ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
286 / 301

281話、融通が利かないエルフ達

しおりを挟む
 横目を静かに流し、サニー達との距離を取っていく。誰にも気付かれぬまま、ウィザレナの家に着くと、扉がひとりでに開き、凛とほくそ笑むアルビスと目があった。

「アルビス。居ないと思ったら、ここに居たのか」

「まあな。さあ、ハーブティーを用意してある。貴様も入れ」

 ここへ来るのは分かっていたぞと言わんばかりに、アルビスに催促されたので、暖色の光が灯る家に入る。
 アルビスが閉めた扉から、室内に移した視線の先。頭に小鳥を複数羽乗せ、ハーブティーを嗜んでいるベルラザさん。
 そのテーブルの対面。同じく、エルフでも食べられる菓子を口にしながら、私に視線を送っていたウィザレナとレナが見えた。

「やあ、アカシック殿」
「お疲れ様です。アカシック様」

「よお、やっぱり来たな。まあ、そこに座れ」

「は、はぁ」

 私がここへ来ることを予見したベルラザさんが、空いた席に手をかざした後。
 アルビスが、座りやすいよう椅子を引いてくれたので、「ありがとう」とお礼を言い、椅子へ腰を下ろした。

「アカシック。お前がここに来た理由、私が当ててやろうか?」

「え? ここに来た、理由ですか?」

 ハーブティー入りのコップに、手を伸ばすや否や。ベルラザさんが腕を組み、自信に満ちたニヤニヤ顔を浮かべた。

「そうだ! どうせ、お前のことだ。先の件について、ウィザレナ達に謝りに来たんだろ?」

「うっ……!?」

 来て早々。図星のど真ん中を突かれ、体に大波を立たせる私。

「はっはっはっ! アカシックぅ~。お前の考えてることなんて、全部お見通しだぜ? だが」

 私の行動を見透かしていたベルラザさんが、椅子の背もたれに体を預けた。

「お前が、そんな気遣いする必要はねえ。ウィザレナ達には、ちゃんと謝っておいたぞ」

「あ。そうなん、ですか?」

「こっちに帰って来る前。ベルラザ様から『伝心でんしん』で、話があると言われてな」

「そのまま家に招待したら、驚くほど綺麗に頭を下げながら謝罪してきまして……」

「頭を上げてくださいと慌てて言っても、ベルラザ様はてこでも動かなかったぞ」

「私達が頭を無理矢理上げようとしても、ビクともしなかったよね」

 苦笑いを交えた二人が語るは、場の流れが容易に浮かぶ謝罪構図。ベルラザさんのことだから、二人が参るまで頭を下げていたんだろうな。

「当たり前だろ? ったく。こいつら、大精霊相手だと弱過ぎじゃねえか? 土下座しようとしたら、本当に止めて下さい! って大焦りし出して、泣きそうになってたんだぞ?」

「ふっふっふっ。終いには、二人して余に詰め寄ってきたんだ。アルビス殿も見てないで、この方を止めてくれってな」

「アカシック殿、アルビス殿は意地悪なんだぞ? 私とレナが必死にお願いしたのに、アルビス殿は楽しそうに笑ってるだけで止めてくれなかったんだ」

「すまんすまん。ベルラザに翻弄されてる二人の表情が、あまりにも珍しくてな。許してくれ」

 とは言いつつも、当時の記憶が、また笑壺えつぼに入ったらしく。緩んだ口角を握った拳で隠したアルビスが、無邪気に笑い始めた。
 私がここへ来た時には、みんなして落ち着いていたというのに。ついさっきまで、そんな一悶着があったとは。

「まあ、そういうことだ。全然し足りてねえけど、二人には謝罪してある。だから、お前はしなくて大丈夫だぞ」

「……せめて、もう少し早く来て欲しかったぞ。アカシック様」

「あんなに休んだのに、いつもより疲れちゃいました……」

 たぶん、私が思っている以上に疲れているんだろうな。二人して、初めて見る大きなため息をついて、こうべが弱々しく垂れ下がっていった。
 いつも気丈なウィザレナとレナを、ここまで参らせるとはな。流石は、ベルラザさん節といった所だけれども。話を聞いた限り、謝罪とは程遠い結果になっている。
 ……いや。ベルラザさんが大精霊という存在である以上、二人は萎縮してしまい、どんな謝罪の仕方をしても、同じ結果になっていただろう。
 そう考えると、難儀な立場に居るんだな。ベルラザさんって。だからアルビスも、それを分かっていて、ベルラザさんを止めなかったのかもしれない。

「なあ、アルビス。私が早く来てたら、ベルラザさんを止めれたと思うか?」

「まず不可能だろうな。それより、場がもっと荒れてたと思うぞ」

「だよな。私もそう思う」

 そう。これをすると決めたベルラザさんは、嫌悪感を含めてしっかり怒らないと、まず止めれないだろう。
 なのでアルビスは、復讐心と深い憎悪で私を殺そうとしたベルラザさんを、止めることが出来た。
 しかし、ウィザレナとレナは、大精霊に対して頭が上がらずめっぽう弱い。かつて、一戦交えたノームでさえ、今では丁寧な敬語で話している。
 ならば、ベルラザさんを大精霊ではなく、不死鳥や私の母親として見てもらうのは、どうだろう? 見方さえ変えてしまえば、気持ち的に少しは楽になるはずだ。

「すみません、ベルラザさん。いや。今は母さんと言った方がいいかな?」

「んんっ!?」

 突拍子もない母親呼ばわりに、不意を突かれて面を食らったのか。
 一瞬、頬を赤らめて目をまん丸にさせるも、表情がデレデレに溶けてニヤつきだすベルラザさん。

「おいおい~、どうした急に~? 甘えたくなっちまったのかぁ?」

 ……私が母さんと呼んだせいか、ずいぶん嬉しそうにしている。甘ったるくて、女々しいベルラザさんの声よ。普段、ハキハキと雄々しい喋り方をしているせいで、違和感しかない。

「え? ベルラザ様が、か、かかっ、母さん……!?」

「アカシック様のお母様が、べ、ベルラザ様!?」

 よし。ウィザレナとレナが、驚愕のあまりに目を引ん剝きながら食いついてきたぞ。

「二人共、改めて紹介するよ。私の母さん、ベルラザさんだ」

「よーう! 二人共っ! アカシックの母親、ベルラザさんだぞーーーっ!!」

 とんでもなく舞い上がり始めたベルラザさんが、腕を組みつつ口角を嬉々と釣り上げ、鼻をふんすと鳴らした。そこまで嬉しかったんですね、ベルラザさん……。

「とは言っても、私が一方的に宣言して、アカシックの了承を得てなった関係だけどな」

 私達の関係を、あっけらかんと明かしたベルラザさんが私に横目を流し、雄々しくほくそ笑んできた。どうやら、ベルラザさんも私の目論見に勘付いたみたいだ。

「……じゃ、じゃあ、血の繋がりはないけど、親子では、あると……?」

「そうだ! それによ、二人共。紆余曲折あって大精霊に生まれ変わったけど、私はまだまだ卵みたいなもんだ。あと、私は元々大精霊じゃねえ。不死鳥だ。気を使われるのも嫌いだし、そっち目線で見てくれると、私も大いに助かるぜ」

 ここぞとばかりに二人へ文句を垂らし、見る目を変えてくれとお願いしたベルラザさんが、ニッとワンパク気味な笑みを見せた。
 よし、掴みは上々だ。この流れを維持して、ベルラザさんは大精霊であるけど、私の母親でもあり、不死鳥という認識を強め、見る目を変えてもらおう。

「そういうことだ、二人共。ベルラザに畏まらず、余やアカシックと同等に扱ってやってくれ」

「アルビスの言う通りだ。お前らだって、ずっとこのままでいたら苦労するだろうし、そもそも気が持たないだろ? ベルラザさんを大精霊じゃなくて、不死鳥や私の母さんだと思って接してくれ」

 アルビスが先行し、私も負けじと追撃してみたものの。黙り込んだ二人は、目をぱちくりとさせ、互いに呆けた顔を見合わせるばかり。
 しかし、目線で色々語り合いでもしたのか。眉間に浅いシワを寄せた二人の顔が、こちらへゆっくり戻ってきた。

「……ま、誠に申し訳ございません、ベルラザ様。前に、シルフ様にも似たようなことを言われましたが、きゅ、急には無理でございます」

「うぃ、ウィザレナに、同じくです……」

「は? ……おいおい、嘘だろ? 私を大精霊じゃなくて、不死鳥やアカシックの母親だと思えばいいだけだぞ? そんなに難しいことか!?」

「は、はい……」
「ひゃい……」

 予期せぬ二人の返答に、今度はベルラザさんが驚きを隠せず、テーブルに身を乗り出した。……そうだ、そうだった。
 まだ、全員と顔を合わせる前。『伝心』のみで己の存在を明かしたシルフが、ウィザレナとレナに、気を使われるが嫌いだから、もっと楽に接してくれと言ったのに対し。二人は、速攻で無理ですと言い切っていたっけ。

「これは、相当時間が掛かりそうだな」

「だな」

 けど、ベルラザさんは諦めが悪い人。ではなく、諦めない人だ。ウィザレナ達の接し方が変わるまで、このやり取りは永遠に続くだろうな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...