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本編
29 ※ 勇者と聖女
しおりを挟む「子ども…」
シアンが腕の中で眠るみのりを見ながら夢見るように呟く。
あの洞窟で畑を耕しながら、息子または娘を抱くみのりがこちらを見て微笑んでいる光景は、何度も脳裏に思い浮かべた物だ。
(どちらに似ているのだろうか、みのり似だったら優しくて可愛い子になるだろう)
(俺に似ていたら…力が強くて番を困らせるかも知れないな)
既に女の子を想像してしまっていた。
(…俺のようには絶対にしない)
そんなシアンの想像を掻き消すかのように、
「だが、こんなに子種を入れているというのに一向に妊娠の兆しもない」
リアンが神妙に言う。
「うーん、俺は種無しじゃないんだけどね、二人は分からないけど」
「「な!?」」
「馬鹿な!?俺が種無しな訳無いだろう!!!」
とリアン。
「…それに何でお前は分かる」
憤慨しつつもビオがどうやって知ったのか二人は気になった。
「落ち着いてよ、俺はちゃんと子種を調べたからね」
ビオはみのりが何故妊娠しないのかを調べるための魔法を開発していた。
その一つが男性側の生殖異常の有無を調べる魔法だ。
「「……」」
「…分かった分かった、二人のも調べるから」
別に…とか言っているが、かなり挙動不審気味にこちらを見てくる。
「はぁ…」
ビオは指を鳴らす。
二人の体が淡い光を発して消えた。
「…種無しだね」
「「……………」」
「「死ぬか?」」
あはは、とビオが可笑そうに笑うのを、二人は怒ったような呆れた顔で拳を握って黙らせる。
「大丈夫、冗談だよ、あー楽し」
「二人とも問題なく種有るから心配しないで、ふふ」
はぁ、と二人が溜息を吐く。
「ここからは真剣だから」
「実はみのちゃんにも問題は無いんだよね、体も子宮も卵巣も成熟してるし卵子も異常はない」
「だけど、何かの力が妊娠を妨げてるみたい」
「何かの力…」「……」
「ビオ、お前最初から騙したな」
種有り無しに関わらず、ビオは最初から答えを知っていた。
ふざけた男だ、と二人は思う。
こちらは一瞬でも悩んだというのに。
「その力というのは、神か」
「多分ね」
ビオは気にしないとばかりに飄々と話す。
「何か条件があるかもしれないね、まずは魔王の問題があるのに妊娠なんてしてられないでしょ?」
「三人も番がいて、その誰もが絶倫なんだからタイミング良ければ一回で妊娠させちゃう自信あるし、身重のみのちゃんが危険かもしれない事なんて全力で避けるでしょ」
そうなったら女神の描いた物語は進まなくなる。
「俺は安全な所に囲って他の解決方法を探すね」
例え神に宣戦布告したとしても。
「…神の掌の上、だな」
「分かりきった事でしょ、まぁ、こんなに可愛い番をくれたんだし、踊ってあげても良いよね♪」
「妊娠しちゃったらしばらくの間は激しいの出来なくなるし♡」
ビオはみのりの頬を優しく撫でる。
既にみのりは綺麗にされ寝巻きを着せられていた。
話している間もせっせとリアンとシアンが世話を焼いていたからだ。
「魔王倒すまで蜜月だね♡」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
猿獣人国にて
国の中枢を担う王都の上空には、この世の黒を片っ端から集めたような暗黒が、黒い触手をうねらせながら大量の瘴気を発していた。
未だ直接的な攻撃は無いが、国の軍隊が休まずにそれに目掛けて弓や槍や魔法で攻撃している。
しかしそれが果たして効いているかは分からない。
追い討ちを掛けるように国中で魔物の発生が報告され、そちらにも人員と兵糧を割かなければならず、数週間に続く攻撃と瘴気による食糧の不足によって、段々と人々は疲弊してきていた。
近隣国にも支援を要請し、そのおかげで今もまだ国としての様相は保てている。
既に国の大半の男性が兵として駆り出されており、女性も平民から貴族関係なく、国の有事のために炊き出しなどに参加させられていた。
「いつまで、続くんだ、よっ」
物陰にて二人の男女が抱き合っている。
男はズボンの前を開き、女はワンピースの裾をたくし上げ、女の股に男が下から腰を叩きつけている。
ばちゅばちゅと卑猥な音と嬌声が辺りを満たしていた。
「本当、ですわ、ぁん♡、死んでもまだ、は、ぁ♡私達に迷惑掛け続けるなんて、ん♡」
「卑しい女、ぁあん♡」
「声出すな、聞こえるだろ」
「だってぇ♡んん」
男は女の口に丸めたハンカチを突っ込む。
「は、ぁ、出るっ」
「んん♡」
男は遠慮なく女の中に汚い白濁を吐き出す。
「ふぅ」
未だに女は達していないが、男はずるりと自身を抜き取った。
それは決して立派とは言えない逸物だ。
女は不満そうに男を見るが、男はそんな事も気付いていないように自身を清めてズボンにしまう。
(本当に何でこんな男なんかと)と女は思う。
顔も悪く、前戯も無く突っ込んでくるような男だ。
この男は女の番ではない。
女にも番に対する憧れはあるが、出会えるかも分からず金持ちでは無かった場合を考えると、よりスペックの高い異性を射止めたほうが良いと思っていた。
ではなぜこの男と結ばれているのかと言うと、異母姉妹を追い詰めるためにはこの男が有効だった。
(おかげであの女は絶望の果てに異形のものになった、死んだも同然よ)
上空で瘴気を撒き散らす物体を見て、ローズの形の良い口角がニヤリと上がる。
ピンクブロンドの癖の無い長髪に明るいローズピンクの瞳。
中の上位の可愛い顔立ち。
だがその笑みは邪悪な悪魔のようだ。
子爵家の令嬢であるその女、ローズは、現子爵と男爵家の母との不義によって生まれた。
同時期に、政略結婚だった公爵夫人との間に生まれた異母姉妹は、今は上空の異形となっている。
ローズは異母姉妹を濡れ衣を着せてまで虐め抜き、その婚約者であるスティーブを寝取り、今ではスティーブとローズは結ばれている。
王家主催の学園卒業パーティーの際に、父と母とスティーブで、子爵家の悪事全てを異母姉妹になすりつけて断罪した。
別に憎かった訳ではない、虐めるのが面白かった。
異母姉妹の母親はもういないし、実の父からも邪険にされていて、そうしても良い人間だとローズは思っているだけだ。
ただただ日々の小さなイラつきをぶつけて発散させる道具だった。
(ああ、思い出すだけでもゾクゾクする)
異母姉妹の絶望に染まった顔。
そこにいた誰一人として庇う人もいなかった。
死罪は確実な罪状で、死刑執行の折には観覧に行こうと思っていたが、異形のものに取り込まれて今では全世界から敵視されている。
自分の成し遂げた事への達成感すらあった。
子爵家の悪事まで帳消しにしたのだから。
(こんなに楽しい事ってないわ)
ローズは全て上手く事が運んだことに気が大きくなっていた。
身繕いを済ませた後、スティーブを伴って魔王と呼ばれている存在に近づいて行く。
(その惨めな姿を近くで見てあげる)
そんな想いから、ローズには理性や恐怖が機能していなかった。
スティーブの戸惑う声や兵士達の静止の声も無視して、魔王をほぼ真下で見上げる。
スティーブは少しはローズを気遣う気持ちがあるのか、それとも婚約者の建前か、ローズの腕を掴んで戻ろうと必死だ。
「ふふ、いい気味」
ローズは魔王を見上げながら、嘲るようにボツリと呟いた。
瞬間、
キャァァァァアアアアアアアアアアアア
耳をつん裂くような音が王都中の人間に襲いかかった。
くぐもった悲鳴のような高音に、皆耳を塞ぎつつも迎撃のために身構える。
ローズとスティーブはその脳を震わす音に立っているのもやっとだった。
ズンッ
魔王がローズとスティーブ目掛けて落ちる。
二人を飲み込んだと思うと、そのまま通りを走り抜けて北の方角へと飛び去っていった。
その跡には、スティーブとローズが蹲っていた。
戸惑いと混乱の後、誰かが言う。
「勇者と聖女だ!!!!」
「勇者と聖女が魔王を退けた!!!!」
「勇者!!勇者!!勇者!!」
「聖女!!聖女!!聖女!!」
徐々にその波は国中に広がっていった。
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