた。
早く安定期に入らないかな、と思いながら、渋々とシアンの隣に横になる。
「…ねぇ、シアンさん」
「ん?」
後ろからピタリと隙間なく抱き締められて、お腹を優しく撫でられながら、感極まって先に行動してしまったけれど、ちゃんと言葉でも伝えようと思う。
「シアンさん…私もシアンさんが言ってくれたように、もしも親を選べたなら、シアンさんやリアンさん、ビオさんであって欲しいと思う」
後ろを振り向き、彼を見る。
「シアンさんは私には勿体無いくらい良い夫で、良い父親だよ」
「私はいつもそう思ってるのに言葉が足りなくて、自分の事ばかりになっちゃうね…」
「そんな事は…」と言う彼の頬を撫でる。
語彙力が無い自分が嫌になるけれど、ちゃんと伝えたい。
「シアンさんに聞いてもらって良かったと思ってるし、シアンさんの言葉で救われてる」
「私もそんなシアンさんの全てを肯定し続けるよ」
私が一番上手く言えてないかも、と呟くと。
彼がぎゅぅっと抱き締めてきて、肩口に顔を埋めてきた。
「…ありがとう、愛してる」
「うん、私も愛してる」
彼の熱い息を肩に感じながら窓を見る。
空に輝く二つの月を見ていると、この世界に来たばかりの頃と感じ方が違うと思う。
以前は、綺麗だな、夫婦のようだな、と他人事のように思うだけだったそれは、まるで寄り添う私達のようだと感じる。
私は変わったのだ、これからも変わっていく。
それは悪い方ではなく、確実に良い方に。
家族が私を導いてくれる。
私は自分を信じて、家族を信じて、この世界を信じて生きていけば良い。
そう思えた。
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる