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226話、対アルビス戦
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「……な、何を言ってるんだ? お前は……。お、おい、シャドウ! 返事をしろっ!」
闇深い虚空に叫ぼうとも、シャドウからの『伝心』は来ず。私と会話をしている間に、アルビスの記憶を約三十年分奪った?
そして、そのアルビスに心をへし折られながら殺されろ? それが、二回目の治療だと? まったく理解が出来ない。ふざけているにも程がある!
どうする? 私達は、シャドウが作り出した『闇の瞑想場』に送り込まれた。ここから抜け出す方法なんて、知りやしない。
瞑想場自体に攻撃をして破壊するのは、まず不可能。ならば『奥の手』を使い、『闇の瞑想場』を掌握してしまうか? それとも、シルフに『伝心』をして助けを───。
「んんっ……」
背後から聞こえてきた、まどろみを含んだアルビスの声に、私の鼓動がドクンと脈を打った。……そうだ。シャドウは、アルビスの記憶を奪ったとか何とか言っていた。
その言葉を、本当に信じていいのか? シャドウ本人が、アルビスを操っている可能性だってある。でも、今私の後ろに居るのは、アルビス本人なんだぞ?
攻撃をすれば、アルビス自身に傷が付く。だから、戦闘を始めるのだけは駄目だ。もし始まったら、どちらにせよ、私は何も出来ないままアルビスに殺されてしまう。
「……何故、余はこの姿に? それに、ここはどこだ?」
喋り出したアルビスの声に、私の口が強張っていく。……頼む。シャドウの言っていた事が、全部嘘であってくれ。
無いに等しい願いを込めつつ、恐る恐る背後へ振り向いてみる。拝みたくない、視界の先。腕を組み、殺意と敵意が極まった煙たそうな龍眼で、私を睨んでいるアルビスが居た。
「あ、アルビス……」
「ほう? 戻って来るのがずいぶん早いじゃないか、アカシック・ファーストレディ。お陰で、完全に油断してたよ。で? 今度は余に何をした?」
「な、何って……?」
「とぼけるな。貴様が戦闘から離脱したと思い、少しでも疲れを癒そうと寝て起きたら、この有様だ。余の姿も人間に変えて、今回ばかりは訳が分からん。とりあえず、早く余を山岳地帯に帰せ。拒否するなら、ここで始めても構わないぞ?」
戦闘意欲を高めていくアルビスが、私を不快気味に見下してきた。アルビスの、あの物言い。まるで少し前まで、私とお前が戦っていたかの様な口振りじゃないか。
三十年前といえば。確かに私とあいつは、まだいがみ合った仲で、年中戦いに明け暮れていた。その全ての原因は、心が闇に堕ちていた私側にあるけれども……。
「お前……。本当に、何も覚えてないのか?」
「まず、余の質問に答えろ。余を山岳地帯に帰す気があるのか、無いのかを。返答次第では、分かってるな?」
『分かってるな?』は、あいつの癖みたいな台詞だ。主に、戦うほぼ直前、話を聞かない私への挑発。場の主導権は、自分が握っていると強調させる時に出てくる。
だから、私が戦う意志を見せなければ、戦闘は始まらない。罵り合いをいくらでも長引かせる事が可能だ。シャドウが、私達特有のやり取りを知っているとは思えない。
ならば、アルビスがシャドウに操られている線を捨てて、記憶を三十年分奪われたと見て、いいのか? もし後者だったら、僅かながらも希望が見えてくる。
あとは、確証を得たい。アルビスが、シャドウに操られていないという確証を。まずは、アルビスの機嫌を取りつつ、言動に違和感がないか粗探しをしよう。
「……私だって帰りたいさ、今すぐにでもな」
「どういう意味だ?」
よし、私の言葉に食い付いてくれた。これで一時的に意見を言える。さて、どこまでアルビスに伝えられるかな。
「この状況は、私の仕業じゃない。私とお前は、第三者から何かを受けてるんだ」
「ほう? 貴様にしては珍しいな。余の隙を突こうと、設定を設けてくるとは」
そうだ。この時の私は、アルビスを騙し続けていたから、そう簡単に信じてくれる訳がない。しかし、話だけは耳を傾けてくれている。
とにかくここでは、アルビスの敵になってはいけないんだ。最低でも休戦状態に持ち込み、アルビスだけが得をする提案を出そう。
「確かに、お前を満足させるほどの証拠が出せないな。だから、アルビス。一つ、私から提案がある」
「却下する。貴様と話しをしても、時間の無駄だ。貴様が仕掛けてこないなら、余から行くぞ?」
……見つけた、一つ目の違和感。少なくともアルビスは、一応私の話を聞いてから鼻で笑い、更なる罵りを続けるはず。
こんなに戦いを急ぐアルビスは、私が『奥の手』を使用した時か、変身魔法で竜に姿を変え、接近を試みた時ぐらいなものだ。
「まあ待て。この妙な空間に居る間は、お前に攻撃をしないと誓う」
「どうやら、先の戦いで耳が遠くなってるらしいな。貴様と話すのは、時間の無駄だと言ったはずだぞ?」
「そして私は、お前の補助役に徹する。仮にお前が、第三者の攻撃を受けても回復魔法で完治させるし、『怨祓いの白乱鏡』を何回でも張ってやる」
『光芒を切り裂く冥暗の刃。光の源を一閃し、晴れぬ闇を贈らん。出でよ、崩陽』
私の提案を無視し続けるアルビスが、淡々と詠唱を唱えたかと思えば。アルビスがかざした手先に、黒紅色をした魔法陣が出現。その魔法陣から、黒炎の揺らめきを宿した刀身が伸びていく。
あの剣、見覚えがあるぞ。あれは確か、時の穢れに侵された『メリューゼ』さんと戦っている時に出した、闇属性の剣だ。
刀身が二mほどまでになると、役目を果たした魔法陣は消滅し。アルビスは戦闘の狼煙をあげるかの様に、刃先を私に向けた。
殺意、敵意は研ぎ澄まされていく一方で、まるで衰えていない。けど、私は怯まないぞ。あいつの調子をとことん崩してやる。
「出て来い、“光”」
形だけアルビスに対抗するべく、光の杖を召喚して、杖先をアルビスに向けるや否や、アルビスが鼻で嘲笑った。
「貴様、余に攻撃をしないんじゃなかったのか? 結局、それも余を騙す───」
『森羅万象の怨恨を拒絶する、聖域の門番よ。道を絶たれし者に希望の光明を授け、怨恨へ抗う術を与えたまえ。『怨祓いの白乱鏡』』
「むっ……!?」
私の言葉を信じて欲しい一心で、アルビスにだけ『怨祓いの白乱鏡』を展開した。流石に効いたらしく。刃先を私から外し、明らかに困惑しながら辺りを見渡している。
「言っただろ。私はお前に攻撃を絶対しないし、補助役に徹すると。今だけ、私を信じてくれないか?」
改めて想いを伝えると、闇空を仰いでいた龍眼が私を見下し、顔も私の方へ向いてきた。アルビスの表情は、何を考えているのか分からない真顔を保っている。
互いに黙り込んでから、約数秒後。アルビスが龍眼を閉じ、鼻から息を漏らして肩を落とした。
「どうやら、嘘はついてないらしい。まるで別人の様だが、貴様はれっきとした本物のアカシック・ファーストレディだ。だからこそ、頭が混乱してくる。貴様、本当に、余に何もしないんだな?」
「私を、信じてくれるのか?」
「それは、今から余が判断する。なので一旦、この魔法壁を解除しろ」
「魔法壁を? 分かった」
意図が掴めないけど、ああ言っているんだ。変に言葉を濁さず、素直に従った方がいい。光の杖を横に払い、アルビスに掛けた『怨祓いの白乱鏡』を解除した。
「よろしい。では、そっちに向かうぞ。その間、貴様は棒立ちしてろ。変な動きを少しでも見せ次第、戦闘の開始と見做す。いいな?」
「大丈夫だ、私は何もしない。だから、安心してこっちに来てくれ」
そう返すと、アルビスは警戒心剥き出しのまま、こちらに向かい歩き始めてきた。念の為、光の杖も消したかったけど。変な動きに該当してしまいそうだから、やめておこう。
アルビスが一歩進む度、私との距離が縮まっていく。三十年前だったら、まずあり得ない距離だ。常に私とアルビスが、必殺の間合いに入り込んでいるのだから。
頼む。この距離が、今は信頼の証になってくれ。心の中で強く祈っていると、アルビスが目の前で来て、私を蔑んだ龍眼で捉え。私も黙ったまま、アルビスの顔を見上げた。
「本当だ、何もしてこない」
「それが、お前からの指示だったからな。さあ、アルビ───」
直後。私の全身が小さく揺れ動き、腹部が強烈に熱くなってきた。喉から苦い物が湧いてきた中。焦点が定まらなくなってきた視界を、下へ滑らせていく。
視界が移った先に見えたのは、アルビスが持っている崩陽が、私の腹部を貫いている光景だった。
闇深い虚空に叫ぼうとも、シャドウからの『伝心』は来ず。私と会話をしている間に、アルビスの記憶を約三十年分奪った?
そして、そのアルビスに心をへし折られながら殺されろ? それが、二回目の治療だと? まったく理解が出来ない。ふざけているにも程がある!
どうする? 私達は、シャドウが作り出した『闇の瞑想場』に送り込まれた。ここから抜け出す方法なんて、知りやしない。
瞑想場自体に攻撃をして破壊するのは、まず不可能。ならば『奥の手』を使い、『闇の瞑想場』を掌握してしまうか? それとも、シルフに『伝心』をして助けを───。
「んんっ……」
背後から聞こえてきた、まどろみを含んだアルビスの声に、私の鼓動がドクンと脈を打った。……そうだ。シャドウは、アルビスの記憶を奪ったとか何とか言っていた。
その言葉を、本当に信じていいのか? シャドウ本人が、アルビスを操っている可能性だってある。でも、今私の後ろに居るのは、アルビス本人なんだぞ?
攻撃をすれば、アルビス自身に傷が付く。だから、戦闘を始めるのだけは駄目だ。もし始まったら、どちらにせよ、私は何も出来ないままアルビスに殺されてしまう。
「……何故、余はこの姿に? それに、ここはどこだ?」
喋り出したアルビスの声に、私の口が強張っていく。……頼む。シャドウの言っていた事が、全部嘘であってくれ。
無いに等しい願いを込めつつ、恐る恐る背後へ振り向いてみる。拝みたくない、視界の先。腕を組み、殺意と敵意が極まった煙たそうな龍眼で、私を睨んでいるアルビスが居た。
「あ、アルビス……」
「ほう? 戻って来るのがずいぶん早いじゃないか、アカシック・ファーストレディ。お陰で、完全に油断してたよ。で? 今度は余に何をした?」
「な、何って……?」
「とぼけるな。貴様が戦闘から離脱したと思い、少しでも疲れを癒そうと寝て起きたら、この有様だ。余の姿も人間に変えて、今回ばかりは訳が分からん。とりあえず、早く余を山岳地帯に帰せ。拒否するなら、ここで始めても構わないぞ?」
戦闘意欲を高めていくアルビスが、私を不快気味に見下してきた。アルビスの、あの物言い。まるで少し前まで、私とお前が戦っていたかの様な口振りじゃないか。
三十年前といえば。確かに私とあいつは、まだいがみ合った仲で、年中戦いに明け暮れていた。その全ての原因は、心が闇に堕ちていた私側にあるけれども……。
「お前……。本当に、何も覚えてないのか?」
「まず、余の質問に答えろ。余を山岳地帯に帰す気があるのか、無いのかを。返答次第では、分かってるな?」
『分かってるな?』は、あいつの癖みたいな台詞だ。主に、戦うほぼ直前、話を聞かない私への挑発。場の主導権は、自分が握っていると強調させる時に出てくる。
だから、私が戦う意志を見せなければ、戦闘は始まらない。罵り合いをいくらでも長引かせる事が可能だ。シャドウが、私達特有のやり取りを知っているとは思えない。
ならば、アルビスがシャドウに操られている線を捨てて、記憶を三十年分奪われたと見て、いいのか? もし後者だったら、僅かながらも希望が見えてくる。
あとは、確証を得たい。アルビスが、シャドウに操られていないという確証を。まずは、アルビスの機嫌を取りつつ、言動に違和感がないか粗探しをしよう。
「……私だって帰りたいさ、今すぐにでもな」
「どういう意味だ?」
よし、私の言葉に食い付いてくれた。これで一時的に意見を言える。さて、どこまでアルビスに伝えられるかな。
「この状況は、私の仕業じゃない。私とお前は、第三者から何かを受けてるんだ」
「ほう? 貴様にしては珍しいな。余の隙を突こうと、設定を設けてくるとは」
そうだ。この時の私は、アルビスを騙し続けていたから、そう簡単に信じてくれる訳がない。しかし、話だけは耳を傾けてくれている。
とにかくここでは、アルビスの敵になってはいけないんだ。最低でも休戦状態に持ち込み、アルビスだけが得をする提案を出そう。
「確かに、お前を満足させるほどの証拠が出せないな。だから、アルビス。一つ、私から提案がある」
「却下する。貴様と話しをしても、時間の無駄だ。貴様が仕掛けてこないなら、余から行くぞ?」
……見つけた、一つ目の違和感。少なくともアルビスは、一応私の話を聞いてから鼻で笑い、更なる罵りを続けるはず。
こんなに戦いを急ぐアルビスは、私が『奥の手』を使用した時か、変身魔法で竜に姿を変え、接近を試みた時ぐらいなものだ。
「まあ待て。この妙な空間に居る間は、お前に攻撃をしないと誓う」
「どうやら、先の戦いで耳が遠くなってるらしいな。貴様と話すのは、時間の無駄だと言ったはずだぞ?」
「そして私は、お前の補助役に徹する。仮にお前が、第三者の攻撃を受けても回復魔法で完治させるし、『怨祓いの白乱鏡』を何回でも張ってやる」
『光芒を切り裂く冥暗の刃。光の源を一閃し、晴れぬ闇を贈らん。出でよ、崩陽』
私の提案を無視し続けるアルビスが、淡々と詠唱を唱えたかと思えば。アルビスがかざした手先に、黒紅色をした魔法陣が出現。その魔法陣から、黒炎の揺らめきを宿した刀身が伸びていく。
あの剣、見覚えがあるぞ。あれは確か、時の穢れに侵された『メリューゼ』さんと戦っている時に出した、闇属性の剣だ。
刀身が二mほどまでになると、役目を果たした魔法陣は消滅し。アルビスは戦闘の狼煙をあげるかの様に、刃先を私に向けた。
殺意、敵意は研ぎ澄まされていく一方で、まるで衰えていない。けど、私は怯まないぞ。あいつの調子をとことん崩してやる。
「出て来い、“光”」
形だけアルビスに対抗するべく、光の杖を召喚して、杖先をアルビスに向けるや否や、アルビスが鼻で嘲笑った。
「貴様、余に攻撃をしないんじゃなかったのか? 結局、それも余を騙す───」
『森羅万象の怨恨を拒絶する、聖域の門番よ。道を絶たれし者に希望の光明を授け、怨恨へ抗う術を与えたまえ。『怨祓いの白乱鏡』』
「むっ……!?」
私の言葉を信じて欲しい一心で、アルビスにだけ『怨祓いの白乱鏡』を展開した。流石に効いたらしく。刃先を私から外し、明らかに困惑しながら辺りを見渡している。
「言っただろ。私はお前に攻撃を絶対しないし、補助役に徹すると。今だけ、私を信じてくれないか?」
改めて想いを伝えると、闇空を仰いでいた龍眼が私を見下し、顔も私の方へ向いてきた。アルビスの表情は、何を考えているのか分からない真顔を保っている。
互いに黙り込んでから、約数秒後。アルビスが龍眼を閉じ、鼻から息を漏らして肩を落とした。
「どうやら、嘘はついてないらしい。まるで別人の様だが、貴様はれっきとした本物のアカシック・ファーストレディだ。だからこそ、頭が混乱してくる。貴様、本当に、余に何もしないんだな?」
「私を、信じてくれるのか?」
「それは、今から余が判断する。なので一旦、この魔法壁を解除しろ」
「魔法壁を? 分かった」
意図が掴めないけど、ああ言っているんだ。変に言葉を濁さず、素直に従った方がいい。光の杖を横に払い、アルビスに掛けた『怨祓いの白乱鏡』を解除した。
「よろしい。では、そっちに向かうぞ。その間、貴様は棒立ちしてろ。変な動きを少しでも見せ次第、戦闘の開始と見做す。いいな?」
「大丈夫だ、私は何もしない。だから、安心してこっちに来てくれ」
そう返すと、アルビスは警戒心剥き出しのまま、こちらに向かい歩き始めてきた。念の為、光の杖も消したかったけど。変な動きに該当してしまいそうだから、やめておこう。
アルビスが一歩進む度、私との距離が縮まっていく。三十年前だったら、まずあり得ない距離だ。常に私とアルビスが、必殺の間合いに入り込んでいるのだから。
頼む。この距離が、今は信頼の証になってくれ。心の中で強く祈っていると、アルビスが目の前で来て、私を蔑んだ龍眼で捉え。私も黙ったまま、アルビスの顔を見上げた。
「本当だ、何もしてこない」
「それが、お前からの指示だったからな。さあ、アルビ───」
直後。私の全身が小さく揺れ動き、腹部が強烈に熱くなってきた。喉から苦い物が湧いてきた中。焦点が定まらなくなってきた視界を、下へ滑らせていく。
視界が移った先に見えたのは、アルビスが持っている崩陽が、私の腹部を貫いている光景だった。
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