忘らるる聖女は氷の騎士の〇〇でしか力を発動できません

桜雨ゆか

文字の大きさ
上 下
5 / 22

王都へ

しおりを挟む
「もう少しです」

 レイアードが短く告げる。その言葉が、これから待ち受ける未来への扉を開ける合図のように感じられた。
 外を見ると、馬車は王都の門を潜り抜け、石畳で舗装された道へと入った。通りに面した店や家屋からは明かりが漏れており、夜の街を照らし出している。大通り沿いに並ぶ街灯には、魔法石の明かりが灯され、石畳の道を明るく照らしていた。
 アリシアは初めて見る王都の景色に圧倒されながら、窓の外を見つめていた。

「ここが……王都……」

 馬車は大通りを進み、やがて大きな建物の前で止まった。レイアードが先に降り立ち、アリシアの手を取るとゆっくりと彼女を降ろした。
 そこは石造りの立派な建物で、入口には警備兵が立ち並び物々しい雰囲気だった。しかし、レイアードは臆することなくその前を通り過ぎ、建物の奥へと進んでいく。
 アリシアは不安げな表情でその後ろをついて歩いた。建物の中を進むと、豪華な装飾品が飾られた部屋に案内された。
 部屋は広く、壁には大きな絵画が飾られ、立派なソファやテーブルが置かれている。
 立派なシャンデリアには街灯と同じように魔法石が明かりを灯していた。
 奥の部屋は寝室になっているのだろう、天蓋付きの大きなベッドがあるのが見える。

「今夜はこちらでお休みください。ここは大聖堂に併設されている建物です。明朝、儀式を執り行います」

 レイアードが淡々と説明する。アリシアは、まるで夢の中にいるような不思議な感覚のまま頷きを返すことしかできなかった。

「すぐに食事のご用意をいたします。着替えなどは奥の寝室にありますので好きにお使いください」
「はい……」
「なにかあれば、机の上のベルを鳴らしてください。隣の部屋で待機しておりますので」

 そう言い残してレイアードが去ってしまうと、部屋に一人取り残されたアリシアは ソファに腰を下ろし背もたれに身体を沈めた。
 自分の置かれた状況が現実だとはとても思えない。あまりにも唐突な展開に思考が追いつかず、ただ時間が過ぎていくだけだった。

「私……本当に聖女なの……?」

 アリシアがぽつりと呟いた言葉は、静寂の中に消えていった。


 ✢


 翌朝、アリシアはレイアードに促されて大聖堂へと足を向けた。
 その建物は石造りの荘厳な雰囲気を漂わせる美しい建物だった。
 中に入ると、そこには煌びやかな装飾が施された空間が広がっていた。
 床一面には赤い絨毯が敷かれており、足音を吸収するような柔らかな感触があった。

「こちらです」

 レイアードはアリシアを先導するように前を歩く。
 その背を追うように進んでいくと、やがて祭壇の前へたどり着いた。そこには数人の神官の姿があった。

「アリシア様、どうぞこちらへ」

 レイアードに促されて祭壇の前に進み出ると、神官たちが一斉に立ち上がり、アリシアに向かって深々とお辞儀をした。

「これより、聖女様の御力を確認する儀を執り行います」

 レイアードが厳かに言った言葉に、周囲の空気が一気に張り詰めていく。
 アリシアは緊張を堪えながら、ただその場に立ち尽くしていた。
 神官の一人が祭壇の前へと進み出て、他の神官たちもそれに続いた。
 レイアードはアリシアの側に寄り添い、そっと肩に手を置いた。その感触に少し安心感を覚えつつ、アリシアは静かに目を閉じた。
 神官たちはそれぞれ呪文を唱え始め、部屋中に不思議な響きが満ちていく。すると、突然床に描かれた魔法陣が強く光り輝き始めた。同時に、自分の身体の中で何かが蠢き始めるような感覚を覚え、アリシアは息を飲んだ。

「素晴らしい……」

 神官たちが感嘆のため息をこぼす。

「――あなた様こそルヴェルナの聖女。お待ちしておりました」

 神官の一人がそう言い、レイアードの方を見て頷いた。

「このまま儀式を進めていきましょう。レイアード様、よろしくお願い致します」

 レイアードは神官の言葉に静かに頷き返す。そして、再びアリシアの方に目を向けた。

「アリシア様、これから奥の間で身を清めていただき、そのあと覚醒の儀を行います。不安かと思いますが、どうかわたしを信じてください」
「…………」

 アリシアは何も言えずにただ小さく頷いた。
 自分の意思とは関係なく状況だけが進んでいくのがなんだか怖かった。
 レイアードはそんな彼女の手を引き、奥の間へと案内していく。

「こちらです」

 そこは石造りの広い空間で、部屋の真ん中には泉が湧いていた。
 神官たちは中には入って来ず、レイアードと二人きりだ。

「まずは、この泉で身を清めます」
「……はい」
「では、お召し物を脱いでいただき裸になってください」
「はいっ⁉」

 アリシアは思わず聞き返した。突然の言葉に、頭が真っ白になる。
 レイアードは真剣な眼差しでこちらを見ている。その表情からは感情が読み取れないが、ふざけているようにも見えない。

「……え? あの……ええっと……」

 戸惑うアリシアに対して、レイアードは再び淡々と言った。

「裸になってください」

 その言葉には有無を言わせぬ迫力があり、アリシアは思わず後ずさった。しかし、レイアードは無言のままこちらを見つめている。

「……あのっ、私、一人でするのはだめなんでしょうか? やり方を教えていただければ――」
「いえ、アリシア様。これは共に行うことに意味のある儀式なのです」

 レイアードは真剣な口調で言う。その言葉からは、有無を言わせぬ圧力のようなものを感じた。

「どうしてもですか……?」
「はい」
「……わ、わかりました。あのっ! 目を閉じていただくことはできますか?」
「ええ。かまいません」

 アリシアの申し出にレイアードは頷いて目を瞑ってくれた。
 アリシアは深呼吸をして気持ちを落ち着けると、意を決して自分の服に手をかける。
 そしてゆっくりと一枚ずつ脱いでいった。
 一糸まとわぬ姿になると、脱いだものを畳んで端に置く。

(なんでこんなこと……)

 自分の身体を改めて見回すと羞恥心に襲われた。胸や股間を隠すように手で隠しつつ、レイアードの方をそっと見たが、彼は目を閉じたままだ。

「ぬ、脱ぎました。あっ、まだ、目は閉じたままでいてください」
「はい。仰せのままに。では、泉の中に入っていただけますか?」

 アリシアは言われるままに泉の中に足を入れる。冷たい水かと思っていたけれど、比較的温かく、すぐに身体は水温に慣れた。
 水位はちょうどアリシアの腰ほどまでだ。
 下半身が水に沈むと、アリシアは両手で胸を覆い、レイアードに背中を向けたまま口を開いた。

「入りました。あの、もう目を開けてくださっても大丈夫です。ありがとうございます」
「はい」

 アリシアが告げると、背後でレイアードが動く気配がした。
 衣擦れの音やベルトを外す音から、おそらくレイアードも衣服を脱いでいるのだろう。
 裸になった彼の姿が目に浮かぶようで、アリシアの心臓は早鐘を打った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...