ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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291話、人里に降り立つ緊張したエルフ

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「……ははっ。そういや俺、エルフだったわ……」

 衛兵さんから説明が全て終わり、解放されて外へ出た後。タートに続く石レンガの通路内にて、どこか後悔していそうなルシルのから笑いが響いていく。

「あんた、変身し続けて色んな料理食いまくってたもんな。ウィザレナ達を差し置いてたツケが、回って来たんじゃねえか?」

「そうなんだろうなぁ。自分がエルフだったこと、マジで忘れてたぜ」

 ウィザレナ達を想うヴェルインのお叱りを、意気消沈しながら肯定したシルフの背中が、項垂れていく。たぶん、タートで色々食べようと楽しみにしていたんだろうな。
 あそこまで露骨に落ち込んでいるシルフの姿、初めて見た。というか、やっぱりシルフ本人も忘れていたのか。

「なあ、アカシック殿。あの衛兵とやらが言ってたこと、全部本当なんだろうか?」

 私の護衛を全うすべく、真横に付いていたウィザレナが、半信半疑な様子で私に問い掛けてきた。

「まあ、信じ難い部分はいくつかあったな」

 ウィザレナが、衛兵さんに私の護衛に付くと宣言した後。いくつか説明を受けたものの、にわかに信じられない内容がいくつかあった。
 例えば、街中に居る兵士達への伝達速度、及び内容の正確な把握。私達の人数、人物像、名前、エルフ、ユニコーン、不死鳥フェニックスが居ること。
 この内容全て、私達が控室に居る間。既に一階層から五階層に居る兵士、護衛兵達に伝達が行き渡っているらしく。衛兵さんの説明が終わった頃には、大体の兵士達に伝達が済んだとのこと。
 私が信じられていないのは、その伝達速度。タートは、とにかくとんでもなく広い。その街に点在する兵士達全員に、私達の存在を周知させるのは、到底不可能だと思うのだが。

「やはり、アカシック殿もそう思うよな。なあ、アカシック殿。街中に入ったら、何人かの兵士に聞いてみてもいいか?」

「そうだな。城門から離れた場所に居る兵士や、二、三階層に行った時、何人かに聞いてみよう」

 伝達がいち早く届きそうな、城門付近に居る兵士に聞いても意味が無い。二階層以降かつ、中央近辺に居る兵士に聞くのが理想だろう。

「ふぅ……。緊張しちゃったから、お腹すいてきちゃったや」

 レナが放った呟きを真実にするが如く、レナのお腹から『くぅ』といった可愛げのある腹の虫が鳴った。

「かくいう私もだ。……この私が、初めて人里に来たエルフになるのか」

「私も、初めてのユニコーンになるんだよね。……ううっ。そう思ったら、また緊張してきちゃった」

 普段の落ち着きを取り戻したというのに、自ら思い返してしまった二人の表情が、ガチガチに固まっていく。

「よかったな、ベルラザ。タートで貴様を知ってる輩は、たぶん居ないぞ」

「だな。ここだったら、文字通り羽を伸ばせそうだぜ」

 アルビスの安堵した声を追う、やや弾んだベルラザさんの声。ベルラザさんが『アルシュレライ領』で、不死鳥の部位を追い求めていた人間に付き纏われていたのは、今から六十年以上前の話。
 しかし、何かの資料や記録で、名前や存在が残っていることを危惧していたベルラザさんは、衛兵さんに名前を伝えた所。
 記憶力に優れていそうな衛兵さんは、気になる反応を特に示さず。『御協力、誠に感謝します』とベルラザさんに返し、そのまますんなり終わった。

「よかったですね、ベルラザさん! ここではゆっくりのんびりして、アルビスさんと一緒に楽しく過ごして下さい!」

 ベルラザさんの痛ましく壮絶な過去話を聞き、何度か目に涙を浮かべたサニーが、無垢な笑顔で口にした。

「ありがとうよ、サニー。お前も、ほんっとうに可愛い奴だなぁ~。一緒に美味いもん食って、楽しく過ごそうな!」

「そうだ、サニー。余にも気を遣ってくれるのは嬉しいが、貴様も存分に楽しんでくれ」

「はいっ! 一緒に楽しみましょうね!」

 微笑ましい三人のやり取りに、私の口元が緩んでいるのを感じつつ、薄暗い城門内を歩いていく。太陽の光で満たされた先を抜け、薄暗さに慣れた視界が一気に白へと染まった。

「ここが、タートか……」

「うわぁ、ひっろぉ~い……」

 視界が色付いてくる前に、圧倒されたようなウィザレナ達の声が聞こえ。やや遅れて、胸が弾む喧騒も後を追ってきた。
 真正面、全面クリーム色のレンガで舗装された大通り。左側、地平線の果てまで連なっていそうな、彼方まで続く多種多様の飲食店。相変わらず、対面にあるはずの城門が遠すぎて、目視出来ない。
 そして、今日に限って、人や他種族の数がやたらめったら多い。タートの住人だけではなく、旅人の往来も激しそうだ。

「うっわぁ、視界が窮屈ぅ~……。目が落ち着かないし、人酔いしそう……」

「なんだか妙に良い匂いがするな。我も腹が減ってきたぞ」

 ウィザレナ達と同じく、初めて来たフローガンズが、周りの景色よりも目先に見える光景に嫌気が差し、早々に気力を失い。久しぶりに肉を食べて、食の喜びに目覚めたファートも、豪快に腹の虫を鳴らす中。
 駆け足で私達の前へ行ったサニーが、少し離れた場所でこちらへ振り向き、手をバッと大きく広げた。

「みなさん、ようこそ! ここがタートです! ウィザレナさん、レナさん、どうですか? すっごく広いですよね!」

 きっと、サニーなりに場を盛り上げ、二人に好印象を与えようとしているんだろうな。二人の名前を出したのが、良い証拠だ。

「……広さに関しては、純粋に驚いてる。これは、本当にすごいな」

「しかも、これでまだ、ほんの一部なんだよね? サニー様。タートは、どれぐらい広いんでしょうか?」

「お母さんとアルビスさんは、ちゃんと全部歩き回るだけで、二、三日以上かかるかもって言ってました!」

 私達の想定した日数をサラリと言い放つと、二人は綺麗に「そ、そんなに……」と驚愕声を重ねた。確かに、初めてサニーとタートに来た時、そんなことを言っていたっけ。
 だが、それは歩き回っただけの場合だ。お店も全てしっかり見て回るとなると、最低でも一ヶ月以上は掛かるかもしれない。

「バケモンみたいに広いよな、ここ。街を練り歩くだけで、ちょっとした旅気分を味わえそうだ───」

「アカシックお姉ちゃーん!」

「ん?」

 腕を組んで街並みを眺めていたベルラザさんの言葉に被さり、元気あり余る幼い声に呼ばれたので、声がした方へ顔を移す。
 ベルラザさんから外した、視界の先。かつて、転んだ際に出来た傷を、回復魔法で治してあげた子供が見え。私が居る方へ、手を振りながら一直線に走ってきていた。

「ああ、君か。こんにちは」

「こんにちは! お久しぶりですね! あの時は、本当にありがとうございました!」

 そう。この子と会うのは、本当に久しぶりというか、傷を治してあげた以来だ。
 タートが広すぎるがゆえ、待ち合わせでもしない限り、偶然出会える可能性がかなり低く、気軽に話すタイミングが訪れてくれないんだ。

「ねえ、お母さん。この子は誰なの?」

 知らない子供の登場に、私の元へ戻って来たサニーが、きょとんとした青い瞳で問い掛けてきた。

「買い物に来た時、転んで泣いてるこの子を見つけてな。膝をすりむいてたから、回復魔法で治してあげたんだ」

「へぇ~、そうなんだ」

「お母さんってことは、アカシックお姉ちゃんの子なの?」

 興味本位で子供が聞いてくると、「うん、そうだよ!」といち早くサニーが返した。

「サニーです! よろしくお願いします!」

「サニーちゃんっていうんだ。ヒロだよ、よろしくね!」

 互いに元気よく自己紹介をし、微笑み合う二人。なんだか、良い雰囲気だな。もしかすると、タートで初めて、サニーに友達が出来るかもしれないぞ。あと、ヒロ君っていう名前なんだな。私もしっかり覚えておこう。
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