忘らるる聖女は氷の騎士の〇〇でしか力を発動できません

桜雨ゆか

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聖女としての運命 1

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 その日、村はいつもと違う緊張感に包まれていた。風が静かに木々を揺らし、遠くの山々が霞む中、重々しい蹄の音が空気を切り裂くように響いた。
 アリシアは思わず手を止め、持っていたバスケットをしっかりと握りしめた。今までに感じたことのない不安が彼女の胸にざわめく。
 音のする方へと目を向けると、見慣れた小道を、威厳ある馬車がゆっくりと進んでいた。その馬車は村の素朴な風景とはまるで不釣り合いな、豪華な装飾が施されており、真っ白な馬が誇らしげに歩みを進めている。美しく磨かれた金色の飾りは国の紋章を象っていて、光を反射し、まるで昼間の星のようにきらめいていた。

「こんなところに、あんな馬車が……」

 アリシアの心臓が早鐘を打つ。彼女は呆然としながらも、なぜかその馬車から目を離すことができなかった。

「あの紋章、王都から来たんじゃないか?」
「なんだってこんな辺境のウィルデンに……」

 村人たちの囁き声が次第に大きくなり、注目は一斉に進んでくる馬車に向けられた。
 風が通り過ぎると、空気はさらに張り詰めた。普段は穏やかで、何も特別なことが起こらないウィルデン村に、王都からの訪問者が現れることなど滅多にない。アリシアはその不意の出来事に、胸の奥で小さなざわめきを感じずにはいられなかった。
 王都からの使者がここに来る理由があるとすれば、ただの旅の途中とは思えない。何か重大な知らせを運んできたに違いない。

「アリシアもあの馬車を見に行くのかい?」

 通りすがりの近所の女性が、かごを抱えながら声をかけてきた。その顔には、普段の落ち着いた表情ではなく、期待に満ちた好奇心が浮かんでいる。
 ウィルデン村は小さく、村人同士は皆顔なじみだ。いつも変わり映えのない日常の中で、このような異変は大きな出来事だった。

「……ええ」

 アリシアは女性の言葉に頷きながらも、胸の内に潜む不安を振り払うことができなかった。
 自分だけがこの出来事に心を奪われているわけではないと知り、少し安堵したものの、どこか得体の知れない予感が彼女の心に渦巻いていた。
 アリシアの足は自然と馬車へ向かって動き出した。
 重厚な車輪の音が、石畳を軋ませながら静かに響く。馬車の進む道の先には、村の広場が広がっており、そこに住民たちが次第に集まり始めていた。
 子供たちが親の後ろに隠れながらも、興味津々な様子で覗き込んでいる。大人たちはひそひそとささやき、疑念と期待が交錯していた。

「…………」

 やがて、神聖な空気を纏ったその馬車は村の広場に差し掛かり、静かに停止した。
 装飾が施された馬車は、村の日常とはかけ離れた異彩を放っており、村人たちは言葉を失いながらその威容に目を奪われていた。
 アリシアは、馬車から一瞬たりとも目を離せなかった。
 冷たい風が頬を撫でる中、村全体がその到来を静かに見守っていた。まるで時が止まったかのように、すべてが静寂に包まれ、重苦しい期待感が広がっていく。
 アリシアは息をのんだまま、馬車の扉が開かれる瞬間を待っていた。
 ややあって、馬車の扉がゆっくりと音を立てて開く。
 中から現れたのは、真っ白なローブを纏った人物だった。
 そのローブは精緻な金糸で縁取られ、光を受けてわずかに輝いている。顔はフードに隠れて見えないが、背の高さや屈強な体躯からは男性に見える。その佇まいには威厳が感じられ、村人たちは思わず後ずさりした。

「……何者なんだ?」

 誰かが低くつぶやく。アリシアもまた、その人物に目を奪われていた。視線はフードの奥に潜む顔を捉えようとしたが、影が濃くて見えなかった。
 次の瞬間、白いローブの人物がゆっくりと顔を上げた。
 フードの下から覗いたのは、鋭くも美しい一対の瞳。暗い青色の瞳がアリシアの方にまっすぐ向けられた。まるでその瞳がアリシアの心の中まで見通すかのような強い視線に、彼女は思わず後ずさろうとしたが、足が地面に張り付いたように動けなかった。

「…………」

 アリシアはその瞳に吸い寄せられ、言葉を失っていた。
 その人物は無言のまま、ゆっくりと周囲を見渡した後、懐からなにやら小さな巻物を取り出した。細工の施された金の留め具がついたその巻物は、見るからにただの手紙ではないと感じさせるほどの重厚感を漂わせていた。
 彼は慎重な動作で留め具を外し、巻物を広げる。
 静寂の中、巻物から紡がれる言葉が村全体に響き渡るように、彼は静かに告げた。

「この地に住まうアリシア・ルヴェルナ・ローウェン。王の命により、速やかに城へと召喚せられるべし」

 その一言が、アリシアの頭に重くのしかかった。王の命――その言葉の響きは、人生を大きく変えるものだと瞬時に悟った。だが、なぜ自分が? 村で平穏に暮らしてきた一介の村娘である自分が、なぜ王の名のもとに呼ばれるのか、理解できなかった。

「私……?」

 アリシアはかすれた声で問いかけたが、答えはなく、ただ静かな空気が広場に漂っていた。彼女の胸は動揺と不安でいっぱいになったが、立ち尽くす以外に選択肢はなかった。
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