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本編

20 始まりと愛情と

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早速地盤固めのために、行動しようと思う。

ナビマップをスライドした所、川の向こう側20キロメートル先に最初には見つけられなかった「ナヤールの街」という表示が出ていた。

徒歩で5時間と表示してある。

その下に赤帯で『案内を開始』というボタンが出ている。

案内までしてくれるなんて、何て優秀なスキルなのか。

片道5時間だとすると、街で過ごす時間も含めると帰りは夜になってしまうだろう。

街の宿があれば一泊するか、野宿になる。

この世界の通貨を知らないし持っていないから野宿するしかない。

(『召喚』スキルで通貨は出せないみたいだし、夜盗とかいなければ野宿で大丈夫、だと良いな)

初めての冒険に心配もあるがワクワクが強い。

『持ち物』スキルがあるから着の身着のままで行けるが、一応『この世界のこの時代の』旅用リュックを背負う。

革製の物だった。

ちなみに中身は入っていないが雰囲気は大事だ。



太陽は東寄りに傾いているから陽は昇ったばかりだし、今からなら十分間に合うだろう。

意気揚々と川へと向かう。

川は浅く幅は狭いので靴と靴下を脱ぎ手に持って進んだ。

反対岸に着いて靴を履き進もうと足を踏み出した時、いつの間にか目の前に頭に三角の耳のある獣人が蹲っていた。

よく見ると蹲っているのではなく、跪いている。

「!?」

びっくりして固まってしまう。

「みのり様、お待ちください」

目の前の人にそう声を掛けられた。

女の人の声だ。

「私は狼獣人国王太子私兵のカミラと申します」
「我が主人がもうすぐ到着致します、みのり様に何か用向きがあるならば私が代行致しますので、戻っては頂けませんでしょうか」

突然の事に、カミラという人の言ってる事が理解できない。

「ど、どういうこと、ですか?」

声が裏返ってしまった。

「我が主人は番であるみのり様に会うために、この場所を目指して進んでおります」
「今しばらくの後到着致しますので、お待ち下さいませ」

ずっと頭を下げたまま女の人は話す。

「え、と、とりあえず頭を上げてください」

そう言うと女の人が顔を上げてこちらを見た。

女性の獣人は初めてだし、三人の、それも男の美形獣人しか知らない私だが、彼女の顔は美しいでもなく醜いでもなく、失礼にならなければ平凡だった。

髪の毛は黒に毛先が灰色で癖がなく艶がある。

茶色の瞳には強い意志の輝きがあるように思えて、綺麗だなと思う。

三角の耳とショートの髪の毛は灰色に黒が混ざっている。

尻尾はそれと同じ色だ。

黒装束を着ていて、まるでアサシンのようだった。

「あの、あなたの主人というのは、」

続く言葉は言えなかった。

カミラの背後に、黒が凝縮したような暗闇が広がっていたから。

「っ!?」

彼女は振り返り、どこから取り出したのかダガーを片手に私を庇うようにその暗闇に相対した。



【ア、ア、ニ、クイ、ニクイ、ニクイニクイニクイニクイ
ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ
ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ】

【ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ】

【ゼンブ、ホロボサナキャ】



頭に響くような声、というか音が聞こえた後、突然暗闇から視界を覆うほどの無数の黒い手が伸びる。

「みのり様!!!!!」

カミラに抱き抱えられて横に飛ぶが、魂まで凍るような感覚がして、

視界が暗転した。





【誰も信じられない】
【誰も愛してくれない】
【誰も聞いてくれない】

【私をそんな目で見ないで】
【そんな言葉聞きたくない】

【みんな同じ思いをすればいい】

【同じ思いをしたら、あなた達は私と同じようになる?】

【分かってくれないなら】


【世界なんて滅べば良い】


(この声は、私の声?)

(前世に、戻ってきてしまったの?) 

(嫌だ)

「嫌だ、戻さないで、お願い」


【「あんな世界は、もう嫌だ」】







「みのり!!!!」

(暖かい……)

「みのり!!起きろ!!」

(誰?)

「みのり!!!!」

(やめて、嫌なの、生きたくないの)

「起きてくれ!!…頼むから…みのり…」

(…どうして泣きそうな声で私を呼ぶの?)

「愛してるんだ、みのり」

(……嘘だ)

「愛してる、起きてくれ…なぁ、みのり」

(嘘だと思っても、縋り付きたくなる私を揶揄ってるの…?)

「みのり…」

(分かったから、嘘をつくその顔を見てあげるだけだから)


「泣かないで…」


一番初めに見えたのは、黄金色の揺らぎだ。

この世界で初めて会った狼さんが、涙を溜めて眉をハの字にして情けない顔で私を見ている。

(嘘をつくにしては、迫真の演技だね)

クスッと笑ってしまう。

「良かっ、た、みのり、良かった…」

狼さんが肩口に顔を押し付けてくる。

私の体は狼さんに抱き締められていて、彼の震えが伝わってきた。

(震えてる…そんなに怖い事があったの?)

彼の頬を撫でて宥めようと持ち上げた私の手は、とても冷えていた。

それに気付いた瞬間、体中が寒さに震え出す。

(寒い)

悪寒に歯がなってしまうほどの震えだ。

抱き締める彼の腕に力が入った。

「今温めるから」

彼は優しくそう言うと、

「みのりの住いに行く」

と、見えないが側にいるのだろう存在に言った。

「カミラをエンリケの所へ連れて行け」

私を横抱きに抱き締めたまま立ち上がり走り出す。

まるで風を切るようなスピードで、あっという間に洞窟に着いてしまった。

彼は私をベッドへ降ろすと、甲斐甲斐しく布団を掛けてくれる。

指を鳴らすと空気が暖かくなった。

革の水筒のような物を取り出し、指を鳴らし膨らんだそれを布団の中に入れてくる。

湯たんぽみたいに温かい。

次に盥とタオルを取り出し湯を張って、濡らしたタオルで私の額を拭いてくる。

冷や汗をじっとりとかいていたようで、温かなタオルが気持ち良い。

拭き終わると、彼が私の隣に潜り込んできて隙間がないくらいぴったりと抱き締められる。

「もう大丈夫だ」

大きな手で頭を撫でられて額にキスを落とされる。

久しぶりの彼の匂いに包まれて、その温もりとが冷え切った体と心を溶かしていく。

(何でだろう、何で愛してると言ったの?)

その言葉は本当なのか疑問に思う。

(どうしてここにいるの?)

また知らない内に喚んでしまったのだろうか。

(まぁ、いいや)

段々と手足が温まり始めて、気持ち良くてうとうととする。










ふ、と目が覚める。

どのくらい経ったのだろう、そのまま寝てしまっていたらしい。

抱き締めて温めてくれる彼の温もりはそのままだ。

「みのり、平気か」

ハッ、として彼の顔を見上げる。

心配げな表情でこちらを見る瞳は優しい。

「うん」

こくん、と頷く。

「何か食べるか?喉は乾いてるか?」

やはり彼は世話好きのようだ。

首を横に振って応えた。

「そうか」

また抱き締めてくる。

「………」

彼の体がとても熱くなってきているのを感じる。

腰の辺りに固いものが当たっていて、押し付けられているのを感じると、体がカァッとして顔まで熱くなった。

「みのり、したい、体が大丈夫ならいいか?」

そう言う声は熱っぽい。

気遣ってか、その手はまだ動かしてこない。

「嫌なら言ってくれ…愛してる、みのり」

嫌なら言ってくれと言うのに、愛してると言うなんてずるいと思う。

疑う気持ちはまだあるけれど、その気持ちがすごく嬉しいと感じる。

それにさっきから子宮口がイライラし出して、彼のモノを欲しているのが分かる。

「…嫌じゃなぃ」

素直に欲しいと言えないから、そう言って彼の体におずおずと腕を回した。

ふっ、と彼が笑った気がして、するするとその手が髪を退けて首筋を晒け出す。

彼がそこに顔を埋めようとして、止まった。

「………なんだ、これは」
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