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前代未聞

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 果たして、まっちょフィフティーフィフティー、いや、むーちょフォーティーシックスティーの謝罪会見は成功したのだろうか。

 何をもって「成功」と言うかは人によるところだろう。

 会見後にはインターネットで「最高だ」「芸人魂を見た」という意見も見ることができた。

 これをもって成功とすべきか。

 しかし、その百倍、いや万倍の批判があったことを考えれば、やはり成功とは言えないのだろう。



 俺は取材陣の一人に扮して会見場に入った。

 某ホテルの孔雀の間だとか鳳凰の間だとかはすでに取材陣でいっぱいだった。

 人数を制限するような話だったが、これでは百人近いだろう。

 いくら今をときめく芸人の会見とは言え、他人の不倫でこの人数。日本はどれだけ平和ボケしているのだろうか。

 半分でもいいから、殺人や児童虐待を減らすために働いてくれ。

 そう悪態づきたくなるが、今からが今の俺の仕事の時間だ。

 自分が緊張しているのが分かる。

 ありとあらゆる種類の犯罪者を前にしても怖気づかなかった俺だが、吐き気のする好奇心を隠しもしない取材陣と、その向こうにいる何百万という無責任な視聴者にビビった。

 そこにまさに裸一貫で立ち向かおうというまっちょに、畏敬の念すら浮かぶ。



 時刻きっかり。

「え、えーっ、本日は、えー、その、なんだ、あー、お集まりいただき、ほんとに、もう、ありがとうございます」

 広報担当の信書開封がぼそぼそと話し始めた。

 会場はざわついているわけでもないのに、その声はほぼ聞き取れない。マイクの電源を切ったのかと疑いたくなる。

 なぜこいつを広報担当にしたのか。

「えー、えー、うー、それでは登場してください、はい」

 へったくそな振りの直後、まっちょフィフティーフィフティーが裸に股間ぬいぐるみで登場した時、会見場は大きくどよめいた。

 その中にあった若干の笑いを俺は聞き逃さなかった、

 その笑いを聞いて、俺は「イケる」と思った。

 正装で登場すると思っていたはずの報道陣は、ある意味正装で登場したまっちょに、度肝を抜かれたに違いない。

 「つかみ」としては良い出だしだ。

 何にせよ、「普通の」謝罪会見ではダメなのだ。

 「普通の」謝罪会見をする限り、まっちょの芸人生命は終わる。

 この謝罪会見をライブ会場にするという、一発逆転に賭けるというのが、事務所の意向だ。

 まっちょに降り注ぐフラッシュの量は見たことがなかった。

 人類の歴史上、最も明るい瞬間だったかもしれない。

 あまりの光の中で、まっちょが消えたかと思うほどだった。

「この度は私の双子の弟、まっちょフィフティーフィフティーが騒動を起こして申し訳ございませんでした。」と頭を下げると、会場が先ほどよりも大きくどよめいた。

 大袈裟な表現ではなく、ホテルの会場が揺れたように感じた。

 取材陣の一人が「あなたは誰なんですか?」と尋ねた。

「私はまっちょフィフティーフィフティーの双子の兄、むーちょフォーティーシックスティーです。」

 史上最も明るい瞬間はすぐに更新され、先ほどを超えるフラッシュの嵐の中で立つまっちょは、神々しくすらあった。

 これが先ほどまで頭を抱え、おびえていた男なのだろうか。

 ほんの数メートル先にいるまっちょの腹をなで、抱きしめてやりたい気持ちだった。

「まっちょフィフティーフィフティーは出てこないんですか?」

 先ほどとは別のリポーターが質問をする。目の前にいるのが双子の兄だと信じているのだろうか。

「まっちょフィフティーフィフティーは、家でダズーンを観ています。ダズーンはあらゆるスポーツ見放題ですから。」

と応じた。

 これは、まっちょがダズーンのCMに出ているからで、スポンサーにアピールするために副社長が考えたものだ。

 俺は反対したのだが、副社長は「損害賠償を減らすためだ」と譲らなかった。

 あちこちから野次が飛ぶ。

「家でダズーン観てるなら、この場に来て説明するのが筋でしょう。」

と聞こえた。嫌な流れだ。

 まっちょは聞こえた声の方に向かって

「転職サイトのドゥーヨで転職先を探しているかもしれません。ドゥーヨは年収一千万円を超える転職先も豊富ですから。」

と返した。まっちょはドゥーヨのCMにも起用されている。

 まっちょはテーブルに置かれた「綾鷲あやわし」のペットボトルを持ち上げて

「綾鷲、美味しいわし」

と言って、数台のカメラに目線を送った。もちろん、まっちょはこの綾鷲のCMにも出ている。これで賠償金は多少でも減るのだろうか。

「ふざけてんのか。」

「なんで本人が出てこないんだ。」

「CMじゃねぇぞ。」

 などの罵声が飛ぶ。これじゃあまるで国会だ。

「あなたは、本当にまっちょさん本人じゃないんですね?」

と冷静ながら、怒気をはらんだ質問が聞こえた。

 明らかにまっちょフィフティーフィフティー本人が登場しているのに、自分は双子の兄であるむーちょフォーティーシックスティーだと言う。

 そこが面白いというのに、もののおもしろさを理解しない奴だ。

 だが、ここが腕の見せ所だ。

 ここで一言、バチ~ンとパンチのある一言が出れば、流れは、笑いは、こちらに味方する。

 まっちょは質問者の方に向き直る。少し間があった。

「ロクヨンで、本人です。」

と言ったため、俺はすかさずに笑った。

 会場に俺の笑い声だけが響く。

 誰も笑う者などいないが、そんなことではへこたれない。ここでやめないのがプロの笑い屋だ。

 誘い笑いは継続が命。

「あーっはっはっは。ひぃー」

 続けていれば、釣られて笑う者が出てくる。そう信じて笑い続ける。

「はひーっひーっ、ほほほはーーーっ」

「何がおもしろいんだっ! バカにされてるんだぞっ!!」

 あまりの大きな声に驚いて振り返ると、若いリポーターが立ち上がっていた。

「俺たちはまっちょの謝罪会見に来たんだ。」

 若いリポーターはまっちょに詰め寄ろうとする。

 ここでアクシデントが起きた。

 まっちょの股間のぬいぐるみのテープがはがれたのだ。緊張による発汗のせいで、テープの粘着力が弱まったのかもしれない。

「やばいやばい、これはロクヨンでアウト」

とまっちょが叫び、俺はさっきよりも大声で笑った。

「完全アウトだ!」

 会場を後にするまっちょに浴びせられる怒号。

 前代未聞の謝罪会見は、わずか6分で終了した。

 それから連日、まっちょフィフティーフィフティーの不倫報道や謝罪会見が報道された。

 「他にニュースはないのか」、「日本は平和だ」と思えるくらいに繰り返し報道された。

 しかし2カ月もすれば、まっちょフィフティーフィフティーをテレビで観る日はなくなった。

 ダズーンもドゥーヨも綾鷲も、今では売れっ子の女優がCMに出演している。



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