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240話、私は、母親失格だ

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 暴れるのを止めて、私の両頬を掴み、下に向かって引っ張り出したサニーに耐えつつ、前方にある林を目指して歩いていく。
 家を出て、十mほど離れた頃。サニーを地面に降ろし、更に数m歩いてから振り向いた。
 サニーはというと、頬をぷっくりと膨らませていて、私をジッと睨みつけている。

「お母さん! 今日一日は、私から離れちゃダメって言ったじゃん!」

「すまない、サニー。これから見せたい物は、かなり危険なんだ。だから少しだけ許してくれ」

「むぅ~っ……!」

 言う事を聞いてくれない私に、怒りを募らせているのだろう。サニーの両頬が、もっと大きく膨らんでしまった。

「とりあえず、一旦私の話をいくつか聞いてくれ」

 勝手に話を切り出した私は、浅く呼吸を吸い、鼻から出した。

「この通り、私は子供から大人の姿に戻っている。これは、プネラが私を治療してくれたからなんだ」

「だからなに?」

 サニーから返ってきたのは、あまりにも素っ気く、まるで興味を持ち合わせていないぶっきらぼうな返答。今の低い声での返答よ、ちょっと怖かったな。

「え、えっと……、それだけじゃないぞ。実はな、サニー。今まで私は、色んな呪いに掛かってたんだ」

「呪い?」

「そうだ、かなり昔の話になるんだが。とある日、大国を脅かす魔王を倒した時、死に際に呪いを掛けられてしまってな」

「ふ~ん、そう。どんな呪いなの?」

 よし。興味は示していないようだけど、一応聞いてくれてはいる。ならば、このまま続けてしまおう。

「確か、二つぐらいだったかな。魔法の力をほぼ失う弱体化の呪いと、封印の呪いだ」

「弱体化と、封印の呪い……? でも、お母さん。色んな魔法を使えるじゃんか」

「それは、封印の対象に入らなかった魔法だけだ。お前に見せた魔法は、たぶん十種類もなかったと思うぞ」

「え? えっと……。『ふわふわ』、『ぶうーん』、『天翔ける極光鳥』、『フェアリーヒーリング』でしょ? あとは、すごく大きな岩の手とか、大きな鳥を凍らせた魔法や、小さい火の玉をいっぱい出せる魔法。それに魔法壁とかだったかな?」

 魔法名を言わなかった、大きな岩の手と鳥を凍らせた魔法は、『メリューゼ』さんと戦った時に使用した“覇者の右腕”と、詠唱を省いた中位の氷魔法。
 そして小さい火の玉は、風呂を沸かす時に使った、基礎中の基礎である火の魔法で間違いない。魔法壁は、エルフの里跡地へ下りる際に使用していたっけ。
 なるほど。自分で言っておいてなんだが、サニーに見せた事がある魔法は、そんなに少なかったのか。いや、単に使う機会が無かっただけだな。

「たぶん、それぐらいだな。でも、今は違う。子供から大人に戻る治療をしてくれたついでに、プネラがその呪いも解呪してくれたんだ。お陰で私は、全盛期の力を取り戻せた」

「それで?」

「むっ……」

 想像以上に反応が薄いサニーの返事に、私の体が小さく波打った。
 私の予想だと、ここで無邪気な反応を示し、『見せて見せて』とせがんでくるはずだったのに……。

「そ、それで、だな? お前に、すごい魔法をいくつか見せてやろうと、思ってるんだ」

「いいよ、別に。見たくない」

「あっ……。そ、そう、か」

 終わった。まさか、こんなにも冷たくあしらわれてしまうだなんて。どうする? とりあえず、一応魔法を見せてみるか? それとも───。

「お母さん、あのね? お母さんが力を取り戻したとか、今はどうでもいいの」

「え?」

 いきなり喋り出したサニーが、しょぼくれた表情になり、着ている服を両手でギュッと掴んだ。

「私ね。お母さんが急に連れて行かれて、本当に怖い思いをしたの。このままお母さんが、死んじゃうかもって思って、泣きそうにもなった。でもね、連れて行かれた理由は、アルビスさんが教えてくれたんだ。……けど、それでも安心できなくて、お母さんが帰って来てくれるまで、ずっとずっとすごく寂しかったの」

 胸の内を明かし始めたサニーの口が、何かを我慢している様な、力のこもった一文字になり、青い瞳に涙が溜まっていく。

「お母さんがいない間、ずっと不安で不安でしょうがなくて、何もする気が起きなかったんだ。ご飯もまったく食べられなかったし、怖くて体の震えがずっと止まらなかった。でも、お母さんが帰って来てくれた時は、本当にすごく嬉しかった。お母さんが生きてたって分かって、やっと安心もできた。体の震えも止まったし、食欲も戻ったと思う。でも、でもぉ……!」

 とうとう我慢の限界が来たのか。サニーの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れては、頬を伝って地面に落ちていく。

「説明ぐらいしてくれてもよかったじゃんか! なんで説明もしないで、いきなりお母さんは連れて行かれちゃったの!? プネラさんがお母さんの仲間でも、あんな風にお母さんを連れて行ったプネラさんを、私は許せない……!」

「んっ……」

 怒号にも似たサニーの訴えに、私の視界が狭まった。しまった。プネラとサニーを、どうやって和解させようかとばかり考えていたせいで、サニーへ意識がまったく向いていなかった。
 ……おい。いくらなんでも鈍感過ぎるぞ、私。サニーが酷く怒っていた理由を聞いて、初めて理解しただなんて。
 そうだ、そうだよな。全容は明かせないものの、私を治療する目的だけで連れて行くんだったら、普通説明ぐらいはしてもいいはずだ。
 しかしプネラは、シャドウに言われるがまま、私を『闇ぶ谷』に連れて行ってしまった。内容が内容だけに、誰にも説明せず、大精霊達や私達の目を欺きつつ。

 私はまた、最優先すべき判断を誤ってしまった。愛娘の溜まっていた想いを汲み取ろうとせず、プネラと仲直りさせる事だけを考えてしまった。
 私は、母親失格だ。サニーは、こんなにも苦しんでいたというのに。私は、何をしようとしていた?
 サニーの機嫌を取り、プネラと和解させようしただけじゃないか。そう、それしか頭になかった。
 私って、なんでこうも馬鹿なんだろう。毎度毎度、本当に嫌気が差してくる。とりあえず、自己嫌悪をするのは後だ。今は、サニーの意見を聞いてやらないと。

「……ごめんな、サニー。まず、お前の意見を聞いてやるべきだった」

 改めて分からされた私は、泣きじゃくるサニーの前にしゃがみ、親指で大粒の涙をぬぐっていく。
 しかし、サニーの機嫌は戻らず。口をへの字にさせている。

「お母さんのそういう所、私あんま好きじゃない……」

「うん。私も、自分の悪い所だと思ってる。鈍感な母親で、ごめんよ」

 二度謝ろうとも、大粒の涙は収まる気配が無く。寂しそうにしていたサニーの体を、そっと抱きしめた。
 サニーの顔が密接した胸元が、温かい涙で湿っていくのを感じる。

「……なんでお母さんは、いきなり連れて行かれちゃったの?」

「いきなり連れて行かれた理由は、治療をする場所へ移動する直前に言われてな。実は私も、何も聞かされてなかったんだ」

「そう、なの?」

「うん。なんでも、緊急性を要する事態だったらしい。ほら、私って子供になる薬を飲んでしまっただろ?」

「なんか、色々言ってたよね。ふくさようとかなんとかって」

「ああ、そういえば言ってたな。それで、その子供になる薬が体に定着してしまうと、治療しても元に戻れなくなるらしくてな。だから、一秒を争う事態になってたらしいんだ。それで、私は説明も無しに、いきなり連れて行かれたんだ」

 これは、一割の真実と九割の嘘を混ぜた説明だ。だからこそ、左胸から複数の針に突き刺されたような痛みが伴い出している。

「それで、プネラさんがお母さんを連れて行ったの?」

「最終的な判断を下したのは、闇の精霊でも特に偉い位置に居る人だ。そんなすごい人が、私の為に動いてくれて、プネラを遣いに出したんだ」

「……じゃあプネラさんは、偉い人に言われるがまま、お母さんを連れて行ったってこと?」

「そうなるかな。でも、プネラも私の為を想って動いてくれたと言ってたぞ」

 ここは、七割方真実といった所か。シャドウが本来の目的を果たすべく、プネラを通して私を『闇産ぶ谷』へ連れて行った。
 この先の経緯は、もちろん明かせる訳がない。『女王の包帯』に掛けられた呪いを解く為に、二回目の治療を兼ねて、心臓を抜き取られて一度殺されたなんてな。

「……お母さんって、そんな危ない状態だったの?」

「らしいな。一刻も早く治療をしないと、一生子供のままだと言われた時は、流石に私も焦ったよ」

「そうなんだ。治療って、どんなやり方だったの?」

 心なしか。サニーの声色が、だんだんいつも通りの物になってきた気がする。やはり嘘でも、知るという事は大事なんだな。

「私は実際に見てないんだが。プネラが私の体の中に入って、薬の成分を全て取り除くっていうのが、治療内容らしい。それでついでにと、かつて掛かってた呪いも解いてくれたんだ」

「プネラさんって、闇の精霊……、だったっけ? そんな事ができるんだ?」

「精霊によって、色んな特性があってな。今説明すると長くなるから、あとでしてやる」

「……うん、わかった」

 これで、粗方説明は終わった。サニーの顔が隠れているから、心境はうかがえないものの。たぶん、さっきよりかは落ち着いてくれているはず。
 サニーは、納得してくれたかな? 一旦、プネラを呼んでみて、再びサニーと話し合わせてみるか。
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