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目覚めない力 ✤
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「アリシア様、お疲れになったでしょう」
レイアードの穏やかな声が、アリシアの耳に届いた。
聖堂での一連の出来事が、彼女にとってどれほど重く、そして混乱を招いたかは、彼の目にはすぐに見て取れたようだ。
屋敷に到着した馬車の揺れが収まると、アリシアは少し目を閉じて、深く息を吐き出した。外の冷たい空気が、わずかに彼女の頭を冷やしてくれるように感じる。
「ありがとうございます、レイアード様」
アリシアはやっとの思いで声を絞り出す。まだ、心は落ち着いていなかった。
「ひとまず中に入りましょう」
レイアードは軽く頷き、アリシアを屋敷の中へと誘った。
重い扉がゆっくりと開き、温かな室内の光がアリシアを迎え入れる。
「おかえりなさいませ」
中に入ると、初老の男性が柔らかな笑みを浮かべて深々と頭を下げた。その仕草には洗練された品格があった。
「ああ、ただいま。アリシア様、彼は私の執事のエルディ。長年、私に仕えてくれている頼もしい存在です」
「はじめまして、アリシア様。お疲れのところ申し訳ございません。ご滞在中、不自由のないよう努めさせていただきますので、どうぞご安心くださいませ」
丁寧に言葉を紡ぐエルディの落ち着いた声が、アリシアの張り詰めた心にわずかな安堵をもたらす。
「ありがとうございます……どうぞよろしくお願いします。」
控えめに頭を下げたアリシアの声はまだどこか疲れが滲んでいたが、エルディは何も言わずに静かに微笑んだ。
「エルディ、アリシア様のことは基本的にはわたしがお世話する。お前はいつも通りに仕事をしてくれ」
「かしこまりました、レイアード様。それではアリシア様、私は失礼いたします」
エルディはもう一度丁寧に礼をすると静かにその場を後にした。その後ろ姿を見送りながら、アリシアはそわそわとする。
自分はこれからどうなるのだろうか?
聖女として連れてこられたのに、その期待に応えることができなくて、レイアードに迷惑をかけてしまったのではないか。そんな思いが胸の中を渦巻いていく。
「アリシア様、こちらへ」
アリシアが不安げにレイアードを見上げると、彼は気遣わしげな表情でそう答えるだけだった。
けれど、アリシアの困惑を感じ取っているのか、安心させるように優しく背中に手を添えながら案内してくれる。
二階へと続く階段を登り、温かな光が差し込む廊下を抜けた先、扉を開けると現れたのは、豪奢でありながらどこか居心地のよさを感じさせる部屋だった。柔らかな色合いのカーテンが風に揺れ、静かな空気が部屋を包んでいる。
「ご自分の部屋だと思ってご自由にお使いください」
レイアードの落ち着いた声に促され、アリシアは部屋の中へと足を踏み入れた。
「ありがとうございます……」
(私……。力も出ないのにこんなことまでしてもらっていいのかしら……)
部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、その横に小さなテーブルとソファが置かれている。テーブルの上には大きな花瓶が置かれており、美しい花が飾られていた。
「アリシア様、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。あの……。ごめんなさい。私、聖堂でなにもできなくて……」
「ああ、それは……。――謝らないでください」
レイアードは優しく微笑むと、アリシアの肩に手を置いた。
「夕食まで時間があります。少し休まれてはいかがですか?」
その申し出にアリシアは小さく頷いたものの、すぐに動くことはできなかった。
(私……)
あなたは聖女だ。と勝手に祭り上げられて、王都にも来たくて来たわけではない。それに、本当ならいつか出逢う誰かと恋に落ちて少しずつ距離を縮めてからする行為まで、儀式として知らないも同然の相手とすることになった。
そして今度はその力が発動しないときたものだ。
アリシアは、自分の力について何も知らなかった。聖女としての力とはなんなのか、それをどうやって使うのか、その方法さえわからないのだ。
あの神官たちの目――浮かんでいたのは明らかな失望だった。
アリシアの心は深く傷つき、沈んでいた。
「あの……」
アリシアが顔を上げるとレイアードと目が合った。その眼差しは優しく穏やかで、彼が自分を気遣ってくれていることがよくわかった。
「はい?」
「……これからどうなるのでしょうか。やっぱり私、聖女じゃないのでは……」
「アリシア様。あなたは間違いなく聖女でいらっしゃいます。わたしの中の力があなたに確かに反応している。きっと今はまだ準備している段階なのでしょう」
その言葉には、彼女の不安を取り除きたいという真摯な思いが込められているようだった。
アリシアはその優しさに少しだけ心が解けるのを感じたが、同時に申し訳なさも募る。
「でも……」
アリシアの声はか細く震えていたが、レイアードは即座に首を振った。
「座りましょうか……」
そう言って彼はソファへ誘導した。
アリシアが腰を下ろすと、レイアードもすぐ隣に座る。
「――もしよろしければですが、少し話をしませんか? お互いに知らないことも多いですし、わたしもあなたのことをもっと知りたい」
レイアードは穏やかな声でそう告げた。その提案にアリシアは小さく頷く。すると、彼はゆっくりと語り始めた。
「わたしは、ずっと正しく聖騎士になろうと生きてきました。いつかめぐり逢う聖女様のために、と」
レイアードはそう言ってアリシアの方を見たが、やがて懐かしむように目を細めた。
「あの村であなたを見つけたときの気持ちは言葉にできません。ようやく……わたしはわたしの聖女様に出会うことができたと」
レイアードの手がそっとアリシアの手に触れる。その温かさがじんわりと伝わってきて心が落ち着いていくのを感じる。
「ですが、私は穢れを払えませんでした。なぜ、レイアード様は私が聖女だとわかるのですか?」
「それは……――」
レイアードはそこで何かを言いかけて口を閉ざすと、苦笑いを浮かべた。
「説明が難しいですね。わたしの聖騎士としての力が感じると言えばいいでしょうか。とにかく、わたしにはわかるのです」
「…………」
レイアードが嘘を言っているようには見えなかった。
しかし、アリシアには未だに実感がなく、まるで夢の中にいるような気分だった。
「あなたは聖女様です」
そう言ってレイアードが微笑んだ。
そんなレイアードを見て、アリシアはふと彼が最初の頃よりもいろいろな表情を見せてくれていることに気がついた。
そのことが素直に嬉しいと感じられたし、たがらこそ少しだけ信じてみようと思った。
アリシアはおずおずとレイアードの手に自分の手を重ねた。
触れたところから、彼の体温が伝わってくるようだった。
レイアードはその手をそっと引き寄せると指先に口付けた。まるで騎士が主に対して行う誓いのような仕草だったが、その唇の感触だけが妙に艶めかしく感じられて胸が高鳴ってしまう。
「アリシア様が力を発揮できるよういろいろと試してみましょう。わたしも努力いたしますので……」
そう続けてレイアードが顔を上げた。
視線が絡み合う。
頷きかけてアリシアははっとする。
「試すって……」
レイアードの言葉を反芻して、その意味を理解した瞬間頬がかっと熱くなった。
「レイアード様……⁉」
慌てて距離を取ろうとしたものの、彼は離してくれようとはしなかった。それどころかアリシアの腰に手を回し、さらに強く抱き寄せてきた。
「あ……」
その拍子にバランスを崩して倒れ込むようにレイアードの胸に飛び込んでしまう形になる。
「すみません」と謝りながらも彼は手を放そうとはしなかったし、むしろ逃さないとばかりに背中に回された腕はさらにきつくなった気がした。
「あ、あのっ⁉」
(どうしよう……。試すってまさか今から……⁉)
心臓が早鐘を打つように鳴っている。レイアードの温もりに触れ、胸の鼓動が激しくなっているのを感じた。心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。
アリシアが体を硬直させていると、その緊張を解くようにレイアードが口を開いた。
「まずはリラックスしてみましょう」
優しく諭すような口調だった。
思わず彼の顔を見ると目が合った瞬間柔らかく微笑まれる。その眼差しにどきりと心臓が跳ね上がったような気がした直後――額に柔らかな感触が触れたかと思うとすぐに離れていった。それが口づけだと気づいたときにはさらに顔が熱くなるのを感じたのだった。
そんなアリシアの様子を見てレイアードは微笑むと今度は首筋に唇を落とした。
「んん……っ」
アリシアは小さく悲鳴を上げるがお構いなしとばかりに何度も繰り返されてそのたびに身体が跳ね上がるような感覚に襲われる。
「あ、あの……っ」
抗議の声を上げようとするが上手く言葉にならない。その間にもレイアードの手はアリシアの体を撫で回し始めていた。服の上からだというのにその手つきはとてもいやらしく感じられたし、同時にくすぐったさもあって身を捩ることしかできない。
「……レ、レイアード様⁉」
「……なんでしょう?」
「ゆ、夕食まで休むのでは……?」
「ああ……そうですね」
アリシアが戸惑いがちに問いかければ、彼は不思議そうに首を傾げた。その動作からは動揺の色すら感じられず、ますます混乱してしまう。
「ですけど、その前にあなたのことを聞かせていただきたい」
そう言ってレイアードはアリシアを抱きしめる力を強めた。彼の体温が一層強く感じられ、また心臓の音が激しく鳴り響いたような気がした。
「でも、これじゃ、話なんて……っ」
「大丈夫。できますよ」
そんな風に言いながらも、レイアードは再び顔を寄せて額や瞼、頬などに何度も口付けを落としてくる。
ちゅ、ちゅと音を立てて繰り返されるその行為によってアリシアの顔はあっという間に火照ってしまったし、身体の力が抜けていくような感覚に襲われた。
(恥ずかしい……)
そう思っているうちに今度は唇へと彼のそれが重ねられる。ぬめりとした舌先が唇を割り開こうとしてきてそれを受け入れるべきか迷っているうちに口内への侵入を許してしまった。
「……ん……っ! ど、どうやって……っ⁉」
「子どもの頃は、なにを、して過ごされてましたか?」
レイアードは、口付けの合間にさらに問いかけてくる。しかもその間も彼の手が身体をまさぐるのを止めないのでアリシアはますます混乱するばかりだ。
「あぅ……んっ」
服の上から胸を揉まれた瞬間、自分でも驚くほど甘い声が出たことに驚いた。
慌てて口元を押さえたがもう遅いだろう。それに気をよくしたのか彼の手はさらに大胆になっていった。背中から腰にかけてゆっくりと撫で下ろした後に胸全体を包み込むように触れてくるのだ。時折指先が敏感な部分に触れるものだからその度ぴくぴくと体が反応してしまうのを抑えられない。
「あなたのことが一つわかりましたよ。――ここもお好きみたいですね」
耳元で囁かれたかと思うとそのまま耳の裏を舐められたものだからぞくぞくとしたものが身体中を駆け巡った。
それだけで背筋が震えてしまうというのに彼は追い打ちをかけるように耳朶に甘く噛みついてきたのだ。
「あっ、や、レイアード様、これでは……っん」
話などできるわけがない。
そう言いたいのだが口から漏れてくるのは意味をなさない音の羅列ばかりだ。
レイアードの手つきはますます大胆になっていったし、アリシアにはそれを制止するだけの余裕もなかった。
気がつけば完全に身体を預けてしまっている始末だ。
「――時間はまだあります。ゆっくりお話しましょう」
レイアードはそう言って微笑むと再びアリシアの唇を塞いできた。
レイアードの穏やかな声が、アリシアの耳に届いた。
聖堂での一連の出来事が、彼女にとってどれほど重く、そして混乱を招いたかは、彼の目にはすぐに見て取れたようだ。
屋敷に到着した馬車の揺れが収まると、アリシアは少し目を閉じて、深く息を吐き出した。外の冷たい空気が、わずかに彼女の頭を冷やしてくれるように感じる。
「ありがとうございます、レイアード様」
アリシアはやっとの思いで声を絞り出す。まだ、心は落ち着いていなかった。
「ひとまず中に入りましょう」
レイアードは軽く頷き、アリシアを屋敷の中へと誘った。
重い扉がゆっくりと開き、温かな室内の光がアリシアを迎え入れる。
「おかえりなさいませ」
中に入ると、初老の男性が柔らかな笑みを浮かべて深々と頭を下げた。その仕草には洗練された品格があった。
「ああ、ただいま。アリシア様、彼は私の執事のエルディ。長年、私に仕えてくれている頼もしい存在です」
「はじめまして、アリシア様。お疲れのところ申し訳ございません。ご滞在中、不自由のないよう努めさせていただきますので、どうぞご安心くださいませ」
丁寧に言葉を紡ぐエルディの落ち着いた声が、アリシアの張り詰めた心にわずかな安堵をもたらす。
「ありがとうございます……どうぞよろしくお願いします。」
控えめに頭を下げたアリシアの声はまだどこか疲れが滲んでいたが、エルディは何も言わずに静かに微笑んだ。
「エルディ、アリシア様のことは基本的にはわたしがお世話する。お前はいつも通りに仕事をしてくれ」
「かしこまりました、レイアード様。それではアリシア様、私は失礼いたします」
エルディはもう一度丁寧に礼をすると静かにその場を後にした。その後ろ姿を見送りながら、アリシアはそわそわとする。
自分はこれからどうなるのだろうか?
聖女として連れてこられたのに、その期待に応えることができなくて、レイアードに迷惑をかけてしまったのではないか。そんな思いが胸の中を渦巻いていく。
「アリシア様、こちらへ」
アリシアが不安げにレイアードを見上げると、彼は気遣わしげな表情でそう答えるだけだった。
けれど、アリシアの困惑を感じ取っているのか、安心させるように優しく背中に手を添えながら案内してくれる。
二階へと続く階段を登り、温かな光が差し込む廊下を抜けた先、扉を開けると現れたのは、豪奢でありながらどこか居心地のよさを感じさせる部屋だった。柔らかな色合いのカーテンが風に揺れ、静かな空気が部屋を包んでいる。
「ご自分の部屋だと思ってご自由にお使いください」
レイアードの落ち着いた声に促され、アリシアは部屋の中へと足を踏み入れた。
「ありがとうございます……」
(私……。力も出ないのにこんなことまでしてもらっていいのかしら……)
部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、その横に小さなテーブルとソファが置かれている。テーブルの上には大きな花瓶が置かれており、美しい花が飾られていた。
「アリシア様、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。あの……。ごめんなさい。私、聖堂でなにもできなくて……」
「ああ、それは……。――謝らないでください」
レイアードは優しく微笑むと、アリシアの肩に手を置いた。
「夕食まで時間があります。少し休まれてはいかがですか?」
その申し出にアリシアは小さく頷いたものの、すぐに動くことはできなかった。
(私……)
あなたは聖女だ。と勝手に祭り上げられて、王都にも来たくて来たわけではない。それに、本当ならいつか出逢う誰かと恋に落ちて少しずつ距離を縮めてからする行為まで、儀式として知らないも同然の相手とすることになった。
そして今度はその力が発動しないときたものだ。
アリシアは、自分の力について何も知らなかった。聖女としての力とはなんなのか、それをどうやって使うのか、その方法さえわからないのだ。
あの神官たちの目――浮かんでいたのは明らかな失望だった。
アリシアの心は深く傷つき、沈んでいた。
「あの……」
アリシアが顔を上げるとレイアードと目が合った。その眼差しは優しく穏やかで、彼が自分を気遣ってくれていることがよくわかった。
「はい?」
「……これからどうなるのでしょうか。やっぱり私、聖女じゃないのでは……」
「アリシア様。あなたは間違いなく聖女でいらっしゃいます。わたしの中の力があなたに確かに反応している。きっと今はまだ準備している段階なのでしょう」
その言葉には、彼女の不安を取り除きたいという真摯な思いが込められているようだった。
アリシアはその優しさに少しだけ心が解けるのを感じたが、同時に申し訳なさも募る。
「でも……」
アリシアの声はか細く震えていたが、レイアードは即座に首を振った。
「座りましょうか……」
そう言って彼はソファへ誘導した。
アリシアが腰を下ろすと、レイアードもすぐ隣に座る。
「――もしよろしければですが、少し話をしませんか? お互いに知らないことも多いですし、わたしもあなたのことをもっと知りたい」
レイアードは穏やかな声でそう告げた。その提案にアリシアは小さく頷く。すると、彼はゆっくりと語り始めた。
「わたしは、ずっと正しく聖騎士になろうと生きてきました。いつかめぐり逢う聖女様のために、と」
レイアードはそう言ってアリシアの方を見たが、やがて懐かしむように目を細めた。
「あの村であなたを見つけたときの気持ちは言葉にできません。ようやく……わたしはわたしの聖女様に出会うことができたと」
レイアードの手がそっとアリシアの手に触れる。その温かさがじんわりと伝わってきて心が落ち着いていくのを感じる。
「ですが、私は穢れを払えませんでした。なぜ、レイアード様は私が聖女だとわかるのですか?」
「それは……――」
レイアードはそこで何かを言いかけて口を閉ざすと、苦笑いを浮かべた。
「説明が難しいですね。わたしの聖騎士としての力が感じると言えばいいでしょうか。とにかく、わたしにはわかるのです」
「…………」
レイアードが嘘を言っているようには見えなかった。
しかし、アリシアには未だに実感がなく、まるで夢の中にいるような気分だった。
「あなたは聖女様です」
そう言ってレイアードが微笑んだ。
そんなレイアードを見て、アリシアはふと彼が最初の頃よりもいろいろな表情を見せてくれていることに気がついた。
そのことが素直に嬉しいと感じられたし、たがらこそ少しだけ信じてみようと思った。
アリシアはおずおずとレイアードの手に自分の手を重ねた。
触れたところから、彼の体温が伝わってくるようだった。
レイアードはその手をそっと引き寄せると指先に口付けた。まるで騎士が主に対して行う誓いのような仕草だったが、その唇の感触だけが妙に艶めかしく感じられて胸が高鳴ってしまう。
「アリシア様が力を発揮できるよういろいろと試してみましょう。わたしも努力いたしますので……」
そう続けてレイアードが顔を上げた。
視線が絡み合う。
頷きかけてアリシアははっとする。
「試すって……」
レイアードの言葉を反芻して、その意味を理解した瞬間頬がかっと熱くなった。
「レイアード様……⁉」
慌てて距離を取ろうとしたものの、彼は離してくれようとはしなかった。それどころかアリシアの腰に手を回し、さらに強く抱き寄せてきた。
「あ……」
その拍子にバランスを崩して倒れ込むようにレイアードの胸に飛び込んでしまう形になる。
「すみません」と謝りながらも彼は手を放そうとはしなかったし、むしろ逃さないとばかりに背中に回された腕はさらにきつくなった気がした。
「あ、あのっ⁉」
(どうしよう……。試すってまさか今から……⁉)
心臓が早鐘を打つように鳴っている。レイアードの温もりに触れ、胸の鼓動が激しくなっているのを感じた。心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。
アリシアが体を硬直させていると、その緊張を解くようにレイアードが口を開いた。
「まずはリラックスしてみましょう」
優しく諭すような口調だった。
思わず彼の顔を見ると目が合った瞬間柔らかく微笑まれる。その眼差しにどきりと心臓が跳ね上がったような気がした直後――額に柔らかな感触が触れたかと思うとすぐに離れていった。それが口づけだと気づいたときにはさらに顔が熱くなるのを感じたのだった。
そんなアリシアの様子を見てレイアードは微笑むと今度は首筋に唇を落とした。
「んん……っ」
アリシアは小さく悲鳴を上げるがお構いなしとばかりに何度も繰り返されてそのたびに身体が跳ね上がるような感覚に襲われる。
「あ、あの……っ」
抗議の声を上げようとするが上手く言葉にならない。その間にもレイアードの手はアリシアの体を撫で回し始めていた。服の上からだというのにその手つきはとてもいやらしく感じられたし、同時にくすぐったさもあって身を捩ることしかできない。
「……レ、レイアード様⁉」
「……なんでしょう?」
「ゆ、夕食まで休むのでは……?」
「ああ……そうですね」
アリシアが戸惑いがちに問いかければ、彼は不思議そうに首を傾げた。その動作からは動揺の色すら感じられず、ますます混乱してしまう。
「ですけど、その前にあなたのことを聞かせていただきたい」
そう言ってレイアードはアリシアを抱きしめる力を強めた。彼の体温が一層強く感じられ、また心臓の音が激しく鳴り響いたような気がした。
「でも、これじゃ、話なんて……っ」
「大丈夫。できますよ」
そんな風に言いながらも、レイアードは再び顔を寄せて額や瞼、頬などに何度も口付けを落としてくる。
ちゅ、ちゅと音を立てて繰り返されるその行為によってアリシアの顔はあっという間に火照ってしまったし、身体の力が抜けていくような感覚に襲われた。
(恥ずかしい……)
そう思っているうちに今度は唇へと彼のそれが重ねられる。ぬめりとした舌先が唇を割り開こうとしてきてそれを受け入れるべきか迷っているうちに口内への侵入を許してしまった。
「……ん……っ! ど、どうやって……っ⁉」
「子どもの頃は、なにを、して過ごされてましたか?」
レイアードは、口付けの合間にさらに問いかけてくる。しかもその間も彼の手が身体をまさぐるのを止めないのでアリシアはますます混乱するばかりだ。
「あぅ……んっ」
服の上から胸を揉まれた瞬間、自分でも驚くほど甘い声が出たことに驚いた。
慌てて口元を押さえたがもう遅いだろう。それに気をよくしたのか彼の手はさらに大胆になっていった。背中から腰にかけてゆっくりと撫で下ろした後に胸全体を包み込むように触れてくるのだ。時折指先が敏感な部分に触れるものだからその度ぴくぴくと体が反応してしまうのを抑えられない。
「あなたのことが一つわかりましたよ。――ここもお好きみたいですね」
耳元で囁かれたかと思うとそのまま耳の裏を舐められたものだからぞくぞくとしたものが身体中を駆け巡った。
それだけで背筋が震えてしまうというのに彼は追い打ちをかけるように耳朶に甘く噛みついてきたのだ。
「あっ、や、レイアード様、これでは……っん」
話などできるわけがない。
そう言いたいのだが口から漏れてくるのは意味をなさない音の羅列ばかりだ。
レイアードの手つきはますます大胆になっていったし、アリシアにはそれを制止するだけの余裕もなかった。
気がつけば完全に身体を預けてしまっている始末だ。
「――時間はまだあります。ゆっくりお話しましょう」
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