ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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273話、ベルラザの告白

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「じゃあ、どこから話そうかな? どうせだし、最初から言っちまうか」

 話の出だしを選んでいたベルラザが、テーブルに肘を突き、握った拳に頬を置き、雄々しさを失った女性らしい表情を窓へ向けた。

「私な。人間共から襲撃に遭う前は、数千年ぐらい一人で居たんだ。場所は一面草原で、様々な色の花が咲いてて、色んな動物が居た。遠くに大きい湖があってさ、奥にある雪をかぶった山をくっきり映してんだ」

 語り出しの内容は、余も初めて聞くベルラザの過去。しかも、数千年前という途方にもなく遠い過去の話だ。

「そんな景色を一人で眺めてるのが好きだった。花に留まってた蝶が、ゆっくりどこかに飛んでく様とか。風に揺られて、白い波みたいな線を流していく草原とか。空を見上げて、そこにあった雲が消えるまで見てたり。夜空を埋め尽くす星が現れて、太陽が隠すまで眺めてたり……。数千年間、そんな生活をずっとしてたんだ」

 やや楽し気に語るベルラザの視線が、厚い雲が浮かぶ空へと移る。

「物心がついた時から一人だったんだ。一人で居る生活にはなんの疑問も無かったし、それが当たり前だとさえ思ってた。なんなら親の存在なんて、資金を集めてる最中に知ったぐらいだ。……つまり、なんて言えばいいかな? 人との接し方ってヤツが、まるで分からなかったんだよ」

 人との接し方。たぶんこれが、ベルラザが初めて弱音を吐いた要因であり、余に伝えたい本題だろう。

「最初に助けたのは、マーメイド姿のまま海岸に打ち上げられてたマーシャだった。変身魔法を掛けて、傷が治るまで付きっ切りでいたら、マーシャが私にすっかり懐いちまってさ。元の場所に帰れって言っても、それがお前の為だって説得しても、マーシャは帰りたくない、貴方と離れたくないの一点張りで、ついには号泣までされちまって……。結局、私は折れちまってさ。マーシャを保護して、同行することにしたんだ」

 マーシャ。これまた懐かしい名だ。ベルラザ専任の執事長で、余もマーシャから執事としてのなんたるかを学び続け、物にしていった。
 執事になり立てだった頃。余はよく壁に大穴を空けたり、一日に皿を何枚も割って、終いにはベルラザを禍々しい野菜汁で毒殺してしまい、何回も叱られていたっけ。
 マーシャのおっとりとした叱り方は、言い難い強烈な圧が含まれていて、思わず後退るほど怖かった。久々にあの恐怖を思い出してしまったから、鳥肌がポツポツと立ってきている。

「そこからさ。私が悩み始めたのは」

「悩み?」

「ああ。数千年間一人だったのに、いきなり同行者が出来ちまったんだぜ? こいつの為に、私は何をしてやればいい? 何が出来る? 何をするのが正解なんだって、胸に留めて悩み続けてたんだよ。保護した奴らが増えて、アルシュレライ領に屋敷を建ててからも、ずっとな」

「……そ、そうだった、のか」

 ベルラザが、そんな悩みを抱いていただなんて。ベルラザとは、五、六十年以上、共に過ごしてきたけれども。余の観察眼を以ってしても、一度たりとも見抜けなかった。

「でよ? とりあえず、私は受け身になって、相手の意見を尊重することにしたんだ。お前がやりたいようにしてくれ。食いたいもんがあったら、すぐ言ってくれなってな。聞こえはいいけど、悪い意味で捉えると丸投げだ。もちろん、最初は誰しもが遠慮してた。命を助けてくれただけで、十分だってよ」

「……そうだな。最初は余もそうだった」

 親身になって他人の余を手当してくれて、完治したら、ベルラザは余以上に喜んでいた。しかも、それだけじゃない。余の為に、自由に使ってくれと部屋まで提供してくれた。
 命を救ってくれただけではなく、一生涯の保証までくれたんだ。それ以上、命の恩人に対して何を望める? それ以上の物なんて、探しても見つかる訳がない。

「最初だけ、だろ?」

「ああ、そうだ。最初は、貴様の言った通り、暇を持て余す生活を満喫してた。しかし、だんだん貴様に恩を返したくなり、尽くしたいという欲が芽生え始めて、生涯貴様の執事になると誓ったんだ」

「それだよ、アルビス。私が悩んでた理由の一つは」

「え?」

 まさかの返しに、余の視界が大きく広がった。悩みの種の一つが、執事になった余だと?

「ああ、待て。別に、お前一人に対してじゃない。全員に対してだ」

「ぜ、全員……?」

「そうだ。資金集めをしてる間は、私も加わって家事とか全員でやってたけどよ? 屋敷を建ててから、それが一変しちまったんだ」

 悩みの根幹部分に触れ出すと、ベルラザは長めのため息を鼻からついた。

「家事やら雑務やら、身の回りの面倒くせえもんは、人間を雇って全部やらせようと思ってたのによ。その前に、どいつもこいつも勝手に役割分担を決めて、屋敷のあるじになった私に仕えちまったんだ」

「それの、何が悪いんだ? 皆、貴様を想い、やりたいと願って申し出たんだろう?」

「悪くない、お前達は何も悪くねえ。悪いのは、お前達に丸投げした私だ」

 窓に向けていた顔を、余が居る方へ戻すも、余の顔には合わせず、罪悪感に染まった顔をテーブルに俯かせるベルラザ。

「あの屋敷は、お前達に仕事をさせる為に建てた訳じゃねえ。何不自由なく暮らして欲しいから、建てた屋敷なんだよ」

「んっ……」

「つっても、やりたいようにやってくれって言っちまった手前。貴方の為にやりたいんですとか、これが僕のやりたいことなんですって、笑顔で言われちまったら、私も言い返せなくてよ。そこら辺から、どうしていればよかったのか、完全に分からなくなってたんだ」

 ……これが、ベルラザが抱えていた悩みの全容。余は、命の恩人に尽くすことが、ベルラザの為になると信じて止まなかった。正しい判断だと確信さえ持っていた。
 しかし、その行為自体が全て間違っていて、ベルラザを苦しめていただなんて。確かにベルラザは、余らが働いていた時、こまめに休憩しろとか今日は休めと、よく言っていた。
 だが余らは、その言葉に聞く耳を持たず。ベルラザに楽をさせてあげたい一心で、命の恩人に尽くしたいという一致した想いで、働き続けていた。

「特に、お前が一番酷かったぜ? アルビス」

「ゔっ……!?」

「料理を盛った皿に顔を突っ込んで食ってたお前が、屋敷の修繕まで完璧にこなせるまでになっちまってよ。壊れた扉や釜を一から作り直した時は、流石に私も驚いたぜ」

 語り始めてから、ベルラザはようやく笑みをこぼしてくれたが……。今は、その笑みが鋭い刃に変わり、余の心に深く突き刺さっていく。

「た、食べ方に関しては、仕方ないだろ? 当時は、突き匙の存在すら知らなかったんだから」

「あっつい汁物を舌でペロペロ飲んでた時のお前、なかなか可愛かったぜ?」

「……龍の余にとって、飲み食いの仕方はそれが普通だったんだ。余のことは、もういいだろ? 頼むから、話を戻してくれ」

「はっはっはっ、顔が真っ赤っかになってやんの。そうだな、一旦戻そう」

 普段通りの振る舞い方に戻っていたベルラザの表情に、雄々しい活力まで宿ってきた。余を軽くイジり、気分が少し楽になったのだろうか?
 心なしか、重苦しかった空気も軽くなってきている。ならば、ベルラザが満足するまで話を戻さず、余をイジってくれていればよかったかもな。
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