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287話、歴史的偉業の立会人

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「なあ、アカシック殿。なにやら大きな門みたいな物が見えてきたけど、あれがタートなのか?」

 水、風、火、土、闇を司る大精霊に護衛されているも、ようやくちょっと落ち着いてきたウィザレナが、正面に見える大きな城門を指差した。

「ああ、そうだ。あの城門を抜けた先に、タートがあるぞ」

「ほう、あれが。人間だけではなく、他種族の行き交いも盛んなんだな」

「人間しか居ないとばかり思ってたけど、案外そうでもないんだね」

 二人の声色的に、殺気立っている様子は伺えない。どちらかというと、他種族の多さに気を取られていそうだ。
 タートという国は、前科さえ無ければ、どの種族も分け隔てなく受け入れてくれて、すんなり入れてしまう印象がある。
 行き交う人々だけではなく、タートの住民だって、そう。今まで街中を見てきた感じ、約五、六割が人間。残り四割程度が、他種族といった割合になっている。

「それで、ベルラザ。例のアレは、街中に入った瞬間適用される訳でもないだろう? その場合、役所みたいな場所に行けばいいのか?」

 従妹という設定を分かりやく周りに伝えるべく、プネラと手を繋いだアルビスが質問をした。

「実は、そこら辺私も分かってねえ」

「え?」

「一応探してみたけど、どの資料にも具体的なことは書いてなかったんだ。まっ、心配すんな! 詳しい内容は、私が衛兵に聞いといてやるからよ!」

 不安が過るまさかの返しに、アルビスの目が点になるも。今回の発案者であるベルラザさんが、率先して動くと豪語し、頼り甲斐のありそうな笑みを見せた。

「アルビスさん。例のアレって、なんですか?」

 アルビスの濁した言葉に、好奇心が疼いたようで。アルビスの反対側に付き、同じくプネラと手を繋いでいたサニーが問い掛けた。

「すまない、サニー。部外者に聞かれたくない情報が多いから、屋外では話せん。だから、あと少しだけ我慢してくれ」

「ええ~? なら、アルビスさん! 私を抱っこして、こっそり教えてください!」

「だ、抱っこ……」

 引き下がらないサニーの甘えた提案に、心揺らいだであろうアルビスが、険しい細目をベルラザさんに流した。
 視線で『どうする? ベルラザ』と物々しく語っていそうだけれども。お前、サニーを抱っこしたいだけだろ?

「よーし! サニー、こっちに来い! ベルラザおばさんが、全部教えてやるぞー!」

「本当ですか? じゃあ、お願いします!」

「なっ……!?」

 が、アルビスの魂胆をしっかり見抜いていたらしく。抜け駆けしたベルラザさんが、向かって来たサニーを独占して抱っこした。
 それにしてもサニー、やはり大きくなったな。軽々と抱っこされたけど、ベルラザさんの頭一つ分以上、サニーの顔が高い位置にある。

「き、貴様ァ……、謀ったな?」

「へっへーん。お前の企みなんざ、ぜーんぶお見通しだぜ? さあ、サニー。耳を貸しな」

「はいっ!」

 アルビスの奴。よっぽどサニーを抱っこしたかったんだろうな。絶望感溢れる表情をしていて、わなわなと震えた手を二人に伸ばしている。

「アルビスお兄ちゃん、残念だったね」

「あぅ……、ううっ……」

 従妹の関係を全うせんと、柔らかな苦笑いをしているプネラが、哀愁漂うアルビスの項垂れた背中を、そっとさすり出した。

「あの、アルビスお兄ちゃん。私を抱っこしてもいいよ」

「ふぇ……? い、いいのか?」

「うん、いいよ! そうすれば、すごく仲が良さそうに見えるし。その状態で従妹ですって言えば、すんなり信じてもらえると思うから」

 アルビスの消え去った機嫌を取り戻そうとしつつ、従妹という設定を確たるものへしようとしている、あの姿勢。やるな、プネラ。
 アルビスもアルビスで、最初は遠慮していたものの。覚悟を決めたのか「ならば……」と言い、プネラを恐る恐る抱っこした。

「うわぁ~、高い高いっ! アルビスお兄ちゃん、ありがとう!」

 いきなり子供のようにはしゃぎ出したプネラが、無垢な笑顔でアルビスに抱きつき。不意を突かれ、一瞬呆け顔になるも。数秒すると、アルビスの表情がだらしなくとろけていった。
 あのはしゃぎようは、演技か? それとも、ずっと幼少期時代の私になっていたから、素の私が出てしまったのかな?
 どちらにせよ、口角がにんまりと上がっていて、幸せそうにしているアルビスの顔よ。本人が満足しているなら、しばらくあのままにしておこう。

 そこから会話を無くなり、ベルラザさんとサニーのひそひそ話がだけが聞こえる中で、着々と城門との距離が縮まっていく。
 そして、目測にして約百m手前。かつて、サニーの誕生日を祝ってくれた衛兵が、私達の居る方へ顔を向けるや否や。何か、とんでもない物を見たかの如く、両目を大きくひん剥かせた。

「へっへっへっ。やるな、あの衛兵。この距離でエルフの存在に気付いたぞ」

「あまりの衝撃に、周りの警戒を忘れて呆然としていますね」

「む」

 背後から聞こえてきたシルフとウンディーネの会話に、私の視界が勝手に後ろへ移っていった。

「ってことは、あの衛兵はウィザレナ達を見て驚いてるのか?」

「間違いねえ。そもそも、エルフが自発的に人里に来るなんて、俺が知る限り初めてだぜ」

「え? そうなんですか?」

 シルフの言いように、エルフとして初の入国者となりそうなウィザレナが、思わずあっけらかんと割って入る。

「小さい村とかだったら、流石に分かねえけど。少なくとも、タートみたいな大国にエルフが来たっていうのは、風の便りでも聞いたことがねえぜ」

「は、はぁ……。ですと私、エルフとして初の試みをしようと、しているのですね……」

「そうなりますね。歴史的瞬間に立ち会えるなんて、とても光栄です」

 あながち大袈裟でもなさそうなウンディーネの表現に、ウィザレナの口元が強張り、ヒクついていく。
 もし、それが本当なら、ベルラザさんは、歴史的偉業を成し遂げてしまったことになってしまうが……。

「あの、ルシル様。大変恐縮なのですが……。ユニコーンは、どうなのでしょうか?」

 ちょっとした興味が湧いたのか。元はユニコーンであるレナが、周りの人達に話を聞かれぬよう、ルシルに顔を近づけて問い掛けた。

「ユニコーンは、不死鳥よりも目撃情報が圧倒的に少ねえ伝説的存在だ。その目撃情報も、片手で数えられるほどしかねえ。つまり、そういうことだぜ」

「あっ……。そうにゃの、でしゅね……」

 事の重大さを理解した瞬間、レナの顔面がみるみる青ざめていった。血の気が引くとは、まさにあのことだな。

「ど、どどどっ、どうしょう、ウィザレナ……。私、すごく緊張してきちゃった、かも……」

「れ、レナに、同じく……」

 普段しているやり取りが逆転した二人が、種族として初の試みを行おうとしている事実に緊張し出し、震え始めた体を寄せ合っていく。
 そうだ、そうだった。目撃情報だけなら、エルフはおろか、不死鳥や精霊よりもユニコーンが断然少ない。大精霊同様、居るかもしれないという憶測の域で語られてもおかしくない、伝説上の存在だ。
 私も、ユニコーンのレナに出会った当初は、会えたことを光栄だと思っていたのに……。やはり、慣れって恐ろしいな。

「あ、安心しろ、二人共。何かあった時は、私が必ず守ってやるからな」

「こ、今回ばかりは、本当に助かるぞ……。アカシック殿……」

「よ、よろひく、お願いしまひゅ……。アカヒックしゃま……」

 助けるのも当然だが。まずは、二人の緊張をほぐすのが先だ。とりあえず、二人の心が落ち着けるよう、傍に付いてあげよう。
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