ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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228話、ただの人間が見せた意地

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 どこかで、硝子にヒビが入った様な音がした。溢れる涙のせいで、何も見えない。叶いもしない願いを口にしたせいで、サニーまで巻き込まれてしまった。

「……う、ううっ……」

「よかったな。これで、沼地帯に帰る理由は無くなった。どうせ、貴様の娘だ。碌な人間じゃないだろう。貴様ら共々、地獄へ落ちて業火に焼かれてしまえ。そして、永遠に苦しみを分かち合えばいい」

 涙の水底に沈んでいた視界が、ゆっくり狭まっていく。アルビスに刺された腹部や左手から、痛みがしなくなってきた。
 もう、私は助からない。命乞いするのも、考えるのも面倒臭くなってきた。目の前に居るアルビスは、きっと私の知っているアルビスじゃない。じゃあ一体、誰なんだろう。
 私、なんでここに居るんだっけ。それすらあやふやだ。ああ、そうだ。これからアルビスに殺されるんだったっけ。

 思えば、ろくでもない人生だった。私が幸せを掴もうとすると、いつも寸前で逃げていく。そうやってピースは、私と結婚する前に斬首された。
 今日だってそうさ。ようやく治療が終わって、サニーに逢える寸前になったら、今度は私自身が殺される。ピースと同じ運命を辿れるなら、それはそれで幸せなのかもしれない。
 ああ、エリィさんとも再会出来るな。エリィさん、夫さんと幸せに暮らせているんだろうか。サニーと一緒に、会いに───。

「……あれ?」

 エリィさん? そういえば、アルビスが最後に言った言葉、どこかで聞いたような気がする。……いや、違う。聞いたんじゃない。言ったんだ、私自らが。
 狼に食べられて死んでしまったエリィさんの遺骨に、私が吐いた捨て台詞じゃないか。なんで、三十年前のアルビスが、それを知っているんだ?
 あの捨て台詞を知っているのは、私とエリィさんしか居ないはず……。

「……あっ」

 そうだ、まだ居た。当時は関わりや接点が無く、私を見る事しか出来ない奴らが居たじゃないか。なら当然、あいつも知っているはずだ!

「……ふっふふ。ふっふっふっ……、あっはっはっはっはっはっ!」

 見つけた、確信が持てる三つ目の違和感を! よかった、アルビスは記憶を奪われてなんかいなかった! 場の空気に飲まれて、何もかもに絶望し掛けていた。
 そもそもの話、元からおかしかったんだよ。何が、二回目の治療を始めようだ。……くそったれ。これは全て、あいつが仕組んだ罠だったんだ。

「ふむ、気が狂ったか。案外早かったな。ならば、これ以上話しても意味が無い。では早速……」

「いや、狂ってなんかいないさ。ようやくお前が尻尾を出してくれたから、思わず笑ったんだよ」

 地面に垂らしていた顔を、アルビスもどきにゆっくり向けてみれば。あいつは依然として、腕を組んで立っていた。

「“シャドウ”、よく聞け。その体は、アルビスの物だ。分かったら、さっさと出て行け」

 シャドウの名前を出そうとも、アルビスもどきは眉一つ動かさず、蔑みを含んだ龍眼で私を見下したままでいる。

「貴様は一体、どこを向いて何を話してるんだ? 訳が分からん。シャドウとは、貴様の仲間の名だろう?」

「下手な芝居をするのはやめろ。私とアルビスが、何十年腐れ縁をやってると思ってんだ? 何を言っても、もう惑わされないぞ。過去に戻って出直してこい、腐れ道化師め」

 気丈夫きじょうぶに暴言をぶつけてから、数秒後。凛と構えていたアルビスの面構えが崩れ、口角がいやらしいほどまでに吊り上がっていった。

「クフ、クフフ……。クフフフフフフフ」

 口元に握り拳を添え、耳底を這いずり撫でる声で笑っていたシャドウの片目が、私を捉えた。

「何故、僕だと分かったんだい? アカシック君」

「お前が最後に言った、捨て台詞だよ」

「捨て台詞?」

「ああ、そうさ。少し内容が変わってたけど、あの捨て台詞は、私がエリィさんの遺骨に言ったやつだ。そして、その捨て台詞を言ったまでの経緯は、まだ誰にも話してない。サニーはおろか、アルビスにもな。だから知ってるのは、私とエリィさん。あと、当時私を見てた大精霊達だけだ。あれ、私の心をへし折る為に使ったんだろ? 魂胆が見え見えだったぞ?」

 そう。ましてや、三十年前のアルビスが知る由も無い。偶然にしては出来過ぎている。あり得ない一致をしていた。だからこそ私は、そこから希望を見出したんだ。

「ああ、なるほど。君の言う通り、例のやり取りを見ていたさ。そして、治療の一環として使わせてもらったよ。クフフフフ。どうやら、あまりにも露骨過ぎたようだねぇ。お陰で、治療の片方が失敗してしまったじゃないか。……まあいい、あって損はない効果だ。来たる決戦に備えて取っておくといい」

「まだ抜かすか。お前の目的はなんだ? 私を殺して、何をするつもりでいる?」

「……僕の目的、ねぇ」

 腕を組みなおしたシャドウの龍眼が、闇空を仰ぐ。

「正直、朴念仁が素直に引き下がるとは到底思えない。僕の身に何かあった時の為に、シルフ君とプネラに僕の記憶を共有しておいたものの……」

 仰いでいた龍眼を私に戻してきたシャドウが、凛と不敵にほくそ笑む。

「『闇の瞑想場』に居る間、僕達は安全だ。闇の魔力以外通さない構造にしてあるから、『万里眼ばんりがん』、『伝心でんしん』で監視及び盗聴される心配も無い。いいだろう、腹を割って話そうじゃあないか。僕と君が置かされている立場をねぇ」

「なら、私を解放しろ。もう痛みすら感じてないんだ。早くしないと、本当に死ぬぞ?」

「痛覚を遮断しているから、痛みを感じないのは当然だろう? それに安心したまえ、今の君は不老不死だ。死んでもすぐに生き返る。あと君の体内で、僕が生命維持を施しているから、それを止めさえしなければ死は訪れないよ」

「……は?」

 ……待て。いきなり情報量が多すぎて、理解がまったく追い付かない。私の痛覚を遮断した? 私が不老不死? 生命維持をしているから、シャドウに生かされているだって? それって……。

「……お前。いつ、私の体に侵入したんだ? それに、不老不死って?」

「君への侵入経路かい? ノーム君を君の家へやった、その日にだよ」

 語り出したシャドウが、両手を左右に小さく広げた。

「君達の体へ侵入するのは、非常に容易かった。まず君が、『土の瞑想場』でノーム君を気絶させた隙に、ノーム君の体へ侵入。次の日、精神まで乗っ取ったノーム君を君の家へ連れて行き、サニー君、アルビス君、ヴェルイン君、カッシェ君、ウィザレナ君、レナ君、クロフライム君達の体へ侵入。そして、アルビス君を仲介させて、帰宅して来た君に接触し、そのまま体の中へ入り込んだのさ」

「ノームが、私の家に来た日にだと? ……そ、そんな、前から」

「ノーム君は性格上、何をやってもノーム君だからと大目に見られる節がある。それを利用させてもらったのさ。いやはや、全員の目を欺きつつ、長期間体内に隠れているのは辛かったよ」

 ……まったく気が付かなかった。あっけらかんと説明されても、まだ実感が湧いてこない。アルビスだけではなく、そんなに前からみんなの体に入り込まれていただなんて。
 ノームを倒した次の日に、私達は絶体絶命の危機に瀕していた。今まで無事に生きていたのが、奇跡的な程の危機に。

「……おい、シャドウ。あいつらに何かをしたら、分かってるだろうな?」

「勘違いしてもらっては困るなぁ。君達以外の者の体へ侵入したのは、あくまで保険さ」

「保険?」

「前科のある朴念仁が、他者に危害を加えないとは限らないからねぇ。前兆があった瞬間、ここへ強制転移して保護するつもりでいたというのに。そんな怖い顔をされたら、僕の気が変わってしまうじゃないかぁ」

 その気なんぞ毛頭ないと言わんばかりに、「クフフフフ」と囀るシャドウ。シャドウが、私の仲間を助けようとしていた? そんな事、到底信じられない。
 実際シャドウは、アルビスの体を乗っ取り、私を殺そうとしていた。その事実は絶対に覆らない。あいつはまだ、何か企んでいる気がする。
 しかし、私は完全に詰んでいる状態だ。体はシャドウに乗っ取られているし、両手も使えないから『伝心』も出来ない。そして私の死も、あいつの気分次第で訪れる。
 今の私では、あいつの戯言に付き合う以外の道が無い。どこまでは真実で、どこまでが嘘なのか分からない戯言に。

「分かった。一旦、話を戻そう。まずは、ちょくちょく出てくる朴念仁について話してもらおうか?」

「そうだね。大精霊の掟を破ってしまうけど、悠長に構えている事態ではないからねぇ。それでは始めよう。朴念仁、そいつの名は───」

 間を置いたシャドウの口角が、緩やかに上がる。

「無と時を司る大精霊『フォスグリア』。過去、例の海岸に『アンブラッシュ・アンカー』一味を強制転移し、君とピース君の抹殺を試みた人物であり。いずれ、僕の敵にもなる人物さ」
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