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戦国時代編
18話 静香御膳編(弁慶の立ち往生、ツヨシ死す?)
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タイムトラベルから戻ったツヨシはいつも通り、花純が居るか確認する
隣でいつも通り静かに寝ていた、
花純は弥生時代以降、少し変わった
ツヨシの夢を見る回数が少なくなった
それはクロノスが同じ轍を踏まないようにしてくれた事だが、ツヨシは知らない
ツヨシは穏やかな寝顔の花純の頭を撫でるとツヨシの胸に頭を当てて来る
やっぱり家族はこうでないと駄目だ
だからツヨシはバラバラな家族が気になった
これまで、自分とは違う世界だと線を引き、結果を調べる事を辞めたツヨシは濃姫を最後に歴史を確認する事を止めていたが、
今回は家族として関わり過ぎた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【図書館】
ツヨシはインターネット、本、あらゆる資料でその後の義経と静御膳と弁慶を調べた
義経は九州へと向かうため船を出すが、
静の乗る船はついて来れず、吉野に戻る、
その途中で僧兵に捕まり鎌倉へと送られる
何処かで合流したのか途中で母の磯禅師と一緒に行動している、
静は母の裏切りを知らない
その後、子供をちゃんと身篭っていた静は弁慶の子だと白状せず、
頼朝に男の子なら殺すと脅かされ
……それは本当にそうなった
由比ヶ浜で禅師に取り上げられ安達という武者に渡され由比ヶ浜に落とされてしまう
泣き崩れる静のその後の人生は、色々な説があり
どれも確信を持てる物は無い
「・・・・・なんだよこれ」
納得いかないツヨシはその後も調べ続けた
ツヨシは、弥生時代の経験で、
「歴史は時に、ある条件の元なら変えられる」
そう考えたツヨシは沢山の伝承を洗いざらい調べた
義経が生き残る方法を、そして静が離されない歴史探して1日を終えた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【ツヨシの夢の中】
「ツヨシさん!ごめんなさい!何でか弁慶に入っちゃいました!」
いつも元気いっぱいのクロノスは現れるなりツヨシに謝った
「いや、それはもう良いんだ、それよりクロノス、もう一回弁慶に飛んでくる」
「え?弁慶に?平安時代はもう飛ばなくて大丈夫ですよ?」
「うん…ちょっとやり残した事を思い出した、毎日働いてるんだ、1日ぐらい自分の為に使っても良いだろ?」
「そんな簡単に…駄目ですよっ決まった道じゃないとツヨシさん戻る所無くなっちゃいますよ?」
「大丈夫、ちゃんと調べてある、無茶な事はしないから、じゃあ行ってくるわ」
「あっちょっと!駄目っていってるのに……」
ツヨシとクロノスの世界に置いてけぼりにされたクロノスは
きゅっと拳を握り、ツヨシを追いかけ始めた
~~~~タイムトラベルスタート:残り24時間~~~~
吉野(奈良県)で静を連れて、義経と合流した所でツヨシは着地した
ちゃんと狙い通りに着地できた…クロノスのおかげだろうな
「弁慶、随分と遅かったな?」
やってきた弁慶にニヤニヤと笑いかける義経、恐らく何が有ったのか予想していたのだろう
静はニコニコしながら義経に抱きつき甘えている
「お屋形さま…少し話しがある」
「お前が待たせたせいで余り時間はないぞ?このまま摂津(兵庫県尼崎近辺)に向かって九州に行く予定だ」
「いや、そっちは駄目だ、若狭(福井県)から海に出よう」
「若狭?また京を通るのは自殺行為だろ、大体若狭から海に出て何処に行く?唐土(昔の日本から見た中国の呼び方)か?」
「そうだ、唐土だ、そこでお前は騎馬民族の王となれ」
「なっ何を言ってるんだ?そんな馬鹿な事、出来る分無いだろう!」
「もう日の本は無理だ、牛若…お前だって分かっている筈だ、後白河法皇に完全にしてやられたんだ、俺たちは」
敢えて2人が出会った時の名で呼んだ、今は主従として話してる場合じゃないんだ
「・・・・・日の本一の侍にしてやると言ったじゃないか?」
昔の約束を掘り返すが、約束は約束だ
「すまん……その代わりに世界の王にしてやる」
「・・・ふっふふ、世界の王か、大きく出たな?」
「牛若ならやれる、牛若にしか出来ない、俺が必ずそうさせてやる」
「若狭か……なら行こうか」
少しだけ下を向き考えた牛若は、弁慶の顔を見てそう言うと
馬に乗り、若狭へと走り始めた
何処に行こうと、静と弁慶が居れば良い、
それが義経の出した結論だった
~~~~タイムトラベル:残り4時間~~~~
奈良から早馬を替えながら途中何度か敵と遭遇する
弁慶は静を自分の前に乗せ守りながら錫杖を容赦無く奮った
ここで静を離せばそれが別れとなる気がしたからだ
追え!追えええ!
後ろから数騎が近づいてくる
身体の大きな弁慶と軽いとはいえ静も乗せている
どうしても一番遅れるせいだ
「ちちうえ!私をお捨てください!」
「お前は何も心配しなくていい、あの程度、なんの問題もない」
「獲ったあああ!」
ひゅん
「ぐがっ」
近づき叫ぶ武者は弁慶の錫杖によって、逆に吹き飛ばされてゆく
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【若狭にある海岸】
奇しくも殿を務める弁慶に敵が集中したため、
義経一行はほぼ全員無傷で若狭に着いた
「こっこの船で海を渡るのか?」
義経を待つ和船は見た目がかなりボロボロだった
「この海は荒い、どんな船でも直ぐにこうなるんじゃ、何度も行き来してるから安心せえ」
船主はそう自慢気に話す
「そうか…もう追手も近いし今更引き返せん覚悟を決めてくれ牛若」
「今日は…妙に昔の名で呼ぶな…鬼若、言われなくても覚悟は決まっている」
「俺はこのまま殿を務める、絶対に無事に出航させてやる」
「分かった…お前は私を世界の主にさせるんだ約束破るなよ?」
「勿論だ」
~~~~タイムトラベル:残り3時間~~~~
弁慶の前を数隻の船が海へと漕ぎ始めた時
浜の奥から馬の蹄が響き始めた
最後の最後で……
一番後ろの船に乗り込もうとした弁慶は船を降りる
敵の数は30騎程だ、さっさとやればまだ間に合う、
弁慶は走りだした
「ちっ父上!」
「馬鹿!大人しくしてろ!あの程度なら一瞬だ!」
見る間に武者を蹴散らしていく姿に…安堵するのはまだ早過ぎた
浜の奥、林の向こう側に幾つもの火が見え始める
尋常な数じゃない
「べっ弁慶にげろ!はやく来い!!」
今度は義経が立ち上がる
林の向こうの敵の数は100や200じゃ聞かない
どう見ても1人で何とかなる数じゃなかった
弁慶は、義経の予想以上の速さで30の武者を屠り、こちらを振り返ると、
何も言わずに林へと走っていく
「なっ・・・・おいっ!船を戻せ!!」
「かっ勘弁してくれ、あんなの戻った殺される」
カチャリと刀を抜く義経
「今すぐ死ぬか?」
「お止めください!弁慶殿の気持ちを無駄にするおつもりか?」
そう言ったのは忠信だ、先の合戦で兄を犠牲にして忠義を尽くす忠信が義経を抑える
この場でそれが出来るのは忠信だけだった
「忠信!…だが!っっだけど!べっ弁慶が……あれは…無理だ……弁慶が……鬼若が死んで…しまう」
腰を落とす義経、頬から熱い物が流れ落ちる
それは
子供の頃から側にいた静でも、初めて見たものだった
静はゆっくりと立ち上がる
白拍子として出来る事、それは舞しかなかった。
~~麻糸をまるく巻いた苧(お)だまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら~~
~~若狭の浜を ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき~~
~~忠義の士 勇み 戦ふ 父の身に 祖の御霊を降ろし賜へ~~
~~願わくば ふたたび あい まみえることを ゆるしたまへ~~
狭い船の中、舞い踊る姫は神を降ろしたような姿だった、父、弁慶へと捧げる唄が、静の心を泡立たせ
溢れる気持ちが、義経の精神と重なり、同じように頬を濡らしていくが、それでも舞い続けた
見えなくなった林の弁慶に届けと願いを込めて
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【林の中】
幾人ではなく、幾十の人の群れが幾つも折り重なり、
陣形を整えるが
鬼のような巨躯の男に翻弄される
弁慶の廻りに幾人もの武者達が弓を構え、槍を向け、刀を走らせ、
弁慶に襲いかかるが
届く前に弾かれ、裂かれ、吹き飛ばされて行く
弁慶は冷静だった
武者と樹木で視界を遮り、弓の射線を避けながら、以前より長い錫杖を武者達に突き、落としていく、ツヨシは弁慶の狂気に身を預けた、もうそれしかないからだ
その狂気は敵の武者にも伝染する
弁慶の前に立つ屈強な筈の武者達は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる
それを見た、
弓隊を指揮していた侍が
弁慶を待ち受け、味方に叫ぶ
「武者隊!我らが引き受ける!こっちへこい!!」
その言葉に助けを求めて走りだす武者達
弁慶の姿を見ると恐れて震える弓隊を狂気の武者が怒鳴る
「射て!構わん!全隊射てええい!!」
見方諸共射てという、有り得ない命令だが、雄叫びを上げる弁慶もまた鬼さながらに有り得ない
幾百の矢が弁慶に味方の武者をも構わず飛んでゆく
ドスドスと身体に刺さり続けて弁慶の魂が先に悲鳴を上げ
廻りの武者はあっという間に崩れ落ち、尽きない矢が更に弁慶に突き刺さる
「……やったのか?」
ツヨシは弁慶の中で暗闇に包まれ始める
視界が狭くなっていく、何も聞こえなくなっていく
静かな世界、時を超える時の感覚に似ていた
もう…終わったか
静寂な世界で弁慶から離れようとするツヨシに
唄が聞こえ始めた、
船はとっくに姿が見えない程に離れている
聞こえない筈のその唄は、
ふたたび会いに来て欲しい
と、願う静の声だった
何も聞こえない世界でそれだけがハッキリと聞こえた
静…まだ…近くに居るのか?……ならまだ引き付けないと駄目だな
絶対に2人を離ればなれにさせない、
その為にもう一度来た、
死ぬつもりは欠片も無かったが
林の奥に映った人影を見た時、
船の位置を確認した時にわかってしまった
このままでは間に合わないと、弁慶の記憶が答えてくれた
そしてその弁慶はもうこの身体に居ない
弁慶…勝手に殺して悪かった…お前のセリフを使わしてもらうよ
ツヨシの記憶で弁慶はいつも口上をこう叫ぶ
「……これより向こうは黄泉の国!共に向かうと決めたなら!いざ参られい!儂が武蔵坊弁慶じゃあ!!」
口から血糊混じりに吐かれた大口上は赤い煙となって
侍達に響き、ある物は腰を抜かし、ある物は股を濡らした
どうみても動く筈の無い足を前に運び、
ゆっくりと錫杖を振りかぶる
矢だらけになった身体で錫杖を振り上げるその姿に、
狂気も砕けた武者達は一歩も動けず、数十の弓隊毎、身体を分断される
その姿に武者も兵士も恐れ慄き、たった1人の僧兵に500を超す侍達は逃げ始めた
「・・・・・」
武者達の姿が見えなくなる頃
弁慶の身体には、武蔵の魂もツヨシの魂も既に無くなっていた、
空っぽの身体は、それでも錫杖を地面に打ち付け、倒れる事が無かった
ツヨシは弁慶の立ち往生を演じ切った
~~~~タイムトラベル:残り0時間~~~~
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【時の狭間】
暗いな……きっと成功した、
直接見れなかったが何となくそう思うと穏やかな気持ちになれた
「…無茶しますね…ツヨシさん」
困った顔をするクロノス、いつも困らせてばかりな気がするな
「クロノス…迎えに来てくれたのか?」
「そうですよ?1人じゃ帰れないんでしょ?」
「そうみたいだ…いつも悪いな…あの2人はどうなった?」
「ツヨシさんの考えた通り…もう一つの決まった道を進み始めましたよ」
「そうか…よかった」
「良くないです……死んじゃだめですよ」
「俺…死んだのか?」
「正確には違います、今の所はですがね」
「……戻れるか?家族の所に…」
「戻しますよ、ツヨシさんは…ゆっくり寝てて下さい、朝にはいつも通りです」
「ありがとう…クロノス………」
時の狭間から姿を消していくツヨシに
「やっぱりこうなりますか……家族が絡むと後先考えないんだから…………さようなら……パパ」
……パパ?
………さようなら?
薄れゆく意識の中でそう聞こえた気がした
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝日が登り、雀が鳴き始める頃
ツヨシはパチリと目を覚まし、
慌てて飛び起きると君香の部屋に向かう
いつもと同じ変わらない寝顔でスヤスヤと寝ていた
ちゃんと居る、じゃあ…あれは何だ?聞き間違いか?
「ツヨシ君…どうしたの?…何で泣いてるの?」
布団を飛び出したツヨシを追ってきた花純に指摘されて気がついた
「いや……ちょっと…分かんない…何でお前も泣いてるんだ?」
「分かんない……止まんないの……ぐす……」
その後、君香も起きたが2人が泣いているので君香もつられて泣き始めた
何でか分からないままツヨシと花純も涙を止められなかった
一章:完
~~~~次回予告~~~~
近い内に近況ボードで報告しますm(_ _)m
隣でいつも通り静かに寝ていた、
花純は弥生時代以降、少し変わった
ツヨシの夢を見る回数が少なくなった
それはクロノスが同じ轍を踏まないようにしてくれた事だが、ツヨシは知らない
ツヨシは穏やかな寝顔の花純の頭を撫でるとツヨシの胸に頭を当てて来る
やっぱり家族はこうでないと駄目だ
だからツヨシはバラバラな家族が気になった
これまで、自分とは違う世界だと線を引き、結果を調べる事を辞めたツヨシは濃姫を最後に歴史を確認する事を止めていたが、
今回は家族として関わり過ぎた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【図書館】
ツヨシはインターネット、本、あらゆる資料でその後の義経と静御膳と弁慶を調べた
義経は九州へと向かうため船を出すが、
静の乗る船はついて来れず、吉野に戻る、
その途中で僧兵に捕まり鎌倉へと送られる
何処かで合流したのか途中で母の磯禅師と一緒に行動している、
静は母の裏切りを知らない
その後、子供をちゃんと身篭っていた静は弁慶の子だと白状せず、
頼朝に男の子なら殺すと脅かされ
……それは本当にそうなった
由比ヶ浜で禅師に取り上げられ安達という武者に渡され由比ヶ浜に落とされてしまう
泣き崩れる静のその後の人生は、色々な説があり
どれも確信を持てる物は無い
「・・・・・なんだよこれ」
納得いかないツヨシはその後も調べ続けた
ツヨシは、弥生時代の経験で、
「歴史は時に、ある条件の元なら変えられる」
そう考えたツヨシは沢山の伝承を洗いざらい調べた
義経が生き残る方法を、そして静が離されない歴史探して1日を終えた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【ツヨシの夢の中】
「ツヨシさん!ごめんなさい!何でか弁慶に入っちゃいました!」
いつも元気いっぱいのクロノスは現れるなりツヨシに謝った
「いや、それはもう良いんだ、それよりクロノス、もう一回弁慶に飛んでくる」
「え?弁慶に?平安時代はもう飛ばなくて大丈夫ですよ?」
「うん…ちょっとやり残した事を思い出した、毎日働いてるんだ、1日ぐらい自分の為に使っても良いだろ?」
「そんな簡単に…駄目ですよっ決まった道じゃないとツヨシさん戻る所無くなっちゃいますよ?」
「大丈夫、ちゃんと調べてある、無茶な事はしないから、じゃあ行ってくるわ」
「あっちょっと!駄目っていってるのに……」
ツヨシとクロノスの世界に置いてけぼりにされたクロノスは
きゅっと拳を握り、ツヨシを追いかけ始めた
~~~~タイムトラベルスタート:残り24時間~~~~
吉野(奈良県)で静を連れて、義経と合流した所でツヨシは着地した
ちゃんと狙い通りに着地できた…クロノスのおかげだろうな
「弁慶、随分と遅かったな?」
やってきた弁慶にニヤニヤと笑いかける義経、恐らく何が有ったのか予想していたのだろう
静はニコニコしながら義経に抱きつき甘えている
「お屋形さま…少し話しがある」
「お前が待たせたせいで余り時間はないぞ?このまま摂津(兵庫県尼崎近辺)に向かって九州に行く予定だ」
「いや、そっちは駄目だ、若狭(福井県)から海に出よう」
「若狭?また京を通るのは自殺行為だろ、大体若狭から海に出て何処に行く?唐土(昔の日本から見た中国の呼び方)か?」
「そうだ、唐土だ、そこでお前は騎馬民族の王となれ」
「なっ何を言ってるんだ?そんな馬鹿な事、出来る分無いだろう!」
「もう日の本は無理だ、牛若…お前だって分かっている筈だ、後白河法皇に完全にしてやられたんだ、俺たちは」
敢えて2人が出会った時の名で呼んだ、今は主従として話してる場合じゃないんだ
「・・・・・日の本一の侍にしてやると言ったじゃないか?」
昔の約束を掘り返すが、約束は約束だ
「すまん……その代わりに世界の王にしてやる」
「・・・ふっふふ、世界の王か、大きく出たな?」
「牛若ならやれる、牛若にしか出来ない、俺が必ずそうさせてやる」
「若狭か……なら行こうか」
少しだけ下を向き考えた牛若は、弁慶の顔を見てそう言うと
馬に乗り、若狭へと走り始めた
何処に行こうと、静と弁慶が居れば良い、
それが義経の出した結論だった
~~~~タイムトラベル:残り4時間~~~~
奈良から早馬を替えながら途中何度か敵と遭遇する
弁慶は静を自分の前に乗せ守りながら錫杖を容赦無く奮った
ここで静を離せばそれが別れとなる気がしたからだ
追え!追えええ!
後ろから数騎が近づいてくる
身体の大きな弁慶と軽いとはいえ静も乗せている
どうしても一番遅れるせいだ
「ちちうえ!私をお捨てください!」
「お前は何も心配しなくていい、あの程度、なんの問題もない」
「獲ったあああ!」
ひゅん
「ぐがっ」
近づき叫ぶ武者は弁慶の錫杖によって、逆に吹き飛ばされてゆく
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【若狭にある海岸】
奇しくも殿を務める弁慶に敵が集中したため、
義経一行はほぼ全員無傷で若狭に着いた
「こっこの船で海を渡るのか?」
義経を待つ和船は見た目がかなりボロボロだった
「この海は荒い、どんな船でも直ぐにこうなるんじゃ、何度も行き来してるから安心せえ」
船主はそう自慢気に話す
「そうか…もう追手も近いし今更引き返せん覚悟を決めてくれ牛若」
「今日は…妙に昔の名で呼ぶな…鬼若、言われなくても覚悟は決まっている」
「俺はこのまま殿を務める、絶対に無事に出航させてやる」
「分かった…お前は私を世界の主にさせるんだ約束破るなよ?」
「勿論だ」
~~~~タイムトラベル:残り3時間~~~~
弁慶の前を数隻の船が海へと漕ぎ始めた時
浜の奥から馬の蹄が響き始めた
最後の最後で……
一番後ろの船に乗り込もうとした弁慶は船を降りる
敵の数は30騎程だ、さっさとやればまだ間に合う、
弁慶は走りだした
「ちっ父上!」
「馬鹿!大人しくしてろ!あの程度なら一瞬だ!」
見る間に武者を蹴散らしていく姿に…安堵するのはまだ早過ぎた
浜の奥、林の向こう側に幾つもの火が見え始める
尋常な数じゃない
「べっ弁慶にげろ!はやく来い!!」
今度は義経が立ち上がる
林の向こうの敵の数は100や200じゃ聞かない
どう見ても1人で何とかなる数じゃなかった
弁慶は、義経の予想以上の速さで30の武者を屠り、こちらを振り返ると、
何も言わずに林へと走っていく
「なっ・・・・おいっ!船を戻せ!!」
「かっ勘弁してくれ、あんなの戻った殺される」
カチャリと刀を抜く義経
「今すぐ死ぬか?」
「お止めください!弁慶殿の気持ちを無駄にするおつもりか?」
そう言ったのは忠信だ、先の合戦で兄を犠牲にして忠義を尽くす忠信が義経を抑える
この場でそれが出来るのは忠信だけだった
「忠信!…だが!っっだけど!べっ弁慶が……あれは…無理だ……弁慶が……鬼若が死んで…しまう」
腰を落とす義経、頬から熱い物が流れ落ちる
それは
子供の頃から側にいた静でも、初めて見たものだった
静はゆっくりと立ち上がる
白拍子として出来る事、それは舞しかなかった。
~~麻糸をまるく巻いた苧(お)だまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら~~
~~若狭の浜を ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき~~
~~忠義の士 勇み 戦ふ 父の身に 祖の御霊を降ろし賜へ~~
~~願わくば ふたたび あい まみえることを ゆるしたまへ~~
狭い船の中、舞い踊る姫は神を降ろしたような姿だった、父、弁慶へと捧げる唄が、静の心を泡立たせ
溢れる気持ちが、義経の精神と重なり、同じように頬を濡らしていくが、それでも舞い続けた
見えなくなった林の弁慶に届けと願いを込めて
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【林の中】
幾人ではなく、幾十の人の群れが幾つも折り重なり、
陣形を整えるが
鬼のような巨躯の男に翻弄される
弁慶の廻りに幾人もの武者達が弓を構え、槍を向け、刀を走らせ、
弁慶に襲いかかるが
届く前に弾かれ、裂かれ、吹き飛ばされて行く
弁慶は冷静だった
武者と樹木で視界を遮り、弓の射線を避けながら、以前より長い錫杖を武者達に突き、落としていく、ツヨシは弁慶の狂気に身を預けた、もうそれしかないからだ
その狂気は敵の武者にも伝染する
弁慶の前に立つ屈強な筈の武者達は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる
それを見た、
弓隊を指揮していた侍が
弁慶を待ち受け、味方に叫ぶ
「武者隊!我らが引き受ける!こっちへこい!!」
その言葉に助けを求めて走りだす武者達
弁慶の姿を見ると恐れて震える弓隊を狂気の武者が怒鳴る
「射て!構わん!全隊射てええい!!」
見方諸共射てという、有り得ない命令だが、雄叫びを上げる弁慶もまた鬼さながらに有り得ない
幾百の矢が弁慶に味方の武者をも構わず飛んでゆく
ドスドスと身体に刺さり続けて弁慶の魂が先に悲鳴を上げ
廻りの武者はあっという間に崩れ落ち、尽きない矢が更に弁慶に突き刺さる
「……やったのか?」
ツヨシは弁慶の中で暗闇に包まれ始める
視界が狭くなっていく、何も聞こえなくなっていく
静かな世界、時を超える時の感覚に似ていた
もう…終わったか
静寂な世界で弁慶から離れようとするツヨシに
唄が聞こえ始めた、
船はとっくに姿が見えない程に離れている
聞こえない筈のその唄は、
ふたたび会いに来て欲しい
と、願う静の声だった
何も聞こえない世界でそれだけがハッキリと聞こえた
静…まだ…近くに居るのか?……ならまだ引き付けないと駄目だな
絶対に2人を離ればなれにさせない、
その為にもう一度来た、
死ぬつもりは欠片も無かったが
林の奥に映った人影を見た時、
船の位置を確認した時にわかってしまった
このままでは間に合わないと、弁慶の記憶が答えてくれた
そしてその弁慶はもうこの身体に居ない
弁慶…勝手に殺して悪かった…お前のセリフを使わしてもらうよ
ツヨシの記憶で弁慶はいつも口上をこう叫ぶ
「……これより向こうは黄泉の国!共に向かうと決めたなら!いざ参られい!儂が武蔵坊弁慶じゃあ!!」
口から血糊混じりに吐かれた大口上は赤い煙となって
侍達に響き、ある物は腰を抜かし、ある物は股を濡らした
どうみても動く筈の無い足を前に運び、
ゆっくりと錫杖を振りかぶる
矢だらけになった身体で錫杖を振り上げるその姿に、
狂気も砕けた武者達は一歩も動けず、数十の弓隊毎、身体を分断される
その姿に武者も兵士も恐れ慄き、たった1人の僧兵に500を超す侍達は逃げ始めた
「・・・・・」
武者達の姿が見えなくなる頃
弁慶の身体には、武蔵の魂もツヨシの魂も既に無くなっていた、
空っぽの身体は、それでも錫杖を地面に打ち付け、倒れる事が無かった
ツヨシは弁慶の立ち往生を演じ切った
~~~~タイムトラベル:残り0時間~~~~
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【時の狭間】
暗いな……きっと成功した、
直接見れなかったが何となくそう思うと穏やかな気持ちになれた
「…無茶しますね…ツヨシさん」
困った顔をするクロノス、いつも困らせてばかりな気がするな
「クロノス…迎えに来てくれたのか?」
「そうですよ?1人じゃ帰れないんでしょ?」
「そうみたいだ…いつも悪いな…あの2人はどうなった?」
「ツヨシさんの考えた通り…もう一つの決まった道を進み始めましたよ」
「そうか…よかった」
「良くないです……死んじゃだめですよ」
「俺…死んだのか?」
「正確には違います、今の所はですがね」
「……戻れるか?家族の所に…」
「戻しますよ、ツヨシさんは…ゆっくり寝てて下さい、朝にはいつも通りです」
「ありがとう…クロノス………」
時の狭間から姿を消していくツヨシに
「やっぱりこうなりますか……家族が絡むと後先考えないんだから…………さようなら……パパ」
……パパ?
………さようなら?
薄れゆく意識の中でそう聞こえた気がした
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝日が登り、雀が鳴き始める頃
ツヨシはパチリと目を覚まし、
慌てて飛び起きると君香の部屋に向かう
いつもと同じ変わらない寝顔でスヤスヤと寝ていた
ちゃんと居る、じゃあ…あれは何だ?聞き間違いか?
「ツヨシ君…どうしたの?…何で泣いてるの?」
布団を飛び出したツヨシを追ってきた花純に指摘されて気がついた
「いや……ちょっと…分かんない…何でお前も泣いてるんだ?」
「分かんない……止まんないの……ぐす……」
その後、君香も起きたが2人が泣いているので君香もつられて泣き始めた
何でか分からないままツヨシと花純も涙を止められなかった
一章:完
~~~~次回予告~~~~
近い内に近況ボードで報告しますm(_ _)m
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永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
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