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本編

9 後半牛獣人(ムルシアン)視点

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それから二週間が経った。

牛獣人さんはムルシアンという名前らしい。

シアンと呼んでくれと言われたので、『シアンさん』と呼でいる。

あと敬語もやめて欲しいとも言われた。

召喚スキルの事は秘密にしておこうと、必要な物をあらかじめ召喚しておいて持ち物から出すようにしていた。

そうすれば狼さんが以前やっていたように、空間から物を出しているように見えるためだ。

シアンさんは後は苗を植えるだけ、という所まで初日にやってくれて、暗くなってきた頃に送還されていった。

やっぱり男の人がいると進みが違うなと思う。

一人では何日かかったか分からない。

ちなみに苗は『この世界のこの時代の土地に合った育てやすい苗一式』という指定をして召喚している。

何が出来るか楽しみだ。

あとで何の苗なのか彼に聞こうと思う。



彼はその後も手伝いを申し出てくれて、毎日は来られないけれど次は何日後が良いと毎回教えてくれた。

女性が苦手なようだが、聞き上手で話しやすい。

もしかしたらコミュ障同士で気が合ったのかもしれない。

騎士をしているとの事で、部隊の話などはとても面白かった。

彼は何と将軍をしているらしい。

畑作りなんか手伝っていて大丈夫なのかと聞いたら、「ちゃんと仕事はしているから心配するな」と言ってくれた。

あと、この世界のどの国でも四勤三休らしい。

前世の人達は羨ましがるだろうなと思った。

そんなシアンさんとの繋がりは心地よくて、あっという間に日々が過ぎる。

狼さんとの事も段々と忘れていく。



全ての畑に苗を植え終わり、畑が出来上がった。

彼と会う理由が無くなってしまったようで、なぜか寂しくなる。

「みのり、出来たな」

夕陽が優しく笑うシアンさんの顔を照らす。

「あ、そうだね…」

嬉しい筈なのになぜだか言葉が詰まった。

「…みのり、どうしたんだ?」

彼が不安そうに聞いてくる。

「あ、いえ、シアンさんが手伝ってくれて、こんなに早く畑が作れたのが嬉しくて…本当にありがとう」

自分の気持ちを抑え込んで話す。

「ああ、無事出来て良かった…」
「………みのり、また俺を喚んでくれるか?」

「え?」

「いや、まだ苗を植えたばかりだし!ちゃんと成長するか気になるしな」
「みのりのご飯も食べたいからな!」
「……ああ!何言ってんだ俺!みのり、良いんだ、みのりが要らないなら喚ばなくて良い!」

常日頃なく焦ったように捲し立てるのに、少し可笑しくなった。

「ふふ、うん!私もシアンさんと一緒にご飯食べたい」
「苗も成長するか分からないし、喚んでも良い?」

「あぁ、もちろんだ!」

恥ずかしいのを誤魔化すように彼は頭をガリガリと掻いた後、

「…………みのり」

声が真剣味を帯びる。

見つめてくる目がとても熱っぽい気がして、その瞳を見つめ返した。

彼の手が頬に触れてきて顔が近づく。

辺りは薄暗くなってきている。

少し赤みが差した青い瞳が近づくにつれて瞼を閉じる。

髭が当たってくすぐったいが、重なった唇は柔らかくて熱い。

彼と初めてのキスをした。






みのりとキスをした。

人生で初めてのキスだ。

子供のような唇を合わせるだけの幼稚なキスだが、思い出すだけで胸が苦しくなる。

会いたくて仕方がない。

元々女性が苦手で、みのりに最初に召喚された時は緊張したのに。

何故女性が苦手になったかと言うと、牛獣人のほとんどは白黒なのに俺だけが褐色で毛色が違かったから。

周りからは先祖返りだと言われた。

物心ついた頃には孤児院だったが、そこの大人達は愛情深く優しく接してくれた。

だが、子どもはそうはいかない。

男女問わず遠巻きにされていた。

それを気にして無かったとは言わないが、気の良い奴もいたから平気だった。

ただ闘う事が好きで必死に努力していたら、才能を見込まれ騎士になった。

女性への苦手意識ができたのはこの頃。

上司に連れられ娼館に行った時、相手になった牛獣人がヒステリックに叫んだのだ。

「気持ち悪いから嫌よ!」と。

騎士になっても女性は近寄ってこなかった。

護衛対象の令嬢に嫌悪の目で見られた事もある。

そうしている内に隣国との戦争が起こった。

とても長く苦しい戦いとなり5年が経った時、俺は世界で二人しか出来ない獣化ができるようになった。

そして一人で敵の将軍の首をとった。

すぐに戦争は勝利で終わり、その功績で将軍となり爵位を賜った。

そこからだ。

今まで嫌悪の表情で見てきた女性達が、ころっと態度を変えて擦り寄ってきたのは。

吐き気がした。

番のいない女性達。

番が貧乏だったら嫌だからと見つけようともしない彼女達は、濃い化粧をして香水臭く声高に喋りかけてくる。

「私が相手にしてあげるわ」とでも言われているようだった。

それからは自分を隠すように、むさ苦しい男だと思われるように髪と髭を伸ばした。

まるで物語のドワーフのような見た目になり、女性達は近付いて来なくなった。

だが、番のいる同僚や後輩が幸せそうで羨ましくもあったから、いつか番を捜しに行こうとは思っていた。

そんな時に召喚された。

最初に会った瞬間から分かった。

『俺の番』だと。

しかし畑の手伝いをしていた時、髪を後ろで縛り上げたみのりのうなじには、他の獣人の契約がある事に気が付き絶望した。

『俺の番』で間違いないはずなのに、なぜ他の獣人と契約出来ているのか。

番は絶対に一人につき一人で、本当の番でなければ噛み跡は残らない筈なのに。

一週間経っても二週間経ってもその跡は消えてくれなかったが、契約をした番が現れない事にホッとした。

契約している男を召喚出来るのかとか、俺がいない間に番は来ているのかとかは何となく考えないようにして、みのりにも聞かなかった。

考えたくなかったのだ。

相手の番にとっては俺は完全な間男だろう。

こそこそとして卑怯で意気地の無い自分が嫌になるのに、みのりに惹かれていくのを止められない。

(もしもいつかみのりの番が自分の前に現れたら、この命を差し出そう)
(俺が嫌がるみのりに無理矢理会う約束をさせたと言えば、みのりが責められることはない)
(俺の命で償う)

それでも良いと思った。

だが、それからもみのりの番が現れることはなく、時間が過ぎていく。

みのりは口下手だが聞き上手だ。

俺も口下手だから気が合った。

言葉は少ないかも知れないが、みのりとの時間は穏やかで優しい。

畑作りを手伝うのを理由に次の召喚の約束をする。

みのりの堅苦しさがとれて可愛い笑顔を見せてくれるようになると、体がふわふわしているように浮き足立った。

一緒に苗を植えるのに隣り合った時、匂いを嗅ぐとクラクラとして自分を見失いそうになる。

みのりも時々顔を赤くしたりと、好意を持ってくれていると思う。



そして苗を全部植え終えてしまった。

召喚してくれなくなるのではと焦って色々言ったが、嫌がられたら生きていけない。

みのりのふわふわの髪が風で靡く。

俺のお気に入りだ。

それからみのりは可愛く笑って了承してくれて、その笑顔に見惚れた。

想い合っていると勘違いしそうになる。

惹かれるように手でみのりの頬に触れる。

みのりが瞼を閉じて待つものだから、自分の葛藤なんて吹き飛んで思考が止まり体だけが動いた。

唇が重なる。

今までに無く近くで嗅いでいるみのりの匂いと、小さくて柔らかくて甘い唇が言葉に表せない感情の波を連れてくる。

心臓が破裂しそうだった。

長いようで短いキスをしてゆっくり離れる。

見つめ合い、そして俺は送還された。




「俺、次の約束してない……」

と気付いたのは、頭を抱えて百面相をした後だった。

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