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264話、三人の私へ

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「どうだ? アルビス、落ち着いたか?」

「……うん」

 誰しもが予想しなかったタイミングで、ベルラザさんとイフリート様が目の前に現れ。アルビスと、不可能に近い再会の約束を果たしてから、何分ぐらい経っただろうか。
 本格的に泣き出し、涙が枯れるまですすり泣いていたアルビスをなだめたベルラザさんが、アルビスと顔を合わせ、優しくほくそ笑んだ。

「無垢なツラしやがってよお。垢抜けし過ぎて、赤ん坊みたいになっちまってんぞ?」

 暖かな母性を垣間見せたベルラザさんが、アルビスの頭をポンポンと叩く。まるで、泣いていた我が子を慰める母親みたいなやり取りよ。
 そこに、違和感なんて一つも無い。家族ですと言われたら、すぐに納得出来てしまうほど、今の二人がそう見えてしまう。

「……もう、五百年以上生きてるんだ。赤子扱いしないでくれ」

「何言ってたんだ。五百歳なんて、私からしてみれば赤ん坊同然だぜ。っと、そういえば」

 アルビスの頭をガシャガシャ撫でたベルラザさんが、一度私に横目を流してきては、アルビスに戻した。

「連れが居るんだろ? 私に紹介してくれよ」

「あ、ああっ! そうだ。紹介するよ、ベルラザ。余の大切な妹、アカシックだ」

 ベルラザさんの催促に慌てたアルビスが、涙まみれの顔を右腕で雑に拭き、私に手をかざしてきた後。腕を組んだベルラザさんが、ゆっくりこちらに向かい歩いて来た。
 ……ベルラザさんって、高身長なんだな。目の前まで来られたら、私が見上げる形になってしまった。私より、頭一つ分以上大きい。
 吸い込まれてしまいそうな、透き通った紅蓮の瞳。雄々しい面立ちながらも小顔で、女性らしさが宿る潤ったベルラザさんの口元が、ニヤリと笑った。

「よお、あんたがアカシックか。ベルラザだ、よろしくな」

 簡単な自己紹介をしたベルラザさんが、大きく見える右手を差し出してきたので、その手を握って握手をした。

「あ、アカシックです。よろしくお願いします」

「あんたの噂は、耳の穴が三つ四つ増えるぐらい聞かされたぜ」

「え? 誰にですか?」

 呆れた様子のベルラザさんに、好奇心が先行した質問を返してみれば。握手を交わしていた手をほどき、腕を組み直した。

「誰にって、決まってんだろ? シルフ様と……、あっ、こっちはまだ言えねえんだったな。その二人がな? 一旦、あんたの話を始めると、本当に止まらねえんだよ。酷い時は、一昼夜丸々聞かされたぜ」

「あ、ああ……。なるほど、です」

 おい、シルフ? 私の知らない所で、そんな事をやっていたのか? それにベルラザさんは、二人と愚痴をこぼしていた。
 そのもう一人は、一体誰なんだろう? この場で明かせない人だから、まだ私が会っていない人物になるはずだ。ウンディーネじゃないとすれば、たぶんレムさんかな?

「もう、一生涯分のあんたを聞かされた。でだ! 私も、三人のあんたに言いたい事がある」

「三人の、私?」

「そうだ! 今のお前、教会に住んでた時のお前、大人になった後のお前にな」

「は、はぁ……」

 今と、教会に住んでいた時と、大人になった後の私に、言いたい事がある? 時系列的に、幼少期、教会から出た頃、そして今の私だろうけど……。
 そこまでの幅があるという事は、シルフとレムさん、本当に私の一生涯分をベルラザさんに話していそうだな。
 いくらなんでも、流石にやり過ぎだ。恥かしさが込み上げてきたし、後でシルフに文句を言っておこう。

「まずは、今のお前だ」

 そう、慈愛深い声量で続けたベルラザさんが、私の体をそっと抱きしめてきた。

「私が居ない間、アルビスに帰る場所を与えてくれただけじゃなく、家族にまでなってくれたんだってな。それを聞いた時、心の底から安堵して、言い表せねえ感謝で胸が詰まったよ。ありがとう、アカシック。私の代わりをしてくれて」

 ベルラザさんの、やや震えた感謝の言葉が耳に届いた瞬間。左胸がドクンと強く脈打ち、視界が薄っすらとぼやけてきた。
 そうだ。ベルラザさんは、アルビスの元あるじであり。五、六十年以上もの間、アルビスと共に一つ屋根の下で暮らしていたんだ。
 その年月は、私より遥かに長い。時の穢れにさえ侵されていなければ、今も『アルシェライ領』で平和に暮らせていただろう。
 けど、空気の読めない訂正を一つだけさせてくれ。そこの意味を履き違えられると、私の存在意義が、一つ欠けてしまうのだと。

「……違います、ベルラザさん」

「ん?」

「あなたの代わりを務める為に、アルビスの家族になった訳じゃありません。私の意志で、私の生涯を掛けて、心の底からあいつを幸せにしてやりたいと夢を掲げて、家族になったんです」

 誰に言われた訳じゃない。この私自らが、幼少期に決めた決心から来る想いで、最初はあいつに五百年分。
 そして今は、ずっと幸せにしてあげたくて、家族になり、妹になったんだ。

「……そうか、そうだな。すまねえ、ちょっと出しゃばっちまった。が、そう言ってくれると、私も余計嬉しくなるぜ。まだこの世に、アルビスの為を想ってくれる奴が居たんだってな」

 声を弾ませたベルラザさんが、私の頭を乱暴に撫で。抱いていた体を離し、私に微笑みかけてきた。

「どうだ? アカシック。あいつ、根は真面目だけど真っ直ぐ過ぎておっちょこちょいだから、変に振り回されて大変だっただろ?」

「はい。人情が厚いのはいいですけど、昨日も危うい場面がいくつかありました」

「ああ、見てた見てた。生意気にくっそ長え説教垂れて、フローガンズの師匠になったんだろ? あいつ、昔から全然変わってねえなあって、腹抱えながら笑ってたぜ」

「おい、貴様ら。そういう話は、余が居ない所でやってくれないか?」

 視界外から聞こえてきた、アルビスの素っ気ない文句に、ベルラザさんが「はっはっはっ」と明るく笑う。あの場面、ベルラザさんも見ていたんだ。
 つまり、私達に会おうと思えば、いつでも会えていた事になる。……いや。最近まで色々ゴタゴタしていたし、再会するには悪条件が続いていたっけ。
 きっと、シルフ達は、私達の状態が落ち着くタイミングを見計らっていて。契約を交わすには、打って付けな今日を選んだのかもしれないな。

「ああ~? いいのかぁ、アルビスぅ? アカシックに、ある事無え事大量に吹き込んじまうぞ?」

「せめて、ある事だけに留めてくれ……」

「よし、分かった。私だって、気が遠のくぐらい語られたんだ。私達の六十年分を、アカシックに叩き込んでやるぜ」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 アルビスとベルラザさんの、六十年分の記憶か。正直、ものすごく聞いてみたいし興味がある。きっと、アルビスの事だ。
 この件が終わったら、ベルラザさんを私の家に招待するだろう。そして、しばらくの間、もしくはこれからずっと、一緒に住む事になるかもしれない。
 私の希望的観測だけど、是非そうなって欲しいな。だって二人には、もう二度と離れて欲しくないし、一緒に住んで欲しいと強く願っているのだから。
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