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272話、私、上手くやれてたかな?

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「皆、良い奴らだな。あんな賑やかだったのに、ものの数分で静かになっちまった」

 アカシックの背中を見送ったベルラザが、心地良さそうなため息をつき、肩を落とす。ヴェルイン達やウィザレナ達は、余らを気遣ってくれて、外へ出て行ってくれたのだろうな。

「余らを想ってくれて、サニーの後を追ってくれたんだろう。どうだ? ベルラザ。ここは居心地が良いだろう?」

「ああ、すごく良い。私には勿体ないぐらいにな」

 落ち着いた様子で己を謙遜したベルラザが、柔らかい笑みをしながら腕を組んだ。

「そんなことないぞ、ベルラザ。屋敷に居た時の貴様は、ろくでもない人間の相手ばかりしてて、安らげる時間が少なかっただろ? しかし、くだらない会合なんて、ここではしなくていいんだ。これからは自愛も兼ねて、暇を持て余す日々を謳歌し、ゆっくり過ごしてくれ」

「そうだな、って言いたい所だがよ? 私には、アカシックを手助けする義務がある。暇を持て余した時間を過ごすのは、それに決着が付いてからだ」

「……なるほど」

 ベルラザも、アカシックの生涯はシルフ様達を通し、余よりも詳しくアカシックのことを知っている。
 火山地帯で余らと再会を果たした時だって、ベルラザの口からフォスグリアの名が出ていたので、これから行うべき内容も全て把握していそうだ。
 そして昨日、余らの家へ来る前だって、そう。アカシックは気付いていないだろうが、シルフ様達同様、辺りの警戒をひと時も欠かさず怠っていなかった。

「すまない、ベルラザ。貴様も巻き込んでしまって」

「おいおい、何言ってんだ? お前の可愛い妹は、私の大事な孫なんだぞ? その為だったら、一肌ぐらい何枚だって脱いでやるぜ」

「……そうか、そうだったな。ありがとう、ベルラザ。恩に着るよ」

「はっはっはっ。私がやりたくてやってんだから、お前は気にしなくていいさ」

 そうだ。ベルラザは仲間の為なら、いつも必ず心強い手を差し伸べてくれて、助けてくれていた。だからこそ、皆と出会えて、今の余が居るんだ。

「分かった、そうするよ。しかし、今ぐらいはゆっくりしてくれ。さあ、ベルラザ」

 ベルラザの好意に甘えるも、少しぐらい休んで欲しい想いを乗せた手を、テーブルにかざした。

「当時、貴様の茶会に出してた茶菓子を、思い出しながら作った物だ。是非、嗜んでくれ」

「なんか見たことあんなって思ってたけど、やっぱりそうだったんだな。いやあ、好きだったんだよ。お前が作った菓子! ……また食える日が来るなんてなあ」

 余が作った菓子を手に持ち、まじまじ眺めているベルラザの燃えるような真紅の瞳は、らしくない程までに女々しく潤んでいる。

「流石に、ハーブティーに使ってた茶葉の種類は知らなかったから、違う物だがな」

「茶会に出してたハーブティーは、ザリアが独自に配合したもんだからな。どこ産でなんの茶葉を使ってるのか、全部謎なんだよ」

「そ、そうだったのか」

 ザリア様。確か、メリューゼ様と同じく、よく屋敷に来られていた御方の一人だ。なるほど。ザリア様が独自に配合した茶葉を、ベルラザに提供してくれていたのか。
 今まで『タート』中探して回っていたが、無駄足になってしまったな。

「それじゃあ、アルビス。いただくぜ」

 ほくそ笑みながら断りを入れたベルラザが、『サクッ』と音を立てて菓子を齧る。咀嚼そしゃくし始めると、「うん、うんっ! くぅ~っ、美味えっ!」と豪快な唸り声を上げた。

「なんだこれ!? 前よりめちゃくちゃ美味くなってんぞ! アルビスぅ、また腕を上げたなあ」

「ふふっ、そうか。貴様の口に合ってくれて、何よりだ」

 タートで買い揃えた材料は、過酷な環境下で育ったアルシュレライ領の物と比べると、値段は近くとも質の差が歴然としている。その差は、目で見れば簡単に分かってしまうほどだ。
 なので今回、なるべく完璧に近い形で再現したかったから、余計な材料は一切加えていないのだが。……そうか。六十年以上の時を経て、余の腕も上達していたんだな。

「ハーブティーも、これまたいいな。茶会に出てたやつと味が似てるし……。外の白い景色も相まって、懐かしい記憶がどんどん蘇ってくるぜ」

「アルシュレライ領は、万年雪纏う銀世界だったからな。しかし、こっちの白は暖かいだろう?」

「そうだな。黄昏たくなるような、見てて飽きない白……。あっ、そうだ! アルビス」

 窓から見える、そよ風に吹かれて揺れる白を眺めている中。やや弾んだ声で呼ばれたので、ベルラザの方へ顔を戻した。

「どうした?」

「屋敷に居た奴らが元気にしてるか、イフリート師匠せんせい達と『万里眼』で探してたんだがよ。皆、新しい生活の基盤をしっかり作って、平和に暮らしてたぜ」

「ほ、本当かッ!?」

「ああ、本当だ。しかもよ? お前と同室だった『ユシリア』。良い奥さん見つけたみたいで、子供も居たぞ」

「……お、おおっ!! あのユシリアが!? ……ふふっ、そうか。やったな、ユシリア!」

 初めて同室になった時。最初は余に怯えながらも、勇気を出して健気に接してきて、いつの間にか打ち解けていて、弟みたいに可愛がっていたな。
 とにかく人懐っこく、暇さえあれば余に引っ付いていて、余が料理長に就任した頃。ユシリアも料理を作ると言って聞かず、結局それ以来、いつも一緒に作っていた。

「お前ら、ずっと一緒に居たもんな。私も見つけた時、つい喜んじまったぜ」

「最初は、あんな怯えてたのに。数ヶ月もしたら同じベッドで寝てたからな。ユシリアには、声を掛けたのか?」

「いや、誰にも掛けてない。私の役目は、とっくの昔に終わったからな。今のあいつらと会っても、私は邪魔な雑音にしかならねえよ」

 急にしおらしくなったベルラザが、か弱く見える両手で茶碗を囲い、覇気を失った顔を合わせた。

「……なあ、アルビス。私、上手くやれてたかな?」

「……め、珍しいじゃないか。貴様が弱音を吐くなんて」

「柄じゃねえのは自分でも分かってる。たぶん、思ってた以上に疲れてたんだろうな。当然のようにあったもんが、いきなり全部無くなっちまったんだ。色んなもんが一気にほどけて、お前と再会出来て気も完全に緩んじまったから、マジでちょっと泣きそうになってる」

 人が変わったように語り出したベルラザが、柔らかくも儚い瞳を余に移してきた。

「アルビス。今は二人しか居ないし、溜まってたもん全部出しちまってもいいかな?」

 余に懇願してきたベルラザの声は、微かに震えていた。ここまで弱ったベルラザを見るのは、本当に初めてだ。正直余も、動揺を隠すだけで精一杯だ。
 しかし、ベルラザは我慢の限界が来て、本心を隠し切れなくなり、余に聞いて欲しくて本音を曝け出してきた。
 余は、ベルラザに全てを救われて、今の余が居る。ならば今度は、余がベルラザを救う番だ。

「ああ、いいぞ。全て受け止めてやる」

「……そうか。悪いな、アルビス」

「謝らないでくれ。余は、貴様に助けられっぱなしだったからな。だから今度は、余が貴様を助けてやる。誰にも言わないから、ここで全部曝け出してくれ」

 柄にもない姿は墓場まで持って行く旨を伝えると、ベルラザは柔弱に笑みを浮かべ、ゆっくりうなずいた
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