忘らるる聖女は氷の騎士の〇〇でしか力を発動できません

桜雨ゆか

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聖女の力

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 翌朝、アリシアが目を覚ますと、ベッドの隣には誰もおらず、部屋は既にもぬけの殻になっていた。

「……?」

 アリシアが身体を起こすと、下腹部に鈍い痛みが走った。思わず顔をしかめて手を当てる。

(そうだ……私)

 昨夜のことを思い出した途端顔が熱くなるのを感じた。
 初めて男性を受け入れた身体はあちこちが軋み、特に下半身には違和感が残っている。

「アリシア様」

 そんなことを考えていると部屋の外からレイアードの声が聞こえてきたので慌てて返事をするとその直後に扉が開き、彼はすぐに部屋に入ってきた。

「おはようございます」
「お、おはようございます……」

 アリシアはぎこちない挨拶を返すがレイアードは特に気にした様子もなくベッドの端に腰掛けると、そのままアリシアの顔を覗き込んできた。
 夜とは別人のような冷静な表情だった。

「体調はいかがですか? どこか痛いところなどはありませんか?」
「え、ええ。だ、大丈夫です」

 レイアードの視線を受けてアリシアは気恥ずかしくなりながらもなんとか答えた。
 下腹部の僅かな鈍痛は原因がわかっているだけに、正直に申し出ることは躊躇われたのだ。

「そうですか、よかった」

 レイアードはほっと安堵の息を吐くとアリシアの頬に手を添えてきた。そのままゆっくりと顔を近づけてくるものだから思わず身構えてしまう。
 しかし彼は刹那アリシアを見つめたあと、ぱっと手を離した。

「着替えをお持ちしますのでお支度が整いましたら聖堂へ起こしください」
「はい……」

 アリシアが頷くと、レイアードは静かに立ち上がり部屋から出ていった。
 その後ろ姿を見送ってからアリシアは再びベッドに倒れ込む。

(……キスされるかと思った)

 レイアードの唇が自分のそれに重なる光景を脳裏に思い浮かべ、慌てて打ち消した。顔がかあっと熱くなるのを感じ、枕に顔を押し付ける。

(なに考えてるんだろ……)

 昨夜あんなことがあったから意識してしまうだけだ。
 恋人同士なわけではないのだから――。
 そう言い聞かせて気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返すが、心臓の鼓動はなかなか収まってくれなかったのだった。

   ✢

 着替えを終えて、聖堂に行くと祭壇の前に最初の日に見た神官たちが集まっていた。
 レイアードも彼らと共に並んでいる。
 昨日のあれが儀式だということは、この場にいる全員が自分とレイアードがなにをしたのか知っていることになる。
 それがすごく恥ずかしいことのような気がして、アリシアはまっすぐ顔を上げられなかった。

「お、おはようございます……」

 アリシアは神官たちにぺこりとお辞儀したものの、そのあとどうしたらいいかわからなくて立ちすくんでしまった。

「アリシア様」

 すると、レイアードがアリシアのそばまで進み出てきた。

「こちらに」

 彼はアリシアの手を取ると祭壇の前まで誘導する。そのままアリシアの横で神官たちに向き直る。

「皆さまおはようございます。昨夜の儀式は滞りなく終えることができましたことをご報告します」

 レイアードが手短に挨拶すると、神官たちも一斉に頭を下げたので、アリシアもつられて頭を下げてしまう。
 神官たちはおおとどよめき、皆一様にその目を輝かせた。

「では、いよいよ聖女様の御力で穢れを払うことができるのですね」

 神官の一人が興奮した様子で問いかけてきた。

「聖女アリシア様。早速で恐縮ですが、あなた様の御力を我々に見せてもらえませんでしょうか」
「え……」

 突然の要請にアリシアは戸惑った。するとレイアードがすかさず割り込んで来る。

「――いえ、それにはまだ準備が整っていませんので」
「ですが、儀式の翌朝にはまず御力を確認させて頂くのがしきたりです」
「それは承知しております。ですが……」

 レイアードと神官たちが押し問答をしている間も、アリシアはどうしていいのかわからずに立ち尽くしているしかなかったのだ。

(どうしよう……)

「この聖杯の穢れを払っていただくだけでよいのです。どうかお願いいたします」
「……」

 レイアードは困惑しているようだが、アリシアの方こそ困っていた。

(だって、穢れを払うなんて言われても、どうやったらいいのか……)

 そんなことを考えていると神官たちがじりじりと近づいてきた。彼らはどういうわけか期待に満ち溢れた眼差しでアリシアのことを見つめているではないか。
 ごとり、と祭壇の上に金の杯が置かれた。

「さぁ、どうかお願いいたします」

(ど、どうしよう……)

 神官たちは神妙な表情でアリシアの様子を見ている。その視線に晒されていると徐々に居心地の悪さを覚え始めるが――同時に彼らを失望させたくないという気持ちも生まれてくるのだ。
 とはいえ、やり方もなにもわからない。
 アリシアはただ立ち尽くしていた。
 金の杯は、重々しく祭壇の上に置かれている。
 見た目には装飾が美しい他、変わったところはないように見える。

「聖女アリシア様、どうかお力を……」

 神官たちの声が、再びアリシアを追い詰めるように響いた。
 その時、アリシアは自分の首にかけたペンダントを無意識に握りしめた。ペンダントからはかすかな温かみが伝わってくるようで、それが彼女に小さな安心をもたらしてくれるように感じられた。しかし、それでも「聖女の力」と呼べるほどの何かが湧き上がるわけではない。

「一説には聖女様は触れたものを清めると伝えられております」

 神官の一人が言った。

「ですから、その聖杯に触れてみてくださいませんか?」

(――触れる?)

 アリシアは言われるまま恐る恐る手を伸ばすとそっと杯に触れた。
 瞬間――。
 パンッ!
 と、何かが弾けるような音がした。
 同時にアリシアは指先に痛みを感じた。

「――っ!」

 慌てて手を引っ込める。見ると指先が少し赤くなっていた。

(い、今のって……)

 よくわからないけれどうまくできたのだろうか? 
 神官たちの方を見ると、彼らは驚いたような表情を浮かべていた。
 しかしそれも一瞬のことで、すぐにその顔に落胆の色を滲ませる。
 アリシアにもすぐにわかった。
 自分は彼らの望むようにはできなかったのだ、と。

「穢れを払うには至らないか……」
「これでは話が違う」
「いや、まさか、こんなことになるとは」

 神官たちが口々に言う。

「あの、私……」

 アリシアは何か言わなければと口を開いたが、それより早くレイアードがアリシアの腰を抱き寄せた。

「皆様、申し訳ございません。聖女様が本来の力を出せないのは、聖騎士であるわたしの力が至らぬ結果です」

 レイアードはアリシアのことを背後に隠すようにして神官たちに謝罪した。するとすぐに神官の一人が声を上げる。

「しかし、穢れを払うことができなかったのが事実では?」
「それは……」

 レイアードは一瞬口ごもったあと、再び口を開いた。

「おっしゃる通りです。ですが、アリシア様に聖なる力が宿っているのは儀式をともにしたわたしが保証いたします。どうか、もう少しだけ待っていただけませんか」

 レイアードは真摯に訴えかける。その口調は真剣そのもので、彼が嘘を言っているようには見えなかった。
 しかし神官たちはまだ納得がいかないようで不満げな表情を浮かべている者も多い。

「しかし……」

 そんな時だ。一人の若い神官が進み出てきた。彼は穏やかな口調で言う。

「私はレイアード殿の意見に賛成です。そもそも聖女様はこちらに到着して間もない。準備期間を設けてもよろしいのではないですか」

 彼の意見に同調するように別の神官たちも言葉を重ねた。

「まあ、確かに。旅のお疲れもまだ残っているでしょうし」
「そうですね。これは配慮が足りませんでしたな」

 気づけば神官たちの間で話がまとまっていくのを、アリシアは呆然と眺めていた。

「ありがとうございます。それでは一旦保留ということで、よろしいですか」

 レイアードが確認すると神官たちもほっとしたように頷いた。そのやり取りを見てアリシアもようやく胸を撫で下ろすことができたのだった。

「――アリシア様はしばらくわたしの屋敷で過ごしていただくことにします」

 神官たちにレイアードがそう宣言し、隣で聞いていたアリシアはえ? と顔を上げた。
 しかし神官たちは口々に賛成の声を上げるばかりだった。「それがいいでしょう」と多くの支持する声を受けて、レイアードは頷く。

「皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒宜しくお願いいたします」

(どういうこと?)

 そんなアリシアの疑問を置き去りにしたまま話はまとまっていき――気がついたときには、アリシアは聖堂を出てレイアードとともに馬車に乗り込んでいた。
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