ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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224話、そこに、味方は誰も居らず

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「───レディ。おい、アカシック・ファーストレディ」

「……んんっ。……アル、ビス?」

 まるで、目を瞬かせた時に現れる闇を見ていたかように、短く思えた感覚の中。重い瞼を開けてみると、白くぼやけた視界の先に、凛とほくそ笑むアルビスが居た。

「ようやく起きてくれたか。起きるのが遅かったから、心配してたんだぞ」

 やれやれといった様子で、アルビスが手を差し伸べてきたので、その手を握り返して上体を起こした。どうやら私は、二番目か三番目に起きたらしく。
 アルビスの背後に、未だ横たわっているフローガンズが居り。辺りを見渡せど、目に入るのは闇一緒くた。二人を視界から外すと、目を開けているのかすら疑わしくなる程の暗さだ。
 いや、そんな事はどうでもいい。なぜか、プネラの姿が無ければ、シャドウ様らしき人も居ない。とりあえず好機だ。まず先に、状況の確認をしなければ。

「なあ、アルビス。先にお前が起きたって事は、やってくれたんだよな?」

「ああ、もちろんだ。シャドウ様の目を盗みつつ、すぐにやった。そして今、御二方様が余らを見守ってくれている。何かあったら、すぐここへ来てくれるとも言ってた。だから、貴様はしなくて大丈夫だぞ」

「そうか、分かった。ありがとう」

 よし。手筈通り、アルビスはシルフに『伝心でんしん』をしてくれていた。ウンディーネも見てくれているらしいので、これならシャドウ様も下手に動けないだろう。

「で、なんで私達だけしか居ないんだ?」

「シャドウ様は、疲れ果てて眠りに就いたプネラを抱え、外で待ってると言い残して行ってしまった」

「って事は……。フローガンズだけじゃなくて、プネラまで起きてないのか」

 夢の中では、そんな素振りをまったく見せていなかったのだが。やはり相当無理をして、私の治療を行ってくれていたんだな。
 プネラには、なんとお礼をすればいいのやら。しかし、今はそっとしておこう。帰路の確保は、シルフかウンディーネに頼むとして。
 やはり、サニーが心配だ。一刻も早く沼地帯に帰り、サニーを安心させてやらないと。そう決めた矢先、アルビスがフローガンズに『ふわふわ』を掛けて体を浮かせた。

「こいつを起こすのは、後回しにしてだ。アカシック・ファーストレディ。どうやらシャドウ様が、貴様に話したい事がいくつかあるらしい。だから一旦、余らも外へ出よう」

「シャドウ様が? けど、サニーが……」

「分かってる。余もそれを説明して、後日にしてもらいたいと交渉したんだが。なるべく早く貴様に伝えたい内容だと言って引かず、仕方なく折れてしまったんだ」

「そう、なのか」

 アルビスも、サニーを想って交渉を試みてくれたらしいけれども。相手は、闇を司る大精霊だ。そんなに強く言えなかったのだろう。
 なるべく早く私に伝えたい内容か。私の中で発見された、色が変わる魔力以外についてだろうし。なんだか、長引きそうな気がするな。
 まあ、ここで考えても時間の無駄だ。アルビスの言う通り、早く外に出て、シャドウ様の話を聞いてしまおう。

「分かった、それじゃあ出よう。出口は、こっちか?」

 確認の意味を込めて、気持ち明るい点が見える方へ、指を差す。

「ああ、そっちで合ってる。ボーッとしてる暇は無い、行くぞ」

 アルビスが急かしながら歩き出したので、私も立ち上がり、闇に紛れてしまいそうな背中を追う。
 立ち上がる時に気付いたけど、着ている服が、サニーから借りた白い服ではなく、いつもの黒いローブに変わっている。
 身長もそう。少し前までは、アルビスを見上げていたのに対し。今は目線の先に、アルビスの後頭部がある。よかった。プネラのお陰で、大人の姿に戻れたようだ。
 魔力の感覚は、まだ少しおかしいな。一応、二人の魔力を感じ取れるようになれたものの。アルビスだけではなく、フローガンズからも、変に強い独特な闇の魔力を感じる───。

「……なんか、妙だな」

「どうした?」

「あっ……。いや、なんでもない」

 フローガンズは、氷の精霊だぞ? なので、氷属性以外の魔力を感じるなんて、普通なら絶対にあり得ない事だ。
 それに、アルビスの方もおかしい。なぜあいつから、二種類の異なった闇の魔力を感じるんだ? これについても、私の感覚が狂っているだけでは説明がつかない。
 外側にある一つは、深淵そのもの。感覚を研ぎ澄ませていけば、闇の濃度が増していき、アルビスの姿がかすんでいってしまう。
 もう一つの内側にある方は、その深淵の中で激しく蠢いている、普段から私が感じ取っていたアルビスの魔力。深淵に例えた魔力が、アルビスとフローガンズの魔力を抑え込む形で覆っている。

 フローガンズの魔力は、寝ているせいか穏やかな形状をしているのだが。
 烈火の如く暴れているアルビスの魔力は、正体不明の魔力から逃げ出そうと、必死になっているようにも見えなくない。
 なんだか、凄まじく嫌な予感がしてきた。さっき言っていたアルビスの言葉が、だんだん信用出来なくなってきた。
 私の前を行く二人は、果たして本物なのだろうか? それすら怪しくなってきたぞ。湧いてきてはいけないはずの疑念が、私の歩む足を鈍らせていく。

「なあ、アルビス。お前、本当に“アレ”をしてくれたんだろうな?」

「『伝心』だろ? 夢の中で話した通り、シルフ様にしておいたぞ。さっき言ったじゃないか、もう忘れたのか?」

 “アレ”と濁した私達しか知りえない内容を、まとめて出してくれたというのに、信用すべきアルビスの言葉が、全て嘘に聞こえてしまう。
 疑念が、まったく振り払えない。むしろ膨らんでいくばかりだ。これじゃあ、質問を繰り返しても埒が明かない。

「一応、私もしてみてもいいか?」

「待て。シルフ様いわく、『伝心』は盗み聞きされる可能性があるらしいんだ。だから、極力控えてくれ」

「盗み聞きされても問題無い会話だったら、いくらしようが大丈夫だろ?」

『安心しろ、アカシック。俺とウンディねぇが、シャドウにぃとお前らをしっかり見張ってるぞ!』

「んっ……!」

 懐かしさを覚える声が、突然頭の中から響いてきたせいで、口が一瞬強張ってしまった。……今の声は、紛れもなくシルフの物だ。

『アカシックさん、お久しぶりですね。まずは、治療お疲れ様でした。アカシックさんの元気なお姿を見られた事が、何よりも嬉しいです』

「ウンディーネ、まで……」

『だな! つーことだ、アカシック。早くシャドウ兄と話を済ませて、こっちに帰って来い。サニーちゃんが、首を長くして待ってるぜ?』

『ええ。あと少しで、アカシックさんがここへ帰って来るとサニーさんに伝えたら、とても喜んでいました。ですので寄り道はせず、早く帰って来て下さいね』

 ウンディーネのたおやかな言葉を最後に、頭の中から二人の声がしなくなった。
 二人が『伝心』をしてきたタイミング的に、私とアルビスのやり取りを聞いていたのは、まず間違いない。
 私も、久々にお前らの声が聞けて嬉しかったよ。でも、それじゃあダメなんだ。私からお前らに『伝心』をして、確証を得たかったっていうのに。

「その様子だと、御二方様から伝心が来たみたいだな」

「あ、ああ、来た。シルフが、私達とシャドウ様を見張ってるって言ってた」

「ほらな、余の言った通りだろ? これでも、まだ疑うのか?」

 本来なら、疑いの余地無しだ。私が求めていた結果が、わざわざ向こうから来てくれたのだから。これ以上の証拠を出せと問い詰めても、アルビスが困るだけだろう。
 困るだけで終わるなら、なおさら私から『伝心』をした方がいい。たった一つだけ、シルフ達に確認が取れればいいんだ。アルビスから伝心は来たのか、と。
 その有無さえ分かれば、“私達”が置かれている状況も明確になる。下手すれば、“私”がだけになってしまうがな。

「すまない、言い方が悪かった。決して、お前を疑ってる訳じゃない。あいつらの声が、急に恋しくなってな。どうしても聞きたくなったんだ」

「な、なるほど。そういう事か。貴様、言い方が悪いにも程があるぞ? 突然様子がおかしくなったから、身構えてしまったじゃないか」

 様子がおかしい、ねぇ。それは、お前にだって言える事だぞ? あいつの注意を逸らしながら、右手を徐々に首飾りへ近づけていく。
 最悪、首飾りに魔力を流し込むだけでいい。そうすれば、不思議に思ったシルフから『伝心』が来るはずだ。

「アカシック・ファーストレディ」

「な、なんだ?」

「そろそろ外に出るぞ。シャドウ様が居るから、不要だとは思うが。念の為、辺りの索敵と警戒をしておけ」

「あ、ああ、分かった」

 いきなり名前を呼ばれたせいで、私の行動を読まれたのかと焦ってしまったが……。なんて事はない。単なる注意喚起だったか。
 しかし、アルビスが言っている事も事実。もう数十歩も歩けば、本当に外へ出てしまう。その前に、なんとかしてシルフに───。

「アカシック・ファーストレディ?」

 あまりにも暗く這うアルビスの呼び声が、私の右手と歩むを足を止め。恐る恐る顔を上げると、鈍い逆光が差す視線の先に、鋭く凍てついたアルビスの龍眼が、私を見下していた。

「夢の中で散々言い散らしたが。シャドウ様とて、大精霊様の御一人だ。頼むから、粗相だけはおかすなよ?」

 とてつもない圧を含んだ、アルビスらしくもあり、らしくない二度目の注意喚起。そして、こいつは私の顔なんか一切見ていない。
 見ているのは、首飾りに触れようとしている私の右手だ。……そうか、そういう事なんだな? ありがとう、そっちから尻尾を出してくれて。
 お陰で、全部ハッキリしたよ。私は考えうる中でも、最も最悪な立場に置かされていて、孤立無援な状態だという事を。

「お前だって、変な気は起こすなよ? 私はこう見えて、意外と短気なんだ。これは警告だ。何か事が起きた時は、分かってるだろうな?」

「どうやら、まだ寝惚けてるらしい。貴様が言ってるのは警告ではなく、余に対する挑発だぞ? 意味を履き違えるな」

「アルビスに言ってるんじゃない、お前に言ってるんだよ」

 きっとアルビスは、正体不明の魔力に操られている。フローガンズが起きないのも、その魔力のせいだと思っていい。闇の弱点は、光だ。魔力の出所が分かり次第、徹底的に潰してやる。

「まったく、訳が分からん。寝惚けた頭を、さっさと叩き起こせ。時間も押してるから、早く行くぞ」

 そう急かすアルビスは先を行かず、依然として私を見下したまま。たぶん、私を監視しているんだろう。シルフ達に『伝心』をさせまいと。
 アルビスは夢の中で、『シャドウ様が、余らに何かを仕掛けてくる可能性がある』と言っていた。……まさか、もう始まっているんじゃないだろうな? シャドウの攻撃が。
 背筋に、重い悪寒を感じた。このまま外へ出たら、最悪以上の最悪が待っていそうな気がする。疑念を心の内に留めて、隠していた方がよかったかもしれない。

「……ああ、そうだな」

 腕を組んで棒立ちしているアルビスを、静かに横切る。目が眩む薄白い逆光の中に、二人分の足音が聞こえる。私の右手は、首飾りに触れる事を恐れて拒んだ。
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