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250話、腹がへっては戦ができぬ

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「ね~え~っ、アルビス師匠ってば~。早く戦ってよぉ~」

「腹が減っては戦が出来ぬと言うだろ? 冷え切った体を温めたいし、もう少しだけ待っててくれ」

「ぶぅ~」

 ウィザレナ、レナ戦後。サニーの絵描きから解放されたアルビスが、みんなの為に昼食を作り始め。数分で痺れを切らしたフローガンズが、アルビスの背中に覆いかぶさった。
 今食べているは、上質な肉増し増しの野菜汁。肉独特の臭みは皆無で、脂身や赤みにクセの無い上品な甘さが含まれており、肉とは思えないほど食べやすい。
 それに汁物なので、体が芯からどんどん温まっていく。食べている場所が、極寒の雪原地帯ともあってか。美味しさに至高の拍車が掛かって、食べる口とおかわりがまるで止まらない。

「あの、アルビス様? 本当に、この肉を食べてもいいんですか?」

 仲間外れにはさせまいと、アルビスは事前に約三十kg分の生肉を用意していたようで。
 その新鮮な肉を振る舞われたアイスが、恐る恐るアルビスに問い掛けた。

「ああ、その為に用意したんだ。是非食べてくれ。しかし、龍の体では少ない量だろう。おかわりもあるから、どんどん言ってくれ」

「あいえっ! これだけで十分ありがたいです! 俺なんかの為に、本当にありがとうございますッ! ……うわぁ、魔物以外の肉なんて初めてだ」

 なんとなく緊張していそうなアイスが、下顎の尖った部分に生肉を引っ掛け、舌を使い口の中へ入れた瞬間。
 蒼白色の龍眼が、カッと見開いたかと思えば。屈強な面構えはとろとろにとろけていき、尊厳深い龍眼もキラキラと輝き出し、ほがらかで柔らかな眼になっていった。

「……えぇ? 肉って甘いんだぁ。なにこれ、うんまっ……」

 余程気に入ったのか。口を小さくあむあむさせて、肉をゆっくり味わうアイス。たとえ龍であろうとも、美味しい物を口にしたら、あそこまで優しい表情になるんだな。
 それに、赤ん坊のようにあむあむさせている口よ。動作がちょっと可愛く見える。

「どうやら、口に合ってくれたようだな」

「ひゃい、しゃいこうですぅ……」

「ふふっ、そうか。沢山あるから、いっぱい食べてくれ」

「ふぁい、ありがとうございまひゅ……」

「あんなの、ただ臭いだけじゃん。一体何がいいっていうのさ」

 精霊がゆえ、飲み食いに縁の無いフローガンズが、アルビスの後頭部に顔を置いて文句を垂れる。

「変身魔法を使えば、貴様も食えるようになれるぞ? どうだ? 一杯ぐらい」

「一回だけ食ってみろよ、フローガンズ。アルビスが作った肉野菜汁、本当に美味えぞ?」

「アルビスさん、おかわりお願いします」

 食の喜びを知り、フローガンズに肉野菜汁を勧めるルシルに。無我夢中で四杯目を食べ終えたディーネが、更におかわりを求める。
 肉を食べられないウィザレナとレナは、別の鍋で作った特製の野菜汁を食べており。
 二人してほっこり顔になっていて、一口食べる度に、濃い白の吐息を吐き出している。
 ヴェルインとカッシェさんは、先ほどまでアイスに振る舞われた生肉と同じ物を食べていたが、今は焼いて味付けをした肉を食べているな。

「俺様は、もっと味が濃い物を食いてえけどなあ。なあ、龍の兄ちゃん。調味料が利いた干し肉は、まだあるかあ?」

「ええ、あります。今から焼きますので、少々お待ち下さい」

「おおっ、あるのかあ! 焼き加減は半生で頼むぜえ」

「承知致しました」

 ノームの要望に答えたアルビスが、布袋から大きめの干し肉を取り出す。ノームは元々、前から酒造り嗜んでいたらしいが。
 何かと一緒に食べながら呑むと、酒が格別に美味しくなると理解したらしく。時々アルビスに、ああやってお願いしているんだ。

「ルシル様やディーネ様だけじゃなくて、ノーム様まで……。食べたり飲んだりしてる時間って、無駄な気がするんだけどな~」

「元人間の我から言わせてもらうとだ。お前、一生涯の半分は損してるぞ」

 中途半端な死に戻りをして、飲食が出来ない幽体になったファートが、サニーを後ろから抱きしめて暖を取りつつ言う。

「一生涯の半分って、いくらなんでも大袈裟じゃない? あと、ファートって元人間だったんだ」

「ちょっと色々あってな。人骨だし基本霊体だから、お前みたく飲食が出来ない体になっちまってよ」

 己の過去に軽く触れたファートが、乾いたから笑いをする。確かに、実体化しても肉体が無いから、口に入れた物がそのまま地面に落下してしまう。
 私も一時期、それに近い体になっていたっけ。睡眠、食事要らずで、感情や季節感の喪失。肌であらゆる温度を感じ取れなくなり、時間の流れの感覚も鈍くなっていた。
 当時は、特に何にも感じていなかったし、ピースを生き返らせる事に専念して動いていた。
 けど、今思い返すと、あまりにも酷い状態でいて、間違った執念に囚われていたんだなって、つくづく痛感するな。

「ふ~ん、そうなんだ。ファートって、何か好きな食べ物とかあったの?」

「いや? そこら辺の欲は疎かったし、死霊魔術の研究に没頭してたから、ロクに飲み食いしてなかったぞ」

「なにそれ~? じゃあ、説得力の欠片もないじゃん」

 ……ファート? じゃあなんで、一生涯の半分は損してるとか、大層な話を切り出したんだ? フローガンズの言う通り、説得力が皆無に等しいぞ。

「はっはっはっ。いいねえ、この緩い感じ。平和そのものだぜ」

「ええ、そうですね。こうしてゆったりしているのも悪くありません」

「龍の兄ちゃん、まだ焼けねえのかあ?」

「焼き始めたばかりですので、もう少々お待ち下さい」

 ルシルやディーネ、ノームの大精霊らしからぬあどけなさを持ったやり取りが、私の表情を和らげていく。言われてみれば、確かにそうだな。
 最後にのんびりしていられたのは、ノームと突発的な戦闘に入る前ぐらいだったはず。そうなると、約二十日間振りぐらいになるか。
 よくよく思えば、今日はサニーが雪原地帯に行きたいと言い出して、みんなでここに来たんだった。
 私に残された期間は、決して多くはないけれども。今日ぐらい、ゆっくり息抜きしてしまおう。
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