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278話、このまま誘うか、断るか

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「あれ? ウィザレナさん、レナさん。急に倒れちゃいましたけど、どうしたんですか?」

 何も知らないサニーが、きょとんとした顔でその場にしゃがみ込み。半べそをかきながら横たわっている二人へ問い掛けた。

「……すまない、サニー殿。こればかりは、本当に言いたくない……」

「ゆ、許して下さい。サニー様ぁ……」

 嘘をつけないがゆえ、思わせ振りに許しを請う二人に、訳も分からず首をかしげるサニー。
 揺るぎない意志を固めた表情で、『タート』と滅ぼすと宣言しただなんて、口が裂けても言える訳がない。

「なに。魔王ごっこで、前例の無い非常で極悪な魔王を思い付いたのだが。あまりにも非常過ぎて、二人が思い付いたことを後悔してるだけだ」

「えっ!? 優しいウィザレナさん達が、そんなに悪い魔王を思いついたんですか?」

「……や、やめてくれぇ、アルビス殿。心が、ギュッと締め付けられたように痛くなってきたぁ……」

「……アルビス様の、いじわるぅ……、グフッ」

 「ふっふっふっ」と笑うアルビスがトドメを刺しに掛かり。驚いたサニーが、今の二人にとって、致命傷になりかねない言葉を言い放ち。
 なんとか耐えたウィザレナは、震えた右手で左胸を鷲掴み。しっかり効いたレナが、口から血を垂らしつつ一時的に絶命した。
 が、心優しきウィザレナ達が思い付いたという、前例の無い非常な魔王を、どうしても気になっているらしく。

「あの! ウィザレナさん、レナさん。どれぐらい悪い魔王なのか、ちょっとでいいから教えてください!」

 二人にとって、拷問と言っても差し支えないがない質問を、サニーが投げ掛け。抵抗すら出来ず、質問を重ねる度に、確実に心の傷を深く抉らていく二人が、今度は血反吐を吐いてちゃんと絶命した。
 サニー、そろそろ止めてあげてくれ。もう、二人の耳には声が届いていないだろうし。見てて可哀想に思うほど、真っ白に燃え尽きているぞ。
 しかし、死の淵から戻って来たようで。「……はっ!?」と意識を取り戻したウィザレナとレナが、慌てて上体を起こし。二人して肩で呼吸をしながら、サニーの耳をそっと塞いだ。

「……はぁ、はぁ、はぁっ……。な、なんか、ここよりも綺麗な花畑が見えて……、そこにおさ様が立ってて、『まだ、こっちに来るんじゃない』と言われた気がした……」

「う、ウィザレナに同じく……。アカシック様? 今のは、一体何だったのでしょうか……?」

「たぶん、走馬灯じゃないか……?」

 どちらにせよ。二人は、もう二度と『タート』を滅ぼすなんて宣言しないだろう。その証拠に、二人はすっかり意気消沈していて、長い耳が弱々しく垂れ下がっている。

「……はぁ。本当にすまない、アカシック殿。嘘でも、タートを滅ぼすと言ってしまって」

「本当に、申し訳ございませんでした……」

「気にしてないから大丈夫だよ。それよりもだ」

 さてと。ここからは、少しだけ二人に加勢しよう。二人の意見を聞かず、人間が居る場所に無理やり連れて行かせるなんて、私はさせたくない。

「やっぱ、タートに行くのは厳しいよな?」

「……そ、そうだな。ベルラザ様の言ってた通り、恨むべきは里を襲った人間だけだと思う。それは頭でも分かってる。長様が残した言葉の解釈も正しい。けど、やはり、勝手に一括りしてしまうんだ。アカシック殿とサニー殿以外の、今を生きてる人間が全員憎いと」

「私も流石に、アカシック様とサニー様が愛する国を滅ぼすなんて、絶対に出来ません。ですが……、やはり私も、アカシック様とサニー様以外の人間という種族が、憎いです」

 本来、心に留めていた本音を明かしてくれた二人の表情が、暗くてしおらしいものへと変わっていく。
 その、人間に対して抱いている憎しみは、誰も責めることは出来ない至極全うな感情だ。
 太古の昔、いきなり里を襲い、仲間達を皆殺しにした人間が憎い。なら、今を生きている人間だって憎い。当たり前で、抱き続けていい感情なんだ。

「それに私は、人間に高飛車で傲慢な態度を取るだろう。そんなことをしたら、場の空気は間違いなく壊れ、アカシック殿やサニー殿も呆れ返ってしまう。私は、命の恩人である二人に見放されるのが、すごく怖い。ならば、最初から行かない方がいいと、皆を諦めさせる為に、あんなことを口にしたんだ」

「ですがベルラザ様は、会ったばかりの私達のことを、私達以上真剣に想って下さってました。嬉しかった反面、その想いに応えなければならないという気持ちが芽生え……。今、どうしようかと迷ってます」

「なるほど、な」

 つまり、相手に反論の余地を与えぬ条件を突き付けて、有無を言わさず諦めさせようと、ベルラザさんの誘いを過激に断ろうとしていたんだな。
 突然、憎き人間が沢山居る場所へ行き、飲み食いして楽しもうなんて誘われたんだ。まず強大な拒否反応が出るだろう。誘ってきた相手が大精霊であろうと、すんなり受け入れられる訳がない。
 しかし、断ろうとしていた理由が、他にもあったとは。場の空気を間違いなく壊すだとか、私達に見放されたくないとか。周りへ目を向けて配慮し考え、起こりえる場面を冷静に想定していた。
 しかも、レナに至っては、ベルラザさんの強く眩しい想いに打たれ、タートへ行くかと迷っている。

 ……さあ、ここからどうしよう。二人側に付いたはいいけど、下手に出れなくなってしまった。私が余計な言葉を加えると、流れが悪い方向へ行ってしまう可能性がある。
 もちろん、二人が嫌がることはさせたくない。けど、行こうか悩んでいる意志も垣間見える。最初、片方へ傾き切っていた天秤が、今はギリギリ水平を保っているような状態だ。
 今後の出方次第では、どちらにでも傾くだろう。ベルラザさんは、皆で楽しむという目的で、ウィザレナとレナも食事に誘った。
 二人の凄惨たる過去を知っていても、なお誘ってきたんだ。きっと、二人も楽しめる策や考えがあってこそだと思う。

 当本人は、悠々と腕を組み、私達の様子を静かに伺っている。私がこのまま何も喋らなければ、話を切り出しそうな雰囲気だ。
 隣に居るアルビスも、そう。ベルラザさんと同じく腕を組み、凛とした表情で私達を見据えて───。待てよ? 何かおかしい。
 空気が読めるアルビスのことだ。最初、ウィザレナとレナが、タートを滅ぼすと宣言した時点で、普通ならベルラザさんを止めに入っていたはず。
 けど、それを一切しなかったということは……。もしかして、アルビスは、ベルラザさん側に付いている可能性が?

 だとすれば、今度は私が様子を見る側に回るべきか。
 アルビスが、ベルラザさん側に居るということは、ウィザレナ達を説得し切れる秘策や材料を持っている証拠だと、思っていい。それが一体何なのか、まずは見極めてみよう。
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