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274話、余らにとって、太陽みたいな存在なのだから
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「まあ、その、なんだ? この悩みについては、誰にも明かすつもりはなかったんだ。実際、縁が無いと思ってた墓場まで、一回持ってったしな」
「ならば何故、余に明かしたんだ?」
ベルラザの語り口と機嫌が、多少良くなってきたからか。余もベルラザの顔色を伺わず、すんなり追及出来るようになれてきた。
「そうだな……。思わぬ形で私が大精霊に生まれ変わって、シルフ様達から色んな話を聞かされた後も、お前に言うつもりは無かったんだけどよ。いざ、あいつらを全員『万里眼』で探し出せて、幸せそうな生活を送ってるのを見た瞬間……、だったかな。そこで、本当は私、いらなかったんじゃねえかなって、くだらねえ自問自答し始めちまってよ。そこから勝手に自己嫌悪しまくって、一人で心を折っちまったのさ。それで、精神辺りも弱くなっちまってたんだろうな」
余に明かした理由を述べたベルラザが、鼻で乾いた笑いを発し、ハーブティーを静かにすすった。
底知れぬ豪胆の持ち主で、何をしようにも清々しいまでの豪快さで、余らに生きる希望や暖かな光を与え続けてくれていたベルラザ。
その暖かな光は、直視するのが難しいまでに眩しかった。そんなベルラザでさえ、余らのせいで一人苦悩し、誰にも明かさず悩み続け。結果、心をへし折る要因にまでなっていた。
余らは、命の恩人であるベルラザを楽にさせてあげたい一心で、恩を返したいという団結した想いで、それが正しいと信じて行動していた。
しかし、余らがしていたのは、ただの自己満足が詰まった思い込みであり。実際に返していたのは恩ではなく、ベルラザを苦しめるだけの仇だった。
……何故余らは、当時、ベルラザの言葉に耳を傾けなかったのだろうな。今更だが、心を締め付けられるような後悔が芽生えてきてしまった。
「これが、私が弱音を吐いた理由さ。どうだ? アルビス。らしくねえって、幻滅しただろ?」
……幻滅? する訳がないだろう。なんて言ったって、ベルラザが弱音を吐いた原因を作った犯人は、他でもない余らなのだから。なのでまず、余がするべきことは、一つしかない。
「……まずは、ベルラザ。皆を代表して謝罪させてくれ。当時、貴様の制止を聞き分けず、間違った善意の仇を返し続けていたことについては、弁解の余地が無い。本当に申し訳ない」
ベルラザが明かしてくれた事実を真摯に受け入れた余は、テーブルに付く直前まで頭を下げた。余らがベルラザに、悩みの種を与え続けていたのは、おおよそ五、六十年以上。
たった一言の謝罪で、帳消し出来るとは思っていない。思いたくもない。命の恩人に仇を返し続けていた行為は、倍以上の時間を掛けて償うべきだ。しかし、償いは追々する。
「きっと余らは、恩を返すことに囚われ過ぎていたのかもしれない。命の恩人であるベルラザを、楽させてやりたい。余らが頑張れば、ベルラザも喜んでくれる。そう信じて止まず、各々が一心不乱に突き進んでしまい、いつの間にか周りが見えなくなっていて、ベルラザの声も余らに届かなくなっていたんだろうな」
「まあ、それがお前らのやりたいことだったんだろ? 元は私が撒いた種なんだし、仕方ねえと思ってるさ」
「……そうだな。しかし、返してたのが恩ではなく、仇になっていただなんて。正直、貴様の悩みを聞いた今でもまだ、少し戸惑ってるよ」
「そう思わないでくれ。お前らはちゃんと、私に恩を返してくれてたよ。皆、笑顔が絶えず、私を想いながら楽しそうに働いてくれてたんだ。全員、笑えるまでになってくれたんだって、私は嬉しくも思ってたさ」
笑顔、そうだ。ベルラザに保護されて、共に過ごしてきたからこそ、余らは自然に笑顔がこぼれるほど、生涯が楽しいと感じられるようになれたんだ。
話を切り替えるなら、余らにはベルラザが必要だったのだと再認識させるには、このタイミングしかない。
「そう、笑顔だ。貴様と出会えて、共に歩んで来たからこそ、余らは笑えるようになれたんだ。余だって、貴様と出会う前までは、覚えてる限り一度も笑ったことはない。ただの一度もだ。怯えてる時や泣いてる時の方が、断然多かった」
家族と一時の平穏を噛み締めている時や、久々に十分な量の食事にありつけた時。丸一日熟睡出来た時だって、笑ったことなんてない。
この瞬間も、襲われるかもしれないという不安や恐怖が勝っていて、楽しいと感じられた時間なんて無かった。
「しかし、貴様に保護されてからだ。余が笑えるようになれたのは。安心して眠れる毎日が、決まった時間に取れる食べ切れない量の食事が。周りに同じ境遇の仲間達が沢山居て、中身の無い会話を心ゆくまで話し合えて。ベルラザという、傍にいるだけで安心感を覚える母のような人が居て。気が付いたら余は、自然に笑えるようになれてたんだ」
恥ずかし気もなく語り出した余は、ベルラザに合わせていた視線を下へ落とす。
移り変わった視界の中央に、ハーブティー入りのコップがあり。琥珀色をしたハーブティーの中に、口角を緩やかに上げている余が居た。
「貴様らと居た日々は、一秒一秒が充実してて、本当に楽しかった。色の無かったロクでもない生涯が、暖かな極彩色に彩られていって、もっと生きていたいと強く願えるようにまでなれた」
ここから始まるのは、ベルラザが誤った思い込みを正す為の、柔らかな説得。ベルラザは一つだけ、絶対に見過ごせない思い込みをしている。
余にとって、かつての仲間達にとって、悲しくなるような大いに間違った思い込みをだ。
「そう思えるようになったのも、ベルラザ。全ては貴様と巡り合えたからだ」
ベルラザが居る方へ戻した視界には、腕を組んだまま、黙って余の話を聞いているベルラザが見えた。
「皆だってそうさ。貴様と巡り合えていなかったら、笑顔を取り戻す前に、絶望に憑りつかれたままこの世を去っていた。その中には、余も居る。他種族や同族を憎み、産まれた意味を見出せないまま、アルシュレライ領に血溜まりの墓標を立てていただろう」
説得をし始めると、ベルラザの唇が僅かに強張り、短い一文字を作った。
「ベルラザ。余らにとって貴様は、生きる希望の光を与えてくれる、太陽みたいな存在だ。その太陽が没してしまった後でも、皆が幸せに暮らせていけてるのは、貴様が的確で理想的な安住の地を探し出してくれて、皆へ提供してくれたお陰なんだよ」
腕を組んだベルラザの、左腕を握っている右手に、ほんの少しばかり力が入っているように見える。
「貴様と巡り合えたからこそ、貴様と共に過ごせたからこそ、生きていきたいという活力に満ちた今の余らが居る。だからさ、ベルラザ。私なんかいらなかったんじゃないかって、そんな悲しいことを言うのは、やめてくれ」
間違った思い込みを正そうとして、始めた説得を終わらせても、ベルラザは依然として黙り込んだまま。
その状況が、五秒、十秒と続き。部屋内に静寂が充満した、約十五秒後。ベルラザは突然、己の両腕を抱きしめ、小刻みに身震いをした。
「……お、お前よ? 昔からそうだったけど。よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で話せるよな?」
「え?」
「ほら、見ろよこれ! 聞いててめちゃくちゃ恥ずかしかったから、でけえ鳥肌がいっぱい立っちまったじゃねえか」
普段通りの雄々しい口調で文句を垂れたベルラザが、左腕を指差したので、一応注目してみる。そのベルラザの左腕には、大きな鳥肌がびっしりと立っていた。
「す、すごい鳥肌だな。腕がゴツゴツになってるじゃないか」
「誰のせいだと思ってんだよ。うわっ、すげえ! 擦るとザラザラすんぞ! ははっ、気持ちわりい~」
少年のようなワンパク気味な笑みを浮かべたベルラザが、腕を何度も擦った後。椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぎながら大きなため息をついた。
「ありがとう、アルビス。なんだか心がすっげえスッキリしたわ」
「余らが元凶だったとは言え……。悩みを打ち明けると、清々しい気持ちになるだろう?」
「そうだな。めちゃくちゃ気分が良くなったぜ」
「あと、遅れて申し訳ないが、幻滅なんて一切してない。むしろ、より親近感が湧いたよ。貴様でも、余らや人間みたいに、悩みを抱く時があるんだなって」
「おい、なんだよそれ? まるで私が、能天気みたいな言い方しがやって」
「余の観察眼を以ってしても、見抜けぬほど隠すのが上手かった貴様が悪い」
先ほどベルラザにイジられたので、仕返しの意味を込めて軽くイジってみれば。見下す形で余を睨みつけていたベルラザが、口角を緩く上げた。
「はっはっはっ。なら、仕方ねえ。アルビスぅ、言うようになったじゃねえか。嬉しいぜ? 私は」
「そうか。ベルラザ、もう大丈夫か?」
「ああ! 薄黒いもん全部吐いたから、絶好調だぜ!」
噓偽りではないと示すが如く、力強い握り拳を掲げたベルラザが、眩しい満面の笑みをニカッと見せた。
「それはよかった。……そうだ、ベルラザ」
「ん? なんだ?」
「貴様は確か、景色を眺めるのが好きだったんだよな」
「そうだな。いつか、新しい草原を探してやろうと思ってるぜ」
ベルラザは屋敷に居た時。くだらない会合、空いた束の間の時間を使い、メリューゼ様達との茶会。そして、余らの相手をしてくれていて、一人になれる機会がほとんど無かった。
その間、約五、六十年以上。余らは、平和に満ちた時間を過ごせていたものの。ベルラザにとっては、どこか窮屈な思いをしていたかもしれない。
だからこそ、これからは昔みたいな暮らしをして欲しいんだ。ベルラザが好きだった、景色を見ているだけの時間を過ごして欲しい。
「なら、草原とは違うんだが。山岳地帯を越えた先に、地平線の彼方まで純白の景色が広がった、花畑地帯という場所がある。その場所に、今から行ってきたらどうだ?」
「ああ、花畑地帯か。あそこ、魔物が居ないみたいだし、すげえ良い場所だよな。なら、ちょっくら行ってこようかなあ? ……っと、ならよ? アルビス」
何かを思い付いたように呟いたベルラザが、口元をニヤリと上げた。
「お前も一緒に行こうぜ」
「余もか?」
「そうだ! お前だってここに来てからも、家事してばっかであんま休んでねえだろ? だから、一緒に行ってゆっくり羽伸ばそうぜ? ちなみにこれは、主命令だ。拒否するのは許さねえぞ?」
「んっ……」
ニヤニヤしているベルラザを捉えていた余の視界が、虚を突かれて大きく広がった。主従関係を使い、命令をしてくるだなんて……。こんなの初めてだ。
もしかすると、私の言葉にしっかり耳を傾けろという、ベルラザなりの気遣いか忠告なのかもしれない。ならば、従わなければな。
「ふっ、先に釘を刺されてしまったか。よかろう、我が主よ。喜んで同行しよう」
「よっしゃ、そうこなくっちゃなあ! 早速行こうぜ!」
声を嬉々と弾ませたベルラザが、逸る気持ちを抑えず立ち上がったので、残っていたハーブティーを一気に飲み干した余も、後を追うべく立ち上がった。
「せっかくだしよ、アルビス。元の姿になって景色を眺めないか?」
「いいな、それ! 是非そうしよう」
「よしよし、楽しくなってきたじゃねえか! 今日は、寝落ちするまで黄昏んぞー!」
寝落ちするまで、か。余も長時間黄昏るなんて、初めて“迫害の地”に来て以来だったな。そう思うと、余もだんだん胸が弾んできた気がする。
なら今日だけは、人間としてではなく、黒龍として過ごしてしまおう。余の命を救ってくれた、太陽と共に。
「ならば何故、余に明かしたんだ?」
ベルラザの語り口と機嫌が、多少良くなってきたからか。余もベルラザの顔色を伺わず、すんなり追及出来るようになれてきた。
「そうだな……。思わぬ形で私が大精霊に生まれ変わって、シルフ様達から色んな話を聞かされた後も、お前に言うつもりは無かったんだけどよ。いざ、あいつらを全員『万里眼』で探し出せて、幸せそうな生活を送ってるのを見た瞬間……、だったかな。そこで、本当は私、いらなかったんじゃねえかなって、くだらねえ自問自答し始めちまってよ。そこから勝手に自己嫌悪しまくって、一人で心を折っちまったのさ。それで、精神辺りも弱くなっちまってたんだろうな」
余に明かした理由を述べたベルラザが、鼻で乾いた笑いを発し、ハーブティーを静かにすすった。
底知れぬ豪胆の持ち主で、何をしようにも清々しいまでの豪快さで、余らに生きる希望や暖かな光を与え続けてくれていたベルラザ。
その暖かな光は、直視するのが難しいまでに眩しかった。そんなベルラザでさえ、余らのせいで一人苦悩し、誰にも明かさず悩み続け。結果、心をへし折る要因にまでなっていた。
余らは、命の恩人であるベルラザを楽にさせてあげたい一心で、恩を返したいという団結した想いで、それが正しいと信じて行動していた。
しかし、余らがしていたのは、ただの自己満足が詰まった思い込みであり。実際に返していたのは恩ではなく、ベルラザを苦しめるだけの仇だった。
……何故余らは、当時、ベルラザの言葉に耳を傾けなかったのだろうな。今更だが、心を締め付けられるような後悔が芽生えてきてしまった。
「これが、私が弱音を吐いた理由さ。どうだ? アルビス。らしくねえって、幻滅しただろ?」
……幻滅? する訳がないだろう。なんて言ったって、ベルラザが弱音を吐いた原因を作った犯人は、他でもない余らなのだから。なのでまず、余がするべきことは、一つしかない。
「……まずは、ベルラザ。皆を代表して謝罪させてくれ。当時、貴様の制止を聞き分けず、間違った善意の仇を返し続けていたことについては、弁解の余地が無い。本当に申し訳ない」
ベルラザが明かしてくれた事実を真摯に受け入れた余は、テーブルに付く直前まで頭を下げた。余らがベルラザに、悩みの種を与え続けていたのは、おおよそ五、六十年以上。
たった一言の謝罪で、帳消し出来るとは思っていない。思いたくもない。命の恩人に仇を返し続けていた行為は、倍以上の時間を掛けて償うべきだ。しかし、償いは追々する。
「きっと余らは、恩を返すことに囚われ過ぎていたのかもしれない。命の恩人であるベルラザを、楽させてやりたい。余らが頑張れば、ベルラザも喜んでくれる。そう信じて止まず、各々が一心不乱に突き進んでしまい、いつの間にか周りが見えなくなっていて、ベルラザの声も余らに届かなくなっていたんだろうな」
「まあ、それがお前らのやりたいことだったんだろ? 元は私が撒いた種なんだし、仕方ねえと思ってるさ」
「……そうだな。しかし、返してたのが恩ではなく、仇になっていただなんて。正直、貴様の悩みを聞いた今でもまだ、少し戸惑ってるよ」
「そう思わないでくれ。お前らはちゃんと、私に恩を返してくれてたよ。皆、笑顔が絶えず、私を想いながら楽しそうに働いてくれてたんだ。全員、笑えるまでになってくれたんだって、私は嬉しくも思ってたさ」
笑顔、そうだ。ベルラザに保護されて、共に過ごしてきたからこそ、余らは自然に笑顔がこぼれるほど、生涯が楽しいと感じられるようになれたんだ。
話を切り替えるなら、余らにはベルラザが必要だったのだと再認識させるには、このタイミングしかない。
「そう、笑顔だ。貴様と出会えて、共に歩んで来たからこそ、余らは笑えるようになれたんだ。余だって、貴様と出会う前までは、覚えてる限り一度も笑ったことはない。ただの一度もだ。怯えてる時や泣いてる時の方が、断然多かった」
家族と一時の平穏を噛み締めている時や、久々に十分な量の食事にありつけた時。丸一日熟睡出来た時だって、笑ったことなんてない。
この瞬間も、襲われるかもしれないという不安や恐怖が勝っていて、楽しいと感じられた時間なんて無かった。
「しかし、貴様に保護されてからだ。余が笑えるようになれたのは。安心して眠れる毎日が、決まった時間に取れる食べ切れない量の食事が。周りに同じ境遇の仲間達が沢山居て、中身の無い会話を心ゆくまで話し合えて。ベルラザという、傍にいるだけで安心感を覚える母のような人が居て。気が付いたら余は、自然に笑えるようになれてたんだ」
恥ずかし気もなく語り出した余は、ベルラザに合わせていた視線を下へ落とす。
移り変わった視界の中央に、ハーブティー入りのコップがあり。琥珀色をしたハーブティーの中に、口角を緩やかに上げている余が居た。
「貴様らと居た日々は、一秒一秒が充実してて、本当に楽しかった。色の無かったロクでもない生涯が、暖かな極彩色に彩られていって、もっと生きていたいと強く願えるようにまでなれた」
ここから始まるのは、ベルラザが誤った思い込みを正す為の、柔らかな説得。ベルラザは一つだけ、絶対に見過ごせない思い込みをしている。
余にとって、かつての仲間達にとって、悲しくなるような大いに間違った思い込みをだ。
「そう思えるようになったのも、ベルラザ。全ては貴様と巡り合えたからだ」
ベルラザが居る方へ戻した視界には、腕を組んだまま、黙って余の話を聞いているベルラザが見えた。
「皆だってそうさ。貴様と巡り合えていなかったら、笑顔を取り戻す前に、絶望に憑りつかれたままこの世を去っていた。その中には、余も居る。他種族や同族を憎み、産まれた意味を見出せないまま、アルシュレライ領に血溜まりの墓標を立てていただろう」
説得をし始めると、ベルラザの唇が僅かに強張り、短い一文字を作った。
「ベルラザ。余らにとって貴様は、生きる希望の光を与えてくれる、太陽みたいな存在だ。その太陽が没してしまった後でも、皆が幸せに暮らせていけてるのは、貴様が的確で理想的な安住の地を探し出してくれて、皆へ提供してくれたお陰なんだよ」
腕を組んだベルラザの、左腕を握っている右手に、ほんの少しばかり力が入っているように見える。
「貴様と巡り合えたからこそ、貴様と共に過ごせたからこそ、生きていきたいという活力に満ちた今の余らが居る。だからさ、ベルラザ。私なんかいらなかったんじゃないかって、そんな悲しいことを言うのは、やめてくれ」
間違った思い込みを正そうとして、始めた説得を終わらせても、ベルラザは依然として黙り込んだまま。
その状況が、五秒、十秒と続き。部屋内に静寂が充満した、約十五秒後。ベルラザは突然、己の両腕を抱きしめ、小刻みに身震いをした。
「……お、お前よ? 昔からそうだったけど。よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で話せるよな?」
「え?」
「ほら、見ろよこれ! 聞いててめちゃくちゃ恥ずかしかったから、でけえ鳥肌がいっぱい立っちまったじゃねえか」
普段通りの雄々しい口調で文句を垂れたベルラザが、左腕を指差したので、一応注目してみる。そのベルラザの左腕には、大きな鳥肌がびっしりと立っていた。
「す、すごい鳥肌だな。腕がゴツゴツになってるじゃないか」
「誰のせいだと思ってんだよ。うわっ、すげえ! 擦るとザラザラすんぞ! ははっ、気持ちわりい~」
少年のようなワンパク気味な笑みを浮かべたベルラザが、腕を何度も擦った後。椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぎながら大きなため息をついた。
「ありがとう、アルビス。なんだか心がすっげえスッキリしたわ」
「余らが元凶だったとは言え……。悩みを打ち明けると、清々しい気持ちになるだろう?」
「そうだな。めちゃくちゃ気分が良くなったぜ」
「あと、遅れて申し訳ないが、幻滅なんて一切してない。むしろ、より親近感が湧いたよ。貴様でも、余らや人間みたいに、悩みを抱く時があるんだなって」
「おい、なんだよそれ? まるで私が、能天気みたいな言い方しがやって」
「余の観察眼を以ってしても、見抜けぬほど隠すのが上手かった貴様が悪い」
先ほどベルラザにイジられたので、仕返しの意味を込めて軽くイジってみれば。見下す形で余を睨みつけていたベルラザが、口角を緩く上げた。
「はっはっはっ。なら、仕方ねえ。アルビスぅ、言うようになったじゃねえか。嬉しいぜ? 私は」
「そうか。ベルラザ、もう大丈夫か?」
「ああ! 薄黒いもん全部吐いたから、絶好調だぜ!」
噓偽りではないと示すが如く、力強い握り拳を掲げたベルラザが、眩しい満面の笑みをニカッと見せた。
「それはよかった。……そうだ、ベルラザ」
「ん? なんだ?」
「貴様は確か、景色を眺めるのが好きだったんだよな」
「そうだな。いつか、新しい草原を探してやろうと思ってるぜ」
ベルラザは屋敷に居た時。くだらない会合、空いた束の間の時間を使い、メリューゼ様達との茶会。そして、余らの相手をしてくれていて、一人になれる機会がほとんど無かった。
その間、約五、六十年以上。余らは、平和に満ちた時間を過ごせていたものの。ベルラザにとっては、どこか窮屈な思いをしていたかもしれない。
だからこそ、これからは昔みたいな暮らしをして欲しいんだ。ベルラザが好きだった、景色を見ているだけの時間を過ごして欲しい。
「なら、草原とは違うんだが。山岳地帯を越えた先に、地平線の彼方まで純白の景色が広がった、花畑地帯という場所がある。その場所に、今から行ってきたらどうだ?」
「ああ、花畑地帯か。あそこ、魔物が居ないみたいだし、すげえ良い場所だよな。なら、ちょっくら行ってこようかなあ? ……っと、ならよ? アルビス」
何かを思い付いたように呟いたベルラザが、口元をニヤリと上げた。
「お前も一緒に行こうぜ」
「余もか?」
「そうだ! お前だってここに来てからも、家事してばっかであんま休んでねえだろ? だから、一緒に行ってゆっくり羽伸ばそうぜ? ちなみにこれは、主命令だ。拒否するのは許さねえぞ?」
「んっ……」
ニヤニヤしているベルラザを捉えていた余の視界が、虚を突かれて大きく広がった。主従関係を使い、命令をしてくるだなんて……。こんなの初めてだ。
もしかすると、私の言葉にしっかり耳を傾けろという、ベルラザなりの気遣いか忠告なのかもしれない。ならば、従わなければな。
「ふっ、先に釘を刺されてしまったか。よかろう、我が主よ。喜んで同行しよう」
「よっしゃ、そうこなくっちゃなあ! 早速行こうぜ!」
声を嬉々と弾ませたベルラザが、逸る気持ちを抑えず立ち上がったので、残っていたハーブティーを一気に飲み干した余も、後を追うべく立ち上がった。
「せっかくだしよ、アルビス。元の姿になって景色を眺めないか?」
「いいな、それ! 是非そうしよう」
「よしよし、楽しくなってきたじゃねえか! 今日は、寝落ちするまで黄昏んぞー!」
寝落ちするまで、か。余も長時間黄昏るなんて、初めて“迫害の地”に来て以来だったな。そう思うと、余もだんだん胸が弾んできた気がする。
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