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219話、後手へ、後手へ
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腕を組んで待っているシャドウに近づきつつ、鼻からを息を吸い込み、口で浅く吐く。
喜怒哀楽の感情を全て抑え、不敵な笑みを浮かべたシャドウの前に立ち、頭を軽く下げた。
「お初お目にかかります、シャドウ様。アルビスと申します」
「ふ、フローガンズです。よろしくお願いします」
「やあ、アルビス君、フローガンズ君。ようこそ『闇産ぶ谷』へ。道中、大変だっただろう? 疲れているだろうし、楽な姿勢をしてくれたまえ」
余の姿を借りているが故に、声も余と瓜二つだ。片眼鏡は、当然していない。地面に視線を送ると、奴の右足付近に、硝子だと思われる黒い破片が散らばっていた。
「アルビス君、もう後始末を始めたいのかい? それは有難いねぇ。異物を踏んでいる感触が、どうも気に食わなかったんだ。見るのもウンザリしているから、拾い上げて内懐にでもしまっておいておくれ」
「いえいえ、それでは甘いです。この片眼鏡は、シャドウ様の御機嫌を損ねた許すまじき異物。内懐に隠したぐらいでは、余の気持ちが収まりません。ですので、余のブレスで完全に蒸発させ、存在を消してみせましょう」
「クフフフフ。龍族は知性が高いと聞くけど、ずいぶん横暴で頭の悪い選択をするんだね。君の主とやらは、相当手を焼いていたんじゃないのかい?」
「お恥ずかしながら、シャドウ様の言う通りでございます」
「ああ、やはり。僕の命令に従わず、知能の低さを自ら露呈させる解決法を提案してくるものだから、そうとまで確信していたよ。君の主とやらが、不憫でならないねぇ。こんな甲斐性なしの執事を雇ってしまったばかりに、時の穢れに侵されてしまったんだろうなぁ」
ベルラザの件については、まだアカシック・ファーストレディとウンディーネ様にしか、明かしていないのだが。この様子だと、大精霊様全員に周知されているかもしれない。
それにしても、想像していたより煽りの質が大分低いな。これぐらいだったら、涼しい顔をして応対が出来る。何時間、何十時間でも聞き流していられるぞ。
「ええ、返す言葉がございません」
「どうやら、僕は過ちを認めなければならないねぇ。『常闇地帯』の件で、強く警戒されてしまったようだ。君の判断は全てが正しい。後始末の方法を変えようと試みたのも、もちろん英断さ。さあ、プネラが待っている。奥へ案内しよう」
途端に折れたシャドウが、含み笑いをしながら余らに背を向け、背後にある洞穴へ歩き出した直後。
地面に散らばっていた破片が、まるで点々とした影に姿を変え、糸を引くようにシャドウの後を付いていった。
なるほど、余の魂胆は全て見透かされていたらしい。あの、無駄だと分かれば、即座に諦めが付き、切り替えも素早く出来る清々しいまでの性格よ。こちらも従わなければならないので、かなりやり辛い。
余の内懐に、体の一部を忍び込ませようとしたのは、たぶん余の体を効率よく乗っ取るつもりでいたのだろう。理由までは、流石に思い付かないが。
横目を流し、萎縮していたフローガンズに合図を送り、洞穴内に侵入する。
シャドウの姿は、闇に上手く溶け込んでいて視認が出来ない。が、前から気配がするので、死角に回り込まれていないはず。
洞穴内部は、光源になる物が皆無。背後へ顔をやらなければ、仄暗い闇一緒くた。先へ進むと、三つ分あった足音が、突然一つ減った。どうやらシャドウが、歩みを止めたらしい。
警戒を怠らず、更に先へ行く。体感的に、数十秒後。闇の中に、腕を組んで立っているシャドウの輪郭が浮かび───。
「……うっ」
その、シャドウの足元。人間の右足らしき物が見えたので、注目してみれば……。そこには、全身に脈動する葉脈のような黒い粘菌状の物体を張り巡らせた、アカシック・ファーストレディが横たわっていた。
身長は、大人だった時とほぼ差異はなく。大きくなった体に、サニーから借りた衣服が耐えかねたのか。ビリビリに破けた白い布切れが、辺りに散乱している。
なので、全裸になっているのかと思いきや。布切れと黒い粘菌状が、恥部を絶妙な具合に隠してくれていた。
たぶん、プネラによる配慮なのだろうが。……よかった。アカシック・ファーストレディが、元の姿に戻っている。それが分かっただけで、今は充分だ。
「えっ!? ちょっと、アカシックの体が乗っ取られてんじゃん! 大丈夫なの、これ!?」
「乗っ取られてる訳じゃないから、安心しろ。アカシック・ファーストレディの体内へ侵入してるのは、こいつを治療してくれてる闇の精霊『プネラ』だ。……だよな?」
『そうだよ!』
「うおっと!? ビックリしたぁ……。い、今の『伝心』って、この子から?」
体に大波を立たせ、驚く事しか出来ていないフローガンズが、目星を付けてアカシック・ファーストレディへ指を差す。
『うん! アルビスお兄ちゃん、フローガンズお姉ちゃん、ようこそ『闇産ぶ谷』へ! ずっと待ってたよ!』
「え? なんで、あたしの名前まで知ってんの?」
「すまんな、フローガンズ。余は、ずっとプネラと『伝心』で会話をしてたんだ。無論、貴様と合流した後からもな」
「あ、そうだったの? はあ、なるほどぉ」
仲間外れにしていた事を明かそうとも、フローガンズは特に文句を言わず。落ち着きを取り戻した様子で、その場にしゃがみ込んだ。
「そういえば、アルビス師匠。あたしの修業場で色々言ってたよね。このプネラって子が、アカシックをここまで連れて来て、治療ってやつをしてんだっけ?」
『そうだよ! もうほとんど終わったから、後は取りこぼしがないか確認してるんだ』
「ふ~ん、偉いじゃん。その調子で、アカシックをちゃんと治してちょうだいねー」
『うん、任せて!』
粘菌状と化したプネラを応援し、柔らかく微笑むフローガンズ。これは、今までフローガンズに対して抱いていた先入観や見方を、変えなければならないな。
こいつにだって、人を想える心があり、場の空気に応じた対応力もある。戦闘狂という一風変わった要素を抜かせば、アカシック・ファーストレディと共存だって可能なのかもしれない。
「でもさ? ずっと全裸なのは、流石に可哀想じゃない? アルビス師匠。今着てる上着ぐらい、アカシックに貸してあげれば?」
「おっと! そうだった。替えのローブを持ってきてるから、今用意する」
余も慌ててしゃがみ込み、肩に掛けていた布袋を地面に置き。アカシック・ファーストレディ用の黒いローブと、プネラ入りの容器を取り出した。
「……さて、出したはいいが。果たして、アカシック・ファーストレディの体を動かしても、大丈夫なのだろうか?」
『あっ、無理に動かさないで! 私が着せといてあげるから、そのローブはアカシックお姉ちゃんの体の上に被せてくれるだけでいいよ』
「そ、そうか。なら頼む」
プネラの焦りを含んだ指示に従い、なるべくアカシック・ファーストレディの体を見ぬよう、ローブを被せていく。
よし、これで体全体を上手く隠せた。あとは、プネラの体の一部を、本体へ返すだけだ。
「すまないプネラ、体の一部を奪ってしまって。今返すからな」
『うん、ありがとう!』
右手に持っていた容器の木栓を開け、アカシック・ファーストレディの肌が露出している部分に、プネラの欠片をそっと垂らす。
すると、肌へ浸透していくように、プネラの欠片が沈んでいった。
『……ふっふっふっ。これでようやく、真の力を発揮出来る。アカシックお姉ちゃんの体を使って、世界征服をするぞー!』
「魔王ごっこは、沼地帯に行ってからやろうな」
『えへへへ……、ごめんなさい。あっ、そうだ! アルビスお兄ちゃん、フローガンズお姉ちゃん。今ね、夢の中でアカシックお姉ちゃんとお話をしてるんだけど、二人も夢の中に入ってこない?』
「へ? 夢の……」
「中?」
唐突なプネラの不可思議な提案に、余とフローガンズの腑抜けた声が連なった。
闇の精霊は特性上、他者の夢の中へ入り込めたり、共有する事が可能だと、プネラから説明を受けたものの……。
『うん! アカシックお姉ちゃんに事情を説明したらね、『おい、嘘だろ? なんでフローガンズが、アルビスと一緒に居るんだ?』って、すごく驚いてたよ』
「なんでって。アルビス師匠が、いきなりあたしの修業場に来たんだからね。ちょっと色々言いたい事があるから、夢の中に入れてちょうだい。ほら、アルビス師匠も行くよ」
「よ、余もか?」
「当たり前じゃん。ほら、早く!」
抜け駆けは許さぬぞと催促するフローガンズが、余に手を差し伸べてきた。夢の中へ入り込むという事は、余らはここで眠りに就かなければならない。
すなわち、何をされようとも抵抗がままならぬ無防備状態と化す。そして背後には、最も警戒すべきシャドウが居る。
そんな奴の前で、眠りになんて就いてみろ? 瞬く間に余らの体に侵入され、そのまま奪われてしまう。それだけは、絶対に避けなければ。
「どうしたんだい? アルビス君。お友達とアカシック君が待っているよ。早く行ってあげたらどうだい?」
背後から後押しする、シャドウの声。貴様が余の体を狙っていなければ、即座にそうしていたさ。余だってな、早くアカシック・ファーストレディの声を聴きたいんだ。
しかし、貴様という存在が、それを邪魔してくる。フローガンズは、もう待ち切れないと、余の手を掴んでしまった。まずいな、もう考えている時間が無い。
あと数十秒もすれば、フローガンズの体へ侵入したプネラが、余の体まで来てしまう。……仕方ない。真正面から物申してしまうか。
「シャドウ様。一つだけ約束して下さい」
「約束? なんだい?」
「余らが夢の中に入ってる間は、余らに何もしないと約束して下さい」
「ああ、いいよ。それぐらいなら、いくらでもしてあげるさ。そして、約束は決して破らないと誓おう。なんなら、プネラを監視につけてあげるよ。だから安心して、ゆっくり話しておいでぇ」
耳の底を撫で回す声での即答。まるで信用ならんが、余が耐え切れずに言い出してしまった事だ。これで、余は更に後手へ回る。
あいつが変な要求をしてくる前に、早く『闇産ぶ谷』から脱出せねば。胸のざわめきが、まどろみと共にだんだん遠のていく。周りを支配する仄暗い闇が、より濃くなってきた。
プネラは、もう余の体に侵入してきたのだろうか? ……体に力が入らない。強烈な睡魔が、余の瞼に重くのしかかってきて、徐々に体の感覚が抜けていった。
喜怒哀楽の感情を全て抑え、不敵な笑みを浮かべたシャドウの前に立ち、頭を軽く下げた。
「お初お目にかかります、シャドウ様。アルビスと申します」
「ふ、フローガンズです。よろしくお願いします」
「やあ、アルビス君、フローガンズ君。ようこそ『闇産ぶ谷』へ。道中、大変だっただろう? 疲れているだろうし、楽な姿勢をしてくれたまえ」
余の姿を借りているが故に、声も余と瓜二つだ。片眼鏡は、当然していない。地面に視線を送ると、奴の右足付近に、硝子だと思われる黒い破片が散らばっていた。
「アルビス君、もう後始末を始めたいのかい? それは有難いねぇ。異物を踏んでいる感触が、どうも気に食わなかったんだ。見るのもウンザリしているから、拾い上げて内懐にでもしまっておいておくれ」
「いえいえ、それでは甘いです。この片眼鏡は、シャドウ様の御機嫌を損ねた許すまじき異物。内懐に隠したぐらいでは、余の気持ちが収まりません。ですので、余のブレスで完全に蒸発させ、存在を消してみせましょう」
「クフフフフ。龍族は知性が高いと聞くけど、ずいぶん横暴で頭の悪い選択をするんだね。君の主とやらは、相当手を焼いていたんじゃないのかい?」
「お恥ずかしながら、シャドウ様の言う通りでございます」
「ああ、やはり。僕の命令に従わず、知能の低さを自ら露呈させる解決法を提案してくるものだから、そうとまで確信していたよ。君の主とやらが、不憫でならないねぇ。こんな甲斐性なしの執事を雇ってしまったばかりに、時の穢れに侵されてしまったんだろうなぁ」
ベルラザの件については、まだアカシック・ファーストレディとウンディーネ様にしか、明かしていないのだが。この様子だと、大精霊様全員に周知されているかもしれない。
それにしても、想像していたより煽りの質が大分低いな。これぐらいだったら、涼しい顔をして応対が出来る。何時間、何十時間でも聞き流していられるぞ。
「ええ、返す言葉がございません」
「どうやら、僕は過ちを認めなければならないねぇ。『常闇地帯』の件で、強く警戒されてしまったようだ。君の判断は全てが正しい。後始末の方法を変えようと試みたのも、もちろん英断さ。さあ、プネラが待っている。奥へ案内しよう」
途端に折れたシャドウが、含み笑いをしながら余らに背を向け、背後にある洞穴へ歩き出した直後。
地面に散らばっていた破片が、まるで点々とした影に姿を変え、糸を引くようにシャドウの後を付いていった。
なるほど、余の魂胆は全て見透かされていたらしい。あの、無駄だと分かれば、即座に諦めが付き、切り替えも素早く出来る清々しいまでの性格よ。こちらも従わなければならないので、かなりやり辛い。
余の内懐に、体の一部を忍び込ませようとしたのは、たぶん余の体を効率よく乗っ取るつもりでいたのだろう。理由までは、流石に思い付かないが。
横目を流し、萎縮していたフローガンズに合図を送り、洞穴内に侵入する。
シャドウの姿は、闇に上手く溶け込んでいて視認が出来ない。が、前から気配がするので、死角に回り込まれていないはず。
洞穴内部は、光源になる物が皆無。背後へ顔をやらなければ、仄暗い闇一緒くた。先へ進むと、三つ分あった足音が、突然一つ減った。どうやらシャドウが、歩みを止めたらしい。
警戒を怠らず、更に先へ行く。体感的に、数十秒後。闇の中に、腕を組んで立っているシャドウの輪郭が浮かび───。
「……うっ」
その、シャドウの足元。人間の右足らしき物が見えたので、注目してみれば……。そこには、全身に脈動する葉脈のような黒い粘菌状の物体を張り巡らせた、アカシック・ファーストレディが横たわっていた。
身長は、大人だった時とほぼ差異はなく。大きくなった体に、サニーから借りた衣服が耐えかねたのか。ビリビリに破けた白い布切れが、辺りに散乱している。
なので、全裸になっているのかと思いきや。布切れと黒い粘菌状が、恥部を絶妙な具合に隠してくれていた。
たぶん、プネラによる配慮なのだろうが。……よかった。アカシック・ファーストレディが、元の姿に戻っている。それが分かっただけで、今は充分だ。
「えっ!? ちょっと、アカシックの体が乗っ取られてんじゃん! 大丈夫なの、これ!?」
「乗っ取られてる訳じゃないから、安心しろ。アカシック・ファーストレディの体内へ侵入してるのは、こいつを治療してくれてる闇の精霊『プネラ』だ。……だよな?」
『そうだよ!』
「うおっと!? ビックリしたぁ……。い、今の『伝心』って、この子から?」
体に大波を立たせ、驚く事しか出来ていないフローガンズが、目星を付けてアカシック・ファーストレディへ指を差す。
『うん! アルビスお兄ちゃん、フローガンズお姉ちゃん、ようこそ『闇産ぶ谷』へ! ずっと待ってたよ!』
「え? なんで、あたしの名前まで知ってんの?」
「すまんな、フローガンズ。余は、ずっとプネラと『伝心』で会話をしてたんだ。無論、貴様と合流した後からもな」
「あ、そうだったの? はあ、なるほどぉ」
仲間外れにしていた事を明かそうとも、フローガンズは特に文句を言わず。落ち着きを取り戻した様子で、その場にしゃがみ込んだ。
「そういえば、アルビス師匠。あたしの修業場で色々言ってたよね。このプネラって子が、アカシックをここまで連れて来て、治療ってやつをしてんだっけ?」
『そうだよ! もうほとんど終わったから、後は取りこぼしがないか確認してるんだ』
「ふ~ん、偉いじゃん。その調子で、アカシックをちゃんと治してちょうだいねー」
『うん、任せて!』
粘菌状と化したプネラを応援し、柔らかく微笑むフローガンズ。これは、今までフローガンズに対して抱いていた先入観や見方を、変えなければならないな。
こいつにだって、人を想える心があり、場の空気に応じた対応力もある。戦闘狂という一風変わった要素を抜かせば、アカシック・ファーストレディと共存だって可能なのかもしれない。
「でもさ? ずっと全裸なのは、流石に可哀想じゃない? アルビス師匠。今着てる上着ぐらい、アカシックに貸してあげれば?」
「おっと! そうだった。替えのローブを持ってきてるから、今用意する」
余も慌ててしゃがみ込み、肩に掛けていた布袋を地面に置き。アカシック・ファーストレディ用の黒いローブと、プネラ入りの容器を取り出した。
「……さて、出したはいいが。果たして、アカシック・ファーストレディの体を動かしても、大丈夫なのだろうか?」
『あっ、無理に動かさないで! 私が着せといてあげるから、そのローブはアカシックお姉ちゃんの体の上に被せてくれるだけでいいよ』
「そ、そうか。なら頼む」
プネラの焦りを含んだ指示に従い、なるべくアカシック・ファーストレディの体を見ぬよう、ローブを被せていく。
よし、これで体全体を上手く隠せた。あとは、プネラの体の一部を、本体へ返すだけだ。
「すまないプネラ、体の一部を奪ってしまって。今返すからな」
『うん、ありがとう!』
右手に持っていた容器の木栓を開け、アカシック・ファーストレディの肌が露出している部分に、プネラの欠片をそっと垂らす。
すると、肌へ浸透していくように、プネラの欠片が沈んでいった。
『……ふっふっふっ。これでようやく、真の力を発揮出来る。アカシックお姉ちゃんの体を使って、世界征服をするぞー!』
「魔王ごっこは、沼地帯に行ってからやろうな」
『えへへへ……、ごめんなさい。あっ、そうだ! アルビスお兄ちゃん、フローガンズお姉ちゃん。今ね、夢の中でアカシックお姉ちゃんとお話をしてるんだけど、二人も夢の中に入ってこない?』
「へ? 夢の……」
「中?」
唐突なプネラの不可思議な提案に、余とフローガンズの腑抜けた声が連なった。
闇の精霊は特性上、他者の夢の中へ入り込めたり、共有する事が可能だと、プネラから説明を受けたものの……。
『うん! アカシックお姉ちゃんに事情を説明したらね、『おい、嘘だろ? なんでフローガンズが、アルビスと一緒に居るんだ?』って、すごく驚いてたよ』
「なんでって。アルビス師匠が、いきなりあたしの修業場に来たんだからね。ちょっと色々言いたい事があるから、夢の中に入れてちょうだい。ほら、アルビス師匠も行くよ」
「よ、余もか?」
「当たり前じゃん。ほら、早く!」
抜け駆けは許さぬぞと催促するフローガンズが、余に手を差し伸べてきた。夢の中へ入り込むという事は、余らはここで眠りに就かなければならない。
すなわち、何をされようとも抵抗がままならぬ無防備状態と化す。そして背後には、最も警戒すべきシャドウが居る。
そんな奴の前で、眠りになんて就いてみろ? 瞬く間に余らの体に侵入され、そのまま奪われてしまう。それだけは、絶対に避けなければ。
「どうしたんだい? アルビス君。お友達とアカシック君が待っているよ。早く行ってあげたらどうだい?」
背後から後押しする、シャドウの声。貴様が余の体を狙っていなければ、即座にそうしていたさ。余だってな、早くアカシック・ファーストレディの声を聴きたいんだ。
しかし、貴様という存在が、それを邪魔してくる。フローガンズは、もう待ち切れないと、余の手を掴んでしまった。まずいな、もう考えている時間が無い。
あと数十秒もすれば、フローガンズの体へ侵入したプネラが、余の体まで来てしまう。……仕方ない。真正面から物申してしまうか。
「シャドウ様。一つだけ約束して下さい」
「約束? なんだい?」
「余らが夢の中に入ってる間は、余らに何もしないと約束して下さい」
「ああ、いいよ。それぐらいなら、いくらでもしてあげるさ。そして、約束は決して破らないと誓おう。なんなら、プネラを監視につけてあげるよ。だから安心して、ゆっくり話しておいでぇ」
耳の底を撫で回す声での即答。まるで信用ならんが、余が耐え切れずに言い出してしまった事だ。これで、余は更に後手へ回る。
あいつが変な要求をしてくる前に、早く『闇産ぶ谷』から脱出せねば。胸のざわめきが、まどろみと共にだんだん遠のていく。周りを支配する仄暗い闇が、より濃くなってきた。
プネラは、もう余の体に侵入してきたのだろうか? ……体に力が入らない。強烈な睡魔が、余の瞼に重くのしかかってきて、徐々に体の感覚が抜けていった。
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