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襲撃
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露店市を離れたあと、リリアナはセイランに手を引かれ、人通りの多い大通りを避けて路地裏へと入ってきた。
雑踏を通り抜けるとそこにはもう人影はなかった。辺りはしんと静まり返っている。
「さっきの男は知り合いか?」
セイランが唐突にそう訊ねてきた。
ラスカのことを言っているのはすぐにわかって、リリアナは素直に頷いた。
「ええ。幼馴染なの」
「――俺のことやオルゴールのことはなにか言ってたか?」
「私に戻るように言ってきたけど、断ったわ……」
「……そうか」
セイランは短く答える。それから彼はリリアナの手を離した。そして、そのまま彼女の肩を掴むと自分の胸へと引き寄せた。
(えっ⁉)
突然のことに驚いているうちに、セイランの顔が近づいてきたかと思うと唇に柔らかいものが押し当てられる感触がした。
キスをされたのだと気づくまでに数秒かかった。
「……んっ……」
何度も啄むように口付けられ、次第に頭がぼうっとしてくる。息苦しくなって口を開けばそこからぬるりと生温かいものが侵入してきた。
ここ数日でそれがなんなのかすっかり覚えた。
舌と舌が絡み合い、すり合わされるとぞくぞくしてくる。
「……っふ……」
やがてゆっくりとセイランが顔を離す頃には、リリアナはかくんと膝から崩れ落ちそうになった。
しかし、それを見越したかのようにセイランに抱き止められ、そのまま腰を抱かれる。
「リリアナ……」
熱っぽい声で名前を呼ばれれば、それだけで身体の奥がきゅんと疼くのを感じた。
「……っは、セイラン……っ?」
リリアナはぎゅっと彼の服を掴んだまま潤んだ瞳を上げた。
目があったセイランが再び顔を寄せてくる。
リリアナは反射的に目を閉じた。
再び唇が重なり、今度はすぐに離れていった。
「――そろそろ戻ろう」
セイランは何事もなかったかのように踵を返した。そしてそのまま来た道を戻っていく。リリアナも慌ててその後を追いかけるが、頭の中はまだ混乱していた。
彼がなにを考えているのかわからない。
(今のも魔力の同調のため……?)
リリアナがそんなふうに考えているとき――広場の方から悲鳴が聞こえてきた。
「え……⁉」
驚いてそちらを見ると、大通りから人々が逃げ惑う様子が見えた。中には転んで動けなくなっている人もいるようだ。
「リリアナ、絶対にここを動くな。いいな? 様子を見てくる」
「……うん」
私が頷くと、セイランは悲鳴がする方向へと駆け出していった。
「いったいなにが……」
不安に思いながらもその場に留まっていたリリアナは次の瞬間目に飛び込んできた光景に目を疑った。
逃げ惑う人々を炎をまとった大きな猪のような獣が追いかけている。
「あれって……魔獣……⁉」
リリアナは息を呑んだ。
(どうしてこんなところに!?)
魔獣は普通の獣と異なり、魔法を操ることができる存在だ。性質は獰猛で肉食を好むため人間を襲うことが多いと聞く。だが本来この辺りに現れることはないはずだ。
愕然とした私の視線の先で、それまで暴れ狂っていた魔獣が不意にぴたりと動きを止めた。
突き出た鼻面をひくひくと動かしながら、なにかの匂いを辿っているかのように、きょろきょろと首を動かしている。
そしてそれはリリアナの方へ向いた。
(うそ……!)
ぎらぎらとした赤い瞳で見つめられて、リリアナは小さく悲鳴を上げた。
(こっちに来る……っ!!)
そう思った瞬間、魔獣はリリアナ目がけて突進してきた。
激しい蹄の音を立てて迫ってくる恐怖に足が竦んだ。
そんなリリアナの前に一人の青年が立ち塞がった。
フードを目深にかぶった長身の青年はラスカだ。
ラスカが両腕を前に突き出すと、そこから大きな魔法陣が現れた。
魔獣が大きく口を開き炎を吐き出す。
しかし、その炎がラスカに届くことはなかった。
「水の加護よ!」
ラスカの声に呼応するように魔法陣から大量の水が噴き出す。その勢いに魔獣が押し戻される。
「リリアナ、今のうちに!」
ラスカが叫んで走り寄ってくる。しかしリリアナはその場から動くことができなかった。恐怖で足が竦んでいるのだ。
「こっちに――」
ラスカはそんなリリアナを抱き寄せた。そして再び呪文を唱える。
強い風が吹く。
ラスカのフードが煽られ、彼の淡い金髪が日の光に煌めく。
次の瞬間、リリアナの身体はラスカとともにふわりと浮き上がった。
彼はリリアナを抱えたまま風に乗って、軽々と魔獣から距離を取る。そしてそのまま近くの建物の屋上へと着地した。
「――大丈夫?」
ラスカの優しい声が聞こえるとリリアナは恐る恐る顔を上げた。するとすぐ近くに彼の顔があって思わず後ずさったが、背中に回された手がそれを許さなかった。
「あ、ありがとう……」
リリアナは浅い呼吸に乗せて礼を言った。
「間に合ってよかった」
ラスカは安堵したように微笑んだ。そしてすぐに表情を引き締める。
「あいつは一緒じゃなかったの?」
ラスカの言葉にリリアナははっとして、建物の下を覗き込んだ。
魔獣はまだ暴れている。しかも一頭だけではないようだ。
「セイランはっ⁉」
リリアナは慌てて立ち上がると辺りを見渡した。すると少し離れたところで子供を連れた女性を魔獣から守る彼の姿を見つけた。
「私、行かなきゃ……っ」
リリアナは下に降りるための道を探そうとしたが、ラスカがそれを引き留めた。
「彼はかなり強い魔法使いだ。きっと大丈夫だよ」
「でも……っ」
リリアナはラスカの腕の中でもがいた。しかし彼はリリアナを離すまいと力を込めてくる。
「はなして……っ」
「だめだ、リリアナ。危ないから」
ラスカはそう言ってさらに強く抱きしめてくる。
「リリアナ……――ごめん」
耳のすぐそばでラスカの声が聞こえた。
直後、リリアナの意識はそこで途切れた。
雑踏を通り抜けるとそこにはもう人影はなかった。辺りはしんと静まり返っている。
「さっきの男は知り合いか?」
セイランが唐突にそう訊ねてきた。
ラスカのことを言っているのはすぐにわかって、リリアナは素直に頷いた。
「ええ。幼馴染なの」
「――俺のことやオルゴールのことはなにか言ってたか?」
「私に戻るように言ってきたけど、断ったわ……」
「……そうか」
セイランは短く答える。それから彼はリリアナの手を離した。そして、そのまま彼女の肩を掴むと自分の胸へと引き寄せた。
(えっ⁉)
突然のことに驚いているうちに、セイランの顔が近づいてきたかと思うと唇に柔らかいものが押し当てられる感触がした。
キスをされたのだと気づくまでに数秒かかった。
「……んっ……」
何度も啄むように口付けられ、次第に頭がぼうっとしてくる。息苦しくなって口を開けばそこからぬるりと生温かいものが侵入してきた。
ここ数日でそれがなんなのかすっかり覚えた。
舌と舌が絡み合い、すり合わされるとぞくぞくしてくる。
「……っふ……」
やがてゆっくりとセイランが顔を離す頃には、リリアナはかくんと膝から崩れ落ちそうになった。
しかし、それを見越したかのようにセイランに抱き止められ、そのまま腰を抱かれる。
「リリアナ……」
熱っぽい声で名前を呼ばれれば、それだけで身体の奥がきゅんと疼くのを感じた。
「……っは、セイラン……っ?」
リリアナはぎゅっと彼の服を掴んだまま潤んだ瞳を上げた。
目があったセイランが再び顔を寄せてくる。
リリアナは反射的に目を閉じた。
再び唇が重なり、今度はすぐに離れていった。
「――そろそろ戻ろう」
セイランは何事もなかったかのように踵を返した。そしてそのまま来た道を戻っていく。リリアナも慌ててその後を追いかけるが、頭の中はまだ混乱していた。
彼がなにを考えているのかわからない。
(今のも魔力の同調のため……?)
リリアナがそんなふうに考えているとき――広場の方から悲鳴が聞こえてきた。
「え……⁉」
驚いてそちらを見ると、大通りから人々が逃げ惑う様子が見えた。中には転んで動けなくなっている人もいるようだ。
「リリアナ、絶対にここを動くな。いいな? 様子を見てくる」
「……うん」
私が頷くと、セイランは悲鳴がする方向へと駆け出していった。
「いったいなにが……」
不安に思いながらもその場に留まっていたリリアナは次の瞬間目に飛び込んできた光景に目を疑った。
逃げ惑う人々を炎をまとった大きな猪のような獣が追いかけている。
「あれって……魔獣……⁉」
リリアナは息を呑んだ。
(どうしてこんなところに!?)
魔獣は普通の獣と異なり、魔法を操ることができる存在だ。性質は獰猛で肉食を好むため人間を襲うことが多いと聞く。だが本来この辺りに現れることはないはずだ。
愕然とした私の視線の先で、それまで暴れ狂っていた魔獣が不意にぴたりと動きを止めた。
突き出た鼻面をひくひくと動かしながら、なにかの匂いを辿っているかのように、きょろきょろと首を動かしている。
そしてそれはリリアナの方へ向いた。
(うそ……!)
ぎらぎらとした赤い瞳で見つめられて、リリアナは小さく悲鳴を上げた。
(こっちに来る……っ!!)
そう思った瞬間、魔獣はリリアナ目がけて突進してきた。
激しい蹄の音を立てて迫ってくる恐怖に足が竦んだ。
そんなリリアナの前に一人の青年が立ち塞がった。
フードを目深にかぶった長身の青年はラスカだ。
ラスカが両腕を前に突き出すと、そこから大きな魔法陣が現れた。
魔獣が大きく口を開き炎を吐き出す。
しかし、その炎がラスカに届くことはなかった。
「水の加護よ!」
ラスカの声に呼応するように魔法陣から大量の水が噴き出す。その勢いに魔獣が押し戻される。
「リリアナ、今のうちに!」
ラスカが叫んで走り寄ってくる。しかしリリアナはその場から動くことができなかった。恐怖で足が竦んでいるのだ。
「こっちに――」
ラスカはそんなリリアナを抱き寄せた。そして再び呪文を唱える。
強い風が吹く。
ラスカのフードが煽られ、彼の淡い金髪が日の光に煌めく。
次の瞬間、リリアナの身体はラスカとともにふわりと浮き上がった。
彼はリリアナを抱えたまま風に乗って、軽々と魔獣から距離を取る。そしてそのまま近くの建物の屋上へと着地した。
「――大丈夫?」
ラスカの優しい声が聞こえるとリリアナは恐る恐る顔を上げた。するとすぐ近くに彼の顔があって思わず後ずさったが、背中に回された手がそれを許さなかった。
「あ、ありがとう……」
リリアナは浅い呼吸に乗せて礼を言った。
「間に合ってよかった」
ラスカは安堵したように微笑んだ。そしてすぐに表情を引き締める。
「あいつは一緒じゃなかったの?」
ラスカの言葉にリリアナははっとして、建物の下を覗き込んだ。
魔獣はまだ暴れている。しかも一頭だけではないようだ。
「セイランはっ⁉」
リリアナは慌てて立ち上がると辺りを見渡した。すると少し離れたところで子供を連れた女性を魔獣から守る彼の姿を見つけた。
「私、行かなきゃ……っ」
リリアナは下に降りるための道を探そうとしたが、ラスカがそれを引き留めた。
「彼はかなり強い魔法使いだ。きっと大丈夫だよ」
「でも……っ」
リリアナはラスカの腕の中でもがいた。しかし彼はリリアナを離すまいと力を込めてくる。
「はなして……っ」
「だめだ、リリアナ。危ないから」
ラスカはそう言ってさらに強く抱きしめてくる。
「リリアナ……――ごめん」
耳のすぐそばでラスカの声が聞こえた。
直後、リリアナの意識はそこで途切れた。
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