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本編
43 みのりと魔王
しおりを挟む「待って!!!」
その言葉と同時に、みのりは2つ目の叶えた願い『同時召喚』を行う。
自分の2メートル先に召喚魔法陣が浮かび上がった所でその頭上から、
『その中では獣化が出来なくなり、入った途端に魔力行使も阻害される檻』
を場所指定で召喚した。
ドガッ
「「「!?」」」
召喚された三人は、見事落ちてきた檻に捕われる。
「ごめんね…」
そう言いながらみのりは魔王に向かっていく。
「みのり!!!」
静止の声を聞く間もなくその塊に触れた。
力が抜き取られていく感覚がした。
生命力を吸い取られているのだと、今まで飲み込まれた時にどうして寒かったのかが分かった。
それでも触れるのを止めないで、その塊を抱き締める。
腕の中の魔王が驚き困惑するように、さまざまに形を変えていく。
みのりは『元気』スキルを持ってはいても、その回復速度は抜き取られる速度に僅かに及ばない。
体力増強や身体強化があって、何とか持ち堪えられているが、その内力尽きてしまうだろう。
塊が薄く伸ばされ、みのりは飲み込まれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
視界は全て闇だ。
だが、抱き締めている女の子だけははっきりと見えた。
ピンクブロンドで手入れをすれば綺麗になりそうだが、艶の失われた髪の毛。
ぽっちゃりを通り越した体。
俯いている顔は見えない。
今でも生命力は吸われ続けていて満身創痍の状態だが、みのりの心は凪いでいた。
魔王の頭を撫でて抱き締め続ける。
しばらくそうしていると、腕の中で小さく呟く声が聞こえた。
【どうして?】
【私はこのまま死んだ方が良いのに】
【死にたいのに】
【あなたも同じでしょ?】
【皆私なんてどうでも良いの】
【あなただったら、何か変わった?】
【…あなたならどうなってたのか、知りたいの】
その声はとても切実で、多くの悲しみを含んでいる。
前世のみのりは思っていた。
苦しくて苦しくて、なのに誰も彼も私の状況なんてお構い無しで、嫌な思いばかり。
『全ての人が私と同じ思いをすれば良いのに』
『あなたもあなたもあなたたちも私と同じ経験をしたらどうなるの?』
同じ疑問ばかりが思い浮かび、その答えを皆に聞きたかった。
自分がされたら嫌な事を平気でする様な人達に問い掛けたかった。
見て見ぬふりをする人達にも。
想像してみて、と。
でも実際には聞けないし、自分の家庭の事もじっくり話せる様な人も居なくて。
やっぱり、私だから、私が嫌われる様な人格や魂をしているからこうなるのかと自分を責めた。
魔王に、前世のみのりが重なる。
魔王は私と同じだ。
だから分かる。
当時の私が言われたかった事。
彼女が言われたい事。
「私だったら死んでたよ」
「良く、今まで頑張ってきたね」
【!!!】
【ぁ、ぁ、ぁあ、、っ、ひぅ、な、んで、】
俯いたままの腕の中の魔王が、涙を溜めてみのりの顔を見上げた。
その肌は、不摂生とストレスとで荒れている。
肉に埋もれた目の下には濃い隈がある。
覇気のない表情は、前世のみのりと同じだった。
「あなたの過去も、調べてくれた人から聞いたよ」
「でも、あなたの話を私は聞きたい」
【……聞いて、くれるの?…途中で嫌になったりしない?…軽蔑したりしない?】
「うん、大丈夫」
【………私は、】
震えながら話す彼女に、時折相槌を打ちながら、みのりは静かに話に耳を傾けた。
魔王が全て話し切り言葉を止めた後、
「うん、やっぱり私があなただったら、死んでた」
【っ、ふぇ、ぇ、ぇ、】
頑張ったね、と泣きじゃくるピンクブロンドの髪の毛を優しく撫でる。
「というか、実際に死んだの」
「私はあなたよりもまだマシだった前世で、体を捨てて死を選んだ」
見たでしょ?と魔王に確認すると頷きが返ってきた。
「だから、はっきりと言える、私だったら死んでたって」
最早俯く事なく見つめてくる蜂蜜色の瞳を綺麗だなと思う。
「でもね、あなたが一番知りたいのは、傷付けた人達だったらどうなるか、だと思う」
「それは私にも答えられない、けど」
ここからは私の考えであって、だけど、ずっと彼・彼女達を見て導き出した私の答え。
「貴女を傷付ける人が止めてくれないのも、見て見ぬふりの人が助けてくれないのも、貴女を知らないから、貴女の背景を考えていないから、貴女の気持ちを想像出来ないから」
「初めから相手のそんな姿を見るのが好きとかは省くけど」
「貴女も頭の片隅では気付いてたんじゃないかな?」
【……】
魔王は何も言わないが、みのりから目を逸らさずに聞いている。
みのりは続けた。
「本能や感情で動く人達がいる」
「自分で経験する事でしか理解できない人がいる」
「上辺しか見られない人がいる」
「その人達はお互いに歩み寄らない限り、住んでる世界が違うのと同じ」
「でも、貴女から発信しても、それすらも聞かない、聞きたく無い人もいる」
「逆に自分の価値観を押し付けて傷付けてくる人だっている」
「貴女の背景や気持ちを想像も出来ない周りの人は、とても幸運な人達なだけ」
「それか、自分の事に精一杯で、目を向ける事が出来なかったんだと思う」
魔王は再び顔を俯けた。
【本当に、精一杯だったのかな…?】
その声は納得していない。
「…納得出来ないよね…私もそう」
「…そういう人達にも分かって欲しかったよね」
【…自分がしている事を理解して、傷付けるのをやめて欲しかった、助けて欲しかった】
「そうだね…経験した人でなければ、全ての人は全部を理解出来ないんだよ」
「だけどね、分かってくれる人は必ずいる」
「そういう優しい人達もいるの」
三人がみのりの頭に浮かんだ。
魔王は自分を救おうとしてくれる彼女の顔がより一層甘くなり、優しくなるのにドキリとした。
(誰が彼女を救ったの?……本当にそんな人が、居るの…?)
優しい目をした彼女は言う。
「世界を滅ぼしてしまったら、未だ出会っていない優しい人達も滅ぼしてしまう」
「貴女の経験を分かち合える人も居なくなってしまう」
【………】
魔王は彼女を救ってくれた人達を、傷付けたく無いと思った。
もう魔王の中に、世界を滅ぼすという考えは無くなっていた。
「もしも貴女が今思い止まる選択をして、未来に、心に余裕が出来た貴女は、きっと人の傷に敏感で、人に優しくて、人を想いやれる人になれる」
「…ううん、今までも貴女はそうだったから、きっともっと素敵な人になるよ」
【っ、、】
魔王は泣きそうになった。
みのりは確信した様に言うが、
【…でも、私は多くの人を傷付けて、殺してしまった……】
もう後悔しても遅いのだ、と目に涙を溜める。
「大丈夫だよ、貴女は誰も殺していないし傷付けてもいないから」
【え??】
みのりを見るが、その目が晒される事は無い。
勿論被害は出た。
主に家畜や食料関連で。
だが、彼女は元々の優しい性格のためか、魔王となってからも直接的な攻撃はしていなかった。
瘴気を撒き散らし作物を腐らせ、魔物を操り街や村を壊すが、人殺しはしていない。
子どもに怪我はさせないし、むしろ魔物は通常とは違い、子どもを守っているようだった。
禍々しい見た目と魔物の破壊行動から恐れられていて、今後の事を考えて討伐する方向になってしまったのだ。
食料に関しては、全世界が協力したのもあり未だ餓死者などは出ていない。
さらに、女神の力で召喚した植物(洞窟で育てた)に瘴気耐性があり、その種を全世界に配った事でその問題も解決しそうである。
その種はとても育ちが早く、実りが多かった。
それと魔王が冤罪である証明も取れて、彼女の家族や元婚約者とその関係者全てが今後捕縛される事も伝える。
【よ、かったぁ】
魔王が微笑み、その眦から溜まった涙が溢れる。
みのりは抱き締めていた彼女を離し、問い掛けた。
「貴女は今、何をしても、どうしようと自由な力がある、滅ぼしたいと望むのならば私は全力で止めるしかない」
「今まで不自由だった貴女の選択は、今は完全に自由になった」
「これからどうしたい?」
その問いに、自分がそんな選択をしても良いのかと逡巡した後、
【……私は…変わりたい】
しっかりと目の前の彼女を見て自分の気持ちを伝える。
【誰も傷付けたり殺したりしていなくても、心の傷を負わせてしまったかもしれない】
【壊してしまった物は大きいから、人は許してくれないかもしれない】
【それでも…償いながら、今度は辛い事を我慢するんじゃなくて、幸せになるために努力してみたい】
心の虚が無くなった訳ではないが、薄くなった気がする。
魔王の周りの闇が晴れていく。
二人がいたのは破壊された王都だった。
ふらり、とみのりの体が傾き、ドサリと倒れる。
体から全ての熱が抜け落ち、生命力を使い果たしてしまったのを感じる。
限界は来ていたのに活動出来ていたのは、HP1の無敵状態だったから。
(女神、様、ありがと、ぅ)
「っ!!」
魔王はみのりの上体を抱え上げるが、その顔は蒼白で凍るように冷たく呼吸も弱々しい彼女の姿にオロオロと混乱してしまう。
(どうしよう、どうしよう)
と、彼女の頬に触れる自分の手が二重にブレるのに気付く。
魔王では無くなった自分の中に、前とは違う力を感じた。
腕の中の優しい人の呼吸が止まり、どんどん冷たくなっていく。
焦るのに、自分の力の操り方が分からない。
必死にその力に願う。
(お願い!彼女を助けて!!)
すると、ふわっと流れるようにその力が彼女の中に入っていった。
自分の体から出た羽衣のような手が、彼女を繭のように包み込み持ち上げる。
「「「みのり!!!」」」
どこかから悲痛な声が聞こえるが、魔王は全ての力を彼女に注ぎ込むように両手を翳し続ける。
「お願い、お願いっ、お願いっ!!!」
「私はどうなったって良い!この命をあげるから、彼女を助けて!!!」
眩く光る繭が力を失ったように地面にゆっくりと横たえられる。
「ぅ、そ、だめ、だった?」
魔王は呆然とその場に頽れた。
怖くて繭に近寄る事が出来ない。
ガガンッ!!!
先程から何かを激しく叩く音がしていたが、何か硬い物を破壊する大きな音が聞こえた後、一瞬で繭の側に三人の獣人が現れる。
ブチブチと繭を引き千切り、狼獣人が力無い彼女を抱き上げる。
「みのり!みのり!」「みのり、起きろ!!」
狼と牛の獣人がみのりに声を掛けているが、羊は冷静に彼女の脈を見ていた。
「………二人とも落ち着きなよ」
「「落ち着いていられるか!!!」」
「死んでないから」
「え??」「……」
「でも生命力はとても落ちてるから回復薬飲ますよ」
ビオが持つ回復薬をリアンが奪い取り、噛み砕いて取り出した水と一緒に口移しで飲ませる。
コクンとみのりの喉が上下したのに、皆が安堵した。
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