上 下
281 / 294

276話、正義の執行

しおりを挟む
「よしよし、暇を抑え切れなくなったようだな。体をしっかり休めた証拠だ」

 各々の顔を見渡していたベルラザさんが、腕を組んで満足気に雄々しく頷いた。そうか。ただ景色を見る為だけに、誘われたとばかり思っていたけれども。
 何もしないで景色を眺めているのは、心身共に最高の休養になる。実際、意識してみると、色々抱え込んでいた不安をすっかり忘れていて、心が軽くなっているのを感じる。
 きっとベルラザさんは、体だけではなく、私達の心を休ませる目的を持って、アルビスと共に誘ってくれたのかもしれないな。

「ここまで何もしなかったのは、実に数百年振りぐらいだ。懐かしい時間だったな、レナ」

「そうだね。私も、ユニコーンに戻ってればよかったかも」

「ならいつか、私達だけで黄昏てみれないか?」

「あっ、いいね! そうしよう!」

 悠久の記憶に思いを馳せたウィザレナとレナが、凛と微笑みながら約束を交わした。二人にとって、懐かしさを覚える時間か。
 そういえば、ウィザレナ達が沼地帯に引っ越してきてからというものの。ほぼ毎日、朝から私の家に来ては、寝る手前まで一緒に居たっけ。
 たまには、一昼夜掛けて二人だけで過ごす時間を作るのも、いいかもしれないな。もし、その時間が来たら、美味しい弁当や飲み水を用意してあげよう。

「いいねえ。お前らは、是非そうした方がいい。けど、その前にだ!」

 ウィザレナ達の約束を肯定したベルラザさんが、闇夜を切り裂く声量で話題を変えた。

「体と心を十分休ませた。すっかり脱力して、心地良いだろう。だが、その状態を維持し続けると、心地良さが毒に変わり、体と心を徐々に蝕んで堕落しちまう。それじゃあ元も子も無え」

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

 何気なく私が質問してみると、こちらに目線を合わせたベルラザさんの口角が、二ッと上がった。

「決まってんだろ? 美味いもんを腹いっぱいになるまで食って、体と心に活力を与えてやるんだ!」

「ふむ、悪くないな」

 ベルラザさん同様、いつの間にか人間の執事姿に変身していたアルビスが、やや食い気味に同調した。

「だろ? けど、ただ食うだけじゃねえ。全員で『タート』に行って、皆で美味いもんを食うんだ!」

「え? 皆って、私達もですか?」

 予想だにしていなかった展開に、自分達も含まれているのかと危惧したウィザレナが、慌てて加わる。

「そうだ! この時間を共有した奴らと全員で一緒に食わねえと、意味が無え! 二、三日間ぐらいタートに滞在して、美味いもんを食らい尽くそうぜ!」

「わあっ! ウィザレナさんとレナさんや、ファートさんもタートに来るんですかっ!? なら、私も行きたいです!」

 あまりにも珍しい人物の登場に、『タート』へ行くのは年に数回でいいと留めていたサニーが、青い瞳をギンギンに輝かせ、喜びを爆発させながら名乗り出た。
 ……まさか、火山地帯で言っていたことを、この場に持ち込んでくるとは。当然、ウィザレナとレナは、動揺を隠し切れておらず、酷く困惑した表情を見合わせている。
 が、考えも無しに、いきなり提案してきた訳でもないだろう。きっと、事前にアルビスと口裏合わせをしているはず。アルビスがさっき、食い気味に同調したのが、いい証拠だ。

「あっ……、えと、その……。すまん、サニー殿」

 あたふたしていたウィザレナが、跳躍してサニーの真後ろに下り、油断していたサニーの両耳を、両手でそっと塞いだ。
 突然のことながらも、初めてウィザレナに耳を塞がれて嬉しくなったのか。真剣な面立ちになったサニーが、ウィザレナの両手をぽんぽんと叩き始めた。
 今日のサニーは、ずいぶん気合が入っているな。鼻が『ふんふん』と鳴っているし、ウィザレナの手をぽんぽんと叩いている両手も、いつもよりかなり早い。

「申し訳ありませんが、ベルラザ様。私とレナは、アカシック殿とサニー殿以外の人間に、深い恨みを抱いてます。仲間達は、人間共にほぼ全員殺されて、住んでた里は朽ち果てました。私も、人間共に同じ目を遭わせてやりたいと思ってます。無論、タートも例外ではありません」

「タートを滅ぼすのは難しくありません。そして、タートを滅ぼす行為は、私達にとって正しい判断だと認識してます。それでも、私達をタートへ連れて行きたいというのであれば、仕方ありません。その日に、タートはこの世界から消えることになるでしょう」

「タートは、アカシック殿達が愛する国です。ベルラザ様。どうか、ご判断を誤らぬようお願い申し上げます」

 タートを滅ぼすとハッキリ宣言した二人の意志が、柔らかかった空気を固く圧縮させ、呼吸をするのを躊躇ってしまうほどの緊張感が、辺りに充満していった。
 こういう流れになると、予想はしていた。が、遥か上を行く結果になってしまった。二人が言う通り、タートを滅ぼすのは簡単だろう。
 レナが、物理と魔法の攻撃力を底上げする魔法『緋月ひげつ』を、ウィザレナに使用し。そのウィザレナが、タートに向けて『星雲瀑布』を二回も放てば終わる。
 もしくは、魔力の消費量が少ない四連以上の『流星群』、『一番星』を遠距離から放ち続けた方が、効率的に消し飛ぶ。

 世界の目から見れば、国を滅ぼす行為は、死刑を免れない大罪になる。しかし、二人にとっては、仲間達の無念を晴らす責務。正義の執行と言っても過言じゃない。
 そして二人は、間違いなくその正義を執行する。もし執行したら、人間とエルフの間に、二度と埋まることにない軋轢が生じてしまう。
 私だったら、二人を世界の大罪人にさせたくないから、何も言わず素直に引き下がる。が、ベルラザさんとアルビスは、そんな様子なんて毛頭無さそうだ。

 ウンディーネ、シルフ、ノーム、プネラは、何か確信を得ているのか。涼しい顔を保ちつつ、四人のやり取りを静観したまま。
 フローガンズは、凍てついた鋭い一触即発の殺気に当てられていて、四人の顔をひっきりなしに見返している。
 ヴェルイン、カッシェさん、タートへ行くのが勝手に確定したファートも、口一つ動かさず、蚊帳の外に追いやられた状態。

 タートは、私とピースが一時期住んでいたゆかりある国であり。人間に嫌悪感を抱いていたアルビスも、人間と友好な交流関係を築けた唯一の国になる。
 ベルラザさん。あなたの返答次第では、その国が地図上から消えてしまいます。もちろん、そんなことさせはしない。
 最悪、私もウィザレナ側に付く。ベルラザさんとアルビスをなんとか説得して、諦めてもらおう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

処理中です...