ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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284話、不死鳥の思惑

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「んっ」

「あっ」

 ウィザレナとレナが、自分の意志で『タート』へ行く旨を伝えた矢先。二人のお腹辺りから、物悲しそうにしている小動物の鳴き声に似た腹の虫が、輪唱を奏でた。
 先ほどのアルビスといい。二人の腹の虫も、今日初めて聞いたかもしれないし。二人して油断したと言わんばかりに、目を丸くさせながら頬を赤らめている。

「き、緊張が解けたせいか……。つい、鳴ってしまった」

「なんだか、無性にお腹がすいてきちゃったや」

 互いに苦笑いした顔を合わせつつ、泣き虫になったお腹を擦る二人。
 二人にとって、極度の緊張状態に陥ってもおかしくない状況が、続いていたからな。お詫びの意味も込めて、豪勢な食事を作ってやらないと。

「よし。ウィザレナ、レナ。腕によりをかけて作ってやるから、アカシックの家に行くぞ」

 どうやら、私と同じ考えをしていたらしく。ハーブティーを飲み終えたアルビスが、そっと立ち上がった。

「そうだ! アルビス殿、今日だけは文句を言わせてくれ!」

 そのアルビスを追うように、ウィザレナが珍しくプリプリと怒り、バッと立ち上がる。

「む? なんだ?」

「今日のアルビス殿、なんだかすごく意地悪だったぞ!」

「そうですそうです! とても意地悪でした!」

 レナも立ち上がってはウィザレナの横に付き、きょとん顔のアルビスに詰め寄っていく。確かに、今日のアルビスは全体的に様子がおかしかった。

「すまんすまん。ベルラザに好き放題やらせたかったから、余は極力出しゃばらないようにしてたんだ。お詫びとして、貴様らが大絶賛してた野菜ダレを作ってやるから、許してくれ」

 二人分の文句を聞き入れ、意地悪な立ち回りをしていた理由を明かしたアルビスが、凛をほくそ笑んだ。ああ、なるほど。そういうことか。
 これ以上、険悪な空気にさせまいと、必ず止めに入る場面でも。必死に助けを求められても、話の腰を折ってしまうし、ベルラザさんの邪魔をしたくなかったので、見に徹していたと。
 これは、ベルラザさんなら安心して見ていられるという、絶対的信頼感を置いていなければ、アルビスは見に徹するという判断を下さないだろうな。

「おおっ! あまりにも美味しくて頬が落ちそうになった、あの野菜ダレだな! 是非、作ってくれ!」

「私も、また味わってみたいです!」

「無論だ。貴様らが満足するまで、いくらでも作ってやる。それと、ベルラザ、アカシック」

 二人の嬉々とした注文を承ったアルビスが、私達の方へ顔を向けてきた。

「貴様らの分も作っておくから、一息ついたらこっちに来い」

「あ、ああ、分かった。ありがとう」

「分かった。まったりしてから行くわー」

 そう、あえて私達をここで休ませようと促したアルビスが、片目を閉じて意味深な合図を送り、ウィザレナ達と共に外へ出て行った。
 ……アルビスめ。今までベルラザさんを想い、配慮するのを抑えていたとはいえ。いくらなんでも、先見の明が過ぎやしないか? もう、未来予知の域に達していそうな気がするぞ。

「はっはっはっ。あいつの鋭さには、毎回驚かされるぜ。で? アカシック。私に、何か聞きたいことがあるんだろ?」

「うっ」

 そして、ベルラザさんも当然のように、私の全てを見透かしている。もしかしたら、私もウィザレナ達のように、分かりやすく顔に出ていそうだな。

「ええ、あります。ベルラザさん。貴方は、あの二人のどこまでを見て、食事に誘ったんですか?」

 先ほど、気軽にした質問の言い方を変えて、再度問い掛けてみれば。腕を組んでいたベルラザさんが、「おっ!」と弾けた声を発し、急にニヤニヤし出した。

「なんだぁ、アカシック? アルビス同様、私の思惑に気付いたのか?」

 やや嬉しそうに明かしたベルラザさんが、コップにハーブティーを注ぐ。やはり、わざわざ二人を食事に誘ったのは、ベルラザさんなりの訳があったらしい。
 しかし、その思惑とやらよ。アルビスは気付いたらしいけど、私は少なからずの違和感を覚えた程度だ。やっぱりすごいな、アルビスは。

「いえ。話を聞いてる内に、ちょっとした違和感を覚えただけです。その思惑というのは、全然分かってません」

「ええ~、なんだよ? それ~。 期待して損しちまったぜ」

 どうやら、買い被り過ぎたと不貞腐れ、口を尖らせたベルラザさんがハーブティーをすすった。ベルラザさん。とてもじゃないですが、いくらなんでもそれは無理です。

「まっ、違和感を覚えただけでも上等だ。流石は、我が孫だぜ」

 しかし、不貞腐れようとも、私を気遣って褒めることを忘れない。満足気にほくそ笑んでいるし、孫として妥協点は貰えたかな。

「それで、ベルラザさん。その思惑っていうのを、教えてくれませんか?」

「いいだろう! だけど、誰にも言うなよ? 特に、ウィザレナ達に知られるとまずい。あいつらにとっちゃ、余計な一言になるだろうからな」

「余計な一言……? はい、分かりました」

 ウィザレナ達に関することだというのに、知られるとまずい内容になる? 一体、どういう意味だ?

「よし、じゃあ言うぞ! 私の思惑、それはだな。アカシック、お前が一番関わってるぞ」

「え? わ、私?」

 予想だにせぬ返しに、私の声が上ずり、視野も若干広まった。これは、まったく訳が分からなくなってしまった。
 ベルラザさんは、長様の残した言葉の解釈をより広げ。ウィザレナ達を決して仲間外れにさせず、あの時、ああしておけばよかったという後悔をさせたくないから、二人も食事に誘った。
 これが、ベルラザさんの一つの真意だったはず。だが、二人に明かさず隠していた本当の思惑は、私が一番関わっているだと?

「そうだ! 二人を仲間外れにさせたくない。この言葉には、二つの意味がこもってる。まず、一つ目」

 腕を組みっぱなしにしていたベルラザさんが、右手の人差し指だけを上げた。

「これは、さっき言った通りだ。お前も聞いてるし、説明は不要だろ?」

「は、はぁ」

「よし! じゃあ、お前が関わってる二つ目だ!」

 ニヤリと口角を上げたベルラザさんが、右手の中指も立たせた。

「二つ目は、アカシック。ピースが生き返った後のことは、まだ何も考えてないだろ?」

「ぴ、ピース?」

 なぜ、ここでピースの名前が出てくるんだ? いや、もうすぐ分かる思惑だ。問題がすり替わってしまいそうなほど、強く湧いてきた興味に惑わされず、素直に答えてしまおう。

「……そう、ですね。まだ何も考えてないです」

「やっぱりな、そう思ったぜ。私の思惑。それは、おおよそ一、二年後に来たるお前らの未来に備えて、あいつらをタートに誘ってみたんだ」

「私達の、未来……」

「そうだ! お前は、ピースを生き返らせる為に“迫害の地”へ来た。なら、ピースを生き返らせた後はどうだ? その後も、一生“迫害の地”に住み続ける訳じゃないだろ?」

「……ま、まさか?」

 まだ遠回しな物言いだけど、頭にピンときた瞬間。鳥肌が一斉に立ち、つま先から頭にかけて小刻みな身震いが走っていった。
 そうだ。きっと私達は、遅かれ早かれタートに引っ越すかもしれない。だが、その時、無視が出来ない最大の問題が発生する。それは、人間に深い恨みを抱く、ウィザレナとレナの存在。
 この二人が居る限り。私とピースは、タートに引っ越すという決断がし辛くなる。いや、違う。出来なくなってしまうんだ。
 二人だけを、“迫害の地”に残したくない。一緒に居続けたいという想いに強く縛られ、引っ越し自体を諦めてしまいかねない。

 だからこそ、ベルラザさんは、このタイミングで試そうとしているんだ。二人を人間が住まう国へ連れて行かせて、適応出来るのかどうかを。ここに住み続けても、大丈夫なのかと。
 二人を仲間外れにされたくないという、言葉に込められた意味と想い。その二つが、想像を絶するほどに重過ぎる。
 そして、さっきウィザレナ達に言っていた、一度全てを失った不老不死として、長寿の身としての忠告。あの忠告の一部は、私にも言い聞かせていたのかもしれない。
 ……ベルラザさんの思惑を知り、衝撃を受けた。思い知らされた。私が叶えたがっている夢の先について、何も考えていなかったんだと。
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