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221話、娘の範疇を超えた出来事と、見えてきた希望

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「アカシック・ファーストレディ、フローガンズ。少し話があるから聞いてくれ」

「ん? なーに?」

「あう……」

 わちゃわちゃしていた二人に、声を掛けてみれば。フローガンズは、抜けた真顔を余に合わせてきて。アカシック・ファーストレディは、白目を剥いて青ざめた顔をカクンと垂らした。

「手短に説明する。アカシック・ファーストレディ。貴様がここへ連れて来られたその日から、サニーが料理や水をほとんど手を付けないらしく、体調が芳しくないらしい。なので現実世界へ戻ったら、一刻も早く沼地帯に帰るぞ」

「え? それ、本当なのか!?」

「ああ。プネラが教えてくれた情報だから、間違いない」

 サニーの置かれている状況を、簡潔に説明するや否や。物理的によって青ざめていたアカシック・ファーストレディの顔が、今度は精神的な理由で青ざめていく。

「さにぃ? 誰それ?」

「アカシック・ファーストレディの娘だ」

「えっ!? アカシックに子供がいたの!? へぇ~、そうなんだ。その、さにぃって子、強い?」

 水色の同心円眼をきょとんとさせながら、あいつらしい質問を返してくるフローガンズ。
 可愛い? という質問なら、後日一昼夜掛けて答えられるが、強い? は論外だ。話にすらならん。

「まだ十歳の幼子だぞ? もし出会ったとしても、絶対に手を出すなよ?」

「ああ、そうなんだ。でもさ、組み手ぐらいだったら大丈夫だよね?」

「何を基準にして大丈夫だと思ってるんだ? 教えようともするんじゃない」

「ええ~? むぅ、分かったよぉ……」

 戦うのが無理なら、教えて鍛えるまでと。言っておくが、サニーは近接格闘家ではなく勇者だ。ある程度の避け方、受け流し方は、既に余が伝授している。残念だったな。

「な、なあ、プネラ? 私の治療は、あとどれぐらいで終わるんだ?」

 若干震え気味の声で、アカシック・ファーストレディが問い掛ける。

「えっとね、後三分もあれば終わるよ!」

「三分、そうか! ならプネラ、お願いがある。夢から出たらすぐに、『黒闇の通路』を出してくれないか?」

「私も出来るなら、そうしたいんだけどさ……。ちょっと、問題があって」

「問題?」

 本題に入った途端、アカシック・ファーストレディの目が細まった。

「シャドウ様が、余らに何かを仕掛けてくる可能性がある」

「シャドウ様が? 私達に仕掛けてくるって、何をやってくるんだ?」

「それまでは分からん。しかし、ただで帰してくれる気も、さらさらなさそうでな。余も『常闇地帯』へ突入してから、貴様の夢へ入って来るまでの間に、相当手を焼いたぞ」

「……え? アルビスお兄ちゃん。常闇地帯でも、お父さんに何かされたの?」

「む?」

 なんだ? 今の、何も知らない様子でいて、どこか不安が過るプネラの声は?
 余が雪原地帯に到着した後、アカシック・ファーストレディの治療に専念すると、一旦余との『伝心でんしん』を外したものの。
 高高度で出会ったアイスドラゴンと共に、雪山地帯を雲の上から突っ切っている途中。治療の進捗を報告しに戻ってきては、そのまま『伝心』を維持し続けていてくれたというのに。

「何かされたって。余らが雪山地帯を通ってる途中から、貴様はずっと余と話してただろ? 何も覚えてないのか?」

「い、いや……。……ああ、そっか。お父さん、やってくれたね?」

 一人で何かを悟ったプネラの呆れ顔が、気まずそうに項垂れていく。

「アルビスお兄ちゃん、怒らないで聞いてね? 私、アルビスお兄ちゃんが雪原地帯に到着してから、『伝心』を一旦切ったでしょ?」

「ああ。そろそろ脳に突入するから、治療に専念したいと言ってたな」

「うん、でね? その時、お父さんが代わりに、アルビスお兄ちゃんの道案内をしてあげるって言ってくれてさ。そのまま、お願いしちゃったんだよね」

「……は?」

 おい、待ってくれ。プネラは今、なんて言った? シャドウがプネラの代わりに、余の道案内を務めるだと?

「それで、治療をしてる途中にね? アカシックお姉ちゃんが夢を見出したから、私も夢の中に入っちゃってさ。そこからずっと、治療をしながらアカシックお姉ちゃんと、お話ししてたんだよね」

「……は、話って、いつまでしてたんだ?」

「アルビスお兄ちゃん達が、『闇ぶ谷』に到着するまで……」

「う、嘘だろ……?」

 プネラの言っている事が本当であれば、『雪山地帯』や『常闇地帯』で余と『伝心』をしていたのは、プネラではなくシャドウになってしまうぞ?
 それは、いくらなんでもおかしい。二地帯で、余の頭の中に響いてきていた声は、間違いなく幼少期のアカシック・ファーストレディの姿を借りた、プネラ本人の物だった───。

「……なるほど。シャドウ様は、わざわざ姿を変えてまで、余と接触してたんだな?」

 そう。プネラの声は、幼少期のアカシック・ファーストレディの声だ。プネラ本人の声じゃない。
 つまり、闇の精霊がアカシック・ファーストレディの姿を借りれば、誰でもその声を出せるようになれる。
 無論、シャドウも例外ではない。演技までされて、姿形が確認出来ない『伝心』のみで会話をしていたら、プネラとシャドウの判別など到底不可能だ。
 ……してやられた。もう、怒りを通り越して呆れる事しか出来ない。一人二役を演じていた『常闇地帯』では、さぞ愉悦に浸っていただろうな。

「ちなみに、アルビスお兄ちゃん。常闇地帯では、お父さんに何をされたの?」

「さあな。道中、どこまでが真実なのか分からんが、闇の藻屑と化す一歩手前まで追い込まれてたのは確かだ」

「そ、そんなぁ……。うぅ、本当にごめん、アルビスお兄ちゃん……」

「え、嘘? あたし達、あそこで死に掛けてたの?」

 余らが置かれていた状況を、投げやりに説明すると、プネラは、なんとも言えない悲しい表情になっては、その顔を両手で覆い隠し。
 ブラックドラゴンが放った“暴食王”に、余と共に引き込まれていたものの。当時、置かれていた状況をまったく知らないフローガンズが、割って入ってきた。

「ああ。プネラに扮してたシャドウ様いわく、余の同族が闇属性最上位召喚魔法の一つ、“暴食王”を放ってたらしい。それで、“暴食王”に巻き込まれた辺りで、余らはここへ強制転移されたんだ」

「“暴食王”って……、私の『終焉』を丸吞みした召喚魔法じゃないか。それに同族って、『常闇地帯』にブラックドラゴンが居たのか?」

 声色に疲れが伺えるアカシック・ファーストレディも、恐る恐る質問に参加してきた。

「らしいぞ? この眼で確認してないから、それも定かではないがな」

「はぁ……」

 はたまた、シャドウによる自作自演か。これだと敵影が目視出来なかった、邪龍とファイヤードラゴンの襲撃もあったのか怪しい。
 唯一、余が視認出来た物は、漆黒の怒涛と化した闇の精霊のみ。ブラックドラゴンだって、本当は居なかったのかもしれないな。

「ちなみにさ、アルビス師匠? 他に、なんかされた事ってあんの?」

「あとは、そうだな。『常闇地帯』へ入る前に、余が『闇産ぶ谷』がある方角を指差しただろ? 実はあれ、シャドウ様に教えて頂いた方角なんだ」

「ええ、あれもなの!? ……え? アルビス師匠。強力な闇の魔力を感じるって言ってたけど、あれはなんだったの?」

「あれは、余の嘘だ」

「あんたの嘘なんかい……」

 嘘だと分かった途端、不快気味に細まっていくフローガンズの同心円眼。これに関しては、信じ切っていた余にも落ち度がある。なので、フローガンズには何も言い返せん。

「ええ~、そうだったんだ。じゃあさ、シャドウ様が教えてくれた方角に、『闇産ぶ谷』があったのかどうかも怪しいんじゃない?」

「絶対に違うと思う……。たぶん、ブラックドラゴンが居る場所を教えただけかもしんない……」

 最早、消えそうな程か細い声を絞り出したプネラが、落ち込んだしょぼくれ顔をあらわにさせる。プネラの心境も、かなり複雑なものだろう。
 信頼していたはずの父親が、余らを幾度となく弄んだんだ。少しばかりだが、暴露するのが気まずくなってきたな。

「……もう、いいや」

「え?」

「私だけじゃ、どうにもなりそうにないって言ってるの。だから、アルビスお兄ちゃん、アカシックお姉ちゃん。外に出たら、シルフ様達に助けを求めようよ」

「あ、なるほど! その手があったか!」

 そうだ。夢から出た直後、余はシルフ様に。アカシック・ファーストレディは、シルフ様とウンディーネ様に『伝心』をして、余らが置かれた状況を説明するか。
 または、少しでも余らに注目してくれれば、シャドウも動き辛くなるはずだ。もう、あいつを黙らせるには、この方法しかない!

「話を聞く限り、そうした方が無難だろうな。アルビス。夢から出たら、すぐに『伝心』するぞ」

「無論だ。余はシルフ様にするから、貴様はシルフ様とウンディーネ様にしてくれ」

「分かった……、あ」

 一旦は了承してくれたアカシック・ファーストレディであるが、急に何かを察したのか。
 口がだらしなく開いた顔が、ぎこちなくフローガンズの方へ向いていき、余らの方へ戻って来た。

「この話……、フローガンズの前でしてもよかったのか?」

「な、なんだ。何事かと思ったら、そんな事か。安心しろ。余はこいつが精霊だから大丈夫だと踏んで、シルフ様と契約してる事を明かしてるぞ」

「あ、そうか。そういえば、こいつも精霊だったな」

「そだよ、何だと思ってたの? つかさ、アルビス師匠ならともかく。アカシックも、大精霊様を知ってたんだ。あたしは、そっちに驚いたよ」

 プリプリと不貞腐れたフローガンズが、頬を大きく膨らませつつ、アカシック・ファーストレディをジッと睨みつける。

「アカシックお姉ちゃんは、シルフ様、ウンディーネ様、ノーム様。あと、お父さんも契約してくれたから、四人の大精霊様と契約を交わしてるよ」

 ようやく声に覇気が戻ってきたプネラが、人差し指を立てながら捕捉を挟む。

「え? シャドウ様も、私と契約を交わし───」

「ええっ!? シャドウ様とまでしてんの!? 四人の大精霊様と契約を交わすなんて、前代未聞じゃん! ねえ、アカシック? どうやってやったのさ!? 教えて教えて!」

「ま、待てフローガンズ! 話すと長くなるから、あとでにしよう。それよりも、今は外に出る事だけに集中するぞ」

「あ、そうだった。なら、あたしも師匠に助けてもらおっと」

 話が二転三転するかと思いきや。アカシック・ファーストレディが上手く話を戻してくれて、フローガンズも我に返って落ち着いてくれた。
 フローガンズの師匠とやらが、気になる所であるが。それも、全てが終わってから聞けばいい。どうせこいつも、沼地帯に来るだろうからな。

「よし。プネラ、アカシック・ファーストレディの治療は、後何分で終わる?」

「もう終わってるよ! お父さんには、後三十分以上は掛かるって嘘の治療時間を教えてるから、油断してると思うし、私がみんなを強制的に起こせるから、いつでも大丈夫だよ!」

「そうか。ならば、今すぐ夢から出て、シャドウ様の虚を衝こう。貴様らも、それでいいな?」

「ああ、私はいつでもいいぞ」
「あたしも、それでいいよ」

 二人も覚悟を決めたようで、余の問い掛けに即答してくれた。肝心のシャドウは、嘘の報告により油断した状態。
 いいぞ、またとない好機だ。後は、如何にして早く、余らが目覚めた事に気付けるかに掛かっている。そこで遅れを取れば、命取りになってしまう。

「良い返事だが。貴様ら、寝惚けて行動に遅れるのだけは勘弁してくれよ?」

「分かってる、頑張るよ」
「了解っ!」

「よし、なら行くぞ。プネラ、余らを起こしてくれ」

「うん、分かった!」

 プネラに合図を送った直後。視界が急激に暗くなり、意識が遠のいていく感覚がした。頼むぞ、現実世界で寝ている余らよ。
 誰でもいいから、一刻も早く大精霊様方に『伝心』を送ってくれ。そうすれば───。
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