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本編
32 十七国会議 その二
しおりを挟む「さて、神の愛し子と言うのは長いのでね、まだ何の実績も無いのだからみのりさんでいいかな?」
「はい」
全然構わない、むしろ様はやめて欲しいと思う。
猿の王は今は何も言わずに黙っている。
この世界には神への信仰は根付いてはいなかった。
皆自然信仰で実力主義だった所に、ぽっと現れた神の愛し子という存在は未だ扱いに憂慮するのだろう。
「じゃあみのりさん、番達と共に魔王討伐に行ってもらえるかな?」
龍の王は軽く言うが、みのりはその言葉をとても重く感じた。
みのりはこの会議に参加するまでの二日間、魔王や勇者聖女、この世界の状況、現在の自分の立ち位置などを教えてもらっていた。
これから魔王討伐を要請される事も。
だが、いざ国のトップを纏める人に言われると、現実味が無いと同時に不安が心を占める。
しかし展開が急過ぎるけれども、流される才能に溢れるみのりは、その状況では仕方ないのだろうと受け入れつつあった。
(三人が怪我したら…)
それだけがとても気掛かりだ。
龍の王は答えを待つ事もなく続ける。
「すまないが、これはお願いじゃない、お願いしているような状況じゃないのでね」
「この世界に居たいなら、瘴気を払い魔王を討伐してもらいたい」
「脅しではないよ、事実、このままだと世界は滅びるからね」
そして、と続ける。
誰も龍の王の言葉を遮る者はいない。
「本当に瘴気を払えるのかやってみてくれ」
そう言って、龍の王はパチンと指を鳴らした。
一瞬で会議室だった風景が荒野に変わる。
会議室にいた全ての人が転移していた。
隣室に控えていた護衛も含めて千人はいるだろう。
獣化出来ないにも関わらず、ここまでの人数を一瞬で転移させるとは、さすが龍の王だとそこにいる皆が思った。
荒野には黒い薄霧が掛かっているようで、昼間だというのに辺りは薄暗い。
「ここは既に瘴気に満ちて不毛の地となっている」
「瘴気には魔物の発生を促進させる効果もあるようだ」
さぁ、と促される。
みのりは自身を落ち着かせるように一呼吸置き、前に出る。
みのりは、見事にドライヤーで目に見える範囲一帯の瘴気を払って見せた。
ドライヤーは発電機無しでも動く事にこの前気付いた。
「神から授かった魔導機械を使うとは聞いていたが…」
みのりがドライヤーを前に掲げてグルリと一周しただけの出来事にどよめきと興奮が広がる。
(いや、何だか凄く感動してくれてるんだけど、ドライヤー持って回るだけとか、ちょっと格好悪くて恥ずかしいんですが……)
もっと祈るとか指パチリするとか雰囲気出るものあったよね、とみのりはさらに遠い目をする。
(何で魔力はあるのに指パチリじゃダメだったのかな)
みのりには魔力があるが使えなかった。
またみのりがその場所にいるだけでは瘴気は払えなかったのだ。
二日の間に三人と色々と試したが、私兵達からドライヤーと発電機の事を聞いていたリアンが、みのりが召喚した物なら、と発見したのだ。
(まぁ、いいか)
他に思い付かないし、と諦めた。
「素晴らしいね」
龍の王が話し出すと、周りのざわめきが途絶える。
「その前に戻ろうか」
再び龍の王の魔法で会議室に戻り、話は続く。
「魔導機械という事は我々でも使えるのかな?」
「いえ、使えても瘴気を払う事は出来ませんでした」
「ただ微風が出るだけです」
「分解しようとすると消えてしまいました」
シアンの答えに、所々落胆の声が上がる。
「ですが、みのりが神より授かった設置型の魔導機械であれば、一月は掛かりますが設置するだけで周囲一帯の浄化が出来るでしょう」
おお、と再び嬉しいどよめきが広がる。
「我が国の各地に現在設置を進めていますが、既に設置が済んだ地域では徐々に瘴気が薄くなってきているとの事」
「十七ヶ国の全ての地域に設置可能な数を、みのりは授かっています」
神よ、神の愛し子様、みのり様と皆が口々に祈る。
みのりは別に自分の力ではないので居た堪れない思いだ。
設置型の魔導機械というのは、空気清浄機の事である。
しかし、とシアンは続ける。
「設置した後動かす事は出来ません、動かそうとすると消えてしまいます」
「分解し研究する事も出来ません」
「恐らく神の怒りに触れてしまうからでしょう」
「浄化完了後、魔導機械は自然に消滅します」
「ふむ、それを知っているという事はもしかして試したのかい?」
「はい、神は我等への戒めのために三つ授けて下さりましたが、ここにいるビオが実験済みでございます」
「邪な思いで触れると消えてしまうのです」
また小さな落胆の声とは別に、神への畏敬の念を唱える声も聞こえた。
新たな宗教が誕生しそうである。
「既に各国へ送る手配は準備出来ておりますが、一つ提案がございます」
「聞こうか」
「設置した所で時間が掛かってしまいますので、主要な場所はみのりに浄化を頼むのでしょうが、その順番を南からとしてはいかがでしょうか」
「何故だい?」
龍の王は気付いているだろうがニコニコと問い掛ける。
「魔王を誘導するためでございます」
「それでは逃げた魔物が段々と北の国に集まってしまうではないか」
猿の王が苦言を呈する。
魔物は自我もなく破壊するだけだが、死ぬ寸前に逃げる習性がある。
「我等獣化の三人がいればその心配はありません、一匹も逃す事なく仕留めましょう」
その魔物の習性も、一瞬で亡き者にしてしまえば良いだけの事。
それが出来るのは、みのりの番である三人だけだ。
それ以外に誰からも反論は無かった。
「北の無人の地にて、魔王を討伐いたします」
「勇者聖女にも力を借りる事になるでしょう」
「あの二人ねぇ、君から言い出したのだから何か考えがあるようだね」
元々勇者聖女との共闘を提案するつもりであったが、龍の王はニヤリと笑う。
「猿の王はどう思う?」
「………俺に言わせるな」
猿の王は疲れたような顔をしている。
「貴方は次代に王位を早く譲るべきだね、気もそぞろのようだ、番と出会ったのがそんなに嬉しいかい?」
「……お前にはまだ分からんだろ」
五月蝿いとばかりにシッシッと手を振る。
猿の王は壮年に差し掛かり、やっと番と出会っていた。
番とイチャイチャしたいため、姪っ子に王位を譲ろうと思っていた矢先の事件だった。
イチャつけないムラムラも限界である。
自国に目がいかなかったのも仕方がないのだ多分。
ふふ、と意味深に龍の王は笑った後、
「二人をここへ」
と真顔で指示する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ローズとスティーブは会議室に入る。
目の前には顔の良い男達が沢山いる事に、ローズは目を輝かせていた。
(良い男たち…さっきまでシてたけど、達せなかったから濡れてきちゃうわ)
(それにしてもあれが神の愛し子かしら……ふぅん、凡庸で愚図っぽい)
(あれじゃあ、あの素敵な殿方達を満足はさせられないわね)
ローズはみのりを馬鹿にしたように見ながら、番の美しい男達に色目を使いと器用である。
みのり達から数歩離れた所で二人は立ち止まった。
スティーブはおどおどと頼りないばかりだ。
先程まで繋がっていたというのに、既にローズの中からスティーブは消えていた。
「…控室で何かあったのかな?」
「婚約者同士とは言え、勇者と聖女には分別が無いのだろうか」
龍の王は皮肉げに言う。
何をしていたのかなど、ここにいる獣人達にはすぐに分かる。
猿の王は我関せずと腕を組み目を閉じている。
スティーブはだらだらと汗を流しながら、「いや…」とか「その…」とか呟いている。
「申し訳ありません、スティーブはこの通り半獣化をした状態で過ごしていますので、性欲が抑えられないのでございます」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
みのりは獣化と聞いて驚いた。
周りの王達もざわめいている。
この世界で獣化が出来る四人目になるという事だ。
(え、獣化って性欲強くなるの?)
それよりも、確かに勇者の外見は先祖返りかと思うくらい獣化めいている。
つまりは猿っぽい。
(え…失礼だけれど、ただの猿顔、じゃなくて…?)
と失礼な事を思うが、以前に見たリアンの半獣化と比べると見劣りしてしまう。
「ふむ、常に半獣化している状態という事か、どうして今まで気付かなかったのかな?」
「猿の王知っていた?」
「いや、初耳だな」
「ち、小さな頃から俺はこの姿だったもので、お、俺も最近気付いたんです」
勇者は大量の汗を拭いながら言う。
「…それならば一応は筋が通るかな?まぁ獣化が出来るのならば力は本物なのだろう」
とニコニコと龍の王は話題を変える。
「聖女は何の力を持っている?」
「私は回復魔法が使えます」
「……それだけかな?」
「魔王を退けることが出来ます」
流石は貴族令嬢。
堂々としていた。
「…まぁ良いだろう」
「話はしてあると思うが、勇者はみのり様の番達と共闘して魔王と戦う事になる」
「聖女はみのり様と後方支援に当たるがそれで良いかな?」
龍の王がみのり様と言うようになった事に、みのりは居た堪れない中、番達と勇者聖女の同意の声で話は終わった。
「では、みのり様の浄化の順番と日程については後ほど各国に通達しよう」
「国家間の緊急時転移魔法陣を使用できるようにしておいて欲しい」
本日は集まってもらってありがとう、と龍の王が締めて会議は終了した。
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