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257話、無意識の驕りと、何も知らない氷の上位精霊

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 爪斬撃に似た氷晶が入り乱れる暴風雪の勢いが無くなり。雪原同様、純白の寒空が見えてきて、数十秒もすると、視界が一気に晴れていった。

「……なるほど。アルビスから学んだ事を活かし、ちゃんと実践してるじゃないか」

 箒の速度を緩めつつ、掴んでいた手を離し、箒を私の下へ招き、またがってから辺りを見渡してみた。
 左右上背後、向きに統一性の無い透き通った氷板が、乱雑に配置されている。
 ついでに、フローガンズの姿を成した氷像も、約二十体ほど確認。私をしっかり捉えていそうだが、未だ動き出す気配は無し。
 氷像も生成出来るなら、私が暴風雪を突破した瞬間に、氷板と氷像をもちいて奇襲を仕掛け、畳み掛けていればよかったものの。

 まだ、動きがちょっと疎かだな。それに、私に状況判断の時間を与えるのも、あまりよろしくない。そっちから動かないのであれば、私はどんどん状況を把握していくぞ。
 フローガンズ本体を見失ったらしく、『光柱の管理人』が空から降ってきていない。たぶん、上手く身を隠したか、氷像の中に紛れ込んでいるのだろう。
 『極光蟲』は、待機したまま。だとすると、私の周りに視認が難しい氷は無いらしい。じゃあ、この沈黙が続く時間は、一体なんなのだろうか?

「ふっふっふっ、どうだアカシック! この完璧な包囲網! 驚いて声も出せないだろっ!」

 自信に満ち溢れたフローガンズ直の声が、高らかに辺りへ響き渡っていく。おい、フローガンズ。せめて『伝心でんしん』で話してくるとか、ちょっとは工夫しろ。
 普通に喋ると、お前がこの付近に居る事が私にバレてしまうぞ? それに、先の意気揚々とした大声よ。どうやら本人は、これで私を追い詰めたと思っているらしい。
 ……まあ、フローガンズ本来の戦法は、近接格闘だ。司る物から魔法を使用するのは、相当不慣れなはず。だからきっと、この包囲網は、あいつにとって頭に描いた理想に近い形なのだろう。

「うん。アルビスと戦ってた時より、よくなってるんじゃないか?」

「でしょでしょ! すごく頑張ったんだからね、これ!」

 褒められて嬉しくなったのか。無邪気に弾けたフローガンズの声が、私の背後から聞こえてきた。一応、死角には回っていると。
 さあ、ここからどうしよう。今の私なら、この包囲網は無詠唱の火属性魔法で一掃出来る。それは流石に、フローガンズが可哀想だ。……いや。この戦いは、命を懸けた戦いだぞ?
 別に、フローガンズの気持ちは汲み取らなくていい。相手が、今持っている全力を出してきたんだ。ならば私も、全力を出して応えた方がいい。
 たとえそれが、あいつの心をへし折ってしまう行為であろうとも。

「けどアカシックも、なんか凄そうな召喚獣を出してるね」

「そうだな。しかし、こいつらの攻撃を拝みたいのであれば───」

 言葉を溜めた私は、またがっていた箒を消し、火の杖に持ち替えながら自由落下を開始。

「もっと本気を出せ、フローガンズ」

 そう宣言した私は、体を横に捻りつつ火の杖を振り、アルビスが自前で出した物と似た爆炎旋風を展開。凍てつく空気が瞬時に焦げつき、気温が極寒から酷暑へ変わっていく。
 そして、三度召喚した箒にまたがり。上空を焼いていた爆炎旋風が自然消滅した頃には、氷板や氷像は一つ残らず消え失せており。
 分厚い氷塊に身を隠していたフローガンズだけが、私の視界に入っていた。

「流石に、守りは固くなってきたか」

「くっそぉ~、せっかく時間を掛けて用意したのに~……」

 急激に元気を無くしたフローガンズが、氷塊をすり抜ける形で中から出てきた。眉間にシワを寄せて口を尖らせているし、不貞腐れていそうだな。
 しかし、やる気自体は削がれていないようで。標的を捉え直し、新たに振ってきた『光柱の管理人』を蹴り上げ、左方向へゆるやかに旋回を始めた。

「まあ、いいや。一回やったから要領を掴んだし、今度はすぐに用意出来るもんねー」

 自信満々で呟いたフローガンズが、指をパチンと鳴らす。すると、広くなった空を狭めるように、蒸発させたばかりの板氷、氷像が再生成を始め。数秒もすれば、爆炎旋風を使う前の状況に戻っていた。
 おかしい。爆炎旋風で見える範囲の氷は全て蒸発させたし、『極光蟲』が露払いや攻撃を開始していない今、目視が難しい氷も無いはず。
 しかしフローガンズは、何も無い場所で現状を復元させた。つまり、『極光蟲』も反応出来ないほど、極小な氷の粒が辺りにあると思った方がいい。
 『天翔ける極光鳥』や『極光蟲』のみで捌くのは、到底不可能な量が。……してやられた。目に見える情報だけで満足していて、当てにならない固定観念に踊らされていた。

「……どうやら甘いのは、私の方だったみたいだな」

 この、不可視な物に囲まれた状態。ノーム戦の終盤に似ている。参ったな。私が最も得意とする場なのに、逃げ場がどこにも存在しないなんて。

「どうしたの? アカシック。一人で盛り上がっちゃってさ」

「いや。自分が思っていた以上に追い詰められてる事を理解して、お前に対し、どこか驕ってたなと反省してただけさ」

「え、なんで? アカシックだったら、こんなの簡単にひっくり返せるでしょ?」

「む?」

 なんか、妙にズレた違和感を覚える反応だな。確かに、フローガンズの言う通り、これぐらいなら何度でも切り抜けられる。
 問題は、その後だ。不可視の氷は、もちろん魔法壁内まで侵入しているだろう。なんなら、衣服や肌にまで付着している可能性だって、大いにある。
 簡単に言ってしまえば、フローガンズは私自身に『奥の手』を使用しているような状態だ。どんなに距離を離そうとも、意味が無い。常に私の近くから、魔法を放てるというのに。

「なあ、フローガンズ? 質問してもいいか?」

「質問? なに?」

「お前はどうやって、氷の板や氷像を再生成させたんだ?」

「どうやってって。大気中にある、氷の粒からだよ」

 やけにすんなりと、手の内を明かしてくれたが。自前で用意した氷ではなく、自然生成された氷を利用したと。

「その氷の粒とやらは、沢山あるのか?」

「うん、そこら中にいっぱいあるよ! だから何回消されても、復活させる事が出来るからね!」

 ……ああ。なんとなく、ズレた違和感の正体が掴めてきたぞ。こいつ、現状を回復させる事だけしか考えていないな?

「なら、その氷の粒って、私の体にも付着してるんじゃないか?」

「うん、身体中にひっ付いてるよ」

「だったら、そんなまどろっこしい事はしないで、私を直接叩いた方が早いんじゃ……」

「え? ……あっ、ぶげっ!」

 私の助言を受け、呆けた表情になったフローガンズが、その場に留まった途端。空から降ってきた『光柱の管理人』に巻き込まれ、共に落下していった。
 おい、嘘だろ? フローガンズの師匠は、一体何を教えていたんだ? まさか、近接格闘だけじゃないよな?
 実戦の経験不足が祟っているとはいえ、色々と疎かだぞ。いや、何か違うな。教えを忠実に受け止め過ぎて、すぐ実行に移したがっているだけなのかもしれない。
 どちらにせよ……。私は、あいつに厄介な切っ掛けを与えてしまった。ここから先、私は一瞬たりとも立ち止まれなくなる。無駄だろうけど、風魔法で私の体に付着した氷を払っておこう。
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